38.「結果と報告」
俺は車椅子で移動していた。
まだ身体のバランスを下半身で上手く支え切れないからだ。
車椅子はキュリエさんが押してくれている。
大聖場内にある一室で今、聖樹騎士団が会議を行っているという。
マキナさんたちは俺が目覚めた報告を受け、会議を途中で抜け出してきた。
その会議にできれば俺も参加してほしいと頼まれた。
喋るだけならできるので、了承した。
それからポカポカやり合っていた二人が落ち着いたあと、俺は真っ先にマキナさんに北門と東門のことを尋ねてみた。
そしてリリさんやノードさんは無事だったと聞き、ほっとした。
北門にはマキナさんが、東門にはローズ・クレイウォルが駆けつけて敵を倒したそうだ。
ちなみにスコルバンガーのような謎の敵は、他の門には現れていなかった。
「そわそわしているな、クロヒコ」
「そ、そうですか?」
「勝ったぞ」
何を気にしているのか察した調子で、キュリエさんが言った。
「アイラとセシリーは、第三戦への出場を決めた」
「ほ、ほんとですか!? や、った――ぃっ、いたたたっ!?」
「ほら、嬉しいのはわかるが無茶をするな」
苦笑するキュリエさん。
「セシリーたちもおまえに会いたがっていたんだが、あいつらはこれからが本番だからな。私から言って、今日は屋敷と宿舎に戻ってもらった。クロヒコが目覚めた時に最高の試合を見せるのがおまえたちの役目だとか、ちょっとずるい言い方をしてしまったよ」
「そうでしたか……」
やった。
二人とも第二戦を勝ち抜いたんだ。
その試合を守ることができた。
心の底から、必死になって戦った価値があったと思えた。
「ところで、他の第三戦出場者は……?」
「ドリストスとクーデルカだ」
「となると――」
「今名の挙がった四人で、第三戦だな」
残るは、準決勝と決勝戦。
組み合わせは明日の発表。
しかしここまでくれば、もはや誰とあたっても決勝戦と同格と言えるだろう。
ここからは、対戦カードの運を気にしても仕方ないかもしれない。
ちなみに一年生部門では、ジークとヒルギスさん、二年生部門ではレイ先輩、三年生部門ではベオザさんが第三戦まで勝ち上がったという。
やっぱりみんな、実力は確かなのだ。
「明後日の聖武祭は、応援しがいがあります」
「そうだな。ただ――」
「ただ?」
「おまえとしてはアイラとセシリー、どっちを応援するんだ?」
「えっ? それは、その――」
いや、ここはしっかり言うべきだろう。
「この聖武祭、俺はアイラさんの応援をします。一応、稽古相手を務めたわけですし」
「フン、よく言った。ここでもし曖昧な返答がきていたら、少しおまえに失望していたかもしれん。当然、私はセシリーを応援する」
「もちろんセシリーさんにも、がんばって欲しいですけどね」
「ああ、私もアイラにはがんばってほしい。だがそれとは別に、やはり譲れないものがある。互いにな」
「ええ」
そんなことを話していると、明かりが漏れているドアが見えてきた。
先を歩いていたマキナさんとシャナさんがドアを開け、中へ入る。
シャナさんが首だけ出して、手招きしてきた。
部屋の中に入ると、聖樹騎士団の面々が揃っていた。
視線が俺へ集まる。
皆、やや強張った表情をしていた。
ん?
なんか視線が一点に集中しているような……?
