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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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46.「聖武祭、第三戦」


 第二戦は試合が観戦できなかったので、大聖場での試合を観戦するのはこの第三戦が初めてとなる。

 今日になって車椅子が不要な状態まで回復した俺は、アイラさんと一緒に大聖場までやって来た。

 まず各学年の準決勝が行われた。

 決勝戦は、午後からとのことだ。


 一年生部門は、ジークベルト・ギルエスとヒルギス・エメラルダが勝ち上がった。

 この部門の決勝戦はジークとヒルギスさんの戦いとなる。

 二人とも他の一年生との実力の差が浮き彫りになっていた。

 セシリーさんやアイラさんが参加していたらわからなかったが、これは順当な結果とも言えるだろう。


 二年生部門はレイ・シトノスが決勝へ駒を進め、三年生部門はベオザ・ファロンテッサが勝ち上がった。


 こうして各学年の決勝進出者が出揃った。

 ただ、一年生部門はセシリー・アークライト、二年生部門はクーデルカ・フェラリス、三年生部門はドリストス・キールシーニャといった前評判の高かった候補生が出場していないせいか、会場には何か物足りない空気が漂っていた。

 これは、認めざるをえない事実だろう。


 そして――次はいよいよ、無学年級。

 アイラさんとは少し前に控え室の前で別れ、今、俺は観客席に戻ってきていた。

 試合前の彼女に伝えるべきことは、もう全部伝えたと思う。

 ここからは、アイラさんの戦いになる。


 会場を見渡すと、ルーヴェルアルガンと帝国の客人たちの姿が確認できた。


「うぉーい、クロヒコーっ!」


 シャナさんが手を振ってきたので、苦笑しながら振り返しておく。

 あれでは、親と一緒にスポーツの試合場に来てはしゃいでいる子どもにしか見えない……。

 人は多面性のある生き物みたいな話をシャナさんが前にしていたが、彼女の振れ幅は大きすぎる気がする。

 いや、むしろあの硬軟激しい振れ幅があるからこそ、彼女は有能なのかもしれないが。


 別の観客席の一角にはセシリーの祖父、ガイデンさんの姿も確認できた。

 で、あの立派なヒゲを顔にたくわえた男の人が、マキナさんの父親で宮廷魔術師のワグナス・ルノウスフィアその人だろう。

 結局、今日の今日まで直接お会いする機会はなかったが、いずれご挨拶したいところだ。


 そしてあの天蓋つきの席に座っているのが――聖王様、か。

 皺の深い白髪の老人。

 しかし、高齢と聞くが衰えた雰囲気はなく、がたいのよさも相俟ってか、座していても威厳に満ちている。


 それと……あのディアレスさんの隣にいる男性が、例の第二王子だろう。

 ユグド王子、と呼ばれていたはずだ。

 むっつりとした表情をしている。

 彼は行儀悪く足を組み、露骨につまらなそうにしていた。

 ユグド王子がしゃべるたび、ディアレスさんがにこやかに受け答えをしている。

 どんな態度で来られても応対する態度がああして崩れないからこそ、ユグド王子の《担当》はディアレスさんなのかもしれない。

 人をなだめたりいなしたりするのは、騎士団の中では一番得意そうだし……。

 禁呪の宿主の力で視力だけでなく聴力も向上しているので、意識を集中すれば多少なら遠くの会話を聞くことも可能だ。

 しかし今は会場の騒がしさのせいで声が遮られ、会話内容まではわからなかった。

 距離が戦台くらいならば、どうにか聞き取れそうなのだが……。

 ちなみに今日もソギュート団長、ヴァンシュトスさん、聖樹八剣の一部は各客人と聖王の護衛についている。

 聖樹八剣の中にはアイラさんの兄であるノードさんの姿もある。

 おとといの終ノ十示軍の襲撃は退けたが、再び襲撃がないとも限らない。

 先日よりは軽い警備だが、今日も聖樹騎士団が大聖場を見回っている。

 再び襲撃が発生した際は、防衛のために俺も駆り出される予定となっていた。


「いよいよ、だな」


