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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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34.「狼頭の巨人」


 巨獣の左のこめかみを芯まで撃ち抜いたかどうかは、わからなかった。


 攻撃がヒットしたと感じた直後、俺を襲ったのは全身を縦横無尽に貫く激痛。

 それは痛みという概念すら通り越している気がした。

 言葉にできぬ、極痛。


 肉を剥がせて骨で撃つ。


 諸刃の剣そのもの。


 気づけば俺は、巨獣の荒々しい前蹴りで吹き飛ばされていた。





 俺の意識を覚醒レベルへ呼び戻したのは、耳に心地よい彼女の声だった

 今記憶を辿ってみれば、こぶしの皮を剥がれたあたりから、ずっと彼女は何か叫んでいたような気がする。

 彼女の声は濡れ、震えていた。

 ぼやけた視界を動かすと、彼女の位置が記憶していた場所と違う気がした。


 おそらく俺を援護しようと駆け出しかけて、途中で転んだのだろう。

 多分そこに俺が吹き飛んできたのだ。


「き……キュリエ、さん……」


 視界が輪郭を結んでいく。


 目もとから血が伝っているのがわかるけど、目はまだ十分に見える。


 キュリエさんの顔がまだ見られて、よかった。


「大丈夫か、クロヒコっ!?」


 彼女に抱きかかえられる。

 彼女は泣いていた。

 表情がくしゃくしゃだ。


「なんて無茶をするんだ、おまえはっ!? わかるよっ……あれしかなかったのは、わかる……っ! わかるけど……わかるからこそ、私はっ――う……うぅぅ……ひぐっ……だからって……無茶を、しすぎだっ……」


 安心させようと、彼女の手に自分の手を重ねる。


「巨獣は、まだ……立って、います……か?」


 こくっ。


 彼女は、頷いた。


 やれやれ。


 まいったな……。


 仕方ない。


「あれを、やります」

「え?」

「話したこと、ありましたよね? ベシュガムを倒した時の、アレを……外からでだめなら、内部から……」


 最後の手段として、考えてはいた。


 問題は視力を完全に失った状態で、あの巨獣に眼球をのみ込ませられるかどうか――それ、だけ。


 他はただ《やる》だけだ。


 命を燃やし尽くす覚悟で、粛々とやるだけ。


 ただ、アイラさんやセシリーさんとの約束は……果たせない、かもな。

 巨獣を倒しても無事では済まないだろうし、彼女たちの試合をこの目で見ることもできなくなる。

 ヒビガミも、俺の状態を知ったらなんと言うか……。

 だけど――


「だめだ、クロヒコ……それだけは、だめだっ! 一度、逃げよう! ヴァラガや《鎧戦鬼》、ソギュート団長が力を合わせれば、あいつを倒せるかもしれない!」


 どうだろう。

 あの巨獣は《違う》のだ。


 なんとなく、だけれど。


 この大陸であの巨獣と渡り合えそうな者がいるとしたら、ヒビガミくらいな気がする。


 あるいは、あのベシュガム・アングレンが生きていたらやり合えたのかもしれない。


 ローズ・クレイウォルやソギュート・シグムソスの本気をまだ俺は目にしたわけでもないのに。


 なぜだか直感的に、そう思った。


 またこの南門へ向かっていると聞いたヴァラガ・ヲルムードは、ここへ最後まで来ないような気がした。


 これも、根拠のない直感にすぎなかったが。


 そして、ここで俺があの巨獣を始末できなければ、大聖場の中にいる大切な人たちの命も危ないかもしれない。


「キュリエさんは、逃げて……くだ、さい……あとは、俺が……なんと、してでも――」

「……やるなら、二人でやろう」

「え?」

「今、捻り出した策がある」

「策……?」

「私がもう一度だけ、なんとか第二魔装を発現させる……そして、あの巨獣の身体のどこかにできるだけ深い傷をつける。大丈夫……一、二撃なら私はあの巨獣の攻撃に耐えられる……」


 ゆったりとこちらへ歩いてくる巨獣に気を配りながら、キュリエさんが続ける。


「私が作った傷口に、おまえの第三禁呪か、血を吸わせたあの妖刀で攻撃を加えてみるんだ」


 前蹴りを喰らったあとで手放してしまったらしく、妖刀は俺たちと巨獣のちょうど中間くらいの場所に落ちていた。


「それだって《内部》からみたいなもんだろ? もし……もし、それがだめならベシュガムと同じ方法で、戦っていいから……だから頼む、クロヒコ……っ」


 キュリエさんが俺の手を握る。

 強く。


「キュリエ、さん……」

「私が、目になる」

「え?」

「おまえがもし視力を失ったら……私が一生、おまえの傍にいて目の代わりをする……だから、頼む……最後に、今の……今の策に、のってくれ……必ず自分のやるべき部分は、成功、させるから……っ」


 膝をつき、立ち上がろうとする。


 全身にはまだわずかに痺れが残っている。


 だけど、まだ動ける。


「おまえばかりに犠牲を強いるのは、もう、嫌なんだよ……っ!」


 祈るような、言い方だった。

 縋るような、言い方だった。


「すみません、キュリエさん……実は俺、ここにいたのがあなたでよかったとも思っているんです」

「え?」

「あなただったから命を落とさずに、あの巨獣とここまで戦えた……俺が来るまで、持ちこたえることができた」


 俺は、笑う。


「あなただったから、他の門にいた誰かが死なずに済んだ……やっぱりキュリエさんは、すごい人です」

「クロヒコ――」

「そんなあなただからこそ――今の策を、試してみたいと思えました」

「あ――ああ! やろう!」


 肩を借り、立ち上がる。


 正直、成功確率は低い策だろう。

 なぜなら、俺もキュリエさんもかなり消耗しているからだ。

 どこかの段階で《燃料が尽きる》可能性がある。


 だけど、やるしかない。


 やるしか、ないだろう。


「なぜか今、二人で聖遺跡に潜った頃のことを思い出しました」

「フン、奇遇だな……私もだ」

「あの巨獣さえ殺せれば、悔いはありません」


 最悪、尽きようとも。


「一応、ありがとうございましたと言っておきます……」

「ああ、私も………………おまえと会えて、よかった」


 巨獣が地面を踏みしめる。


「グ、ルゥゥ……グゥゥ……」


 超低速攻撃は、まだ来ない。



「グ、ゥ――」



 その時、だった。



「ガ、グ……ォッ!?」



 ズシィンッ!


