67.「親友」【レイ・シトノス】
聖樹騎士団の団員に通してもらい、レイ・シトノスはアイラ・ホルンの控え室に入った。
アイラは笑って、やっほーと手を振りながら出迎えてくれた。
レイは、気遣いすぎないように微笑み返した。
「惜しかったね、決勝戦」
「うん。あ――優勝おめでと、レイっ」
「ははは、ありがと。クロヒコはもう来た?」
「うん。ちょっと前に、セシリーのところに行ったよ」
「そっか」
控え室は静まり返っていた。
扉越しに人ごみの喧騒が届いてはくるが、それはとても遠くの音のように思えた。
見ると、アイラが決勝戦で使った剣が壁に立てかけてあった。
レイは、黙って長椅子に座るアイラの前に立った。
アイラは口を笑みの形にしたまま、視線を下げている。
「レイ……アタシ、がんばったよね?」
「がんばったよ。親友として、誇りに思う」
アイラの顔に陰がおりる。
「……アタシ、悔しい」
「うん」
ぽたっ、とアイラの靴のつま先に水滴が落ちた。
次々と靴のつま先で水滴が弾ける。
ポロポロと、アイラの目から涙が流れ落ちていた。
涙の跡は認められなかったから、会いに来たクロヒコの前では涙を堪えていたのだろう。
アイラのことだ。
彼の前では、ずっと笑顔でいたに決まっている。
「いいんだよ、アイラ」
レイはアイラを優しく胸元に抱き寄せた。
導かれるようにして、アイラが胸元に顔をうずめてくる。
悔しくないわけがない。
優勝まで、あともう一歩だった。
クロヒコに見せたかっただろう。
優勝する姿を。
それが彼女の願いだった。
それでも、言ってあげなくてはならない。
「アイラは立派に戦ったよ。誰も文句なんか言わないさ。もしホルン家の人がなんか言ってきたら、ボクがぶっ飛ばしてやる」
胸の中で、アイラがぶんぶんと首を振った。
どういう意味の《ぶんぶん》なのだろうか。
「悔しかったよね」
ぶんぶん。
悔しかったわけではない?
では、何をアイラはそんなに悲しんでいるのだろう?
かすれた声で、アイラが言った。
「アタシ、情けなくて」
「情けない? 何を言ってるんだよ。情けないことなんかないさ。誇るべきことはあっても、情けないことなんか、何一つないよ」
アイラの頭を撫でてやる。
けれどアイラは鼻をすすると、またもや首を振った。
涙はまだ止まっていない。
胸に涙の温かみを覚えながら、レイは不思議に思った。
何をこんなにも悲しんでいるのだろう?
一体、何が彼女を情けないと感じさせているのだろうか?
「アタシ――」
泣き顔を見せて、アイラがレイに抱き着いてきた。
「クロヒコに、謝らせちゃったよぉぉぉ……っ」
「あ、謝る……?」
レイは面食らう。
いまいち、話が見えない。
「どういうことだい?」
とりあえずレイは、アイラが落ち着くまで待つことにした。
そうしてアイラが落ち着いた頃、改めて理由を尋ねた。
聞けば、アイラが決勝で負けたのは、試合に勝つためのものとは違う剣をクロヒコが教えたためだという。
クロヒコはそのことを申し訳なく思って、謝りにきたそうだ。
なるほど、とレイは納得した。
二人きりで話したいこととは、その話だったのか。
それにしても、と思う。
慈しむ顔をしながら、今は長椅子の隣に座って鼻をすすっているアイラの背中を、さすってやる。
「まさかアイラが一番気に病んでいたのが、そんなことだったなんてねぇ……クロヒコも、罪な男だなぁ」
「ぐすっ……く、クロヒコは悪くないよ……?」
「わかってるってば。でも、アイラもそんなに気にすることないと思うけどなぁ……」
「……原因は、理解してるつもりなんだ。アタシがクロヒコを頼りすぎたのが敗因になったんだって……セシリーと目指していたものが違ってたのも、そこに繋がってる気がする」
「目指していたもの?」
「アタシは、クロヒコになりたかった。だけど……セシリーは、クロヒコの隣に立つのを目指していたんだと思う」
似ているように見えて、そこには大きな違いがあるように思えた。
クロヒコになりたいと願ったアイラは、サガラ・クロヒコの剣に近づいていった。
クロヒコの隣に立ちたいと願ったセシリーは、セシリー・アークライト自身の剣を見い出した。
最終的に軍配が上がるのは、自分自身から産み出された剣の方なのかもしれない。
ポンッ、とアイラの背中を叩く。
「ひゃっ!?」
「じゃあ今度はクロヒコに謝られるんじゃなくて、褒めてもらえるような剣をアイラ自身で磨いていかないとねっ」
「…………うん」
アイラの表情にようやく本当の明るさが戻ってくる。
最近は立ち直りの方も早くなったと思う。
要するに、精神的にも強くなったのだろう。
「ところで、アイラ」
「ん?」
「まだクロヒコに、告白はしないのかな?」
「こ、こくっ――ななな、何いってるのっ!? レイ!」
「あれ? 聖武祭が終わったら、するつもりだったんでしょ?」
「それはその……優勝したらって、決めてたから」
「えー? 準優勝じゃだめなのかい?」
「だめ! 優勝したらって、決めてたんだもん!」
「そっかぁ……」
レイは声を小さくした。
「うーむ、惜しかったような……むしろ、これでよかったような……」
成功するかどうかは、レイすらもわからない。
ただ、まだ時ではないような気もする。
そこは、神のみぞ知るか。
「そ、そういうレイこそっ――」
「ほえ?」
「ぜんっぜん、す、好きな人の話とか聞かないけどっ!?」
「えー? ボクかい? んー、ボクはほら……まともな恋愛っていうより、愛人系じゃない?」
「いやいやいや! そんなことないよ! けっこうレイに憧れてる男の子も多いって聞くよ!?」
レイは優雅に視線を逸らすと、指で垂れた横髪をイジイジした。
そして、わざとらしく言う。
「ボクはほら……剣と術式が、恋人だから」
「長年のつき合いだけど、完全に今のは初耳だよ! 説得力もないよ!」
「んー……じゃあ、とりあえずクロヒコってことにしておく?」
「アタシに聞かれても困るよ! そんな適当な感じも、よくないと思うよ!」
「あははー、今のアイラは、決勝戦で壮絶な戦いを繰り広げたあのアイラ・ホルン殿と同一人物とは思えませんなー」
「もー、レイったらー! いっつもそうやって、一枚上手な感じではぐらかすんだからーっ!」
ポッカポッカ叩いてくるアイラ。
そんなアイラを微笑ましく感じながら、レイは心の中でつぶやいた。
――本当にお疲れさま、アイラ。
いつもお読みくださりありがとうございます。
あと4話で完結となります。




