37.「その日のうちに目覚めて」
「うぅ……ん……」
目を開くと、天井が見えた。
クリスタル灯の光。
「ここ、は――」
身体を起こす。
痛みが走るが、あれだけ消耗したわりには痛みが軽い気がする。
最初に痛みが気になったのは、第五禁呪の背中。
翼をもがれたりしたからなぁ……。
右目にも重い痛みが残っている。
最も酷使した左腕には大量の包帯が巻かれてた。
ズキズキと激しく痛むが、あんな無茶をさせたのだ。
左腕ばかりは仕方あるまい。
この左腕にはむしろ、よく持ちこたえてくれたと礼を言いたいくらいである。
さてと……今、何時だ?
俺が今いるのはベッドの上。
周囲はカーテンのような白い垂れ布で覆われている。
目の届く範囲に時計は見当たらない。
垂れ布をよけ、外の様子をうかがう。
学園の医療室ではない。
大聖場の医療室だろうか?
ここは個室みたいだが――
「ん?」
騎士団の制服を着た男の人が、垂れ幕の隙間から見えた。
座っていたその人が椅子から立ち上がる。
「く、クロヒコ殿!? もうお目覚めになられたのですか! マキナ様から明日までは起きないかもしれないと聞いていましたので――」
そこで団員さんが誰かに呼びかける。
「おい、マキナ様に伝えろ! クロヒコ殿が目覚められたと! それと、シャナトリス殿にも!」
言葉の感じからすると、禁呪解除時の負荷で意識を失ってから、あまり時間が経っていない……?
てっきり、最低でも明日の昼くらいまでは寝ているかもと予想していたが……。
それに、だ。
一気にのしかかった負荷によって気絶こそしたものの、受けたダメージやフィードバックを考えると、今回は全体的に影響が軽い気がする。
「…………」
まさか、俺の身体が禁呪に慣れてきている……?
だから、以前よりも負荷やフィードバックが少ないのだろうか?
ありえる話かもしれない、と思った。
それに……どことなく、回復力も上がっているような……。
ズキッ。
だとしても、油断するな。
そう警告を発するように右目、背中、左腕を鈍い痛みが走り抜けた。
でもこれなら、明日の第三戦を見に行ける気がする。
あ、そういえば……さすがにもう第二戦は終わっていると思うが、結果はどうだったんだろう?
アイラさんもセシリーさんも、勝ち進んでいてほしいけど……。
気になる。
本当は出場者本人から聞きたいが、いち早く知りたくて仕方がない。
マキナさんたちが来たら、結果を聞いてみるとしよう。
若そうな団員さんが垂れ布を巻き上げていると、キュリエさんが飛び込んできた。
「目が覚めたのか、クロヒコ!? 調子はどうだ!?」
続いてすぐ、息せき切ったマキナさんとシャナさんが入室してくる。
マキナさんに軽く挨拶をすると、団員さんは退室した。
「クロヒコ、もう起き上がって大丈夫なの!?」
ベッドの縁に両手をついてマキナさんが身を乗り出してきた
「場所によってはそこそこ強い痛みがあるんですが、予想より身体全体の負荷は軽かったみたいです。こうして喋ったり、動いたりもできます。立ったりも、できそうな――ぅわっ!?」
元気なところを見せようと膝をついて立ち上がりかけたのだが、足が身体を支えきれず倒れ込んでしまった。
「きゃっ!?」
「む、ぐっ」
この柔らかさは、ゴスロリ服の素材のフワフワ感だけではない。
生地ごしではあるが、むにゅむにゅした柔肌の感触が確かにある。
確かにあった。
「――ではなくて!」
こけた勢いで、俺はマキナさんを押し倒す形になってしまっていた。
「すみませんマキナさ――ぅ、がっ!?」
痛みが駆け抜けた。
お咎めの雷が落ちるかと思ったが、マキナさんは眉をしかめつつも顔を赤らめて、まあ致し方あるまい、みたいな顔をしていた。
「ぃ、いいけどね……まったくもう……いつも通り悪気はないんでしょうし、今回はあなたのがんばりに免じて、不問にしてあげるわ」
微笑みながら優しく見つめてくるマキナさん。
「南門の話はキュリエから聞いたわ……がんばったわね、クロヒコ」
小さな手で、俺の頭を撫でてくれた。
人を褒める時は頭を撫でる。