 俺の隣に座った人物が、話しかけてきた。


「キュリエさん」

「隣で観戦していいか?」

「ええ、もちろん大歓迎です。いえ……なんか俺の席の周りだけ空いているので、何気に寂しく感じていたところだったので……」

「フン……皆、日に日に名を上げていく禁呪使いに気が引けているんだろう」

「あれ? そういえば、ジークとヒルギスさんの姿が見えませんね?」

「二人とも午後の決勝まで少しでも休んでおくつもりなのだろう。セシリーも、今は控え室にいるしな」


 キュリエさんが腕を組み、戦台を見おろす。


「アイラの相手は生徒会長、か」

「セシリーさんの相手がもしドリストス会長だった場合、キュリエさんは対策を考えていたんですか?」

「一応はな。あの《ペェルカンタル》相手にどこまでやれたかは、未知数だが……そう言うクロヒコこそ、あの《極空》対策はできていたのか?」

「アイラさんと二人で考えて、それなりの対策は導き出しましたけど……正直《極空》相手にどこまでやれたのかは、俺たちの方も今となってはわかりませんね」


 なんでもアリならともかく、制限のあるこういった一対一の試合形式ではどうしても絡め手が必要となってくる。


 最強の《ペェルカンタル》。

 無敗の《極空》。


 どちらの固有術式を相手にするとしても、真正面から正攻法でぶつかって勝てるとは思えない。

 だが、この聖武祭だからこそ見えてくる光明もある。

 聖武祭では大会規則により、聖素量を制限する腕輪の着用が義務づけられている。

 その腕輪の制限の影響で、固有術式を使用する際は通常より多めにスタミナを失う。

 発動時に練り込む聖素量が足りない場合、使用者は、さらに聖素を練り込もうとする。

 しかし一度では決められた量までしか練り込めないので、聖素を練り込むための一連の作業を何回かに分けて行わなければならない。

 つまり通常なら一度で済む行為を、短時間で続けて何度か行うわけだ。

 すると身体への負荷は大きくなり、スタミナを普段より多めに消費してしまう――という理屈のようだ。


 そうなると、乱発は難しい。

 つまり一試合で使用できる固有術式の回数は決まっている。

 なのでこの無学年級第三戦は、回数の有限な固有術式発動を織り交ぜた攻撃をどれだけ防げるかにかかっている、とも言えるだろう。

 防ぎ切ることさえできれば、相手のスタミナ切れを狙うこともできる。


「隣、いいかな?」

「あ、レイ先輩」

「いやぁ、満員御礼なのにこの辺が空いてたからさ。あれかな? みんな、禁呪使いを四凶災みたいな怪物だと思ってるのかね?」


 俺は苦笑する。


「そのようです」

「ふふふー、普段はこーんなに無害な少年なのにね?」


 空いていた方の隣に座ったレイ先輩に、ほっぺたを指でプニッとされた。


「れ、レイ先輩こそいいんですか? まだ決勝戦が残ってるのに……」

「いいんだよ。控え室で緊張しっぱなしでも、逆に神経がもたないだろーしさ」

「レイ先輩でも緊張するんですね」

「うぉっ!? なかなか言うねぇ、クロヒコ少年っ!」

「というか遅くなりましたけど、決勝戦進出おめでとうございます」


 キュリエさんが「おめでとう、レイ」と続く。


「ありがとー、と言いたいところだけど……まだ一戦、残ってるからねー。これでも内心、ドキドキなのさー」


 レイ先輩が、俺の腕をつかんだ。


「ん?」


 むにゅっ。


「ほら、わかる?」

「ちょっ!?」


 俺は慌てて手を離した。


「ここで俺に胸を触らせる意味ありますっ!?」

「だってクロヒコ、おっぱい大好きじゃないか」

「そんな馬鹿な!」

「そろそろ出会った女の子のおっぱいの微妙な違いとかが、わかってきたんじゃないですかねー? どうですか、モテモテの禁呪先生ー?」


 悪い顔をしたレイ先輩が俺を追い詰める。

 決勝を控えているのによくこんなおふざけをする余裕があるな、この人は……。


 キュリエさんは目を閉じ、うつむいていた。


「う、うーむ……今日も、いい天気だなー……今日の夕食は、何かなー」

「…………」


 ここにきてまさかの、ものすごく下手くそな他人のフリだった……。

 …………。

