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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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53.「先読み」


 セシリーさんが再び攻撃を仕掛けた。


 クーデルカ会長の迎撃。

 剣音が鳴る。

 繰り返されたのは、先ほどと同じ光景。


 目論見が外れたとでも言わんばかりのセシリーさん。

 対するクーデルカ会長は、険しい表情。


「やはり、おかしいですわ」


 違和を唱えたのはドリストス会長。

 彼女も俺と同じ疑問を抱いたのだろうか?

 俺は確認してみる。


「《極空》状態のクーデルカ会長が、セシリーさんから有効打を取れないことがですか?」

「さすがですわね」


 やはり同じ疑問を覚えていたようだ。

 セシリーさんが並外れた剣士とはいえ、なんの策も用いずあの《極空》と渡り合えるとは思えない。

 あくまで、現実的な話として。


「セシリーは剣速の緩急で機を外そうとしている……まず、それはわかりますわ」


 それは今ほどの二撃目で判明した事実だった。

 剣速が一撃目よりも速かったのだ。

 一撃目のスピードは、この聖武祭で見せた攻撃の中で最速だったと思われる。

 だから、クーデルカ会長もあれほど驚いていた。

 しかしその上があった。


 狙いはドリストス会長の言葉通り、緩急によるタイミングずらし。


 野球で喩えるなら、緩いチェンジアップと豪速のストレートを使い分け、相手のバッティングのタイミングを外すみたいなものだ。


 だが、それにも《極空》は追いつく。

 《極空》状態でないならともかく、開幕から《極空》を使用しているクーデルカ会長には効果が薄かったようだ。


「緩急による揺さぶりは効果がなかった……ですのに、またもやクーデルカは有効打を入れることができませんでしたわ」


 ドリストス会長は、なんのタネもなしにセシリーさんが《極空》と同レベルの状態になれるはずはないと言っている。

 攻撃をすべて防いでいるものの、クーデルカ会長はいまだ反撃には出られていない。

 何か、タネがあるはずなのだ。


「見事なやつだよ、セシリーは」


 そこで口を開いたのは、キュリエさん。

 戦台から視線を外さずに彼女は続けた。


「実は……聖武祭前、私は風紀会長と一度手合せをしている」

「え?」


 これには驚いた。


「申し出たのは私の方からだ」


 聖武祭前にキュリエさんがクーデルカ会長と手合せをしていた?

 どういうことなのだろう?


「風紀会長としては、私と剣を交えるのは貴重な経験になると感じたようだ。あっさり了承してもらえたよ」


 ある日の放課後に二人きりで、修練場で模擬試合をしたそうだ。

 レイ先輩が質問する。


「それって、セシリーが直接するのはだめだったの?」

「フン……私の情報なら、与えても問題ないからな」


 直接手合せをして得られる肌感覚的なセシリー・アークライトの情報は与えない、というわけだ。


「ただ、風紀会長もこちらの意図は察していたよ。しかし、それ以上に得るものがあると言っていた」


 俺は普段から稽古の相手をしてもらっているからわかる。

 キュリエさんとの手合せは本当に糧になるのだ。


 なんといっても四凶災の一人を倒し、スコルバンガーにたった一人で食い下がり、さらにはソギュート団長にも一目置かれ、あのヒビガミとも剣で渡り合える実力者なのである。

 しかも彼女なら、四凶災やスコルバンガー、ヒビガミと違って《やりすぎる》ということがない。

 敵対関係になければ、候補生の中でこれほど稽古の相手役として優れた相手もいまい。


「でも、キュリエさんの方にも得るものがあったわけですよね?」


 当然ながら、クーデルカ会長に利するためだけに、親切心で手合せを申し出たわけではないはずだ。


「私は、指定された時間をできるだけ限界まで使って試合をした。しかし――」


 三度目の剣交が行われている試合を見つめながら、キュリエさんが自嘲気味に微笑む。


「風紀会長もさすがというか……《極空》を引き出すことはできなかったよ。クロヒコのようにはいかなかったらしい。だが、こっちも得るものは大きかった」


 狙いがわかってきた気がする。


「目的はクーデルカ会長の剣筋――つまり、剣の癖ですか?」

「さすがだな。ああ、その通りだ」


 キュリエ・ヴェルステインは、戦う時間が長いほど相手の戦い方に《適合》していく性質を持っている。

 突き詰めればそれは、相手の戦い方における癖などの個性を感覚的に理解していく、ということでもある。



「私が疑似的にクーデルカになり切り、この聖武祭までセシリーと模擬試合を繰り返した」



 可能な限りクーデルカ会長の剣を再現し、セシリーさんと特訓していた。

 おかげで、セシリーさんはクーデルカ会長の剣筋に慣れることができた。

 そして、その慣れのおかげで《極空》状態の相手と今互角にやり合えている、というわけか。

 しかし――


「納得できませんわ」


 口を挟んだのは、ドリストス会長。


「仮にクーデルカの剣筋を貴方が再現できたとしても、それを利用して培った稽古経験程度で、《極空》を使用したクーデルカと互角に渡り合えるとは思えません」


 実は俺も同じこと思った。

 この身で実際に《極空》を味わったからこそわかる気がした。

 あれを破るにはそれだけでは不十分に思える。

 破るとすれば、俺のように《わかっていても防げない攻撃》を打ち込み続けるしかない。

 しかしそれはサガラ・クロヒコだったから可能だったのだ、とキュリエさんは言っていた。

 俺は背後のドリストス会長を見上げる。


 あるいは《極空》の先読みに使える時間をほぼゼロに近い状態へ持ち込める固有術式を使うか……か。


 でなければ、地道に策を積み重ねるしかあるまい。

 もしアイラさんがクーデルカ会長とあたっていたら、俺は策の積み重ねで対処するつもりだった。

 しかしセシリーさんは俺なりに分析した《極空》の弱点は利用せず、今現在、クーデルカ会長と互角に剣を交えている。


「先読みだよ」


 キュリエさんのその一言で、俺はハッとした。


「まさか――」


 いや、しかし……そんなことがありえるのか?


