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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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42.「四人の少女」


 しかし……この恥ずかしい状態を黙って受け入れるのは、やはり問題な気がするぞ……。


 できるだけ、抵抗を試みる。


「ふがっ、ふがふがっ!」

「おや? クロヒコも、わたくしのお胸の感触を存分に味わえて幸せだと言っていますわ」

「アタシにはそんな風に見えないですよ!?」

「今の状態を見る限り、クロヒコは立ち上がれないのでしょう? でしたら、この体勢も仕方ありませんわね」


 ぜ、絶妙に抜け出せないようにホールドされている。

 それほど力は入っていないはずなのに。

 なんて恐ろしい技術……。

 そして微妙にこの状態のまま胸を左右に動かすのをやめてほしい。

 切に、やめてほしい。

 俺のような耐性の薄い人間には、刺激が強すぎる!


「ふがっ、むががっ!」


 さっきから話せないように、口もとが押しつけられた胸で塞がれている。


「あんっ、クロヒコったら……うふっ、くすぐったいですわよ? まったく、おイタのすぎるイケナイ子ですわねぇ?」


 公衆の面前で、お、俺はなんという姿を晒しているんだ……。


「それに……くすっ……この年ころの男の子でしたら、この感触――」


 むにゅぃぃっ。


「嫌いでは、ありませんわよねぇ?」

「…………」


 耳まで熱くなってきた。


「あら? 抵抗が止みましたわ? 諦めましたの、クロヒコ?」


 胸の圧殺からようやく俺の頭を解放した会長が、薄目を開き、蠱惑的に問いかけてきた。


「ぷはっ!」

「わたくしとの戯れは、楽しめましたかしら?」

「……その質問、今は無回答でお願いします」

「わたくしから強引にのがれなかったのが、回答ではなくて?」

「ご、ご想像にお任せしますっ」

「くすっ、ひょっとしてぇ……照れているのですか?」


 俺はもう、力なく苦笑するしかなかった。


「そこも、無回答として……とりあえず第三戦出場、おめでとうございます」

「あら? わたくしにも祝いの言葉をかけてくれますの?」

「もちろんですよ。ただ、この聖武祭で俺が一番に応援するのはアイラさんですけどね」

「……最後の一線は決して譲らない貴方のそういう姿勢は少しズルいと思う反面、嫌いではありませんけれど」


 お茶目モードを解くと、会長は優雅に横髪を払った。


「やれやれ。巧みに攻めたつもりでも、なかなか貴方の芯を曲げることはできませんわね……それと、アイラ・ホルン」

「え? は、はいっ」

「はっきり言って、あなたの実力には驚いています。そこにいるのは、三年生だとばかり思っていましたわ」

「あ、アタシ自身もここまで来られたことに驚いています……で、ですが!」


 真っ直ぐに会長を見つめ、アイラさんは、残りの言葉を言い放った。


「アタシはこの聖武祭で、ゆ、優勝するつもりです!」


 おぉぉっ、と周囲にどよめきが走る。


 最強の固有術式ペェルカンタルを持つドリストス・キールシーニャに宣戦布告したのだから、そのどよめきも当然か。

 会長は、柔和ながらも不敵な笑みで宣言を受けとめた。


「ええ、楽しみにしていますわ。それと……どうやら貴方の対戦相手も決まったようですわよ、クーデルカ?」


 ドリストス会長の視線を、この場にいた者全員の視線が追う。

 視線の先には、着流しを羽織った黒髪の少女の姿。

 クーデルカ・フェラリス。


「すでに、役者は揃っているようですね」


 涼しげな声で言うと、クーデルカ会長は対戦表を見た。そして刀の柄に手をかけ、セシリーさんへ身体を向けた。


「どうやら準決勝は、私とあなたとの戦いのようですね」

「……ええ」

「お互い、よい試合をしましょう」


 握手を求めるクーデルカ会長。


「はい。ただ――」


 セシリーさんが握手に応じ、言った。


「わたしは《よい試合だった》で終わるつもりは、ありません」

「……よい意気込みです。わたしもあの天才セシリー・アークライトが対戦相手だとしても……一切、負けるつもりはありません」


 クーデルカ会長は正面から、セシリーさんの戦気を受けとめた。


「駆け引きも何もない馬鹿正直さが浮き彫りですわ、クーデルカ」


 薄っすらと目を開き、ドリストス会長が水を差す。

 ……もう、この人は。

 けどドリストス会長がああして露骨に嫌な感じで定期的に絡むのって、よく考えるとクーデルカ会長くらいな気がする。


「気持ちよく試合ができるなら、それに越したことはないでしょう。あなたこそ、今のは心の曇った人間のする発言ですよ」


 険のある言葉を口にし、ドリストス会長と相対するクーデルカ会長。


「とことんウマが合いませんわね、わたくしたち」

「第三戦までにあなたを叩き伏せられるかと、少々期待していたのですが……結局、第三戦の準決勝ですら縁がなかったわけですから。ウマが合わないという説には、同意せざるをえませんね」

