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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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56.「準決勝を終えて」


 リリさんが勝者の名を呼び、試合は終了し――


「あれ……?」


 セシリーさんが、止まらない。


 称賛の渦が形成される寸前、観客たちは戸惑いによってその勢いを削がれた。


「ど、どうしたんだ……?」

「試合は決したのに、セシリー・アークライトがまだ攻撃を続けようとしてるぞ?」


 対戦相手へ追撃をかけようとするセシリーさんの前に、リリさんが立ち塞がった。


「もう試合は終わっています! 剣をおさめなさい! ……くっ!」


 姿勢を低くしたリリさんが、セシリーさんに抱きついた。

 あのまま抑え込むつもりか。

 クーデルカ会長はまだ状況を把握できていない表情をしている。


 そして、武器を持たずに抱きついたのは正解だったようだ。

 セシリーさんはリリさんを《対戦相手》と認識しなかったらしい。

 攻撃は、そこで停止した。


「…………」


 懐に顔をうずめるリリさんを、黙したまま見おろすセシリーさん。

 ゆっくりと浸透していくみたいに、少しずつ意識が戻ってきているのが表情からうかがえた。


「リ、リ……シグム、ソス……?」

「そうですっ……あなたは、この準決勝に勝ちました……っ! もう、試合は終了しています!」

「ん……ぅ……、――――あれ?」


 深く息をつくリリさん。


「ふぅぅ……おそらく戦いに没入しすぎて、意識を失っていたいたのですね。もう大丈夫ですか?」

「え? ええっと……わたしの勝ちなの、ですか……?」

「ええ、そうです。あなたの勝ちです、セシリー・アークライト」

「ん……」


 額に手をあてて眉をしかめるセシリーさん。


「ええっと、その……記憶が、はっきりしてきました……すみません、どうも極度に試合に集中しすぎて……我を忘れていたようです」


 ホッとした様子で、立ち上がりかけていたキュリエさんが腰をおろした。


「大丈夫、そうだな……」

「みたい、ですね……」


 俺も腰をおろす。

 キュリエさんも、俺と同じく戦台に飛び込んでセシリーさんを止めた方がいいのかどうか迷っていたようだ。


 もう問題なしと判断したのか、リリさんが抱擁を解く。

 セシリーさんが頭を下げた。


「あの……申し訳、ありませんでした……」


 リリさんが微笑む。


「それだけ白熱した試合だった、ということにしておきましょう……クーデルカも、それでよろしいですね?」


 クーデルカ会長がこくりと頷く。


「今のセシリーの行動は、全力を出したがゆえのものでしょう。私としては文句などありません。私もこの試合には全力で臨みました……内容には、満足しています」


 クーデルカ会長が口もとを緩め、手を差し出す。


「よい試合でした、とても」

