43.「魔女の招待」
その日の夕方、俺はシャナさんが滞在している屋敷に招かれた。
ギアス王子が護衛の件で改めてお礼を言いたいからだと聞いた――のだが、
「それは、おぬしを呼び出すための口実じゃ」
だったらしい。
今、屋敷の二階の部屋にはいつもの軍服ドレスっぽい装いのシャナさんと、俺の二人きり。
二人の会長が去ったあと、俺は大聖場の医療室へ戻った。
アイラさんとセシリーさんは、今日は明日の準決勝に備えてそれぞれ休息をとるとのことだった。
そうして二人を見送った俺を大聖場の医療室まで連れて行ってくれたのは、ルノウスフィア家の馬車で大聖場の西門に到着した、ミアさんだった。
馬車から飛び出すなり、彼女は動揺した様子で駆け寄ってきた。
『あぁぁ大丈夫なのですかぁクロヒコ様ぁぁぁ――――っ!?』
聞けばここ数日、彼女は終ノ十示軍対策で駆け回っていたマキナさんの学園長業務の一部を受け持ち、代行処理していたそうだ。
その雑務にかかりきりったため、俺のところへ来られなかったのだとか。
ミアさんは車椅子の前へ辿り着くなり、屈んで俺の膝に手を置いた。
そしてぐいっと身を乗り出した。
『まさかそんな大ごとになっていようとは、つゆ知らず……っ!』
青ざめながら左腕を見つめるミアさん。
『こ、こんな大変な状態になっていたのでしたら――すぐにミアがお世話をしに駆けつけましたのにっ!』
マキナさんが学園長の仕事に入れるようになったので、俺のところへ行く余裕ができたのだという。
まあマキナさんのことだから、過度な心配をさせまいと最近の俺の詳細情報をミアさんに伏せていたのだろう。
そんなわけで、大聖場へ戻った俺はミアさんと談笑しながら医療室で休んでいた。
そこへルーヴェルアルガンから来たギアス王子の護衛の一人が、シャナさんから命を受けて屋敷への招待を告げに来た、というわけである。
シャナさんには何かと世話になっているし、断る理由もなかった。
ミアさんもついてくると言ったのだが、連日の代行雑務のせいか、はたまた心労によるものか、疲労が溜まっている様子だった。
なので、ミアさんには大聖場の医療室でしばらく休んでいてもらうことにした。
最初は、
『クロヒコ様は……ミアが一緒にいると、お、お邪魔なのでしょうか?』
と不安そうな顔で拒否(?)された。
しかし、俺を訪ねて来た人に行き先を説明するという大事な役目をお願いしたいと頼んだら、渋々ながらも了承してくれた。
ちなみに二階まで俺を車椅子ごと運んでくれたのは、今、隣の部屋にいるらしいローズさん。
…………。
車椅子ごと軽々と持ち上げるんだもんなぁ……物凄い怪力だ。
「して、俺になんの用事ですか?」
相変わらずの短いスカートで脚を組み替え、シャナさんがふんぞり返った。
……もう少しこの人には、レディとしての嗜みってものを持ってほしいのだが。
「改めて、おぬしにローズを紹介しておこうと思っての」
「ローズさんを?」
「うむ」
「目的はなんです?」
「うむ、なんとなくじゃ」
「な、なんとなく……? そんな思いつきで、わざわざ怪我人をここへ呼びつけたんですか……いや、まあ別にいいですけどね……」
「ほっほっほっ、それだけでもないんじゃがの? せっかくの機会じゃし、おぬしの義眼を作るために色々と測定させてもらおうと思ったのじゃ。おぬしは一人でつかまえるのが意外と難しい印象じゃから、こうして時間の取れそうな時に呼んでおかんとの」
それを聞き、半ば無意識で眼帯に触れる。
「義眼……」
「魔素が使えると、接続が上手くいけば視力を得る場合もあるんじゃが……おぬしは、魔素が使えんのじゃったか?」
「ええ。禁呪は使えますが、魔素――聖素は、さっぱり」
「とはいえ、眼帯が取れるに越したことはなかろう」
「ちなみにその義眼の手入れとかって、どうなんでしょうか?」
「ん? ルーヴェルアルガンまで足を運ばずともできる程度じゃ。義眼を装着するのには、設備の問題でワシらの国まで足を運んでもらう必要があるがの」
