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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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49.「みんな、すごいから」


 別名、自爆術式。


 爆裂術式は、対象式を描くと《発動しない》攻撃術式だ。

 攻撃術式は普通、対象を指定する式を加えることで初めて対象へ向かって攻撃が飛んでいく。

 しかし爆裂術式に限っては、その対象式を描くと無効となってしまう。

 つまり自分の立ち位置、あるいは目と鼻の先で爆発が起こってしまうのだ。

 だからその術式を使用する者は皆無に等しい。


 煙が晴れる。


「あっ」


 レイ先輩が、声を漏らした。


 アイラさんの攻撃が、ドリストス会長の首をとらえていた。


 会長は怯んだ姿勢になっている。

 無理もない。

 あの局面で爆裂術式が来るとは、予想もしていなかったはずだ。

 我に返ったリリさんが、アイラさん側へ手を上げる。


「ゆ、有効打っ!」


 どよめき。


「お、おい……今のって、爆裂術式か?」

「威力は抑えてあるんだろうけど……まさか、あ、あんな使い方をするなんて……」


 アイラさんもダメージを負っている。


 キュリエさんが座り直す。


「あの爆発の中、アイラは攻撃に出たのか……? クロヒコ……あれも、おまえの……?」

「いえ、あれはアイラさんが提案した策でした……できれば、俺としては使ってほしくなかったんですが……」


 キュリエさんが四凶災と戦った時、自爆覚悟で爆裂術式を放とうとした話は本人から聞いたことがあった。

 そしてアイラさんはその場におり、一連の流れを目撃していた。


 あれは、略式の弾幕でルートを絞る作戦を俺が提案したあとのことだった。





『アタシ、四凶災が爆裂術式を使ったのを見たんだ……で、でね? あれを、いざという時の攻撃手段に使えないかなって……練り込む聖素量を少なくすれば、負傷は抑えられると思うんだけど……』

『…………』

『クロヒコから聞いた感じだと、あの《ペェルカンタル》を使った時の生徒会長の攻撃……アタシじゃ、防御できないかもしれない』


 アイラさんは自分の考えた戦法を話した。

 爆裂術式を略式で描き、《発動》の一工程だけを残す。

 その状態をキープしたままドリストス会長の出現を待つ。

 そして、出現を認識したその瞬間に――《発動》。


『黙ってるけど、さっきクロヒコもそれを思いついたんだよね? けど、言わなかった』


 見透かされていた。


『……それは、最後の手段にしましょう。決勝戦ならともかく、準決勝で使えば次に響きます』

『うん、わかった。これは、最後の手段にする』





 有効とはいえ、いちかばちかの戦法であるのに変わりはない。

 だが、効果はあったようだ。


「くっ……まさか、爆裂術式とは……しかも爆発を恐れずに、わたくしに攻撃を仕掛けてくるなんて……っ」


 一度《ペェルカンタル》で間合いを取ったドリストス会長が、動揺をのぞかせる。

 アイラさんはその場から動かない。

 今、彼女は有効打が一つ多い状況だ。

 無理に動く必要はない。


 逆にドリストス会長は、攻めるしかない。

 このまま攻めずに終われば、時間切れで負けとなる。


「くっ!」


 会長が攻撃術式を放った。

 アイラさんは攻撃術式で相殺。

 腕輪で聖素量が限られているから、威力はほぼ互角となる。

 となれば、優劣をつけるのは発動までの速度。

 そしてアイラさんの術式の迎撃は、十分に対応できる速度だった。

 あの《ペェルカンタル》は、おそらく他の術式との併用ができない。

 できるのなら、消えた状態から術式を撃っているはずだ。


 これでドリストス会長は、術式による攻め手を選ぶ意味がなくなった。


 しかし《ペェルカンタル》で姿を消し、剣で攻撃を仕掛けた場合、彼女は爆裂術式をくらうのを覚悟しなければならない。

 威力が抑えられるとはいえ、ダメージを負うのは必至。

 アイラさんを見ればわかるが、火傷も負う覚悟も必要となる。


 会長が、姿を消す。


 今度はアイラさんから見て右から、攻撃態勢に入った状態で出現。


 アイラさんの左指はすでに一工程を残し、爆裂術式を待機させている。



 爆発。



「あぅ゛っ!? ぐっ!?」


 煙が晴れる。

 アイラさんの一撃が、ドリストス会長に決まっていた。


「有効打っ!」


 会長が《ペェルカンタル》を発動。

 ここで、間合いを取ってくるか?

 あるいは――


 ドガァンッ!


