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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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44.「鎧戦鬼」


「ローズは、隣の部屋におる」


 暴走したシャナさんをなだめたあと、俺は、隣の部屋にいるローズさんを訪ねることになった。

 うぅ……。

 なんだか、ドッと疲れた。


「あれ? シャナさんは来ないんですか?」


 廊下に出てからそう尋ねると、シャナさんは神妙な顔つきになった。


「ワシはおぬしを隣の部屋に送り届けたあと、若返りのためにこの部屋で化粧直しをするのじゃ。おばあちゃんみたいなどと言われては、引き下がれんからの。女の戦いじゃ!」

「だから、さっきの発言は悪かったですって!」


 ふひひ、とシャナさんが笑う。


「まあ……ワシも一緒に行ったら、ワシがローズの紹介の前置きをしゃべるだけで終わりそうじゃしな。そもそもあれは、二人きりの時でないとほとんど言葉を発さんのじゃ」

「シャナさんが同じ場にいてもですか?」

「同じ場にいてもじゃ」

「でも、二人きりになるのが俺で大丈夫ですかね……?」

「無害そうな顔立ちのおぬしなら、いけるじゃろ」

「顔立ちだけで判断ですか!?」

「余裕じゃ」


 相変わらずこの人は、こういうところが適当だなぁ……。


「それに俺、まったく人見知りをしないってわけでもないんですが……」

「そこも大丈夫じゃろ。事実、魔女と呼ばれているワシともこうして気兼ねなく話しておるではないか」


 シャナさんみたいなアグレッシブなタイプはけっこう話しやすいんだけど、イメージ的に、ローズさんは無口の極みっぽい人だからなぁ……。

 タイプとしては、ヒルギスさんあたりが近いのだろうか?

 いや、でもヒルギスさんはあれで意外と向こうから話しかけてきてくれるタイプだしなぁ。

 けどローズさんは、終ノ八葬刃との戦闘時もひと言も発しなかったって話だし……。

 車椅子を前へ押し出される。


「ほれ、さっさと行くぞいっ」

「は、はぁ……」

「ちなみにあやつは耳が遠いから、呼びかけても返事がない時はそのまま部屋に入ってもよいぞ? おぬしに対して今は《攻撃不可》の指示を書き込んであるから、曲者と勘違いされて襲われることもあるまい。安心せい」


 彼女が口にした《書き込む》という単語を不思議に思いながらも、シャナさんに車椅子を押されて、隣の部屋へ向かった。


 隣といっても、ローズさんの部屋は奥まった場所にあり、シャナさんの部屋とは離れている。

 国賓待遇だからか、部屋の一つ一つも大きい屋敷である。

 というか、ローズさんが神罰隊の隊長でシャナさんは確か副隊長のはずなのだが、印象的にシャナさんの方が立場が上の印象がある。


 部屋の前まで来ると、シャナさんは自分の部屋へ戻っていった。

 一つ深呼吸し、ドアをノック。

 待ってみても、室内から反応はない。


「あのぉ……先ほど車椅子を運んでもらった、サガラ・クロヒコです。シャナさんの勧めもあって、改めてローズさんに自己紹介をしたいと思いまして」


 返事はなし。

 なんだか、本当に室内にいるのか不安になってくる。


「返事がない時はそのまま部屋に入っていいと、シャナさんは言ってたけど……」


 耳が遠いって話だし、もしかして高齢の方なのだろうか?

 うーむ。

 ここはやはり、部屋に入ってみるべきか……。

 そうだな……今後もしルーヴェルアルガンに滞在することがあれば、何度も顔を合わせる可能性だってあるだろう。

 だからここで、しっかり挨拶をしておくべきかもしれない。


「し、失礼しまーす……」


 四凶災を倒した聖樹の国の禁呪使いなどと盛大に持ち上げられようと、こういう部分はまるで変わっていない気がする……。


 恐る恐る、ドアを開ける。

 ん?

 部屋が薄暗い?

 …………。

 ああ、鎧戸を閉め切っているからか。


 淡い暖色の光を放つクリスタル灯だけが、ぼんやりと室内を照らし出している。


「…………」


 なんというか。

 いきなり、ホラーな空気が漂ってきたぞ?


 あ。

 あそこで佇んでいるのは、ローズさん……?

 …………。

 でも、なんだろう?

