60.「攻防」
開始直後、アイラさんとセシリーさんは同時に動いた。
どちらも待ちに徹しなかった。
ただ、剣を構えながら猛スピードで迫るセシリーさんに対し、アイラさんは略式を描き術式を放った。
ばら撒かれる攻撃術式。
あれにはセシリーさんの移動する軌道を限定する意図もある。
けれど本当の目的は、セシリーさんのリズムを崩すことだ。
セシリーさんの剣の強みの一つは、芸術的とも呼べるその流れるような動きにある。
あの流麗な攻撃を継ぎ目なく浴びせられると、たとえば第一戦の対戦相手のように、セシリーさんの流れに一気にのみこまれてしまう危険性がある。
リズムに乗り切った彼女の攻撃を捌き切るのは至難の業だ。
しかしだからこそリズムを断ち切ることさえできれば、試合を有利に運べる。
といっても、それは簡単ではない。
セシリー・アークライトの《舞踏》は、攻撃だけでなく、防御にも組み込まれているからだ。
踊りを止めようと無闇に前へ前へ攻撃を仕掛けたら、気づくと舞踏の激流にのみ込まれている。
川の流れを止めようといざ飛び込んだら、そのまま川の流れにのみ込まれてしまったような感じだろうか。
そんなことが、容易に起こりうる。
攻防に対応したあの流れを生半可な攻撃で止めることは難しい。
攻撃術式をスイスイとすり抜け、セシリーさんがアイラさんに迫る。
「すげぇ! アイラ・ホルンの攻撃術式をすべて避けてやがる!」
「回避力も含めて、速さ勝負はセシリーの方が上みたいだな!」
「それに、見てるこっちも思わず魅入っちまうくらいの華麗な動きだぜ!」
試合内容には関係ないが、観客の目をも魅了する戦闘スタイル。
そこにあの美貌が合わさるのだから、魅了されるのもこれは仕方がないと言える。
攻撃術式をやめ、アイラさんが両手で剣を構えた。
セシリーさんは止まらない。
姿勢をさらに低くし、戦台の上を滑るように駆けていく。
剣と剣が、打ち合う音。
二人の刃が、ギリリッ、と相手の刃と噛み合った。
歓声が上がる。
「うぉぉっ! ほぼ互角って感じかっ!?」
「アイラ・ホルン、剣が一本でも負けてねぇ!」
「でもさ、セシリーは一本で受け流すなりなんなりして、もう一本の剣で有効打を狙うべきだったんじゃないか?」
「い、言われてみれば……」
俺は、しっかり見ていた。
「クロヒコも、見たよね?」
戦台から視線を外さず、レイ先輩が聞いてきた。
黙って頷く。
セシリーさんは一度、アイラさんの剣を一本で受け流そうとした。
それから瞬時に不可能だと判断し、咄嗟に二本で防いだのだ。
二本で防がなければ、そのまま押し込まれ、逆に有効打を取られると判断したのだろう。
「一本では受け流せないほどの剣撃を、アイラが浴びせたってことだね?」
「そうです」
「あの器用なセシリーでも、力を逃がせない攻撃とはね……やるじゃないか、アイラ」
「受け流しにくい攻撃を、二人で練習したかいがありましたよ」
セシリーさんが相手の力を受け流すのが得意なのは、知っていた。
受け流す際に重要となるのは、角度である。
稽古中に俺が双剣を手にし、アイラさんと打ち合いながら、受け流しづらい姿勢や角度を研究した。
説明すると、レイ先輩が感心して言った。
「なるほどねー」
「一瞬で絶妙な角度を見極められるアイラさんの素早い察知力と判断力がなければ、実現しない攻撃ですけどね」
それと、適切なポイントへ打ち込める正確さも。
「ちなみにその攻撃には、強力な副産物があるんです」
「副産物?」
「思いっ切り、打ち込める」
受け流される心配がなければ、全力で打ち込める。
受け流される懸念があると、どうしても受け流されてしまった場合のリカバリー分を考慮しなくてはならない。
そこに戦中における《贅肉》が生まれる。
「そういえばアイラの一撃、威力もすごかったよね。セシリーが瞬時に《一本では防げない》と判断したわけでしょ? むー? アイラって、あんな威力のある攻撃を打てる子だったかな?」
「しかし……ほんとよくアイラさんのこと見てますよね、レイ先輩って……」
「そりゃあね! ボクだからね!」
えっへん、と誇らしそうなレイ先輩。
「あれは、重心移動の賜物です」
「重心移動? そこそこの剣士なら、それは大体の人が心がけてると思うけど……アイラだって、前から意識はしてたと思うよ?」
「アイラさんが今やっているのは、ちょっと特殊な重心移動方法でして」
四凶災のベシュガム・アングレンが使った特殊な重心移動による《凶撃》。
あれをできるだけわかりやすいように改良したものを、アイラさんにも教えていた。
ただし、かなり簡略化しないと難しい感じだった。
なのでオリジナルと比べると、おそらく二割……よくて四割くらいの底上げしかできないと思う。
だから普通の重心移動攻撃よりもわずかに威力が上がる程度かもしれない。
しかし少しであっても、威力は確実に高まった。
防御の際、セシリーさんに剣を二本とも使わせる程度には。
双剣に対しては会長たちのように返し刃を使う手もあるが、あの重心移動攻撃を見せておくだけで《対双剣の攻撃は返し刃だけではない》と警戒させることができるはずだ。
何より、アイラさんには重心移動による攻撃の方が返し刃よりも合っているっぽいのだ。
「…………」
それにしても、である。
アイラさん……ドリストス会長戦ではちょっと使ってたけど、決勝戦まであの重心移動をほとんど使わなかったんだよな……。
手の内を見せまいとしたのだろう。
決勝戦まで、なるべく隠そうとしたのだ。
それはアイラさんが、言葉だけでなく、最初から決勝戦を見据えていた証拠。
彼女の言う全力とは、おそらく《全力をこの聖武祭の優勝に捧ぐ》という意味なのだろう。
第三戦前日のアイラさんの言葉。
『決勝戦のことを考えるなら、準決勝で無茶をしすぎるのはよくない――だよね?』
以前、彼女は優勝を狙うと宣言した。
彼女の頭の中にはちゃんと、最初から決勝戦がある。
ただ、
「セシリーさん、あの重心移動の攻撃であのまま押し込まれはしませんでした……二本の剣を使って、しっかり防ぎ切りましたから」
この試合、現時点で両者は拮抗していると言えるだろう。
「そっか……決してアイラが優勢なわけでもないんだね。うん、さすがセシリーだ。でもさ、クロヒコ? だとすると――」
視線だけでレイ先輩が俺を見た。
言いたいことはわかる。
「ええ……セシリーさんは、まだ《疑似極空》を出していません」
そう。
セシリーさんには、まだ《上》がある。
準決勝から察する感じだと《疑似極空》は、固有術式のように意識して出せるものではないようだ。
「でももし、この決勝戦で《疑似極空》が発動したら……」
できることなら、アレが出る前に試合を決めてしまいたい。
そして両者一歩も譲らないまま、試合は互角の状態のまま進行していった。
ようやく「えくすとらっ!」も、終わりが見えてきました。