「先読み? どういう意味ですの? クーデルカの《極空》の先読みに何か、弱点でも――」

「違う」


 ひと筋の冷や汗を流し、ふっ、とキュリエさんが微笑んだ。



「先読みをしているのは、セシリーの方だ」



 クーデルカ・フェラリスの《極空》は、相手の行動の先読みを可能とする。

 しかし《セシリー・アークライトが先読みをしている》とは、一体どういうことなのか?

 レイ先輩とドリストス会長はピンときていない反応をしている。

 そんな中、俺は一つの推測を口にした。



「相手に先読みされるのをあらかじめ想定した上で……攻撃を、組み立てている?」



「馬鹿な」


 反射的っぽく否定するドリストス会長。


「ありえませんわ」

「ひと通り風紀会長の剣の再現を終えた後、セシリーの口から『あらかじめ相手の予測を《予測》すれば、いけるかもしれません』と聞いた時は……あいつが何を考えているのか、まだよくわからなかった。しかしこの試合を見て、理解できたよ」


 キュリエさんが試合を凝視し、合わせた両手を口もとに持ってくる。


「さらに驚くべきことがある……初めて目にするはずの二刀流にも、あいつは対応できている。私の再現から得た情報だけで、十分に対処ができているんだ」


 剣の癖――個性は、そう急激に変わらない。

 キュリエさんの剣にもやはり個性が存在する。

 ソギュート団長にしてもだ。

 個人由来の剣筋の個性を一瞬で変幻自在に変えられる人間なんて、ヒビガミくらいしか知らない(そして、あれは例外だ)。


 二刀流はキュリエさんの《剣筋を読む》という目論見を看破しての対抗策だったとも考えられる。

 しかし、だとすればその策はあまり効力を発揮していない。

 たとえ二刀流になったとしても、クーデルカ・フェラリスという個性は脱臭しきれなかった。


 普通は、それまで長刀だけだった相手がいきなり二刀流になったら強く戸惑うだろう。

 混乱し、相手の剣から個性というニオイを感じられなくなるだろう。

 しかしそのニオイを嗅ぎつけるのが、セシリー・アークライトなのだ。


 キュリエさんの目もとが、感慨深そうに細まる。


「天才なんだよ、あいつは」


 《極空》による先読みを見越した上で、さらにその一段上をゆく先読み。

 相手が《先読みしてこう動くだろう》という動きを、先回りして読む――


 先読みの、先読み。


 しかしそれは、相手の剣の個性を正確に近い形で知っていなければ実行は難しいはずだ。

 それこそ肌感覚レベルの情報が必要となる。

 特に、クーデルカ会長クラスが相手では。


 そこでキュリエさんの《クーデルカ・フェラリスの疑似再現》が活きた。

 手合せした相手の剣を限りなくオリジナルに近い形で再現できるキュリエ・ヴェルステインという存在なくしては、成立しなかった戦い方。

 たった一度の手合せで相手の個性を読み取るその再現力を鑑みれば、まぎれもなく彼女も天才だ。

 無論、セシリー・アークライトという才能のかたまりがいなければ、この形は成立しなかった。


 理想的だ。

 コンビとして。


 セシリーさんは今も《極空》状態のクーデルカ会長から一切の反撃を受けず、攻勢を続けている。

 あれではクーデルカ会長に、反撃の機会すら――


「…………」


 いや。

 違う。

 あれは――


 その時、


「どうやらクーデルカは、当初の目論見を果たそうとしていただけだったみたいですわね」


 得心いったという風に、ドリストス会長が言った。

 俺たちは後ろを振り返る。

 思わず振り返ってしまったのは、いやに確信を持った響きだったからか。


「《極空》状態の自分を相手にしたセシリーの実力が、どの程度なのか……それを見極めるために、これまでは完全防御状態を貫いていたのでしょう」


 それは、それだけセシリーさんを甘く見ていない証拠でもある。

 しかし、


「そうしてついに、確信に至った」


 導き出したのだ。

 勝利の方程式を。


 見極めたのだ。

 天才の現ポテンシャルを。


 観客がワッと沸いた。


「有効打っ!」


 リリ・シグムソスの、鋭い声。


 有効打。


 出た。


 一つ、有効打が。


 判定員のリリさんが手をあげている方向は――



 クーデルカ・フェラリス。



 クーデルカ会長の長刀が、セシリーさんの腕を叩いていた。


「《極空》は――」


 ドリストス会長が片目を開き、鋭い表情で戦台を見下ろした。


「先読みの先読み程度の小細工で破られるような、そんなぬるい代物ではありませんわ」


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