「くっ、ぁっ――そん、な……っ!?」


 爆裂術式をくらった会長が、しゃがんだ状態で姿を現す。

 膝をつく会長。

 姿を消し、もう間合いを取って射程距離外にいるかもしれないのに、アイラさんは爆裂術式を発動させた。

 会長はヒット&アウェイをやめ、その場で姿を消し、おそらく足をつかむなりなんなりで転ばせようとしたのだ。


 だけどアイラさんは迷わず、爆裂術式を発動させた。


「消える前の、生徒会長は――」


 アイラさんが、言った。


「逃げる目を、していませんでした」


 いちかばちかじゃなかった。

 読んでいたのだ

 今回は、会長が固有術式で間合いを取らないのを。


 そしてこの聖武祭という状況は、会長の固有術式を弱体化させている。

 姿が《認識できない》状態で判定員は有効打を取ることができない。

 そう、


 攻撃が《あたった瞬間》を、判定員に見せなければならないのである。


 ゆえに、それが《勢いのあった強打》だと見せつけるために、直前で姿を現さなければならない。


 認識できない。


 逆に言えば、それは、判定するための前後の流れをすべて断ち切ってしまう能力。

 実戦にはうってつけだが、こういった試合形式には向かない場合がある。

 今までは問題なく勝ち上がってきたから、会長も気づかなかったのだろう。

 そもそもこの聖武祭で会長が《ペェルカンタル》を使ったのは、この準決勝が初めて。


 会長は姿を消すと、今度は距離を取った。

 姿を現した時、会長は肩で息をしていた。


「クロヒコが会長に勝った試合の戦い方は、クロヒコの反射神経と速度があって初めて成立する戦法だから――アタシじゃ、真似はできない」


 アイラさんが、爆裂術式を描く。


「だからアタシには、この戦法しかないんです」


「くっ……あんな近距離で起こる爆発が、貴方は怖くはありませんの……っ?」


 威力が抑えられているとはいえ、もし目前で爆発が起こったら、普通は反射的に怯んでしまうものだろう。

 そう、ドリストス会長みたいに。

 むしろそれが生物として、自然な反応だ。


 アイラさんの服の一部は焼け焦げ、頬や腕には火傷を負っている。


「みんな、すごいから」


 うつむき気味に微笑み、アイラさんは答えた。


「みんなが……すごい、から?」


 会長が怪訝そうに、眉をひそめる。


「四凶災と戦った時のキュリエも、その時キュリエと一緒に戦った人も……四凶災と戦ったセシリーも、ジークベルトも、ヒルギスも……左目を犠牲にして四凶災を倒したり、左手がボロボロになっても敵と戦った、クロヒコも――みんな、すごいから……っ!」


 澄み切った強い声。


「爆発なんか怖がってたら――いつまでたってもアタシは、みんなの近くまで行けない」


 迷いのない瞳。


「このくらいの火傷なら、治癒術式で治せる……だからアタシは爆発なんて怖くない――怖がってたら、だめなんだ」


 会長が微笑する。 

 いつもの作った微笑ではない。

 あれは、心からのものだ。


「やはり貴方は不思議な人ですわね……人から注目を浴びたり、人と接することに対してはあんなに怖がっている感じでしたのに……爆裂術式の方は、怖くないだなんて」


 会長が長剣を構える。

 この試合で一番、綺麗だと思える構えだった。

 風が、会長の銀髪を揺らす。


「わたくしの、勘違いでしたわ」

「え?」

「自分が格段に成長した実感はあります。けれどわたくしには、貴方ほどの覚悟がなかったのかもしれませんわね」


 金の瞳が光を放つ――《ペェルカンタル》。

 有効打はアイラさんが、四。

 会長は、一。

 あと一つ取られたら、会長が負ける。

 爆裂術式が来るのは、わかっているはずだ。


 それでも、行くつもりか。


 会長の姿が、消える。


「勝負に、いった」


 キュリエさんがそう言い終える頃には、会長は、攻撃態勢のままアイラさんの正面に出現していた。


 正面から、やり合うつもりだ。


 アイラさんの目はもう会長以外の誰も見ていない。


 他のものは何一つ目に入っていない。


 身を乗り出し、俺はこぶしを握る。


 アイラ、さん――




 爆音が、会場に響き渡った。



 

 煙が晴れるのを、皆が固唾をのんで見守っている。


 灰色の煙幕が晴れていく。


 リリさんが晴れゆく煙の向こうを凝視している。


 いち早く、リリさんが宣言した。


「有効打!」



 会長の首筋に、アイラさんの剣があたっていた。



 だが、


「生徒会長も……意地を、見せたな」


 キュリエさんが言った。


 リリさんは《両手》をあげている。



 ドリストス会長もアイラさんの腕に、一撃を加えていた。



 爆風に怯むことなく、髪の先を焦がしながらも。

 覚悟の一撃を、打ち込んでいた。


「ここで怯んでは、キールシーニャ家の名が地に堕ちますからね」


 汗を顔いっぱいにかきながら、同じくらい汗まみれになっているアイラさんに、会長は、清々しい表情で微笑みかけた。



「貴方の勝ちですわ、アイラ」



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