 巨獣がその場に、激しく片膝をついた。


 地鳴りと錯覚するような、大きな振動が地面に伝った。


「グ……ォ、ァ……?」


 先ほど骨のこぶしを撃ちこまれたこめかみを、巨獣が手でおさえる。


 その瞳には、本日初めての困惑の光が灯っていた。


「ゥ、グ……イ……イダ、ミ……ワレ、ガ……イダ、ミ……ダド? バ、カナ……アノ、オスノ……ゥ、ウググゥゥゥ!? イヂ、ゲキ……カ……ッ!」


 痛み?

 一撃?


 巨獣が膝をついたまま、こめかみをおさえながら空を仰ぎ、天まで届かんばかりの咆哮を上げた。


「グガォァァアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ァァアアアアア゛ア゛ァ゛ッ!」


 あの一撃が、効いていた。


 よく考えれば、あの一撃を受けたあとの巨獣はすぐこちらへ突進してこず、ゆっくりとした足取りで近づいてきていた。


 一気にたたみかけるチャンスだったというのに。


 そう。


 しないのではなく、できなかったのだ。


 あれは、思った以上に俺の攻撃の効果があって、すぐに攻撃態勢へ移れなかったのだ。

  

「グ……グゥゥ? カラ、ダ……ジカ、ン……? ソウ、ガ……ワレ、ハ……イガ、イ……シン、ジョグ……ヲ……」


 連想できたワードを並べる。


 身体。

 時間。

 侵、蝕?


「あれ……?」


 なんだ?


 視界はもう鮮明なはずなのに、巨獣の身体の一部の色が薄くなっているように見える。

 さらに、なんとなくだが……巨獣の瞳に幾ばくか、今までほとんど感じられなかった理性の光が宿っているような気がした。


「グ、ゥゥ……」


 巨獣が、立ち上がる。

 立ち上がるとよくわかる。

 つま先から膝にかけてが、確かに透明に近づいている。


「ジガン、ダ……ワレハ……サマ、ヨウ……イガイノ……テキ、ノ……ハガイ、シャ……ダガ……ソ……」


 時間。

 彷徨う。

 敵。

 破壊、者……?


 巨獣が、俺を指差した。


「フジギナ……オ、ス……イ、ヤ……オド、ゴ……ハン、ブン……ワレ、ラ……ハン、ブン……イガ、イ……ソ、ノ……ナハ……? ナ、ヲ……オシ、エ……ホシ、イ……」


 不思議な、雄?

 男?

 半分?

 我ら?

 ナ……名を、教えて……欲しい?


 まさか、意思の疎通を測ろうとしているのか?

 ここで教えるのは危険なのかもしれない。

 だけどなぜか、教えるべきな気がした。

 俺の内に宿る《何か》が、そうすべきだと叫んでいる。


「サガラ、クロヒコ」


 巨獣の足が消えていく。

 胴体の半ばまで、半透明化が進行していた。


「ザ、ガ……サガラ……クロ……ヒコ……ヨキ……セン、シ……ソヲ……ミト、メル……マタ、イズ、レ……ケッチャク、ヲ……ツケ、タイ……モノ、ダ……」


 サガラ・クロヒコ。

 よき……戦士?

 認める?

 またいずれ……決着を、つけたい……ものだ?


 そんな言葉が連想できた。


 キュリエさんが呆気に取られている。


「意思の疎通が、できている……のか……? まさか……クロヒコのあの一撃で、正気を……取り戻した、とでも? しかも……身体が、消えていく……」


「カナ、ラズ……マタ、イズレ……ドコ、カデ……ツギ、ハ……イノ、チ……ウバ、ワヌ……ケッチャ、ク、ヲ……ハンブン、ドウ……ゾ、ク……ユエ、ナ……」


 必ず。

 またいずれどこかで。

 次は命、奪わぬ……決着、を?

 半分。

 同族……同、属?


 巨獣の身体がいよいよ、首だけになる。

 首から上も次第に色を失い、半透明化していく。


「ワガ……ナ、ハ……」


 我が名は、



「ス、コ、ル、バ、ン、ガー」



 スコルバンガー。



 それが、あの巨獣の名なのか。


 何者なのかを聞く暇は――なさそうだった。


「消え、た」


 巨獣――スコルバンガーは、最後におのが名を言い残すと、姿形なく、この場から完全に消え去った。


 少し前まで調子を崩していましたが、調子も大分戻ってきた気がします。


 殺伐とした戦闘が続いたので、そろそろ緩いシーンも書きたいところですが……。


 ちなみに現在公開可能な情報的に言ってしまうと、スコルバンガーはこの世界の謎を解く鍵の一つでもあったりします。某神話の『スコル』という単語を調べてみると微妙に関連性が見えてくるとか、こないとか……。


 そして寝込んでいる最中、何気に「聖樹」は三周年を迎えていました。こんな感じではありますが……今後ともよろしくお願いいたします。


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