 暗がりで見ているせいか、生気が感じられない。

 ぽっかりと魂の抜けた、空洞の鎧みたいに見える。

 俺の車椅子の音は聞こえていそうなものだが、鎧が反応する気配はない。

 こちらを――正面を、向いているのに。

 やや前かがみの姿勢で、巨大な鎧は、じっと俺の足もとを見つめている。

 緊張のあまり、ごくっ、と思わず唾をのみ込む。


「あのぉ……俺は、サガラ・クロヒコと申します……」


 反応なし。

 うーむ。

 仕方ない。

 もっと近づいてみるか。


 ソロソロと、近づいてみる。

 が、やはり鎧はぴくりとも動かない。

 というか、ほぼ目の前まで来ているのだが。


「ローズ、さん?」


 呼びかけても、やはり反応はなし。

 なんだ?

 本当に、死んでいるみたいだ……。

 というか……だ、大丈夫なのか?

 まさか本当に高齢で、ここで天寿を全うした……なんてことは――


 いや、だとしたら大変だ。


 ここは、確認だけでも――


「ローズさん! だ、大丈夫ですか!?」


 グラッ。


 鎧が、揺れた。

 巨大な黒い鎧がそのまま、前のめりに倒れ込む。


「……え?」


 倒れゆく鎧を見ていたら、背中が開いているのに気づいた。

 鎧の後背部が内から外へ大きく開いている。

 そう――まるで、セミの抜け殻みたいに。


「う、うわぁぁっ――って、あれ?」


 少し後ろに下がったところで、俺は、今まで鎧が邪魔で見えなかった鎧の背後の空間に目を留めた。


「女の、子……?」


 白髪の少女。

 暗がりなのではっきりとは言えないが、瞳は灰色――だと思う。

 腰まである長い髪。

 白とおぼしき肌。

 淡いクリスタル灯に照らし出された背を向けた裸体は、染み一つうかがえない。

 ちなみに少女だとわかったのは、斜め後ろの位置から、胸のところに女の子特有の膨らみが確認できたからだ。

 彼女の全身には薄っすらと水気があった。

 水を吸った布を手に握り、足もとには水の入った桶が置いてある。

 …………。

 ああ、なるほど。

 身体を拭いているのか。

 と、いうか――


「ご、ごめんなさいっ!」


 慌てて車椅子を回転させ、背を向ける。

 え?

 なんだ?

 ローズさんは老人ではなく少女……?

 けど鎧のサイズと比べると、どう見ても小柄すぎる。

 あれだったら、小柄な方だと思っているセシリーさんよりも小柄じゃないか。

 マキナさんやシャナさんよりは、大きいけど……。


「あなたが来るのは、聞いていましタ」


 水分が布から滲み出る音。

 また身体を拭き始めたのか……?

 俺の存在が気にならないのだろうか。

 部屋が、暗いから?


「す、すみませんっ……シャナさんから、呼びかけて反応がなかったらそのまま部屋に入っていいと言われて――」


 ペタンッ、ペタンッ。


 あれ?

 足音、が――


「申し訳ありませン。ワタシは耳が遠いので、なるべく近くでお話いただけますカ?」


 近い。

 近い、近い。

 すぐ後ろにいる……っ!

 というか胸の前の方が、俺の背中にあたっている!

 俺は混乱したまま、さっきとほぼ同じ謝罪を含んだ言葉を、なるべく声を大きくして繰り返した。


「……ですから、あなたが来るのは聞いていましたのデ。あなたが謝る必要は、ありませんヨ」


 淡々とした喋りの人だ。

 だけど気になった。

 最初の方に、ちょっとだけ不満そうなニュアンスがまじっていたからだ。


「初めに行っておきますが、ワタシは少しあなたが嫌いでス」

「え? す、すみません……何か癇に障ることをしていたなら、謝ります。と、というか……身体を拭いている時に勝手に部屋へ入ってる時点で、嫌われても仕方ないですしっ……な、なんと謝ったらいいか――」

「それは、別にいいのですガ」

「はい?」

「シャナがあなたをワタシよりも好きなので、ちょっぴりあなたが嫌いなのでス。ほら、あれですよ……んー…………シット?」

「嫉妬、ですか」

「それでス。しかしそれは、あなたが全面的に悪いわけではありませんから……ワタシがもっと、シャナに好かれる必要がありまス。だからもっともっと、あの鎧でがんばってシャナの敵を倒さねばなりませんネ」