「せっかくの因縁の対決ですもの。決勝という舞台であたれるのなら、わたくしとしては文句ありませんわ」

「決勝で私たちが決着をつけられるかどうかも、この聖武祭では怪しいでしょうがね」

「それは、貴方がセシリー・アークライトに負けるという意味で?」

「さて――」


 クーデルカ会長の瞳が、ぽけっとしてやり取りを眺めていたアイラさんを捉える。


「どうでしょうか?」


 それにしてもアイラさんは、最も厄介な相手とあたってしまったと言えるのかもしれない。

 ドリストス会長と戦った俺ならわかる。

 認識を外す固有術式ペェルカンタル

 俺はどうにか思いつきの策で攻略したのだが、のちにキュリエさんに聞いたところ、同じ策をアイラさんやセシリーさんが用いても実行はほぼ不可能だという。

 要は、それほど強力な固有術式なのだ。

 その《ペェルカンタル》を正面から破れるとしたら、クーデルカ・フェラリスの固有術式《極空》だろう――そう言われているのは、有名な話だと聞く。


 ドリストス会長とあたった時の戦い方は、アイラさんと二人で必死に知恵を出し合って考えた。

 ただしその勝率は百パーセントではない。

 可能な限り百に近づけただけだ。


 セシリーさんはどの程度ドリストス会長の《ペェルカンタル》対策をうったのかはわからないが、あの固有術式は改めて考えると強力にすぎる。


 気持ちとしては、この場にいる第三戦進出者の誰もが優勝するつもりでいるはずだ。


 けれど、誰もがわかっている。

 あの《ペェルカンタル》を破るのは、並大抵の策では不可能であると。

 特に《極空》を持たないアイラさんやセシリーさんにとってドリストス会長は、この聖武祭で最難関と言える。


 アイラさんの次の準決勝は、決勝戦に比する戦いとなる。


 そう考えていい。


 そして《ペェルカンタル》に唯一対抗できると言われる、これまた強力な固有術式《極空》を持つクーデルカ・フェラリス。

 セシリーさんにしても、決勝に進むにはそれを破らねばならない。


 だからこの第三戦――すべての試合が決勝戦と等しいといっても、差し支えはないと思う。


「それにしても、見舞いがてらにサガラ殿と少しお話しでもと考えていたのですが……腹の内の黒い女狐がいては、心穏やかにお話しなどできそうもありませんね」

「わたくしも毛並みだけが取り柄の小うるさくさえずる小鳥がいては、大事な第三戦の前に精神が乱れてしまいますわ」


 二人の会長の間に、静かな火花が散る。

 クーデルカ会長が双眸を細める。

 瞳の奥には、強い敵愾心が宿っていた。


「ようやくあなたの吠え面というものを拝見できそうで、明日が楽しみです」

「貴方こそ、悔しさで食いしばる歯を明日までによく磨いておくことですわね」

「ふん……減らず口を」


 ここが区切りとばかりに、一つ鼻を鳴らすクーデルカ会長。

 それから彼女は、周囲の人たちにぺこりと頭を下げた。


「お見苦しいところをお見せしました、皆さま……サガラ殿にも。明日は、どこぞの女狐以外との試合は気持ちのよい試合にしたいと思っていますので。その……ええっと――」


 思案げに、クーデルカ会長が自分の口の周りをスリスリと触り始めた。

 どうやら、言葉を探しているみたいだ。


「あ、そうだ――サガラ殿に見応えのある試合だと思ってもらえるよう、私もがんばりたいと思います。それでは、失礼します」


 クーデルカ会長は着流しの裾をひるがえし、健康的な太ももを覗かせて、その場を立ち去った。

 するとレイ先輩が「ごめん、じゃあボクもここで」とクーデルカ会長に続く。


