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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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59.「決勝戦」


 医療室に到着し、俺は室内を覗き込んだ。


 昼休憩でも取っているのか、医師の姿はない。

 俺が姿を見せると、ベッドの上で身体を起こしていたアイラさんがきょとんとした。


「クロヒコ?」

「あ……今、大丈夫ですか?」

「うん」


 買ってきた軽食とカラム水の入った瓶を差し出す。

 アイラさんは礼を言って、それらを受け取った。

 そして、俺も自分用の軽食を口にする。


 食事を終えて一段落すると、アイラさんがぽつりと言った。


「もう一つの準決勝、終わったんだね」

「ええ」

「アタシの決勝戦の相手……聞いても、いいかな?」

「セシリーさんです」

「……そっか」


 なんとなく、アイラさんは嬉しそうに見えた。


「あはは、実はさ……決勝戦まで来ても、なんだかまだ現実感がないんだよね。まるで別の誰かの身体を借りて、この場にいるみたいな感じでさ……変、だよね?」

「どうあれ、決勝まで来られたのはアイラさん自身の実力が確かだったからですよ」


 アイラさんが視線を伏せた。


「ねえ、クロヒコ」

「はい」

「アタシにとって、クロヒコは……憧れの人なんだ」

「俺が……あ、憧れの人?」

「うん」


 アイラさんが、ベッドからゆったりと足を降ろす。

 ちょうど今、彼女は俺と向かい合った状態となっている。


「えへんっ」


 可愛らしく咳払いをする、アイラさん。


「今から、アタシ……ちょっと変なことを言います」

「え? は、はい」


 アイラさんが、まつ毛を伏せた。

 どことなく幸福そうにも見える。

 窓から光が差し込んできた。

 彼女の髪の隙間から、薄っすらと光が漏れている。


「アタシは、クロヒコになりたいんだ」

「俺に……なりたい?」

「聖武祭中、特訓につき合ってもらってるうちに……いつの間にか、クロヒコはアタシの目標になってた」


 自分が、誰かの目標になる。


 そんなことは今まで経験がなかった。

 この世界に来て、俺はたくさんの人に憧れた。

 だけど、自分が誰かに憧れられるなんて、考えたこともなかった。


「あの、ね?」


 頬をうっすらと染め、すぅぅ、とアイラさんが深呼吸する。

 それから彼女は、自分の胸に手をあてた。

 息を吐き出し終えると、アイラさんは俺の右目をその大きな目で見つめた。


「もしこの決勝戦で勝ったら、クロヒコに伝えたいことがあります」





 観客席に戻ると、準決勝の時に一緒に観戦した三人の姿はなかった。


 キュリエさんは別の席で決勝を見るのかもしれない。

 まあアイラさんとセシリーさんの決勝となると、意外と別々の席で観戦した方がいいのかもしれないしな……。

 ドリストス会長も決勝は別の席で観戦するのだろうか?


 ちなみにアイラさんは、もうここからは一人で大丈夫だと言っていた。

 なので、集中力を乱すのも悪いと思い俺は観客席へ戻ってきた。

 うーむ。

 それにしても、


『もしこの決勝戦で勝ったら、クロヒコに伝えたいことがあります』


 優勝したら伝えたいことって、なんだろう? 


「…………」


 いや、とにかく今はまず決勝戦をしっかり見届けよう。

 どのみち、アイラさんが伝えたいことというのも、決勝戦が終わってからでないと明らかにならないだろうし。


 そうこうしているうちに、一年生部門の決勝が始まった。

 ジークとヒルギスさんによる決勝戦は、有効打の数が一つ多かったジークの勝利で終わった。

 第三戦では初めてとなる、時間切れでの決着。


 二人の実力はほぼ拮抗していたと思う。

 ただ、ジークの方がわずかにヒルギスさんを上回っていた感はあった。

 というか、アイラさんの成長ぶりに驚いてばかりいたけど、あの二人も実はここ最近ですごく強くなってるんだよな……。

 しかも、ジークは何気にヒビガミに四凶災という超強敵との戦闘経験があったりする。

 さらに言えば、戦っただけでなく、四凶災と戦ってピンチになった時に助けてもらったそうだから、意外とジークはヒビガミと縁のある男なのである。

 まあ、ヒビガミもジークの素質自体は認めるような発言をしていたし。


 次の二年生部門は、もう完封試合と言っていいレベルでレイ先輩が優勝した。

 ていうか、なんだあの強さっ!?

