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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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33.「無傷」


 眼前の超スローモーションをどう捉えるべきか。


 思考が急速に処理速度を上げる。

 事前にこの攻撃の性質をキュリエさんから聞いていなかったら、まず間違いなく混乱していただろう。

 やはりキュリエさんはすごい。

 何もわからぬ状態でこの攻撃と向き合い、その正体を掴んだのだから。


 この超スローモーションを終わらせる――発動させるには、攻撃をしかけること。


「――第九禁呪、解放」


 次元の穴から飛び出した鎖が急襲をかけ、巨獣の攻撃が発動。

 過去の経験から予想はしていたが、鎖での拘束の試みは無効と呼んでよい結果に終わった。

 けれど相手の攻撃を出させるだけで、役目は十分。

 そもそも第九禁呪は、相手が高度な術式使いや聖魔剣の使い手である場合にこそ真価を発揮する。

 逆にこういうパワー型の相手には真価を発揮できない。

 これは経験で学んだことだ。

 弾丸のごとく撃ち出されたこぶしを、禁呪の盾でガード。


 ピキッ――


 一撃すら、防げない。


 ひびが入った時点で第二界へ戻す。

 異形の左腕は、そのまま巨獣のこぶしと打ち合った。

 左半身が、打ち負けた衝撃で後方へ跳ねる。


 右手の刀で水平切り。

 肘でブロックする巨獣。

 敵の皮に裂傷。

 その出血は微量。


 振り抜いた状態からすぐさま刀を持ち替え、天へ向け速瞬の突き。

 あごから脳天への貫きを狙う。

 俺は咆哮を上げ、力を振り絞る。


 貫け。


 対する巨獣の威圧、気炎。


「グガァァアアアア――――ッ!」


 巨獣は逃げなかった。

 回避を選ばなかった。


 敵は斜め下へ、あえて顔面を《前》へ押し出してきた。

 桜色の刃が巨獣の頬肉を削ぎ取る。


 俺の中で追撃のビジョンは構築されていた。

 後方のどこへ相手が回避しようと、残る加速力をフルで注ぎ込んで追撃をかけるつもりだった。


 だが――傷を負うのを覚悟で、巨獣は前へ出てきた。

 危険を覚悟している。

 この相手には、覚悟がある。

 意志がある。

 言うなれば、戦士の意志か――


「グルァゴァァアア゛ッ――」


 敵の狙いは首筋への噛みつき。


 ガブッ


 咄嗟に俺は左腕を噛ませた。

 同時に刀による攻撃と、第、三――


 ビチャッ!


「ぐっ、がっ……!?」


 巨獣が、俺の目に自分の傷口の血を浴びせた。


 第三禁呪を、封じにきたのだ。


 視界が一時的に奪われる。

 しかし、行動は続ける。

 視界だけに頼るな。

 ソギュート団長との特訓を思い出せ。

 あの《ペェルカンタル》とやり合った時を、思い出せ。


 息遣い。

 空気を切る音。


 巨獣と超近距離で切り合い、こぶしを打ち合う。

 みぞおちに、拳を受ける。


「ぐ、ぶぅ゛、ぐふっ!?」


 嘔吐。

 吐瀉物を撒き散らしながらも、巨獣の腕に一閃を見舞う。


 そのまま継ぎ目なく、巨獣の腹へ左腕による一撃。

 巨獣のこぶしの気配がした――と思いきや、なぜか下方から、俺の左腕に打ち上げの衝撃がかかった。

 巨獣が威圧感たっぷりのこぶしの気配で、膝の蹴り上げの気配を隠したのだ。


 左手が上空へ蹴り上げられる。


 な、に……?


「ぐっ――が、ぁっ……ぁ゛……っ!?」


 左の拳に、咬みつかれた。



 俺の左こぶしに、獣の太く鋭い牙が埋まっていく。

 俺は、刀を――


「ごはっ!?」


 裏拳で頬を、鞭のように勢いよく打たれた。


 直、撃。


 電流的な強い衝撃と痺れが全身を駆け巡った。

 腕も例外ではなく、麻痺に近い痺れを覚える。

 俺は、妖刀を取り落してしまった。


 意識が、遠のく。


「ぅ……ぐ、ぁ……っ」


 今は意識を繋ぐので、精一杯。


 巨獣が、両手で俺の左腕を鷲掴みにした。


「?」


 ミシッ……メリ……ィ、


「こい、つ……何、を……? ぐ、ぐぁっ……がっ、ぁ……!?」


 メ゛リィィ゛……ッ、


「ぐ、が……ぁ゛……ぁぁあ……っ!」


 メリッ、ミリミリ゛メリッ――ベリ゛ィィ゛ィイ゛ッ


「あ゛、ぐ……ぁ、がっ――ぁ……ぐあぁぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛――――――っ!」


