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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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64.「アイラとセシリー」


「同じ数まで、有効打を返された……っ!」


 発動、してしまった。

 セシリーさんの《疑似極空》。


 アイラさんが猛攻を続ける中、一気に動きが鋭くなった瞬間があった。

 発動を促したとすれば、あの瞬間か。


 今、アイラさんは一転して防戦一方の状態。

 問題は、剣筋を読まれ始めていることだ。

 あの状態に入ったセシリーさんは、その場で相手の剣筋を予測し先読みする。

 さらに、先読みのための情報は戦う中で蓄積されていく。

 長引けば長引くほど、アイラさんは不利になっていく。

 ただ、それでも――


「よく、凌いでるよね……」


 俺が思いかけたのとほぼ同じ言葉を、レイ先輩が口にした。


 そうなのだ。

 あの状態に入ったセシリーさんの鮮烈な攻撃を、アイラさんはギリギリで防いでいる。

 否――《防いでいる》という表現は、正しくないかもしれない。


 有効打にならないと判断した攻撃を、アイラさんは避けずに身体で受けていた。


 有効打になる強打と見極めた攻撃にのみ防御を集中する。

 有効打にならないと判断した攻撃は、ノーガードで受ける。

 小さなダメージは蓄積するが、防御する攻撃を選んでいる分、確実に防ぐことができている。


「でも、ギリギリだ……あんなの、長く続くわけがないよ……っ」


 レイ先輩が両手のこぶしを握る。


 今のアイラさんは戦闘力のすべて迎撃に注ぎ込んでいる。

 ゆえに、攻勢へは移れない。

 セシリーさんの絶え間ない連続攻撃が、それを許さない。


「アイラ……っ!」


 自分の決勝戦とは比べものにならないほど、レイ先輩の表情には切迫さがあった。

 気持ちはわかる。

 ハラハラするほど、アイラさんの防御は常にギリギリ。

 わずかでも強打を見極めるための集中力を切らせば、その時点で有効打を受けてしまう。


 ダメージの蓄積もあるが、それよりも大きな問題は体力かもしれない。


 いくら体力に自信があるとはいっても、あんな動きを休みなく続けていたら、いずれ体力が尽きてしまう。

 明らかに先読みで動いているセシリーさんよりも、運動量が多い。

 豊富ではあるが、無限ではない。

 だから、このまま試合が長引けば――


 ゴッ!


「……えっ?」


 会場に、驚きと緊張が走った。


 肘。


 近接の攻防戦の中、先ほどアイラさんがあえて前へ出ることで攻撃を回避しようとした。

 そこで、ちょうど剣を振っている最中のセシリーさんの肘が、あごのあたりに直撃してしまったのである。


 グラッ、とアイラさんが前のめりに倒れ込む。

 そして、そのまま床にうつ伏せになってしまう。


 レイ先輩が俺を見た。


「こ、これは……ど、どうなるの?」


 聖武祭の試合の決着方法は大まかに分けて六つある。


 1、どちらかが先に有効打を五本取る。

 2、時間切れの時点で有効打の多い方が勝利(同点の場合、第三戦以降は延長戦となる)。

 3、腕輪の規定聖素量を超過する。

 4、反則行為による失格。

 5、相手が負けの意を示す。


 6、気絶などで判定員が《戦闘不能》と判断した場合。


 まさか、決勝戦で……聖武祭第三戦初の《戦闘不能》による決着、なのか……?


 リリさんが悩んでいるのがわかった。

 こんなあっけない幕切れでいいのか、と。

 今のは事故と言っていい。

 明らかに、故意ではない。


 ただ、有効打こそ取れないが、肉体を使用した攻撃は反則行為ではない。

 それをした者はいなかったが、極論を言えば、締め落としによる気絶を狙うのもアリということになるか。

 ある意味、ここにきて聖武祭の裏ルールが浮き彫りになったとも言える。


 セシリーさんは、意識がはっきりしているとは思えない表情で、倒れ伏したアイラさんを見おろしている。


 会場が、ざわつき始めた。


「こ、こんな決着ってありかよ……?」

「わざとって感じには、見えなかったけど……」

「――おい、見ろ!」


 ざわめきの質が変わる。



 アイラさんが、立ち上がっていた。



「や、やれますかっ!?」


 助かったといった感じでリリさんが確認すると、コクッ、とだけアイラさんは頷いた。

 セシリーさんが再び、構える。

 一度アイラさんの様子を検めたあと、リリさんが手を上げた。


「試合を再開します!」


 会場が、ワァーッと歓喜に包まれた。


「どうにか試合は、続くみたいだけど……」


 と、レイ先輩。


「ええ……あんなすぐに立ち上がったんですから、特に身体の心配はないと思いますけど……」


 レイ先輩の表情が浮かない理由はわかる。

 意識は戻ったが、アイラさんの不利な状況が改善されたわけではないのだ。


 あの《疑似極空》を相手に、この状況をどう打開すればいい?


