48.「覚醒する最強」
このまま稼げるところまで、有効打を稼げるといいのだが。
しかし、やはりそう甘くもないようだ。
「消えた!? ドリストスの姿が、急に消えたぞ!?」
観客が叫んだ。
発動したのだ。
あの固有術式が。
観客席からこうして見ていても、あの光景は異様としか言いようがない。
認識が外れる。
姿が消えるなんてものじゃない。
足音も、
触れた空気の流れも、
気配も、
消える。
目を凝らそうと、
耳を澄まそうと、
感覚を研ぎ澄まそうと、
とらえることはできない。
「なんだっ!? アイラ・ホルンが、逆方向に走り出したぞ!?」
走りながら、アイラさんが最小限の動作で剣を振り回し始める。
あれは俺の指示通りの戦法。
認識が外れるといっても、存在自体が消えるわけではない。
必ずこの戦台の上のどこかにはいるのだ。
だから身体の周囲で剣を振り回すだけでも、一定の防御効果はあると思う。
それにその場にじっと留まっているよりは、走り回った方が攻撃につかまりにくいはずだ。
そして向かう先は、戦台の端。
聖武祭のルールでは、戦台から落ちると、判定員の判断によっては有効打の判定となってしまう。
だから、戦台の端はなるべく近づきたくない場所だ。
しかし端を背にして立てば、背後へ気を配る必要はなくなる。
認識できない人間を相手にするなら、これは有効な手と言えると思う。
これなら、会長に背後に立たれて有効打を受ける心配はない。
アイラさんが端に辿り着く。
すかさず彼女は空いている方の左手で略式を描いた。
そして、続けざまに攻撃術式を放つ。
感心の声を上げる観客。
「おぉ! あれは、攻撃術式を撃ちまくれば当たるかもって作戦だな!?」
「なるほど! なかなか考えるもんだな、アイラ・ホルン!」
それもあるが実際の狙いは少し違う。
ドリストス会長ならあれくらいの攻撃術式は避けられるはずだ。
実は、あれは攻撃術式を一定の方向に放ち続けることで、ドリストス会長がアイラさんに辿り着くまでのルートの一部を潰しているのである。
背後へ気を配る必要がなくなったとはいえ、それでもアイラさんは、左、左斜め、正面、右斜め、右、の五つの出現位置に気を配る必要がある。
そこで、左、左斜めの方向へへ断続的に素早く攻撃術式を放ち続けることで、そのルートを潰す。
すると、剣を振り回す必要のある範囲は、正面、右斜め、右の三つとなり、会長が出現した瞬間に意識をやる方向も、その三方向に絞ることができる。
これはアイラさんの略式を放つスピードが彼女の行っていた自主特訓によって、俺が思っていたよりも遥かに速くなっていたことから思いついた作戦だった。
さらに彼女は、特訓によって膨大なスタミナを手に入れていた。
だから、術式をたくさん放つことができる。
観客も驚いている。
「しかし略式をあんな速度で放てるなんて……あの子、すごいな……」
「それに、あれだけ術式を放っても疲れてる様子がないしな……ごくっ……何気にすげぇぞ、あの体力は…」
アイラ・ホルンが絶え間ない勤勉なトレーニングによって得た、二つの産物。
略式の圧倒的な描くスピード。
略式を放ち続けても続くスタミナ。
この戦法はその二つによって、初めて成立する。
これなら半円の180度だった意識範囲を、その半分の約90度まで絞ることができる。
「あっ――」
その時、ドリストス会長が姿を現した。
ルートは絞れていた。
やはり術式で潰されている左と左斜めは避けてきた。
いや、むしろ――
「正面、か……っ!」
キュリエさんが言った。
真っ向に、
真っ直ぐに、
真正面。
アイラさんが防御用に散らしていた剣が通り過ぎた、その直後――
真正面から、すでに攻撃態勢に入っているドリストス会長が現れた。
すかさず迎撃動作へ移行するアイラさん。
が、間に合わない。
バシィッ!
