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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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35.「おつかれさま」


 あのスコルバンガーと名乗った謎の巨獣との遭遇は、まるで、悪夢めいた白昼夢のようでもあった。


「なんだったんだ……あのスコルバンガーと名乗った巨人は、一体……」


 キュリエさんが周囲を警戒しながら呟く。


「俺にもわかりません……想像すらも、つきません。ただ、終ノ十示軍と目的が違ったのは確かだと思います」

「終ノ十示軍の者は、スコルバンガーに殺されていたわけだしな……」


 ハッとなるキュリエさん。


「と、とにかくやつが消えたのならまずおまえの治療だ! いつものことだが無茶がすぎるぞ、クロヒコ!」

「はは……す、すみません」


 定番のやり取り。


「ズタボロになった左腕で攻撃した時なんか、もう私は完全に言葉を失っていたよ。ほんと、おまえには毎度ヒヤヒヤさせられてばかりだ……しかし、翼を血を妖刀へ供給するための鞘にしたり……よくもまあ、あんな攻撃を思いつくものだな」


 キュリエさんはぐらついた俺の身体を支えると、手で後頭部を優しくおさえつつ、ゆっくりと横たえてくれた。

 凭れ掛かるような姿勢で、彼女に抱えられる。


「キュリエさんが言うように、それもいつものことですよ。あの攻撃はがむしゃらに戦っているうちに、思いついたと言いますか……」

「正直、おまえのお決まりの無茶を咎めたい気持ちはあるが――」


 この時の微笑には、どきりとさせられた。


「駆けつけてくれて、ありがとう」


 眼帯のあたりから手を滑らせ、彼女が髪を撫でる。


「それから、おつかれさま……クロヒコ」


 こんな風に言ってもらえるから、つい身の丈以上にがんばってしまうのかもしれない。


「あの、キュリエさんは大丈夫なんですか?」

「ん? ああ……体力の消耗は激しいんだが、あの巨獣の攻撃は新しい術式魔装の防御力でほぼ相殺できたらしい。多少のだるさはあるが、それ以外は意外と大丈夫なんだよ」


 よかった。


 思案顔になるキュリエさん。


「ともかく、まずはこの左手だな……よしっ」


 キュリエさんは俺の身体を気遣いながら地面に横たえると、立ち上がって、なんとスカートの裾を破き始めた。

 太ももの露出面積が一気に増加する。

 アングル的に危険水域だったので、俺は急いで視線を逃した。

 長い布地を手にした彼女は座り直すと、俺の左手に触れた。


「触って、大丈夫だったか?」

「き、キュリエさんの手なら」

「……ばか」


 目を閉じて叱責しながら、照れるキュリエさん。

 しかし彼女はすぐ真剣な表情に戻った。


「衛生的には厳しいから、すぐに新しい包帯に変える必要があるだろうな。だが、剥き出しだと風が染みるだろう……晒したままよりは、マシなはずだ」


 布地を急場しのぎの包帯代わりに巻き始めるキュリエさん。


「ふふ……まあ、こんな状況で照れる余裕があるなら大丈夫そうだが」


 キュッ。 


 緩く結び目が締まる。


「――い、っ!」

「あ、すまん。少し、強かったか?」

「いえ……」

「しかしこの左手、治癒術式でちゃんと治るのかな……」

「禁呪の宿主の治癒力は高いので、大丈夫かと……あの、キュリエさん?」


 どこか不服そうである。


「俺の受け答えに、何かご不満でも?」

「私ばかり狼狽えて……なんだか、私の方がおかしいみたいじゃないか……」

「はは……危機が去ったから、気が抜けてるんだと思います……なんか、白昼に悪夢でも見たみたいな気分で……」


 周りを見渡す。

 わずかに動ける騎士団の団員さんたちも、互いに負傷の度合いを確認し始めていた。

 というかよく入口の方を見てみると、中へ助けを求めに行ったはずの団員は入口から少し行ったところで意識を失っていた。

 けど、途中で力尽きたとはいえ、意識がもうろうとしながらも応援を呼びに行こうとしたあの団員さんは立派だと思う。

 駆け寄った他の団員の様子からすると、息はあるようだ。


「よし……左腕の包帯は、こんなものか」


 キュリエさんが包帯の処置を終える。


「どうだ? まず、禁呪を解除するか?」

「とりあえず、まず第五を解こうかと……ええっと、前みたいに気絶したらあとをお願いできますか? 高確率で、気絶するかとは思いますが……」

「わかった――って、どうなんだろうな? 先に、治癒術式を頼んだ方がいいのだろうか?」

「まあ、死にはしませんよ……多分。今までだって、死ななかったんですし」

「そんなのは根拠にならん! ああ、どうすれば――」


 キュリエさんだって、疲れているだろうに。

 俺の心配ばかりしてくれている。


「はは……死にませんってば。死の足音なんか、気力で吹き飛ばします。ただ……もし禁呪の負荷で気を失ったら、明日の第三戦前に無理矢理にでも起こしてもらえませんか?」


 無茶な頼みなのは、わかっているが。


「……アイラの試合か」

「きっと勝ってますから、アイラさんは」


 言いながらも、第二戦の結果はどうあれ、彼女の聖武祭を守れたのはよかったと思った。

 力を出し切れずに中止になるのが、やっぱり一番だめだと思うから。


「というか、北と東の門は――ぐっ!」


 動こうとしたら、左腕を起点に全身へ痛みが走った。


「だ、大丈夫か?」

「え、ええ」


 その時、俺が禁呪の翼で飛んできた方角からシャナさんが団員たちを引き連れて駆け寄ってきた。


「おーい、クロヒコ! 他の門の方は片付いたらしいぞ――って、またまたなんなのじゃこれはぁ!? 禁呪の羽もボロボロじゃし、左腕のその出血量はなんなのじゃ!? 待っておれ! 今、ワシが――」


 片付いた。


 そのひと言がどれだけ、俺を安堵させたか。


 ありがとう、シャナさん。


「というわけで、しばらく気絶後の面倒をかけるかもしれません……」


 キュリエさんが微笑する。

 お疲れさま、と言わんばかりの柔らかい笑みだった。

 今の俺の言葉が、禁呪を解く前置きだと理解してくれたようだ。


「ああ、面倒くらいたっぷりとかけてくれ」

「…………」


 こんな時になんだけど……この人は本当に綺麗だ。


「あとのことは喜んで、任されるから」


 温かい手が俺の右手を掴んだ。


 今の俺にとっては、この手のぬくもりが一番の治療なのかもしれなかった。


 禁呪を解く前に安心できた。


 さて、と――


 俺は、禁呪を解いた。


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