 あれが、レイ先輩の本気なのか……。


 レイ先輩、普段は爪を隠し過ぎではないでしょうか。


 などと思っていたら、三年生部門では、ベオザさんがこれまた封殺レベルの決勝戦をみせつけた。

 ベオザさん、明らかに今までの試合と比べて気合の入り方が違った気がする……。

 レイ先輩の試合が第三戦では最短決着記録だったが、次の三年生部門の決勝戦であっさりベオザさんが記録を塗り替えてしまった。


 ふむ……さすがに決勝戦ともなると、普段は呑気に見えるあの人たちもシリアスモードになるのかもしれないな。


「やっほー、クロヒコ! 勝ったよー!」


 シリアスモードなのかと思っていたら、無茶苦茶フランクなノリの二年生部門優勝者が俺の席にやって来た。そして、また肩をベシベシ叩いてきた。


「れ、レイ先輩!? えっと……優勝、おめでとうございますっ……すごかったですっ」

「でしょー? 惚れ直したかナ?」

「惚れ直すも何も、元から別に惚れてないですけど……」

「ひ、ひどい! 結局、ボクとは遊びだったんだね! この外道! 人でなし! 聖樹の国の禁呪使い! 邪神の手先! 冷血漢!」


 二年生部門の優勝者がおいおいと泣き出してしまった。

 圧倒的、嘘泣きだった。


「ていうかなんで《聖樹の国の禁呪使い》が悪いやつの代名詞みたいにさらっと混入されてるんですか! そっちの方がひどいですよ!」


 がんばってあしらったあと、レイ先輩はおとなしく俺の隣に座った。


「でも、実はさりげなく一人で観戦するのが寂しかったので……レイ先輩が来てくれて、何気にちょっと嬉しいです」

「まー、クロヒコはアイラを応援する側だからねー」


 やはりレイ先輩はアイラさんを応援する側らしい。


「俺、この聖武祭はアイラさんを応援するって決めてますから。なんといっても、稽古相手を務めた相棒ですし」


 レイ先輩と軽くこれまでの決勝戦の話をしながら待っていると、無学年級の決勝戦に出場する二人が、それぞれの門から姿をあらわした。

 観客のボルテージが一気に上がる。


「きたぁ!」

「二大名門公爵家の娘を破った、セシリー・アークライトとアイラ・ホルンだ!」


 他の決勝戦でも観客は盛り上がっていたが、この無学年級はひと際盛り上がりがすごかった。


「どっちが勝つのか、まるで見当つかねぇよ!」

「特にアイラ・ホルンは、当初はここまで来るとは誰も予想してなかったからな!」


 観客の人たちの反応に嬉しくなり、つい《どうだ、アイラさんはすごいだろう!》といったドヤ感のある気分になってしまう。

 何より、アイラさんのすごさがたくさんの人に伝わったのは素直に嬉しい。


「――って、あれ?」

「おい、見ろよ。セシリー・アークライトが、左手を包帯でぐるぐるに巻いているぞ」

「規則的には、あれは問題ないみたいだが……まさかさっきの試合で痛めたのか?」

「だとすればこの決勝、俄然アイラ・ホルンに有利になったんじゃないか!?」


 セシリーさん……やっぱり準決勝で、手首を痛めていたのか。


 でも――


「観客はああ言ってるけど……クロヒコなら、わかるよね?」


 確認を取るように、レイ先輩が聞いてきた。


「ええ」


 表情を見ればわかる。

 セシリーさんはまったく気負っていない。


 対戦者二人が、戦台の中央へ進み出る。


 この決勝戦もリリさんが判定員だった。

 リリさんが決勝の規則の説明を終えると、大会の運営者の人がやってきて、二人のこれまでの聖武祭の試合結果と人物紹介を始めた。

 そしてそれが終わると、リリさんが高らかと手を上げた。


「ではこれより、聖武祭無学年級っ――決勝戦を、行います!」


 リリさんが、手を振りおろす。


 ついに、


「始め!」


 最後の試合が、始まった。


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