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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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29.「北門防衛戦(後)」【リリ・シグムソス】


「あー? 加勢だぁ?」


 ギルドーガの顔色が《敵》を意識したものへと変わる。

 顎をツンと上げ、大人びた仕草でマキナは髪を払った。


「私は、この大聖場の防衛作戦を統括している者よ」


 リリや団員たちの反応を窺うギルドーガ。


「へぇー……周りの連中の反応からして嘘じゃねぇみてぇだな。くく、ルノウスレッドも四凶災に蹂躙されていよいよ人材不足かぁ? で? てめーみてぇなガキに何ができる?」


 腕の筋肉が盛り上がり、突進体勢を取るギルドーガ。


「ここへ出張ってきたからには、ま、そこそこは強ぇんだろうさ……体格からして、それなりの術式使いってとこか」


 マキナの双眼が凍りついていく。

 微かに漂っていた余裕が剥がれ落ちてゆくのが、リリにはわかった。

 すでにマキナは《殺し合い》の領域に意識を置いていた。

 彼女にも敵の只ならぬ空気が伝わったのだろう。


「リリ」


 マキナが声をかけてきた。


「はい」

「少しだけ、敵の注意を逸らしてもらえる?」


 残る痛みを確認しながらリリは聞き返す。


「勝算があるのですか?」

「はっきり言うと、わからないわ……でも、やらないよりはマシってところかしら」

「十分です」


 リリは即答した。

 冷や汗を流しながらも、マキナは微笑み返してきた。

 強がりというよりは、覚悟の笑み。


「それに、持ち場の敵を倒していればだけど……時間を稼げばローズ・クレイウォルやキュリエ・ヴェルステイン……クロヒコが、加勢に来てくれるかもしれない」

「実は、団長を――兄を、団員に呼びにいかせようかとも考えていました」

「どうかしらね……今はローズ・クレイウォル、シャナトリス、ヴァラガ・ヲルムードが警護対象から一時的に離れているわ。終ノ十示軍が観客に紛れて入場している可能性を捨て切れない以上、ソギュート、ディアレス、ヴァンシュトスを呼び出すのは難しいでしょうね」

