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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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47.「アイラの第三戦」【アイラ・ホルン】


 判定員のリリによる諸注意が終わった。


「第一戦の時点で、勝ち上がってくるのを予想してはいましたが……まさか第三戦まで勝ち上がって来るとは思いませんでしたわ」


 ドリストスのその言葉を受け、アイラ・ホルンは言った。


「アタシも、自分がここまで来られるとは思っていませんでした――最初に、聖武祭の出場を決めた時までは」

「その後、変化があったのですわね?」

「はい」


 アイラはクロヒコを見た。

 彼が第三戦を観にきてくれている。

 無様な試合だけは見せられない。


「すぅ――」


 息を吸い、深呼吸。

 大丈夫。

 やれる。

 やるしか、ない。

 たとえ相手が、最強の固有術式を持つと言われるドリストス・キールシーニャだとしても。


 剣を構える。

 東国の剣術でいう、セイガンの構え。


「今日は――」


 アイラは言った。


「あなたに勝ちます」


 言った。

 言い切った。


 自分で言っておきながら、アイラは自分で驚いていた。

 ドリストスの片目が開く。


「第三戦の対戦表が貼り出された掲示板の前でお会いした時、貴方はおどおどとしていましたわね」


 半身になり、片手で長剣を構えるドリストス。


「第二戦の試合をしていたアイラ・ホルンとは、別人なのではないかと思いましたわ」


 今の口ぶり。

 第二戦の自分の試合を、彼女は観戦していたようだ。


「ですが、戦いとなると空気が一変する……そんなところも、貴方は彼に似ているのかもしれませんわね。これだから、貴方たちのような方々は油断なりません。もっとも――」


 ドリストスがもう片方の目を薄く開く。

 口もとは笑っているが、目が笑っていなかった。


「この試合、勝つのはわたくしですが」


 柄を握る手に、汗がにじんんだ。


 ――無理だよ、クロヒコ。


 アイラは口もとを綻ばせた。


 これに勝てば、次は決勝だ。


 決勝は準決勝と同じ日に行われる。

 休憩日はない。

 準決勝ですべてを出し切れば、決勝前に力尽きてしまうかもしれない。

 クロヒコとも昨夜そんな話をした。


 だけど、相対してみてよくわかった。

 やっぱり温存なんかして勝てる相手ではない。

 アイラは、すべてを受け入れた。


 ――これがアタシの、決勝戦だと思おう。


 朝方、激励に来てくれたレイが言っていた。


『みんなアイラの試合には注目してるみたいだよ。なんたって、アイラ以外は第三戦に進むのが予想されてたけど、アイラが第三戦に来るのは誰も予想してなかったみたいだから』