 前進。


 突進と呼んでいいほどの勢いで、アイラさんが前へ出た。


 得意の直線的な軌道で、セシリーさんに連撃を浴びせる。

 受けて立ったセシリーさんは、斬撃を器用に受け流しながら散らしていく。


「え?」


 目を丸くするレイ先輩。


「あ、アイラ……」

「アイラ、さん?」


 先ほど消え去ったはずのどよめきが、またもや揺り戻される。


 セシリーさんに連撃を弾かれたあとの、アイラさんが――



 誰もいない場所へ向けて……剣を、振っている。



「違ったんだ」


 意識が戻ったわけじゃ、なかった。

 すぐに立ち上がったのは、ダメージがなかったからじゃない。

 あれはもう、本能だけで起き上がったんだ。

 戦いの、本能だけで。


 だからまだ意識はトんだままなのだ。

 消えていないのは、戦いへの意志。


「…………」


 戦いへの、意志……?


「まずいっ!」


 俺は、手すりから身を乗り出した。

 戦闘を継続する意志――まだ《対戦相手》なのだとセシリーさんに認識されたら、あのまま攻撃を受けてしまう!

 今の《極空状態》のセシリーさんには、相手の正確な状態が理解できていない!


 懸念は、現実となった。

 虚空に剣を振るアイラさんの背後から、セシリーさんが、剣を構えて飛び込んだ。


「アイラさん!」

「アイラ!」



 キィンッ――と。



 刃と刃が打ち合う音が、ひと際高く、鳴った。



「防い、だ……?」


 遠くで観戦していたノードさんの声が俺の呼びかけに重なったのを認識したその直後、なんと、アイラさんが、背後から迫るセシリーさんの攻撃を防いだのである。


 振り返るアイラさん。

 目の感じでわかった。


「まだ、戻ってない……」


 意識はまだ完全に戻っていない。

 目の焦点が、戻っていない。

 だけど、


「目の光は――消えて、いない」


 セシリーさんが、次の攻撃に移った。


 そうだ。

 攻撃を防がれたからといって、そこで攻撃が終わるわけではないのだ。


 セシリーさんは一度離れる素振りを見せた直後、まるで、その身が返し刃になったかのように、超近接にまでワンステップで踏み込んだ。


「――ッ、……上手いっ!」


 張りのある感嘆の声を送ったのは、聖王様。

 ずっとセシリーさんのおじいさんから剣を学んできた聖王様も思わず唸るほどの動きだった、ということか。


 相手の動きに身体の軸を揺さぶられたアイラさんが、バランスを崩しかける。

 セシリーさんの、鋭く弧を描いた剣が――



 ゴッ!



「――、……ぐっ!?」


 セシリーさんが攻撃を失敗し、後方へのけ反る。


「い、今のは……ず――」


 頭突き?


 超近接に入ってきかけたセシリーさんに、なんと、アイラさんがヘッドバットを喰らわせたのだ。


 いや、でも今のは正しかったと思う。

 手では間に合わなかったし、セシリーさんは、アイラさんの手と足の動きを警戒していた。

 だから、あれ以外では有効打を防げなかったはずだ。

 本能的な判断だったのだろうけど、今のアイラさんの判断は間違っていない。


 ふぅぅ、とレイ先輩が額の汗をぬぐう。


「ハラハラするのもだけど……何より、貴族のご令嬢同士の戦い方とは思えない泥臭さだよ……」


 観客も同じ感覚のようだった。

 見目麗しい貴族の娘同士の華麗な決勝戦。

 そんな決勝を想像していた者にとっては、想像もしていなかった展開だろう。

 だけど、わかる。

 確かに、想像とは違っていたかもしれない。


 でもこの会場にいる誰もが、目を離せなくなっている。


 魅了されて目を離せないその感覚は、俺にもわかる。


 再び、剣戟が再開される。


 両者、一歩も引かない。


「いけぇ、アイラぁーっ!」


 レイ先輩が声援を送る。


「…………」


 問題は、時間が経過すればするほど、セシリーさんに剣筋を予測されやすくなってしまうことだ。

 そこをどう攻略するかが、鍵に――


「ん?」


 あれ?

 時間が経過しても、アイラさんがそれほど不利にはなっていないような……。

 いや、むしろ……押している?


 俺は目を凝らした。


「!」


 ……そうか。


「ねぇ! アイラが押してるよ、クロヒコ! よくわかんないけど、セシリーはうちの会長の時みたいにアイラの剣筋を予測できてないってことだよね!?」

「ブレ、みたいですね……」

「ブレ?」

「アイラさんの剣先を見て気づいたんです。微妙に剣先が、不規則に揺れてるんですよ……」

「剣先が?」

「ええ」


 前の世界にいた時、何かで読んだことがある。

 凄腕の剣豪は、刃先をピタッと止めずにさりげなく揺れし続けることで相手に剣筋を読ませないみたいな話を。

 今は半無意識状態だから……あれは、運よく発生した副産物という感じなのだろうか?