姉が彼女にしていた褒め方、だったか。
「痛みはどう?」
「その……完治までは時間がかかりそうですが、な、なんとか大丈夫そうです」
密着すると、確かなふくらみが感じられる胸もと。
そこから顔を上げると、そこにはルビー色の瞳を持つマキナさんの小顔があった。
吐息がかかりそうな近距離のせいなのか、あるいは、包み込むようなフワフワの微笑のせいなのか。
その作り込まれたドールめいた顔だちを見て、つい俺はどきっとしてしまった。
キュリエさんが腰に両手をあて、息をつく。
「やれやれ……その様子だと、危惧するほどの負荷はなかったようだな」
シャナさんが意地悪そうな顔で、キュリエさんの太ももを肘でつついた。
「ああいうのを見て嫉妬せんとは、いわゆる正妻の余裕というやつかの?」
うむ、とうなづくキュリエさん。
「クロヒコが嫌っている相手ならともかく、好意を持っている相手に目くじらを立てても仕方あるまい」
「さすがにそれは達観しすぎておらんか!? なんという格上感じゃ!」
飛び上がるシャナさんを見て、マキナさんがくすっと笑いを漏らした。
「キュリエには勝てないわね」
それから俺は、シャナさんから問診みたいなものを受けた。
次に、身体の様子を見てもらう。
ちなみに、この部屋はいくつかある大聖場の中の医療室とのこと。
聞いてみたら、時刻は午後の九時過ぎだった。
「むー……左腕はまだ様子見が必要じゃが、他はけっこう大丈夫そうじゃな。ただし、今日は時間の許す限り、誰か治癒術式の得意な者に寝るまで左腕に治癒術式を施してもらうのがよかろ」
「そうですか、安心しました」
ふぅ。
よかった。
大事には至っていないみたいだ。
「ん?」
ふと、目と口をニヨニヨさせているシャナさんに気づく。
「ふひひ、しかしクロヒコよ? 少し見ないうちに、また一段とよい身体になったのぅ?」
「えほんっ!」
マキナさんが、お咎めの咳払い。
「真面目にやってちょうだい、シャナ」
「――と、言いつつ、おぬしもクロヒコの裸な上半身をまじまじと見ておるではないか?」
「や、やましい気持ちがあって見ているわけではありません!」
「うむ、しかし妙な話じゃ。女は裸の上半身を見られるとキャーキャーイヤーなのに、女が男の裸の上半身を見るのはいいのかのぅ?」
「そ、それはっ――」
ふにっ
なぜかシャナさんが俺の乳首を指でつついてきた。
……何を?
「ちょっ、し、シャナさんっ!?」
「ん? おぬしもこうしてクロヒコのたくましい色々に触ってみたいか、マキナ? およ? サワサワしていたら、なんだか、クロヒコの乳首が――」
「や、やめなさい! はは、破廉恥だわ!」
コミカルなパンチでポカポカとシャナさんに殴りかかるマキナさん。
「ほっほっほっ、やはりおぬしをからかうのはやめられんのぅ〜っ」
完全に魔女に遊ばれる聖ルノウスレッドの学園長であった。
ああしていると、見た目相応だと感じてしまうのがなんだか不思議である。
距離を置いて傍観者と化しているキュリエさんはというと、自分にはお手上げだと言わんばかりに肩を竦めていた。
俺が《どうしましょう?》と目で問いかけると、彼女は《わからん》とゆるく首を振った。
「むぐぐぐ……そんな意地悪なことを言ってばかりだと、絶縁するわよ!?」
「ほっほっほっ、もうそれも聞き飽きたのぅ〜」
「こ、今度こそ本気なんだからね!」
「クロヒコが無事で嬉しいせいか、連日の緊張感が切れたせいか、今日のマキナは絶好調みたいじゃな!」
「ぅ――うるさいっ!」
ぷにぷにしてそうなマキナさんの駄々っ子パンチが、間断なく魔女に炸裂していく。
ポッポカ、ポッポカ、ポッポカポンッ。
「ふははは! 効かぬぞ、効かぬわい!」
「ぅぐ……て、手加減してるのよ! 当然でしょ!?」
ポカッ!
ポカッ!
ポコッ!
「ほっほっほっ、ワシに手加減などいらぬわい! 本気でこんか!」
「…………」
「…………」
「《ミストルティン》」
「ふざけるなぁあああ! ワシを殺す気かぁぁああああっ!?」
あ、あの……俺の、身体の検査は……。




