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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
219/284

50.「準決勝を控えて」


 アイラさんが、勝った。


「あいつも無茶な策を考えついたものだ……だがあれは、アイラが《ペェルカンタル》に対抗できる唯一の手段だったのかもしれんな」


 キュリエさんが感心している。


「ごめん、ボク……ちょっと泣きそうかも……っ」


 詰まり気味にそう言ったのは、口を手で覆うレイ先輩。

 アイラさんの奮戦ぶりに感極まったのだろう。

 彼女は特にアイラさんと仲がいいから、感動もひとしおなのかもしれない。


「うぅ……あのアイラが、まさか、生徒会長に勝っちゃうなんて……信じられないよぉ……」


 その目尻には涙が溜まっている。


「ふぐっ……自分が優勝しても、こんなに嬉しくはならないと思う……」


 レイ先輩は本当にアイラさんが大切なんだなぁ……。


「しかしアイラは大丈夫なのか? 威力が抑えられているとはいえ、爆裂術式だぞ? しかもあんな近距離で……」


 キュリエさんが心配そうに戦台の上を見る。

 戦台の上のアイラさんとドリストス会長は、今ちょうど互いの控え室へ戻っていくところだった。

 歩けてはいるみたいだし、どこか強く痛めている感じはないけど……。


 俺は立ち上がった。


「俺、ちょっと行ってきます」


 キュリエさんがうなづく。

 どこへ行くかは言わずとも理解してくれたようだ。

 観客席から廊下に出て、控え室へ向かう。

 向かう先は、もちろんアイラさんの控え室だ。





「なんにせよお疲れさまでした、アイラさん」


 改めてねぎらいの言葉をかけて、アイラさんの腕に包帯を巻いていく。

 火傷の部分には軟膏みたいな火傷の薬を塗布する。


「ありがと――あ、ぃたたっ……」

「あ、すみません。強かったですかね?」

「ううん、大丈夫……えへへ……」


 アイラさんはなんだか嬉しそうだった。


 今のところ控え室の中には、アイラさん以外に他の出場者の姿はない。

 それと控え室の前には聖樹騎士団の人がガードマンっぽく立っているのだが、この聖武祭中は俺も同じ立場として認識してもらっているらしい。

 用件を話すとすぐ通してもらえた。

 顔パス感があった。


「あのドリストス会長に勝ったんですもんね。嬉しくなるのもわかります」

「え? う、うん……それもあるけど……クロヒコが来てくれたのが、アタシはその……嬉しくて」

「俺もアイラさんが勝ってくれて嬉しかったです。でも、すごい試合でしたね……ちょっと、心配になるくらいでした」


 腕の包帯を巻き終える。

 次に俺は絆創膏みたいな白い薄布を準備した。

 治癒布という呼び名だそうだ。

 自然と剥がれる粘着性を持った特殊な液剤のおかげで、絆創膏に似た使い方ができる。


 アイラさんの頬に、俺はその薄い治癒布を注意深く貼った。


「よし、っと……これで、傷の処置は大体終わった感じですかね」

「ありがと、クロヒコ」

「いえ、これくらいお安い御用ってやつです。何よりこの聖武祭中の俺は、アイラさんの相棒みたいなものですから。だからこれは、当然の義務です」


 頬の治癒布に手で触れ、感慨深そうな顔になるアイラさん。


「どうかしました、アイラさん?」

「なんか今でも、あの生徒会長に勝てたのが信じられなくてさ……あはは……変だよね? 勝つつもりでいくって、あれほど決意したはずなのに……」


 急激になんらかの能力が向上すると、以前の自分とのギャップを強く感じることがある。

 これは俺にも経験がある。


「戸惑いに似たその感情は、たぶん自然なものだと思います。俺も、以前は自分があのサイクロプスを倒せたのが信じられない感覚とかありましたし」

「そういえばあの時……クロヒコは、アタシを助けてくれたんだよね」


 苦笑する。


「結果的に、ですけどね」

「あの時のクロヒコ、かっこよかったよ?」

「ははは……とにかく必死だったのだけは、覚えてますけど」


 治癒布の貼られた手を、アイラさんが眺めた。

 どこか、遠くを見る目で。


「なんだかあの日が、何年も前の遠い昔のことみたいに思えるよ……まだ一年も経ってないのにね……なんか、不思議な感じ……」

「色んなことがありましたからね」


 この世界に来てから本当に色んなことがあった。

 よいことも、悪いことも。


「ねぇ、クロヒコ」

「はい」

「身の程知らずな願いだとは、思うんだけどさ……今のアタシには、とっても大きな一つの目標があるんだ。聞いてくれる?」


 膝をついたまま、ええ、と頷く。

 アイラさんが、開いたてのひらを握り込んだ。


「アタシ、クロヒコみたいになりたい」


「俺、みたいに?」


 照れくささを取り繕うような笑みを浮かべ、頭をかくアイラさん。


「あはは……も、もちろん無謀な目標だっていうのは承知してるよ?」


 アイラさんが、立てかけてある試合用の長剣を眺める。


「ただ、クロヒコと一緒に訓練してて……あんな風になれたらいいなぁ、って……そう思うようになっていったのは、ほんとなんだ……」


 それから膝の上で手を組むと、彼女は強い想いのこもった微笑を浮かべた。


「憧れ、なんだと思う。だからクロヒコは、アタシの憧れの人……でもね? でも……アタシにとってはたぶん、それ以上の――」


 その時、控え室のドアが開いた。