あ、この左腕か。
包帯に血も滲んでいるし、痛々しさが目立つのだろう。
マキナさんがソギュート団長の隣に座る前、ディアレスさんに何か耳打ちした。
ディアレスさんが席を立ち、手の仕草でリリさんを呼ぶ。
すると、二人は俺の傍に椅子を持ってきて座った。
「今回も大活躍だったらしいですね、クロヒコ」
たおやかに微笑むディアレスさん。
男の人だが、声もどちらかと言えば中性的なので、その美貌と相俟って何度も女の人と錯覚しそうになる。
まあこの美貌も、大陸一美しいと評されるセシリー・アークライトの兄なのだから、納得はいく。
「包帯の上からでも、大丈夫でしょうか?」
リリさんが尋ねると、ディアレスさんが「シャナトリス殿によれば、大丈夫だとのことです」と答えた。
この会議中、交代しながら二人が俺の左腕に治癒術式を施してくれるそうだ。
「あ、ありがとうございます。助かります」
「何を言っているんですか、クロヒコ。謎の巨獣の話を聞く限り、あなたがいなければもっと被害は甚大だったはずです。この治癒術式は、当然のことですよ」
褒められて、俺は照れてしまう。
「き、恐縮です」
「どんなに強くなっても、あなたは謙虚なままですね」
「俺は、戦えるだけですし……マキナさんみたいに学園長の仕事ができるわけでもないし、ディアレスさんみたいに治癒術式が使えるわけでもありませんから」
「ふふ……あなたのその驕らない姿勢は、好きですよ」
治癒術式が開始される。
淡い緑の光が俺の左腕を包み込んだ。
痛みが和らいでいく。
ズキズキという感覚が、チクチクに変わった感じだった。
俺の治療が開始されたのを見て取ったマキナさんが、ソギュート団長に頷いてみせた。
会議が再開される。
今日の聖武祭の各護衛に関する報告と、各門で起こった終ノ十示軍との戦闘に関する報告はすでに終わっていた。
今回の件で頭を抱えたのは、戦闘に参加できなかったソギュート団長、ディアレスさん、ヴァンシュトスさんだったようだ。
今回は聖樹八剣の大半もヘル皇女の護衛についていた。
「ユグド王子の強い要望があったとしても、またこのような事態が起きたら、処罰を覚悟でおれが出る。今回、皆にはすまなかったと思っている」
ソギュート団長はきっぱりそう宣言した。
今回の襲撃は、マキナさんや《鎧戦鬼》の参戦もあってさほど死傷者が出なかったのが幸いだったと言える。
下手をしたら、ノードさんやリリさんが死んでいた可能性もあったそうだ。
俺の感覚だとどうしてもヒビガミやノイズ、ベシュガムを基準にしてしまう。
そのため、いささか終ノ八葬刃を低く評価してしまっているのかもしれない。
しかし、決して弱いと断じれる相手ではなかった。
ただ、犠牲者が少なかったのは本当によかった。
会議では現在、今後も終ノ十示軍が襲撃をかけてくるかどうか、またその場合はどう対処すべきかについて話し合われていた。
聞いていると、やはりまず人員不足が懸念されているようだ。
また、終ノ十示軍に対抗できる戦闘能力を持つ団員を増やすべく、聖樹の根元の聖遺跡攻略を訓練としてより多く行うべきだとの声が上がった。
訓練目的なら、許可を取れば個人でも聖遺跡に入れるようにすべきだとの意見も出ていた。
団長が検討課題をまとめ終えると、次は謎の巨獣――スコルバンガーについての話へと移る。
団長やマキナさんに質問を投げられ、俺とキュリエさんが起きたことを説明した。
突然、終ノ十示軍を殺して現れた。
襲ってきた理由は不明。
正気を失っていた節があるので、そのせいで襲ってきたのかもしれない。
高威力の第三禁呪でも微々たる傷しか与えられないほど、硬い皮膚を持つ。
途中でやや理性を取り戻した印象があった。
姿を保てる制限時間のようなものがあり、その時間に達すると姿が消え、別の場所へ転移するのではないか――口ぶりからは、そう推測できた。
名は、スコルバンガー。
マキナさんがふぅむと思案する。
「スコルバンガー……聞いたことのない名だわ。誰かその名に心当たりのある人はいる?」
答える者はいない。
「狼頭の巨人、か……神話を調べてみれば、何かわかるかしら? ああもう、こんな時にクラリスがいれば……」
物知り博士のクラリスさんは確か今、ルノウスレッドにいないのだったか。
シャナさんが、ふむぅ、と眉間に皺を刻む。
「ワシも心当たりはないのぅ。なぜかワシが会いに行くと出会えないあの女に聞けば、何かわかるのかもしれんが……出会えないことにはのぅ」
あの女というのは、第6院を作ったタソガレという人物のことだろう。
キュリエさんが複雑そうな顔をする。
「知識だけは広くて豊富だったノイズが生きていれば、何か心当たりがあったのかもしれんがな……」
どうやらスコルバンガーに関しては、今はただ起こったことと知れたこと以上の進展はなさそうだ。
「そのスコルバンガーについては、今は警戒しておく以上の対策は打てそうにないな……もしまた出現したら、我々としては情けない話だが、食い下がって戦うことのできたサガラ・クロヒコやキュリエ・ヴェルステインの力を借りつつ、おれたち聖樹騎士団が総出で対処するしかあるまい」