「あ――」


 やや遅れて、セシリーさんが握手に応じる。


「ありがとう、ございます」

「がんばってください、決勝戦」


 少し強くセシリーさんが手を握り返す。

 まるで、決意を示すみたいに。


「はいっ」


 対戦者二人がそうして握手を交わしたところで――待ちかねたと言わんばかりに、場内は称賛の合唱に包まれた。





 セシリーさんとクーデルカ会長が戦台から去ると、会場の観客たちは席を立ってぞろぞろと移動し始めた。


 皆、午後の決勝戦に備えて昼食でもとりに行くのだろう。

 確か大聖場の内外には屋台も出ていたはずだ。

 うーむ……アイラさんに、何か買っていこうかな……。


「私は、セシリーのところに行ってくる」


 最初に席を立ったのは、キュリエさんだった。


「あ、キュリエさん」

「ん? どうした?」


 俺は、今の試合の中で気づいたことをキュリエさんに耳打ちした。

 聞き終えると、彼女は俺と視線を合わせた。


「それは、本当か?」

「その……たぶん、なんですけど」


 口もとに手をあて、キュリエさんが内容を咀嚼する。


「ふむ、わかった……その件は、私が確認しておく。よし……では、行ってくる」


 キュリエさんが通路の方へ消えて行ったあと、緊張が解けたみたいに、レイ先輩が伸びをした。


「うぅ〜ん……っ! ほんと、目を瞠る試合だったなぁ……っ」


 試合が終わった直後こそまだ緊迫感を引きずっていたが、今はいつもの気楽なレイ先輩に戻っていた。

 …………。

 というか、この人もこのあと三学年部門の決勝戦を控えているはずなのだが……ぱっと見、すっごくお気楽そうに見えてしまう。

 まあ俺と違って、この人はポーカーフェイスだしな。


「さーてと! ボクはうちの会長の様子を見に行ってこようかな……見た感じは平然としてたけど、ちょっと心配だからさ。アイラの方は、クロヒコに任せていいかな?」

「え? ええ……このあと、アイラさんの様子は見に行くつもりですけど」


 レイ先輩が立ち上がる。


「じゃ、アイラの方は任せたよ?」

「は、はい……あの、レイ先輩っ」

「ん?」

「決勝戦、がんばってください。応援してますから」


 一瞬キョトンとしたレイ先輩だが、すぐにニコッと笑顔を返してくれた。


「キミって男は、細かいところまで気が回るねぇ。ひょっとしてぇ、このボクまでオトそうってのかい? ん?」


 お、オトす?


「お、俺はそんなつもりじゃ――」

「ほんとかナー?」

「じ、純粋な応援ですよ! だって仲間じゃないですか、俺たち!」

「ふーん? 仲間ねぇ……なら、大事な仲間であるクロヒコのためにボクもちょびっとがんばっちゃおっかナ?」

「ええっ……が、がんばってくださいっ」

「あははっ。じゃあまあ、がんばるとしますかっ。それじゃまたね、クロヒコっ」


 そう言ってポンッと肩を叩くと、レイ先輩は通路の方へ歩いて行った。


「はぁぁ……」


 ため息をつく。


 まったく……あの人は、会話するたびに俺をからかわなくちゃならないノルマでもあるのだろうか?