 予想されていなかったのが、なんだか嬉しかった。

 だってそれは、自分が成長しているということだから。

 みんなの想像を、超えられたということだから。


 リリが手を振り上げた。


 ――来る。


 試合開始の、宣言。


「始め!」


 宣言直後、ドリストスへ懐へ飛び込む。


「なっ――は、速いっ!?」


 ドリストスが驚きを伴って片目を開く。


 最速。


 この聖武祭における最高速度で、アイラはドリストスの懐へと潜り込んだ。


 第二戦前に受けたクロヒコからの指示。


『もし余裕を持って勝てそうだと感じたら、第二戦は飛び込みの速度を抑えて戦ってみてください』

『飛び込みの速度を?』

『アイラさんの最高速度が、この第二戦のものが最速だと思わせるんです。さらに試合のあと、かなり体力を使ったような演技もできれば完璧なんですけど……』

『つ、疲れた演技ならできるかも! 今までの特訓で、疲れた時の感覚はたっぷり身についてるし……あの感覚を、思い出せばいいんだよね!?』

『できそうですか?』

『うん、やってみる!』


 だから第二戦の試合は、いつもより動作を増やして汗を多くかき、勝利後には、疲れた《演技》をした。


『第二戦、両会長はアイラさんの試合を観にくると思います……そこで最高速度を測られるとまずいので、演技で二人に最高速度を勘違いさせるんです』


 剣を、振る。

 アイラの一撃がドリストスへ向かう。

 ドリストスは驚いている。

 目論見は、成功。


「ですが――」


 ドリストスが後方に飛びつつ、防御姿勢を取った。


「わたくしは、間に合う」


 そう。

 ドリストスの反射神経はすごい。

 自分よりずっとすごい。

 だからドリストスは、迎撃が間に合う。


 だけど――必要だったのは《ここまで》飛び込むこと。

 

 バシッ!


「……っ!?」


 山なりの軌跡を描いた、一撃。



 それが、ドリストスの肩をとらえた。



 一方、迎撃を試みたドリストスの剣は――相打ちになるでもなく、空を切っている。

 リリが、短く息を吸った。


「有効打!」


 攻撃があたった時、会場は水を打ったように静まり返っていた。

 しかし次の瞬間、一転して驚きと興奮に包まれた。


「うぉぉおおおおっ! アイラ・ホルンが最初の有効打を取ったぞ!?」

「け、けど今の一撃ってそんなに速かったか!?」

「言われてみれば……鋭い一撃ではあったけど、あのドリストスがああもあっさり有効打を取られる一撃だったかというと……」

「油断してたのか?」


 違う。


 ドリストスは、油断などしてない。


『アイラさんは、どうやら《直線》軌道の攻撃が得意みたいですね』


 クロヒコにそう指摘されて初めて気づいた、自分の得意な攻撃。

 最初は自覚がなかったのだが、直線的な軌道を描く攻撃の時に限り、威力や速度が増しているとのことだった。

 また、クロヒコはこうも言っていた。


『ですが、アイラさんは曲線攻撃が苦手ってわけでもないみたいなんです。要するに《直線攻撃が得意なだけ》なんですよ』


 つまり、である。

 それは、曲線攻撃も十分に攻撃の選択肢に入れてよいということ。

 この聖武祭でアイラは、すべての試合を通して一度も《曲線》軌道の攻撃を使用していなかった。

 ゆえに、ドリストスは直線軌道の攻撃しかこないと踏んでいたのだろう。

 だから彼女は先ほど《直線》に対応するための迎撃を行った。

 きっと、それしか頭になかった。


 今まで温存していた曲線軌道が、ここで生きた。


 ――そっか。


 アイラは、自分の中に染み入る感じを覚えた。


 ――戦いを組み立てるって、こういうことなんだ。


 基礎能力で劣っていても、戦術を組み立てれば拮抗できることがある。

 クロヒコが言っていた。


『あの二人の会長なら、口ではここまで上がってきたのは読めなかったみたいなことを言いつつ、自分たちと《引き分けた》俺が稽古相手を務めているアイラさんの力量には、やっぱり注目すると思うんです』


 クロヒコの読みはもう一つ、あたっていた。

 試合開始直後にはおそらく《ペェルカンタル》は使ってこない。

 彼は、そう読んでいた。


『ドリストス会長がこの第三戦で最も警戒しているのはやっぱり《極空》のはずです。もし《ペェルカンタル》と《極空》が互いに効果を相殺し合うようなものなら、そこから先は体力勝負となります』

『あ、なるほど! つまりクロヒコは、最初は固有術式を温存して様子見をすると読んでるんだね?』

『はい、おそらくは。ただしアイラさんが強敵だとわかれば、すぐにアレを使ってくるはずです。なので好機があるとすれば、まだアイラさんの実力を測ろうとしている段階の試合直後……そこで、先手を打ちます』


 成功した。


 ドリストスは油断こそしていないが、温存はしていた。


 初手で、貴重な有効打を得た。

 だけど、とアイラは前へ出る。


 ――本番は、ここから。


 ドリストスの目が光った。


 最強の固有術式《ペェルカンタル》――発動。


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