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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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40.「それはやっぱり、複雑で」【セシリー・アークライト】


「さすがにここでわたしが出て行くのは、無粋がすぎますよねぇ……」


 セシリー・アークライトはクロヒコのいる医療室前の廊下で、息をついた。

 今、医療室の中ではクロヒコとアイラが抱き合っている。

 ただし会話を聞く限り、クロヒコの身を案じていたアイラが安堵のあまり抱き着いた感じだった。

 なのでセシリーとしては、横槍を入れるのも無粋に感じられるわけである。

 廊下の壁に寄りかかり、しみじみと天井を眺める。


「わたしも遠慮なんかせずに、クロヒコにも稽古相手を頼んだ方がよかったのかなぁ……」


 声になるかならないかの小さな声。


「……なんて、今さら言っても仕方ないのですが」


 キュリエが稽古相手になってくれただけで、自分は恵まれている。

 彼女のつきっきりの特訓の成果によって、自分の戦闘技術がみるみる洗練されていくのをセシリーは実感していた。


「ふふ……これ以上を望んだら、獄神オディソグゼアに呪いをかけられますね」

「キミは謙虚だねぇ」

「ええ、こう見えてわたしは謙虚で臆病――って、レイ!? い、いつの間に――」


 いつの間にか隣に現れていたレイ・シトノスが、しぃー、っと唇に人差し指をあてた。


「気づかれちゃうよ? 雰囲気からして……キミは今、二人に気づかれたくないんでしょ?」


 警戒しつつ室内を覗き込む。

 アイラの抱擁でどぎまぎしているせいか、クロヒコがこちらに気づいた様子はなかった。

 悪意がある存在には敏感な彼だが、気を許している相手の存在察知は逆に人よりも鈍い気もする。

 セシリーは声をひそめた。


「レイ、あなたもクロヒコの様子を見に?」

「うん。でも、今は入りづらい空気だよねぇ」


 諦めのため息を吐くセシリー。

 見たところ、大怪我をしたと聞いたクロヒコも予想していたより元気そうだ。

 それが確認できただけで今のところは十分だろう。


「そうですね……今は少し、あの二人に時間をあげましょうか」


 セシリーはそう言うと、視線を廊下の向こうに投げた。

 すぐ意図を察してくれたレイと共に、セシリーはその場をそっと離れた。


「だけど一年生にして第三戦出場とは……さすがは天才、セシリー・アークライトだね」


 医療室から離れた場所まで来ると、レイが口を開いた。


「一年生なのに、と言うならそれはアイラもですよ。それに、あなただって二年生部門の第三戦に進んでるじゃないですか。実力があるのは気づいていましたが、わたしの予想よりもあなたは実力者なのでは?」

「あはは、どーかなー? 二年生部門にはうちのクー会長がいないからねー」

「クー会長?」

「あ、本人の前でそうやって呼ぶとうちの会長ちょっと不機嫌になるから注意ね?」

「はぁ……」

「いずれにせよ、うちの会長とあたることになったら覚悟しておきなよ?」


 クーデルカの固有術式《極空》。

 その能力は未来視と言われている。

 ただキュリエは、あれは予言のような未来視ではないはずだと予想していた。


 ――だとしても、強力な固有術式であることに変わりはありませんがね。


「そういえば話は変わるんだけど、セシリーも寛容というか、なんというか……」

「ん? なんの話ですか?」

「クロヒコとアイラのこと」

「ああ……んー、これでもクロヒコの周りでは、自分が一番みっともなく嫉妬深い女だという自覚はあるんですけど――」

「あははは、そういう正直な物言いは嫌いじゃないなっ」


 澄ました顔でセシリーは軽くあごを下げた。


「どうも」

「いやいや、昔は清廉さが取り柄の箱入りお姫様かと思ってたけど、一緒にいる時間が増えたおかげでその認識が誤りだったとよくわかったよ。キミはキミで、何かと大変なんだよね。で、その嫉妬深いお姫様がどうしたって?」

「うぐっ? まあ……その、ですね……あの二人というか……アイラに対しては、不思議とその嫉妬が膨らまないんですよ」

「へぇ?」


 セシリーは気持ちよく微笑を浮かべる。


「それはわたし自身が、アイラのことが好きだからでしょうね……ただ、あの真っ直ぐな純粋さにはいささか嫉妬の念を抱いてしまいますが」


 だからこそ彼女は、傷つく時も真っ直ぐなのだろう。

 あの巨人討伐作戦の頃のアイラを思い出し、セシリーはそんな風に彼女を分析していた。


「悔しいですけど、たまに思うんですよ。クロヒコとお似合いだなぁって」

「おや? 宝石とも呼ばれるお方が、弱気な発言だね?」


 このレイの軽い反応が、セシリーにとっては会話しやすくもあった。


「たとえ大陸に響き渡る評判の容姿を持っていようと、クロヒコに対してはそれほど重要な価値を持ちませんから」


 自分の容姿が人にどう語られているかは知っている。

 異性に対して好感触を得られるのも知っている。

 クロヒコだって綺麗だと言ってくれるし、そう感じてくれているのもわかる。


 だけど彼は、この美貌がなくとも自分を助けてくれたような気がする。

 あの苦悩の迷路から、同じように連れ出してくれたような気がする。


 だからこそこの宝石と呼ばれる美貌はきっと、最終的には役に立たない。

 想いを伝える上でいちばん大事な時、この外見は重要な要素とはならないはずなのだ。

 けれど、だからこそ自分は彼が好きになっていったのだろう。


 そしてこれからも、好きになっていくのだと思う。


「なんかさ、セシリーは大人になった気がするよ」

「ふふ……なんです、唐突に?」

「ボクが男だったら惚れてただろうな、って意味」

「あなたが男だったら、さぞかし学園の女たちをそこかしこで魅了していたんでしょうね」

「あははは、だけどアイラがいたら……やっぱりあの子の隣にいるような気がするなぁ。もしそうだったら、ボクはクロヒコをどんな風に思ってたんだろうね?」

「それこそ、私と同じような感じじゃないですか?」

「複雑な気持ち?」


 自嘲気味に微笑むセシリー。


「ええ、それです」

「あはは、だったらボクは女に生まれてよかったなぁ。あ、ちなみにクロヒコがもし女の子だったらどうなってたんだろう?」

「んー……考えたこともありませんでしたが、それは想像がつきませんね……」


 放っておけない妹みたいな感じだろうか?





 気づけばセシリーたちは、明日の第三戦が行われる試合場まで足を運んでいた。


「そろそろ対戦表が貼り出されるね」

「ええ」

「ボクはどんな組み合わせになるのかなー」

「クーデルカがいなければ、二年生部門は敵なしという感じですか?」

「どうだろ? 油断は禁物だからねー。ただ、まあ……無学年級ほど過酷な相手がいないのだけは、確かかな」


 二人肩を並べ、試合場を眺める。


「さて……わたしは次の準決勝、誰とあたるのか……」


 いずれにせよ、誰とあたっても楽には勝たせてもらえまい。

 二人の会長はいわずもがな。

 どちらとあたっても苦戦は必至だろう。


 アイラもこの第三戦まで、危なげなく勝ち上がってきた。

 彼女の実力が本物なのは、無学年級第三戦出場者の誰もが認めているはずだ。


「やっぱり次の相手は、気になるよね?」

「ええ。ですが――」


 セシリーは静かな闘志を燃やす。


「誰とあたろうと、わたしは全力で勝ちを取りにいくつもりです。わたしにとってこの聖武祭は、越えなければならない壁の一つのような気がするんです」


 少しでも《彼ら》に、追いつくために。


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