「あの鎧……」


 倒れ伏す黒い鎧を、横目で見る。


 そう、か。


 この子がローズ・クレイウォル――《鎧戦鬼》の、本体なのか。


 さっき目にした感じだと、体格や筋肉のつき方から考えるに、あの鎧を着込んでそのまま戦えるとは思えない。

 そもそも、あれが普通の鎧だとすればサイズも合っていない。

 つまり何か《別の動力源》によって駆動する――そう考えられる。

 要するにあの鎧は、聖素か何かを使用して駆動する特殊な鎧なのだろう。

 ただし、誰でも扱えるわけではない。

 多分、適性みたいなものが存在する。

 そして一番高性能な鎧に、最も適性の高かった人物――それが、俺の背後にいる白髪の少女。

 そんな、ところだろう。


 しかし不思議な人だ。

 俺を嫌いだと言ったわりに敵意はないし、自分の中にある嫉妬という感情も受け入れている。

 実力者が放つ一種の戦気が感じられない。

 ルーヴェルアルガンの誇る精鋭部隊《神罰隊》において最強と名高い《鎧戦鬼》の名が放つイメージとは、かけ離れた印象である。


 むにゅっ。


 俺の背に、スライムみたいな軟性の胸が押しつけられた。


「ろ、ローズさん!?」

「あなたの、その左目」

「え?」


 ローズさんが背後から手を回し、俺の左目に触れようとした。

 密着気味になったのはそのせいだったようだ。

 しかし、のばされた彼女のその白い手は、眼帯の手前で停止した。


「……シャナから、聞きましタ。大切な人を守るために、その左目を犠牲にしたと……ちょっぴりシットで嫌いですが、ワタシはあなたを尊敬しまス」

「尊敬、ですか?」

「はイ。ワタシもシャナを守るためなら、いくらでもこの身を犠牲にする覚悟があります……ですが、そういう人間は少なイ。みな、自分が一番でス」


 バケモノ。


 自分がそう評されたことを、思い出す。


「その……ある人に言われたんですが、俺は生物として壊れているんだそうです。難しいことはよくわからないんですけど、自分以外の人を、自分よりも優先しすぎてしまうかららしくて……」


 俺からすれば、当然のことだと思うのだが。


「でしたらワタシも、同じですネ。この命すべてを、ワタシはシャナに捧げていまス」


 手と胸が俺から離れる。

 ローズさんの身体から、ポタッ、と床へしずくが落ちた。


「元々ワタシは目が見えず、耳が聞こえず、口が利けませんでしタ。そんな私に光を、音を、言葉を与えてくれたのが――シャナ、なのでス」


 今まで無感情に近い調子で淡々と話していたローズさんだったが、最後のシャナさんの名前を口にする時だけ、かすかに感情がのっていた。


 それは、感謝。


 俺は反省した。

 ローズさんの聴力が弱い原因は、もしかすると、あの鎧の副作用なのかと思っていたからだ。

 こう思ったのは普段自分が強大な力――禁呪の副作用を身体に受けているからだろう。


 だけど逆だった。


 今の彼女の目と耳と言葉は、シャナさんによってもたらされたものだったのだ。


「ゴミ同然に捨てられたワタシを拾ってくれたのが、シャナでス。中には、あの鎧の適性者だったから生き延びられただけだと言う者もいますが、それでもいいのでス。シャナは……適性者かどうか判断される機会を、ゴミだったワタシにくれましタ。それで、ワタシは十分なのでス」

「……シャナさんは、ローズさんの大切な恩人なんですね」

「はイ」


 自分を救ってくれた大切な人。

 その大切な人を守るためなら、自分の命を犠牲にする覚悟を持つ。

 自分を犠牲にし、誰かを救う。

 今までその行為に対し、尊敬するなんて言われたことはなかった。

 なんとなく、こう思った。


「俺たち、ちょっと似ているのかもしれませんね」

「これは、アレですネ」

「なんでしょう?」

「君とは、初めて会った気がしなイ」


 …………。


「他人のような気がしない、では?」


 ローズさんが、ぐいぐいっ、と俺の背中を指先で押した。


「そうそう、それでス」


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