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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第22話「登校」

「――ヒコ様……――ロヒコ様」


 うーん。

 誰かが、俺の名を読んでいる。

 …………。

 ああ、そうか。


 俺は、勇者クロヒコ――。


 今日は十五才の誕生日。

 魔王を倒すため旅立つ日が、確か今日だったっけ――。

 でも、眠い……。


「うーん、あと百年……」

「駄目ですよ、クロヒコ様! 起きてください!」


 ゆっさゆっさと何者かに身体を揺すられる。

 それにしてもさっきから、肩のあたりに何か、柔らかいものが……。

 スライム……。

 ああ、モンスターか……。

 ったく、勇者も楽じゃないぜ……。

 倒さなくちゃ……。

 うぇーい。


 ゆうしゃのこうげき。


 ふに。


「ふぇっ!?」


 しかし、ダメージをあたえられなかった。


 なん、だと……?

 スライムくせに、生意気な……。

 こいつめ。


 むにゅ。

 むにゅむにゅ。

 むにゅむにゅむにゅむにゅ。


「あの……あっ……ね、寝ぼけておいでなの……んっ……です、かっ?」


 すらいむは怯んでいる。


 ね、寝ぼける……だと?

 す、スリープ系の……呪文を使うのか……この、スライムは……どうりで……眠い……わけだ……。

 くそっ……。

 こんなところで、負けてたまるか……!


 むぎゅっ!


「んん! く、クロヒコ様! どうか……お、お気を確かに!」


 かいしんのいちげき!

 しかし、ダメージをあたえられなかった……。


 なんじゃそりゃ……かいしんのいちげきで、ダメージなしって……。

 ……マジか〜。

 スライム強すぎだろ……。

 もうマヂムリ……。


 ゆうしゃはあきらめた……。


「……ん?」


 ぱち。

 目を開く。


 視界には、俺の顔を覗き込むケモノ耳のメイドさん……。


 ふんわりと、イイ匂い……。


「……って、あれ? ミア……さん?」


 ケモノ耳のメイドさんが、にっこりと笑う。

 どことなく顔が赤い上、なんだか笑みがぎこちないけど……。


「お、おはようございます……クロヒコ様……」

「? お、おはようございます……」


 身体を起こす。


「……あ、そっか」


 ここって幽霊屋敷……もとい、俺の家だったけ。


「って、なんでミアさんが!?」

「はい、もしクロヒコ様がまだ寝ておられるようでしたらご起床の手伝いをするよう、マキナ様から仰せつかりました。ですので、こうしてまいった次第でございます」

「マキナさんが……」

「昨夜クロヒコ様は大分お疲れのご様子だったとマキナ様からはうかがっておりますが……ご疲労は、まだ残っておいでですか?」


 うーん。

 しっかり見抜かれていたのか。

 さすがはマキナさん。

 が、


「いえ、すっきり爽快! ちゃんと寝たんで、元気百倍ですよ!」

「そうですか、よかったです! クロヒコ様にとってはせっかくの学園生活初日でございますからね。初日からご遅刻というのも、色々ともったいないですから」

「えーっと、ちなみに、時間は大丈夫なんでしょうか?」

「はい、ご朝食をとられる時間も計算してまいりましたので、大丈夫でございます」


 安堵の息を吐く。


「よかった……」


 確かに、初日から遅刻は具合が悪いもんな……。

 ただでさえ二日遅れの入学なわけだし。

 …………。

 もう気分は、すっかり転入生のそれだな。


 ミアさんはくるりと身体を半回転させると、顔だけこちらに向け、にこっと笑った。


「朝食はもう準備できております。わたくしは先に下に降りていますので、御支度が整いましたら、クロヒコ様も降りてきてくださいませ」


          *


 朝ごはんは、チーズとハムを載せたパンと、フレッシュなサラダとミルクだった。

 やっぱり食事がおいしい……素材の味が、いきてるっていうか。

 しかしケモノ耳のメイドさんが朝起こしに来てくれるどころか、朝食まで準備してくれるだなんて……。

 もう人生ここで終わりでもいいや――ってわけにも、まあいかないか。


 成り上がるんだもんな。


 ……具体的に何をしたらいいのかは、まだわからないけれど。

 さて。


 朝食を済ませた俺は、ミアさんと一緒に家の外に出た。

 外は快晴。

 空へ両手を向けて、身体を伸ばす。


 うーん、いい朝だ!

 制服のサイズもぴったりだったし、何より、このフレッシュ新入生って感じがいいね!

 年齢的にも、フレッシュだし!


 今日は、なんだかいいことがありそうな気がするぞ!


