第20話「俺の住む場所」
ざっとまとめると、こういうことらしい。
この大陸にはルノウスレッドも含め三つの国がある。
その三国すべてと接している広大な地帯のことを、人々は『終末郷』と呼んでいる。
終末郷があった地帯には元々小さな国があった。
が、大陸の中心という位置にあったため、その国は常に戦火に巻き込まれていた。
国力は衰退。
国民も疲弊。
最終的に国は滅んでしまう。
そして国が滅んだ後も、その地域は『戦場』となっていた。
どの国の領地と定められることもなく、戦場以外の役割のないまま、不毛地帯として残り続けた。
結果、気づけばそこは巨大なスラム地帯と化していた。
こうして終末郷は、行き場を失った人々や犯罪者が流れ着く場所となる。
また終末郷の中では、終末郷の住人たちによって結成された組織同士の抗争が、昼夜問わずに起きているという。
で、話はここからだ。
そんな無法地帯に、ある一人の人物が孤児院を建設した。
どこから得たのか、資金と謎の人脈だけはたくさん持っていたその人物は、なんと十三もの孤児院を建設した。
けれども当然そんな無法地帯での慈善事業が上手くいくはずもなく、孤児院側もがんばったものの、十三あった孤児院は半年足らずで、そのほとんどが終末郷の住人たちによって面白半分に襲われ、破壊されてしまう。
結果、孤児院のほとんどが閉鎖を余儀なくされた。
終末郷の中で孤児院の建設が完了したこと、そして半年も孤児院が機能したことだけでも、健闘したというべきであろう。
むしろ、奇跡に近い。
終末郷に孤児院を作るなど、そもそもが無理な計画だったのだ。
建設を推し進めた人物は、終末郷で生まれた子供たちを保護したかったのだという。
しかし、であるならば、わざわざ終末郷の中に孤児院を作るなどという高リスクなことをする必要はなかった。
さっさとどこかの安全な国まで運んで、そこで育てればいいだけの話なのだから。
なので、その人物には何か別の目的があったのではないかと、今では言われている。
真の目的がなんだったのかについては、今も様々な憶測を呼んでいるが、未だにその真の目的は判然としていない。
とにもかくにも、終末郷に現れた孤児院のそのほとんどは、誰が見ても悲惨な最期を迎えることとなってしまった。
が、そんな中、たった一つだけ残った孤児院があった。
それが一から十三まであった孤児院のうち、六番目の孤児院――
『第6院』である。
マキナさんもこの『第6院』に関しては詳しく触れる気がないようで、まあ単純に言えば、そこの孤児たちは『マジにヤバいやつら』だったとのこと。
どのくらいヤバいのかというと、凶悪そのものと呼ばれる終末郷の住人たちですら、『第6院』という名を聞くだけで震え上がるほどらしい。
で、現在その『第6院』出身者たちは、大陸のどこかにいると目されているが、その所在まではわかっていないという。
当初、あまりの凶悪さに懸賞金がかけられたりもしたようだが、捕まえるどころか、懸賞金をかけた国の要人、さらにはその周辺の人間が次々と殺されたり、精神的に病んだりしていったため、いつしか皆、『第6院』の名を口にすることすら恐れるようになった。
第6院出身者には関わるな。
それが、この大陸に住む人々の不文律らしい。
出身者の名を知る者の一部は、第6院の人間の名を『禁名』とし、口に出すことすら躊躇しているんだとか。
…………。
うーん。
すごい話だ。
まるで少年バトル漫画の敵みたいな連中だな、その『第6院』のやつらって。
ただまあこうして話を聞くと、あの大男が『第6院』という言葉を持ち出した時の客たちの反応にも、納得がいく。
……つーかそう考えると、セシリーさんってすげぇな。
そんな場所と連中を、一掃しようってんだから。
しかし、あの人間世界遺産みたいな人がそんな連中に目をつけられたら、何をされるかわかったもんじゃないぞ……。
うーむ。