ソギュート団長がそうまとめて、マキナさんが「そうね……」と同意を示した時、会議室のドアが開かれた。
「失礼するっ」
入って来たのは、ヴァラガ・ヲルムードを従えたヘル皇女だった。
「此度の件はご苦労だった、聖樹騎士団。余のあずかり知らぬところで脅威が迫っていたそうだな? 言ってくれれば、余も協力を惜しまなかったのだが」
室内の人間が皆、椅子から腰を上げる。
ちなみに俺だけは、立ち上がると車いすから転げ落ちる心配があったため立たなかった。
マキナさんもさりげなく《あなたは立たなくていいから》と軽くあげたてのひらと視線で指示を送ってくれていた。
部屋の空気が一変し、緊張感を孕んだものとなる。
一国の皇女となればこの反応も仕方あるまい。
最初に皇女へ応えたのは、マキナさん。
「元より我々ルノウスレッド側としては、皇女殿下を含む客人たちに協力を申し出るつもりはありませんでした。ここにおられるシャナトリス・トゥーエルフ殿の発案で、結果として一部の客人の助力を得る形にはなりましたが……」
帝国の皇女の前だから、マキナさんの言葉遣いもそれ用になっていた。
状況によってああして意識的に立ち振る舞いを変えられるのは、さすが公爵令嬢である。
ヘル皇女は興味深そうにシャナさんを一瞥すると、愉快げに言った。
「軍神国の小さき魔女か……やはりあなどれぬ人物らしいな。あなたのことは、珍しくこのヴァラガも褒めていた。その才幹、できるなら帝国で活かして欲しいものだが」
「帝国の皇女殿下からそのようなお言葉をいただけるとは……なんとも、光栄なことでございます」
取り澄ました微笑を浮かべ、恭しく一礼するシャナさん。
マキナさんもシャナさんもさっきの医療室ではあんなほんわかした感じだったけど、こういう腹の探り合いみたいな状況になると、しっかり国の重要人物っぽくなるよなぁ……。
「そのシャナトリス殿を褒めていたというヴァラガ・ヲルムード殿は、聞けば、南門へ向かっていたはずだとのちに聞きましたが……一体、どこにおられたのでしょうか?」
鋭い視線を送りながらそう発言したのは、キュリエさん。
問いを投げられたヴァラガは動じず、穏やかに答えた。
「お恥ずかしい話なのですが……実は、このだだっ広い大聖場内で道に迷ってしまいましてね? さらにウロウロしている最中、その……またまたお恥ずかしい話なのですが、不安のためか急激に腹の痛みを覚えまして。ずっと、厠に籠っていたのです」
あれには本当に困りました、と肩を落とすヴァラガ。
「……失礼なことを聞いたようですね。今の質問については、謝罪いたします」
キュリエさんは丁寧に謝罪を述べた。
外交的な問題もあるだろうから、いくら第6院の同郷同士とはいえ言葉遣いは意識したようだ。
しかし彼女は、明らかに今のヴァラガの話が嘘だと悟った様子だった。
俺にはわかる。
あの急激に冷めた彼女の感じは、ヴァラガが嘘を口にしたと悟ったためだだろう。
ヘル皇女が自分を誇示するように一歩、前へ出た。
「肝心の時に我が帝国の人間が役に立てずすまなかった。まあ、あの噂に名高い《鎧戦鬼》も活躍したと聞くし、それに――」
獲物を品定めするような皇女の瞳が俺を捉える。
「聞けばそこの禁呪使いが、四凶災に匹敵する敵を退けたそうではないか? 素晴らしい戦力だ。この国は、なんとも恐ろしい戦力を――」
「ヘル様、我々は護衛の礼を言いにここへ来たのでは?」
ヴァラガが口を挟んだ。
皇女の言葉を遮るなど不敬に値しそうだが、ヘル皇女は気にしていない様子で快活に笑う。
「はは、そうであったな! こたびの護衛、余は非常に満足している。そして同時にこたびの件は、ソギュート・シグムソスら主力を欠いてもルノウスレッドには一国級の敵と戦える戦力があると、そう改めて証明したわけだ? いやいや、その特筆すべき戦力は実に羨ましい限りだよ」
一国級の敵、か。
そういえば四凶災は、帝国の東への大陸侵略を踏みとどまらせた過去があるんだったっけ。
スコルバンガーの戦闘能力がベシュガム級だとすれば、確かに、一国を翻弄するくらいの力はあるのかもしれない。
と、ヘル皇女が俺を見ているのに気づく。
欲しいおもちゃを欲しがる子どものような、そんな目つきを連想させる。
そこで、再びヴァラガが横槍を入れた。
「ヘル様、あまり長居しては彼らの迷惑となります。今日のことで、彼らも疲労の極致にあるでしょうし……特に、禁呪使い殿などは。そうでしょう、クロヒコ殿?」
ヴァラガは笑顔で問うてきたが、俺は、彼の笑顔を表情通りに受け取ることはできなかった。
ヘル皇女とヴァラガが退室したあと、会議は三十分ほどで終了となった。
今後の雑事はマキナさんと騎士団の側で処理していくそうだ。
つまり、俺はもう通常運転に戻ってよいというお達しを頂戴したわけだが――
「クロヒコ、今日は大聖場の医療室に泊まっていってはどうですか?」
会議室を退室した直後に俺へそう提案したのは、ディアレスさんだった。