「ん?」


 女子宿舎の窓から外を見ていた女子生徒が、俺に気づいた。


 ……どうしよう。


 と、とりあえず当たり障りのない笑みを浮かべてみるか。


「…………」


 あ、窓閉められた……。


 ……今日はなんだか、もう駄目そうな気がしてきた。


 しょんぼりしながら後ろを振り向く。


「それじゃあミアさん、行ってきます……」

「はい! 行ってらっしゃいませ、クロヒコ様!」

「うぅ……ミアさんの笑顔と優しさが、心に染みるなぁ……」


 と、ミアさんが近寄ってきて、俺の左右の手をそれぞれ手に取った。

 そして、ぎゅっと握ってくる。


「ファイトですよ! クロヒコ様! せっかくの入学初日なのですから! ミアは応援しております!」

「み、ミアさん……」


 あぁ、告白したい。

 そして抱きしめたい。

 むしろこの場で、婚約を申し出たい。


「好きです! ミアさん!」

「はい、わたくしも好きでございますよ!」

「…………」


 曖昧!

 表情的にも仕草的にも『好き』の種類が、すっげぇ曖昧……!

 今、俺は知った!

 どっちとも取れる『好き』ほど、判断に困るものはないと!

 むしろ定番の『○○さんも、○○さんも、みーんな好き!』『あーなるほど、「好き」って、そういう意味の「好き」のことね……』みたいなパターンの方が、まだマシな気がするよ!

 誤解も生まないし!

 でもこの場合、どっちなのかわからない!

 実際のところどっちなんですか、ミアさん!?


「さ、ご遅刻なさらないよう、そろそろ出立なさってくださいませ!」

「…………」

「…………」

「…………」

「クロヒコ様? いかがなされました?」


 わからん。

 ミアさんをつぶさに観察してみても、どっちなのかまるでわからん。

 そして、本当のところを口に出して聞く勇気もない。

 ノーブレイブ。

 ただ一つわかったのは、やはりミアさんの胸は大きい、ということだけである。

 いつか俺にも、あの胸にタッチするくらいは許される日が来るのであろうか……。


「……では、行ってまいりますっ」

「はい、いってらっしゃいませ!」


 こうして、満面の笑みを浮かべるミアさんに見送られ、俺は本棟へと向かった。


          *


 やー、昇降口っぽいとこに着くまでの道中、居心地悪かったわー。


 女子宿舎が近いってことは、つまりは女子生徒の数も多いわけで。

 わーい女の子に囲まれてうらやまハーレム登校だーっ! とか浮かれていたちょっと前の俺を、本気で殴り飛ばしてやりたい。


 途中まで、なーんかすっげぇ浮いてました、俺……。

 あー、これってあれかな?

 いわゆる、


 ひゃっほう最近男女共学になったばかりの女子校に数人しかいない男子として入学した俺俺俺ぇ! 今日から誰もが羨むハーレム生活突入だぜ! と思ったのも束の間、圧倒的な男女比によって常に肩身の狭い思いをさせられる男子たち。さらには、知りたくもなかった現実の『おにゃにゃのこ』ならぬリアルな『女』という生き物の生態を知って絶望してしまい……こ、こんなはずじゃなかったのにーっ!


 となるパターンのやつかな?

 …………。

 かといって男子校はやだぜ、俺。

 ていうか、前の世界にリアルに男子校というものが存在していたのかどうかすら、俺は知らない。

 昔は、けっこう数あったらしいんだけどね。


 まあ、そんなわけで校舎に近づくにつれ男子生徒の姿が増えてきたことで、なんだか俺は逆に安心してしまったりしているのであった。


 ……言っとくけど、ホモじゃないよ!


 というわけで昇降口――便宜的にそう呼ぶことにする――に到着。

 靴の履き替えはないようだ。

 大学と同じだね。


 えーっと、確か獅子組とやらの教室は、二階だったな。

 階段を上る。

 しかし手ぶらだからか、どうも収まりが悪い感じがする。

 学生鞄を家に忘れて学校に来ているみたいだ。


「お、ここか」


 両開きの黒いドアに金の塗料(?)か何かで獅子の絵が描いてある。

 おお、すげぇ……。


「…………」


 やば。

 なんか、緊張してきたぞ。

 周囲をきょろきょろと見回す。


 生徒の姿はそれなりにあるが、獅子組の教室へ入ろうとする生徒はいない。


 くっ。

 誰かが入ったタイミングで俺もさりげなーく入る作戦は、これでは無理か……!

 だが、このまま突っ立ってるというわけにもいくまい……。

 後から登校してきたパッパラパー系の女子生徒とかに見つかって『なんかあのヒト教室入らないでドアの前でじっと突っ立ってたんですけどー、やだー、キモーイ!』とか言われたら、きっと俺は立ち直れない。

 …………。

 い、行くか……。

 では――


 いざっ!


 俺はぐっと取っ手を握り込み、前へ押し出した。


「…………」


 ……引いて開けるタイプのドアでした。

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