 よし。

 話題を変えよう。


「れ、レイ先輩は……この試合の次はどっちを応援するか、複雑な感じですか?」

「んー、そうだねぇ。セシリーに勝ってほしい気もするけど、うちの会長に勝ってほしい気もするから……うん、まあ複雑なところかなぁ」

「じゃあ、どっちも応援すればいいんですよ」

「そういうキミは、どっちを応援するんだい?」

「この聖武祭、俺はアイラさんの応援だけです」

「うひゃー、今のを聞いたら泣いちゃう女の子がきっといっぱいいるね!」

「いえ、そりゃあセシリーさんにも勝ってほしいですよ……クーデルカ会長やドリストス会長にも、がんばってほしいし……でも、一番はアイラさんで……その……この聖武祭まで、俺はアイラさんの稽古相手を――」

「あははっ、そこはわかってるってば! キミは真面目だなぁ、もう!」


 ベシベシ背中を叩くレイ先輩。

 後ろの観客がヒソヒソと囁き始めた。


「おい気軽にベシベシ禁呪使いの背中を叩いてる子、二年生部門の決勝に出る子だろ?」

「ああ、シトノス家の……こうして近くで見ると、普通に可愛いな」

「ていうかおまえ、聞いたか? 禁呪使いはその実力にものを言わせて、各有力家の娘に手を出しまくってるらしいぞ?」

「あの両手に華っぷりを見る限り、その噂は本当らしいな……」

「ああ、恐ろしい話だ……」


 恐ろしい勘違いだよ!


「事実、無根ですから!」


 いつも周囲のヒソヒソ話はなるべくスルーしているのだが、思わず振り向いて否定してしまった。

 いや、否定せざるをえなかったのだ。


「うわっ!? す、すみません禁呪使い様! ど、どうかっ……お許しをーっ!」

「あ、いえ……こちらこそ、なんかすみませんでした……あの、先ほどの話は事実ではありませんが……こ、声を張り上げるようなことでもありませんでしたね……」


 後ろの観客さんが呆然とする。


「え? は、はい……」


 ため息をつく。

 まさか俺がこんなにも怖がられていたとは……。

 後ろから再びヒソヒソ話が聞こえてきた。


「な、なんか今すっげぇ謙虚だったぞ?」

「タダ者感のない眼帯はともかく、ああして見ると普通な感じだよな?」

「いや、ああいう普段は穏やかな人ほどひと皮剥けば相当な実力者だったりするもんなんだよ」

「まあ……四凶災を倒す実力を持ちながらあの腰の低さなら、異性に好かれるのも多少は頷けるかも……」

「ユグド王子みたいな、嫌な感じもないしな」


 はぁ……俺の王都での評判はこんな感じだったのか……なんか、ショックだ。

 そして次期聖王と聞くユグド王子の王都民の評判は、大丈夫なのだろうか?


「うん、でも今のクロヒコの噂はほぼあたってるね!」

「なんてことを言うんですか、レイ先輩!?」

「あはは、人によってはそう見えるだろうなってことだよ。まー、そこは気にせずドンと構えてなって、禁呪使いどの!」

「…………」


 ほんとこの人は、こうやってなだめすかすのが上手いよなぁ。

 ずるい人だ。

 一度、ディアレスさんと勝負させてみたいくらいだ。

 横ではキュリエさんが微笑しながら、やれやれ、と穏やかに首を振っていた。


「おぉ、出てきたぞ!」


 後ろの観客の声につられて戦台の方を見ると、両門から、準決勝に出場する二人――アイラさんと、ドリストス会長が出てきた。

 二人とも運動服姿で、その上に聖武祭で認められている軽防具を着用している。

 武器は試合用のもの。

 両者共に、スタンダードな長剣を手にしている。

 戦台の中心へ進む両者。


「ん?」


 帽子を被ってはいるけど、判定員の顔に見覚えがあるような……?

 あれは……リリさん?

 そういえば会場に姿が見えないと思っていたが、無学年級第三戦の判定員はリリさんだったのか。


「第三戦ともなると戦闘技術も上がってくるからね。正確な判定をするために、ある程度の戦闘能力を持った人間を、って判断なんじゃないかな?」


 と、レイ先輩。

 なるほど。

 キュリエさんが戦台の中央へ、注意を注ぐ。


「さあ、始まるぞ」


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