 ともかく、セシリーさんはブレの幅まで補正して予測できていない。

 その場でその場で剣筋を予測するのが困難になっているのだ。


 副産物とはいえ、こんな破り方があったとは……。


 アイラさんの意志の勝利、と言ってもいいのかもしれない。


「有効打!」


 リリさんの手が、上がった。


「――――っ!」



 アイラさんの剣が、わずかに表情を歪めるセシリーさんの首を、打っている。



「取った! アイラが一本取ったよ、クロヒコ……っ!」


 俺に抱き着いて飛び跳ねる、レイ先輩。


「ごくっ――」


 四つ。

 あと、一つで届く。

 優勝に。


 アイラさんは攻め続けた。

 剣のキレが、さらに上がっている。

 意識が、純化しているということなのか。

 半無意識状態になったことで、アイラさんの中から、さらに余計な雑念が消えたのかもしれない。

 純粋な戦闘思考――


 否、戦闘本能と言うべきだろうか?


 セシリーさんの《疑似極空》を計算的戦闘思考と捉えるなら、今のアイラさんの思考は、本能的戦闘思考と言えるかもしれない。


 ならば、今の状況は計算と本能の戦い。


 戦台の二人はもう汗だくだった。

 会場の気温は低くない。

 熱が、体力を奪っていく。

 スポーツの試合で言えば、体力が底を尽きかけている終盤戦のようなものか。


 戦台の上で、二人の汗が光っているように見える。


 熾烈さは増していた。

 互いの呼吸は荒い。

 体力も限界近くまで消耗しているはずだ。

 なのに――剣のキレが、増している。

 二人とも。


 剣と剣が響き合って奏でる音が、まるで、音楽でも奏でているような錯覚を引き起こす。


 今の二人は意識が正常な状態にあるとは言い難い。

 けれど二人の目は、同じものを真っ直ぐ見据えている。

 そこへ、向かっている。



 優勝へ。



「ボクとしては、やっぱりアイラに勝ってほしいけど……でも、もうどっちが勝つのかわからなくなってきたよ……っ」


 予測についてレイ先輩が完全に白旗を上げた。

 だが、この試合の勝者を予測できる者など会場内にいるのだろうか?

 もはや俺にも予測がつかない。

 ただ、ここで一つ気づく。


「セシリー、さん――」


 試合の熱気にあてられてか、俺も汗をかいていた。

 だけど、額を一筋流れたのは――冷たい汗。


 紛れもない。


 紛れもなく、

 どうしようもなく、

 何一つ、

 疑う余地なく、



 天才。



「どこまで進化するっていうんですか、あなたは」



 アイラさんの剣先のブレにまで補正を行って、ついに――




 予測計算を、合わせてきた。




 ここで。


 この、局面で。



「……ッ、――ゆ、有効打っ!」


 ワァァァっとという歓声の波が、大聖場を覆う。

 リリさんの手の上がっている方角は、



 セシリー・アークライト。



「うぉぉおおおおっ! セシリー・アークライトが、ここで一本返したぁっ!」

「おいっ……おい、決まった! 決まったぞ! おまえ、今の見たか!?」

「あぁ! これ以外ないって思えるくらい、絶妙な機で放った一撃だったよな……っ!?」

「ああくそっ! 決勝戦にふさわしすぎるだろう、この試合……っ!」

「がんばって、セシリー様ぁっ!」

「アイラ・ホルンーっ! もうひと踏ん張りだぞーっ!」


 どよめきの波が、興奮の渦を、形成していく。


 ノードさんは、もう警護のことが意識から消えているという感じだった。

 ディアレスさんは息を呑む感じで見守っているが、その視線は熱い。

 ガイデンさんは、手すりに身を乗り出している。


 これで、



 四対四。



 泣いても笑っても、次の有効打を取った方が勝つ。


 しかも、


「ねぇクロヒコ……なんか、二人の様子が――」


 先ほどの有効打が影響したのか。

 あるいは、なんらかの燃料切れによるものか。

 理由は、わからない。


 いずれにせよ、


「はぁっ――はぁっ……! ごめん、セシリー……ん……アタシ今まで、なんかおかしくなってたかも――でも、せっかくの決勝戦だもんっ……セシリーとは――ちゃんと決着、つけたいから……っ! 意識がはっきりしてきて、よかった……っ!」


 ポタポタと珠の汗を戦台の床に垂らしながら、息荒く、アイラさんが挑戦的に笑む。


「はぁっ――はぁっ…ふぅっ……わたしも、同じです……」


 二人の意識が、完全に戻った。


 汗をぬぐうこともせず、セシリーさんが大きく呼吸する。


「アイラ――」


 構え直される、双剣。


 セシリーさんが構えを取り直したその瞬間、会場から音が消えて、空気が引き締まったような感じがした。



「つけましょう、決着を」




次回、決着です。

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