さらにアイラさんの反撃は、ドリストス会長の素早い返し刃で弾かれる。
「有効打!」
ドリストス会長に、有効打が一つカウントされる。
追いつかれた。
奇襲で得た、貴重な有効打に。
「おぉ! 追撃はなしか!?」
「試合開始直後は違ったかもしれねぇけど、今のドリストスはまるで油断がないぞ!」
無茶をしないつもりだ。
危険は冒さない。
ここから一つ一つ、確実に有効打を取って行くつもりなのだろう。
ドリストス会長が再び《ペェルカンタル》で、認識を外す。
アイラさんの剣の射程外にいるのはわかる。
しかし、近くにいるのか遠くにいるのかはわからない。
「くっ……!」
思わず、俺は口に手をあてた。
格段に、速くなっている。
俺とやった時よりも、凄まじくドリストス会長の攻撃速度が上がっているのだ。
別物とすら言える。
アイラさんの五メートルほど先に、ドリストス会長が出現。
やはり直前の《ペェルカンタル》は、距離を取るために使用したものか。
会長の両目が、薄く開いていく。
「クロヒコとあの模擬試合をしたおかげで……わたくしの中で、何かが変わった気がしましたの」
その立ち姿は、自信に満ち溢れている。
しかし慢心はない。
確実性を伴った、混じり気のない自信。
「それに今わたくしは、とても心地よい感覚に触れています……そう、クロヒコとの模擬試合の日から今日まで毎日積み重ねてきた血の滲むような努力が――ようやく結実した感覚、とでも言うべきでしょうか?」
成長、している。
俺との模擬試合の時と比べると、ドリストス会長は見違えるほどに成長している。
積み重ねてきたのは、アイラさんだけではなかった。
「礼を言いますわ、アイラ・ホルン」
妖しく光る金色の瞳。
「先ほどの、貴方の有効打……あれが、クロヒコとのあの模擬試合を強く思い出させてくれましたわ。おかげで……何かが今、さらにわたくしの中で呼び起された気がしますの」
ここにきて会長は、さらなる覚醒を――
「わたくし、今――」
肌を痺れさせる戦気が、ドリストス会長から立ちのぼり始めた。
「誰にも負ける気が、しませんわ」
消えた。
次は、攻撃のための《ペェルカンタル》。
さっきの攻撃速度を出されたら、アイラさんの剣での迎撃は間に合わない。
出現位置の予測を、約90度まで狭めても――いや、仮に出現位置の予想が当たっていたとしても。
あの攻撃速度を出せる、会長相手では――
「おい! アイラ・ホルン、攻撃術式を撃つのをやめたぞ!」
「多分、剣での迎撃に集中するつもりだ!」
アイラさんのすぐ正面に、ドリストス会長が出現。
やられる。
あの位置から、あの速度で攻撃をされたら。
回避も、
剣での迎撃も、
間に合わない。
アイラさんではおそらく、反射が追いつかない。
それほどまでに今のドリストス会長は速く――強く、なっている。
「まずいぞ」
キュリエさんが、口を開いた。
「このまま、生徒会長の攻撃が決ま――」
ドガァン!
刹那、爆発が起こった。
「なっ……爆発、だとっ!?」
弾かれたように、キュリエさんが腰を浮かす。
俺は唇を噛んだ。
できるなら、あの方法は使ってほしくなかった。
だが、今のドリストス会長を破るには――
アレしかないのも、事実。
アレなら迎撃の動作が必要ない。
ドリストス会長が現れたと認識したその瞬間に《発動式》の最後の部分を、ただ書き込むだけでいい。
それは、爪でひと掻きするようなレベルの動作で済む。
致死性のある威力を出させないため、この聖武祭では聖素量を制限する腕輪の着用ルールが存在する。
そのため威力は通常より抑えられている。
だからこそ撃てる術式とも言える。
普通ならそれは、有用性を認められない術式。
効果発生までの時間は圧倒的に短いと言える。
だがそれ以外、普通は使い道のない術式とされている。
しかしこの局面に限っては、その術式は有用となるのかもしれない。
それは、自爆覚悟の――
「爆裂、術式」
次話で軽く説明を入れる予定ですが、爆裂術式は第一部でキュリエと四凶災のゼメキスが戦った時に出てきた術式ですね。