「機会があれば、実は、ルーヴェルアルガンには行きたいと思っていたんです」
「ふむ? その言い方だと、義眼のためだけというわけではなさそうじゃが」
「第6院を作った例のタソガレという人物……ルーヴェルアルガンでの偽名は、ラグナでしたっけ? キュリエさんが、その人に会いたがっているんです」
「ふむ」
「だから、義眼を作るためにルーヴェルアルガンを訪れる機会があれば、キュリエさんも一緒につれて行って、その望みを叶えてあげたいと思っていまして」
「ふぅむ……今もあの女――タソガレは半分雲隠れしている状態じゃが……存外、第6院の者が来たとわかればワシの前にも姿を現すかもしれんのー」
わしもあやつには言いたいことがあるのじゃ、とシャナさんはつけ加えた。
「主に文句じゃがの」
「……だから、シャナさんから逃げ回っているのでは?」
「器の小さいやつじゃ!」
ぷんぷんなシャナさんであった。
「ただ……実は俺、ミドズベリアに辿り着いて以降、この国から出たことがなくて」
意外そうにするシャナさん。
「ほぅ、そうなのか?」
「はい。なので、ルーヴェルアルガンに行くまでと、それから到着してからの手続きとかを、シャナさんに手伝ってもらえたらなと」
マキナさんは立場上、この王都を離れるのが難しいだろう。
しかしルーヴェルアルガンへ行くとなると、その国に詳しい人物が一人は欲しい気がする。
その点、シャナさんなら完璧な人選と言える。
なんたって彼女は《ルーヴェルアルガンの魔女》と呼ばれている人物なのだから。
「うむ、ではその件はワシも覚えておくとしよう」
「その代わり……禁呪使いの俺を研究したいって言ってましたよね? 俺の戦闘能力を削がない程度なら、できるだけ協力します」
「では、研究と称してワシとエロエロなことも――」
「それはしません」
親指をしゃぶって、なまめかしいポーズを取るシャナさん。
「こんな可愛いワシを、思うままやりたい放題なのじゃぞ?」
チラッ。
お次は襟元をクイっとやって、胸元を見せつけようとしてきた。
ため息を吐く。
「何気にシャナさんはけっこう可愛いんですから、そういうことしてると勘違いする人も出てきますよ?」
「ふひひ、気のないようなことを言いつつさりげなく褒めるあたりが、さすがクロヒコじゃのー……いやいや、勘違いしてもよいのじゃぞ〜? ほれほれ〜」
いちいち車椅子の隣にまで歩いてきて、くねくねと身体を擦りつけてくる小さな魔女。
はぁ……この人は、こういった悪ふざけがなければなぁ……。
「むぅ、なんじゃ? その《この人は、こういった悪ふざけがなければなぁ》みたいな微妙な顔は?」
今日対戦表を見に行った掲示板の前でセシリーさんに心の内を読まれて、にっこり威圧を喰らったのを思い出した。
「……シャナさん」
「うむ」
「俺って、そんっなに考えてることが顔に出やすいですかねっ?」
「時と場合によっては、出やすいようじゃな」
「そうですか……」
がっくり肩を落とす。
励ますように、シャナさんが俺の背中をポンポン叩いた。
「ほっほっほっ、そう気を落とすではない。心情がわかりやすい方が、意外と他人からは好かれるものじゃ」
「なんかシャナさんって時々、優しいおばあちゃんみたいだよなぁ……」
「お、おばあちゃんじゃと!? 確かに老成していると言われることもあるが……ま、まだワシはそんな年ではないわい!」
「あれ!? また俺、顔に出てました!?」
「今のは思いっきし口に出しておったわぁ! むむむむ……見よ、クロヒコ! この若々しく、そして瑞々しい、ワシのこの食べ頃の果実のような肉体をっ!」
ガバッ!
「いやいや、脱がなくていいですから! シャナさん、落ち着いてください! さっきの発言は撤回しますから! 若い! シャナさんは若いです! あの、だから――脱ぐなぁぁああああ!」
もうやだ、この人……。