 アイラさんは言葉を途中で切り、部屋に入って来た人物に目を留めた。


「あ、セシリーっ」


 セシリーさんだった。

 背後にはキュリエさんもいる。

 やってしまった感のある苦笑を、セシリーさんがやんわりと浮かべた。


「ええっと……もしかしてわたし、お邪魔だったでしょうか……?」

「え? そ、そんなことないよ!」


 アイラさんが申し訳なさそうに立ち上がる。


「アタシこそ、試合後も長々と居座っちゃってごめんねっ?」

「いえ、気にしないでください。それに、まだ試合の残っている者が控え室で待機しているのは変なことではありませんよ? それより……先ほどの試合、実に見事でした」

「あ、ありがとう……セシリーにそう言ってもらえると、嬉しいよ!」

「あの試合を観て、わたしも負けていられないなと思わされました。ふふ……あんな強い覚悟を見せられてしまったら……嫌でも、気合が入ってしまいますよ」


 セシリーさんが手を差し出す。


「決勝戦で、会いましょう」


 わずかな気後れがあったものの、アイラさんも力強く握り返した。


「うんっ」


 曇りのない返事。

 手に火傷の痛みがあったかもしれないが、気にしていない風に見えた。

 感じる痛み以上に、このセシリーさんとの握手が嬉しかったのかもしれない。

 

 キュリエさんが言った。

 

「だが、あの風紀会長もおそらく一筋縄ではいかんぞ? まあ、おまえなら十分わかっているとは思うが」

「確かに《極空》は強力な固有術式です。しかし戦い方次第で、勝つことは可能――それを、アイラが示してくれました」


 試合用の双剣を手にするセシリーさん。


「諦めなければ、道は開けるはずです」


 今の言葉から一つわかったことがあった。

 完全な勝利の方程式はまだ描けていない。

 でも、気合は十分。

 そして準決勝前のアイラさんよりも、落ち着いた空気だ。

 優雅で、非の打ちどころがない。

 気負いなど、微塵も感じさせない。


 …………。


 といっても、やっぱりあれは外用のセシリーさんという感じはする。

 俺と二人きりでいる時と、こうして何人かと一緒にいる時。

 どちらも《セシリー・アークライト》なのだが……なんというか、背負っているものの重さみたいなものが違う感じがする。

 肩の荷の重さ、とでも言うべきか。


「クロヒコにもよい試合を見せられるよう、がんばりますからね」


 そこで俺は思い切って尋ねてみた。


「《極空》対策は、できているんですか?」

「この試合の戦い方は考えてきたつもりです。十分かどうかは、わかりませんが……いずれにせよ、わたしはやれることをやるのみですよ」


 迷いを感じつつ、俺は言った。


「あの、セシリーさん……実は俺なりに、あの《極空》の――」

「しぃー」


 セシリーさんが前かがみになり、その白い指を自分の唇に添えた。


「大丈夫です。わたしたちはわたしたちで、自分たちなりの戦法を考えてきました。何よりあなたはこの大会、アイラが勝つことだけを考えておくべきです」

「それは――」

「セシリーの言う通りだ。この聖武祭、おまえはアイラを優勝させるのに集中すべきだな」


 キュリエさんが言うと、アイラさんが続いた。


「あ、アタシは……セシリーにも、勝ってほしいよ!」


 目もとを緩めるセシリーさん。


「ありがとうございます、アイラ……ですが、わたしはあなたと対等に戦いたいのです。ですので……ここでクロヒコからわたしが助言を得てしまうと、その対等を崩してしまう気がするのですよ」

「そ、そっか……ごめん。アタシ、何もわかってなくて……」

「ふふ、あなたが謝ることではありません」


 優しく微笑むセシリーさんの肩に、キュリエさんが力強く手を置いた。


「なに、セシリーには私がついている。フン……まあ、クロヒコの気持ちもわかるがな」


 さっき、俺は思わず自分なりに《極空》を分析して得た推測を伝えそうになってしまった。

 …………。

 なんだろう。

 セシリーさんがどこか無理をしているように感じてしまって、ふと、ここで彼女の味方をすべきなんじゃないかと思ってしまったのだ。

 そのせいで、ついこの準決勝でセシリーさんをサポートするような情報を口にしかけてしまった。


 ただ……今のセシリーさんからは、少しだけ俺の感じた無理が消えているような気もした。


「ふふ……本当に、あなたは優しいんですから……こういう時でも、わたしのことを考えてくれて……」


 セシリーさんは胸にこぶしをあて、幸福そうにまつ毛を伏せた。


「あなたのそういう気持ちに、試合前に触れられてよかった。なんと言いますか……心の栄養を、補給できた気分です」


 精神統一しなおすように深呼吸すると、セシリーさんは胸を張り、試合場へ身体を向けた。


「ふふ、クロヒコの厚意を撥ねつけてああして大口を叩いたのですから……無様な試合をするわけには、いきませんね。さて――」


 その表情はすでに、凛々しき剣士のものになっている。


「行きますか」



 更新間隔がかなり空いてしまい申し訳ありませんでした。


 これから「えくすとらっ!」完結へ向けて連載を再開していきたいと思います。


 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


 次話更新は明日(3/26)23:50~23:59頃を予定しています。


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