俺に心配されるような人じゃないとわかってはいても、なんか心配だな……。
ぶっちゃけ、セシリーさんが『第6院』の連中と敵対したら、最終的にはセシリーさんがR‐18な展開に堕ちてしまう姿しか、想像できん。
「…………」
……ていうか想像するな、俺。
最低だぞ。
…………。
だから、駄目だってば。
「ま、私が教えられるのは、こんなところかしら」
説明を終えたマキナさんが、ふぅ、と一息つく。
めんどくさがりの彼女にしては、けっこうしっかり説明してくれた方だろう。
「そういうわけだから一応、第6院関連には気をつけておきなさい」
「はい、気をつけます」
「まあ、その酒場で絡んできた男のように、相手を威圧するために第6院の名を持ち出す偽者もいるけどね」
「偽者、ですか?」
いや、まあなんとなく、そんな気はしてたけどさ。
雑魚のセオリー台詞を吐くようなやつが、そんなヤバいやつなわけがないよな……。
「相手があのセシリー嬢だったということだから判断は難しいけど……そもそも第6院の人間は、安易に自ら出身者だとひけらかすようなことはしないみたいだし」
「そうなんですか?」
「過去に捕まった人間で自ら第6院出身者だと名乗った者はそれなりにいるけど、ほぼ全員、第6院の名を利用しただけの偽者だったの」
「あー、なるほど」
「ああ、一応言っておくけれど、別に第6院の出身者だと名乗ることそのものが罪というわけではないのよ? 罪を犯した人間が、大立ち回りをした時や、誰かを脅す時なんかに、名乗ったってだけだから」
つまりあの大男が第6院出身者だと名乗っても、それ自体を罪には問えないわけか……。
しかし、第6院出身者を名乗った人間を捕まえた人たちは、相当に勇気あるよな。
ああいや、違うか、自分から名乗るようなやつは偽者の可能性が高いから、安心して捕まえられるわけか。
本当にすごいのは、本物か偽者かの判別がつかない時期に捕まえようとした人たちだな。
…………。
ちなみに、マキナさんは『ほぼ全員』と言った。
それってつまり……中には本物もいたってこと、だよな?
「さて、この話はここまで」
マキナさんがデスクに手をついて立ち上がった。
……身長的に、あんまりサマになってないけど。
「あとは、あなたの住む場所について説明して、今日はおしまい」
「俺の住む場所ですか?」
「そうよ」
ちらっ。
「俺はマキナさんと学園長室で同棲でもいいですけど……」
「…………」
はい、ジト目いただきました。
「別に……いいけど」
「へ?」
あ、あれ?
「あなたが望むなら、それでもいいわよ?」
「ま、マジですか!?」
え?
何、この展開?
アリなの!?
同棲アリ!?
学園長ルート決定なの!?
「嘘よ」
「弄んだな!」
うぅ、幼女(見た目は)に弄ばれた……。
…………。
む?
幼女に弄ばれたって、なんかエロい響きだな。
ムキーっとなる俺に対し学園長は、
「弄んだも何も、常識で考えてちょうだい」
と涼しい顔で流してくる。
「むしろ学園長が俺を著しく常識の欠如した天然野生児という設定にしたんですがね」
「そうよ。私の設定はパーフェク――」
「それはもうわかりましたから! そうですよ、学園長はミス・パーフェクトですよ! ハイハイ、すごいすごーい! 学園長は神さまや!」
「よろしい」
ちなみに俺的には『完璧に設定ミスってる』って意味での『ミス・パーフェクト』なんだけどね。
…………。
これが異世界に来ても器の小さな男の、ささやかなる復讐であった。
「いい? 毎朝学園長室から教室に通う生徒がいたら、学内でどんな立場に立たされると思う? あなたも、私も」
んー……まあ、そうなるか。
ああ、淡く短い夢だった……。
同衾は、一夜限りの限定イベントだったのか……。
「して、俺の住む場所とは?」
学園長がとてとてと歩いていき、廊下へと続くドアの前で立ち止まった。
「ついてきなさい」