 さすがにこれは、痛みを悲鳴で逃がさざるをえなかった。



 巨獣の咬みつきによって、両手の腕力と爪でおさえ込まれながら――



 肘の先から拳にかけての皮を、剥ぎ取られた。



 皮膚の剥がれた場所からは骨がのぞいていた。

 無惨な状態、と言えるだろう。


「ぐぅぅ……ぁぁあああ゛あ゛――――っ!」


 第五禁呪の力を振り絞り、無理矢理な体勢で妖刀を拾う。


 その時、警報変わりのおぞ気が背筋を走り抜けた。


 あごの下に迫る――巨獣のこぶし。


 巨獣は咬みつきをやめ、驚くべき速さで次の攻撃動作へ移行していたのだ。


 あごを、砕きにきた。


 あるいはそのまま、脳天まで撃ち抜くつもりか。


 咄嗟に左腕の肘で巨獣のアッパーカットをガード。

 肘に、硬すぎる衝撃。


「ぐ、ぅ……っ!?」


 だが、どうにかあごへの直撃は防げた。


 息継ぎの間も与えぬ無慈悲な殺撃の嵐。



 こいつは、違う。



 聖遺跡の魔物とも、

 ゴーレムとも、

 第6院の人間とも、

 四凶災とも違う。


 どれとも、違う。



 だけど敵であるなら、なんだろうと関係ない。



 関係、あるか。



 視界が戻る。


「――――」


 巨獣が超低速攻撃の体勢へ入る。


 とどめを、刺しにきた。


「――第五禁呪、解放」


 もはや捕まるのを前提で第五禁呪――加速能力を、解放。

 巨大な黒い翼が背に生え、俺の背にも五、六枚目の翼が生えてくる。


「我、禁呪ヲ、発ス――」


 この時、俺はもう本能と無意識で動いている気がした。


 最適解と最善策を実行すべく、すべての思考が全駆動している感覚。


「我ハ、魔眼ノ王ナリ……最果テノ獄ヨリイデシ、殲滅ノ源ヨ――」


 ボロボロになった古い方の翼を斜めにし、筒状に丸める。

 さながら、背に背負った鞘のごとく。


「我ガ、命ニ、ヨリ――」


 妖刀を抱え、それを禁呪の翼の鞘に《差し込む》。


 羽と羽の折り重なる鞘の隙間から血が滲み出てくる。

 翼を内側へ向けてさらに縮める。

 まるで、刀を翼で圧迫するように。

 縮む鞘と化した翼が、呪いの刃にその身を贄としてうずめていく。


 翼の肉が裂け、刀が吸血を加速していく。


 構えを取る。


 新たな五、六枚目の第五禁呪の翼。


 加速性能をフル稼働させる準備を開始。


 巨獣が攻撃動作に入る。


 あの翼による加速攻撃が、己の動き出しよりも速い――この巨獣は、それを知っている。


 だが、もう遅い。


「我ガ目ニ、宿レ――」


 加速、開始。


 突進。


 放たれる巨獣の溜め攻撃――紙一重で、その一撃をかわす。


 肉を裂く音。


 翼を斬り裂きながら、脈打つ刃が、禁呪の鞘から姿を現す。


 黒き羽が散る。


 ――ピ、キッ――


 右目に痛みの筋が何本も走る――が、かまうものか。


 今撃たずに、いつ撃つ?


「第三禁呪、解放」


 狙いは巨獣の眼球。


 赤の雷撃が、ターゲットの顔面めがけ発射。

 巨獣が、顔の前で両手を交差させる。


 やはり、目は庇うか。


 同時に前蹴りを放ってくるも、強引な加速の方向転換で回避。


 そして今の第三禁呪は、フェイク。


 本命は――


「う゛ぁ゛――ぁぁぁあ゛あ゛あ゛っ!」


 血吸いの妖刀《狂い桜》。


 瞬間的に脇へ回り込み、巨獣の目もとめがけ、力を振り絞った斬り上げを見舞った。


 その時の巨獣は、腕一本を犠牲にする覚悟に見えた。



 が、巨獣は引いた。



 上体を刃の軌跡の逆側へ逃がしたのだ。



 避けられると、踏んだのだろう。

 避けられずとも、腕一本犠牲にすれば防げると踏んだのだろう。

 この攻防を制することができると、踏んだのだろう。




 そう来ると、思っていた。




 役目を終えた左腕。


 終えたように思える禁呪の左腕。


 皮膚が痛々しく剥け、骨が覗いている。


 戦えるような状態ではない。


 先ほど、俺は思った。


 骨に、

 ヒビは、

 入って、

 いない。


 つまり《無傷》に等しいと言える。



 言える。



 ベシュガムのこぶしと真正面から打ち合っても砕けなかった、禁呪変異の骨。

 肉は潰れたが、骨はびくともしなかった。

 この巨獣と、打ち合ってもだ。


 きっとこの神経が剥き出しになった肉がどこかに触れれば、死ぬほど痛い。

 絶対に痛い。

 こぶしを放とうものなら、痛みで意識がトぶかもしれない。

 最悪、ショック死か?


 だから。

 だから、

 だから――





 どうした。





 躊躇なく。


 清冽な、空切る音。


 思考は、停止した。

 停止させた。


 大本命。


 妖刀からのがれてガラ空きになった、巨獣のこめかみへと――必ず、砕けぬ――そう信じたその骨の槌を、俺は、一片の迷いなく――






 全力で、撃ち込んだ。






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