「そういえば……ドリストス会長はこのあと、どうするんです?」


 俺の後ろの席にはまだドリストス会長が座っていた。

 見ると、さっきの試合の余韻がまだ抜け切っていない様子である。


「え? わたくし? ええっと……そうですわねぇ……あとで、クーデルカにイヤミの一つでも言いにいこうかしら?」


 とか言いつつ、イヤミを言いに行くつもりなんてないくせに……。


「ん? なんですの? その生温かい目は?」

「いえ、なんでもないです」


 さっきの試合中の様子を見ていればわかる。

 今の二人の会長は、犬猿の仲という言葉ではくくれない関係になっていると思う。


「ところで……クロヒコは、この試合をどう見たのかしら?」

「二人とも、俺の予想範囲を越えていきました」


 会長が足を組みかえる。


「セシリーはこの試合を通して、クーデルカの《極空》に似た特性を得たようですけど……もしあれを決勝戦で使われたら、アイラ・ホルンも苦戦必至ですわね」


 確かにあれを使われたら苦戦を強いられるだろう。

 この第三戦、セシリーさんと当たった時の対策も一応は考えていた。

 しかし彼女が疑似《極空》という特性を会得するなど、予想していなかった。


「ええ……おっしゃるように、苦戦はするかもしれません」

「ですが――」


 会長が胸に手をあてる。


「アイラ・ホルンだって、このドリストス・キールシーニャを破ったのです。それに、わたくしとしても……彼女に優勝してもらった方が、自分の評価が落ちずに済みますし」


 俺は苦笑した。


「そこは素直にアイラさんが気に入ったって言えばいいんじゃないですか、会長?」

「ぅ、ぐっ!?」


 頬を赤らめ、口の端っこを引き攣らせる会長。

 それから言葉を探すように口もとをムニュムニュさせたあと、会長は続けた。


「ま、まあ……? アイラ・ホルンのああいった潔い戦い方も、悪くないと感じましたし? なんというか、その……負けたのに、不思議と晴れやかな気分でしたから……」


 会長が治癒布を貼ってある腕にそっと触れ、薄く目を開いた。


「そもそもあの子は、人を欺いたり、絡め手を使ったり、時に卑怯よばわりされる固有術式を使うどこぞの生徒会長には……いささか、眩しすぎますわ」

「そうですか? あの準決勝のことを、誰もそんな風な対比では見ていないと思いますよ?」


 そろそろアイラさんの様子を見に行こうと思い、俺は立ち上がる。


「俺は、その……全力でアイラさんと戦うドリストス会長にも、熱くて純粋な何かを感じました。それに俺、会長を卑怯な人間だとは思いません」


 俺としては、人を欺いたり、絡め手を使ったり、卑怯よばわりされるべき人間と言えば、真っ先に浮かんでくるのはノイズ・ディースである。

 シャレにならない十重二十重のあの嫌がらせ(?)を経験してしまうと、ドリストス会長なんて全然かわいいものじゃないかと思えてしまう。


「やっぱり、会長はかわいい方だと思うんだよな……」

「――っ!?」


 まあなぜかヒビガミはノイズのああいうところを評価してたみたいだけど……。

 …………。

 おっと。

 どうやら思考の世界に入り込んでしまっていたようだ。

 危ない危ない。

 俺の場合、たまに口から考えていることがダダ漏れになってることがあるからな……。

 気をつけないと。


「ええっと……だから会長も、もっと自分のことを誇っていいと思いますよ? 少なくとも俺はドリストス会長のこと、普通に好きですし」

「…………」

「…………」


 あれ?

 なんだ、この沈黙。


「むぅー……ンー……むー……」


 気難しそうに糸目を絞り、会長が悩ましげな唸りを漏らしている。


「ねぇ、クロヒコ?」

「はい?」

「今のは、要するに……そういう意図ですの?」

「へ? そういう意図?」

「…………」

「…………」


 うーん?

 なんだ?

 なんで会長は、俺を推し量るような目を……?

 というか、意図?

 意図ってなんだ?


 すると会長は急にツンとしたお澄まし顔になって、ピンッと背筋を伸ばした。


「ま、まったくっ……これでは、わたくしの方が空回っているみたいではありませんのっ……ふぅ……」


 会長が左右の手を仰ぎ、両頬へ風を送り始める。


「やれやれ……こんなの、貴方の方が卑怯ですわ……」





 意味もわからず生徒会長から卑怯よばわりされた俺は、通路へ出て歩いていた。


「うーむ、さっきは一体どのあたりが卑怯よばわりされたのか――ったた!?」


 無意識に腕を組もうとしたら、左腕に痛みが走った。

 …………。

 そうだった。

 触れたり動かしたりしないとほとんど痛みがないせいか、左腕の怪我をつい忘れがちになってしまう。

 ただ……治癒術式の効果もあるんだろうけど、痛みの引き方が以前より確実に早くなっている。


 もし身体の治癒速度が以前より早くなってきているのなら――



 今まで以上に、負傷を気にせず戦いを組み立てられるかもしれない。



 とはいえこの左目みたいなことはなるべく避けないとな……。

 でないとまたみんなに心配をかけてしまう。


「…………」


 ともかく一度、今日の今後の予定を確認しておくとしよう。


 今から五十分後くらいに、決勝戦がスタートする。


 一学年部門、

 二学年部門、

 三学年部門。


 そしてその三つが終わったあとは、無学年級の決勝戦。


 どの部門にも知り合いが決勝まで残っているから、応援のしがいもある。


「さて……」


 ひと際にぎやかな一角へ来た俺は周囲を見渡す。

 このあたりは屋台が出ているエリアだ。


 そうだな……医療室へ行く前に、やっぱりアイラさんに何か軽い食事を買っていくとしよう。


 そうして消化によさそうな軽食を屋台で買った俺は、アイラさんが休んでいる医療室へと向かった。


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