「やれやれ……言うだけ言って有無を言わさず颯爽と去っていくところは、なんともあの女らしいですわ。さて――」


 ドリストス会長が少し歩いてから、くるっと振り返った。

 そして俺たちへ向かってスカートの裾を両手で摘まみ、優雅に一礼。


「セシリー・アークライト」

「はい」

「明日は、見事クーデルカを打ち倒す瞬間を目撃できると信じておりますわ」


 ゆがんだ激励であった。


 キールシーニャ家はアークライト家には好意的だと聞いている。

 セシリーさんは空気を弛緩させ、言葉を返した。


「わたしとあなたは、実は少し似ている気もしています。学園では色々と言われているところも耳にしますが、わたしは、あなたのような人間も組織には必要だと思っています」

「あら、そうかしら?」


 これにはドリストス会長も意外そうな顔をした。

 んー……言われてみれば、裏表があるところなんかは似ているかもしれない。

 …………。

 例えば、意外と腹黒なところとか?



「クロヒコ、何か?」



 セシリーさんの伝家の宝刀、にっこり威圧が俺を襲った。

 ……俺、口に出してないよな? 

 な、なんて鋭いセンサーなんだ……。


 くすっ。

 ドリストス会長は次に、アイラさんに一礼した。


「明日の準決勝を心より楽しみにしておりますわ、アイラ・ホルン。小聖位で見れば、わたくしが勝って当然の試合……ですが――」


 片目だけ開いた会長の視線が俺を捉える。


「《貴方がた》は油断なりませんからね。存分に気を引き締めて、試合に臨ませていただきますわ」

「は、はいっ。こちらこそ、よ、よろしくお願いいたします」


 アイラさんが深々と姿勢よく頭を下げると、会長は完全に毒気を抜かれた顔で息を吐いた。


 クーデルカ会長のように、火花を散らすようなことはしない。

 というより、できないのがアイラさんである。


 くすっ。

 会長が、微笑みを漏らした。


「もし、貴方よりも先にわたくしがクロヒコと出会っていたら……隣にいたのが、わたくしだったなんて未来もあったのでしょうか?」


 わずかに開いた会長の瞳に、憂いの色が確認できた――気がした。

 ……え?


「まあ、過去より大事なのは未来ですわ。わたくしも、おこぼれくらいにはあずかりたいところです」


 会長はすぐ糸目に戻ると、表情もにっこり顔に戻った。

 そして彼女は優美に別れの一礼を残した。


「では皆さま、ごきげんよう――明日の第三戦ではよき試合を見せられるよう、わたくしも全力を尽くしますわ」




 今年最後の『聖樹の国の禁呪使い』の更新となります。元々「えくすとらっ!」は本編終了後の外伝的な位置づけにする予定だったのですが、スコルバンガー戦あたりの流れなどはもう本編の流れに食い込んできている感じですね。


 書籍版の方も現在七巻まで刊行させていただくことができまして、来年の一月には八巻も出版できそうです。当時は四凶災編くらいまで出せたらいいなぁくらいに考えていましたが、ノイズ編や聖武祭編も書籍として刊行することができました。これもひとえに「聖樹」を応援してくださっている皆さまのおかげでございます。ありがとうございます。


 来年には「えくすとらっ!」も完結の運びとなる予定です。「聖樹」も、来年こそは飛躍の年にできたらいいなと思っております。


 今後とも『聖樹の国の禁呪使い』を、どうぞよろしくお願いいたします。


 それでは(これを投稿する時間を考えると、これをお読みくださっている頃にはもう年が変わっているかもしれませんが)よいお年を。

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