「……はい」


 それはリリもわかっている。

 実際のところ聖王の警護は、傍にワグナスやガイデンがいれば、ソギュートが持ち場を離れても問題はないように思える。

 けれど、ユグド王子の命を無視することはできない。

 たとえ、五大公爵家の誰であっても。


「ただ……今は私も、無理を言ってソギュートをここへ連れてくるべきだったかもと思っているけれど」


 汗の量が増えてきたマキナが、謝罪の言葉を口にした。


「頼りない援軍で、ごめんなさいね」

「いえ……私こそ、ふがいなくてすみません」


「くくく……」


 ギルドーガの笑いが割り込む。


「傷の舐め合いみてぇで、面白ぇ。こうして獲物の人間性を収集すんのは、精神的な前戯みたいなもんだな。悪くねぇ」


 勝ち誇ったギルドーガを意に介さず、リリは言った。


「三人ほど、あなたの守りに残します」

「いえ……全員で、かかって」

「ですが、あなたは武器も持っていませんし――」


 マキナがスカートの裾を軽くたくし上げ、白い太ももをリリに見せた。


「一応、武器はあるわ」


 滑らかな白い太ももに鞘つきの革帯が装着されており、短剣が収納されていた。

 その提示は、守りをマキナにつけない理由としては非常に弱いものだったが、しかし、守りをつけなくていいという彼女の意思は伝わってきた。

 それに、敵の戦闘能力はリリや団員たちを遥かに上回っている。

 ならば、攻撃に参加できる人数は一人でも多い方がいい。


 連係の力で、勝機を見つける。


「無理はしなくていい。ほんの、少しの間でいいの……もう離れても大丈夫だと判断したら、あなたが離脱の号令をかけて。離れる機は、多分、すぐにわかる」

「わかりました」


 足に力を入れ、リリは立ち上がる。

 マキナの言い振りから察するに、勝算は半々といったところか。


「一太刀浴びせられそうなら、そうします。少しでも傷を負わせた方が、あなたの狙いも成功しやすいでしょうし」

「ありがとう。だけど――」

「はい、無理はしません」


 その答えにマキナは一つ頷いて返す。

 リリは先頭に立ち、構えをとった。


「皆さん、聞きましたね? これより、ユリス、彼女に治癒術式を施している者、及びその護衛二名を除いた全員で、敵へ攻撃を仕掛けます」


 団員たちの顔に覚悟が宿る。


「今は、私たちにできることをしましょう」


 リリは、すぅ、と息を吸った。



「道は、私へ」



 待ちかねたとばかりに、ギルドーガが大剣を構え直す。


「かかっ、よーやくかい。くくく……高潔な意志ってのは、喰いがいがあるぜ……イイモン見さしてもらったよ。ごちそうさん」


 ――ザッ――


「ほざけ」


 切って捨てる返答と同時、リリが駆け出す。

 団員たちが続く。

 走り出す直前、マキナの身体が発光を始めていた。


 ――あの術式を、使うのですね。


 以前、あの術式――固有術式ミストルティンについては兄から聞いていた。

 兄が慕っていたマキナの姉も同じ固有術式を使っていたためか、兄はミストルティンについて詳しかった。


『あの《ミストルティン》は相手を《対象》として固定するまでに、数ベウ(数秒)を要する』


 その、数ベウ間だけでいい。

 敵の注意を、引きつける。


 感覚を研ぎ澄ます。


 魔剣から聖素の剣鳥を放つ。

 ギルドーガが赤の盾を展開し、豪快に剣を振るう。

 剣鳥が消滅。

 巧みな盾の配置によるものか、風が巻き起こり、向かい風がリリたちを襲った。

 逆に――ギルドーガは、加速。

 一直線に突進してくる。

 一気に、リリは後方へ跳んだ。


『道は、私へ』


 攻撃開始直前にリリが口にした言葉。

 攻撃を誘導するのが得意なリリ・シグムソス。

 他の団員が左右に分かれて《突進しやすい道》を作り、ギルドーガを、あえてリリへ一直線に突進させた。

 左右に分かれた団員たちが同時攻撃を仕掛ける。

 挟み撃ち。

 リリは飛び退きながら剣鳥を放つ。

 さらに前方からの、三点攻撃。


「ふははははははは! 小賢しいんだよ――この、雑魚どもがぁぁあああ!」


 分裂した赤き盾が大剣を包む。

 激硬を纏いし棍棒。

 邪魔な石ころでも吹き飛ばすように、ギルドーガが団員たちを叩き飛ばしていく。


「ぐぁあああ!」

「げふ……っ!」

「――がはっ!」


 一太刀すら、浴びせられない。

 剣鳥すらも、効果がない。


 その時、



「捉えた」



 マキナ・ルノウスフィアの声。

 リリは、急速に意識を切り替えた。


「総員、離脱!」


 まだ攻撃を受けていなかった団員たちは、直撃を受けた団員を補助しつつ、離脱を開始。

 ギルドーガは――追って、こない。

 彼の視線の先。

 マキナの頭上に、巨大な光の剣が出現していた。

 カッと開いた彼女の口の中で、薄い桜色の舌に刻まれた術式が発光している。

 固有術式によって発生した聖なる風に、彼女の服と髪がはためいていた。


「ほぉ? ええっと……あれだろ? 固有術式だろ? ふぅん……まあ、あれだなぁ?」


 歯を剥き、ギルドーガが脅迫的な笑みを浮かべる。


「その大質量の魔素の剣、こう見えて素早さに定評のあるこのおれに命中するといいなぁ? まあ――」


 ギルドーガが赤の盾を展開。


「仮に命中させられても、この盾があるがな」


 マキナが前方へ向け、手を振った。



「《ミストルティン》」



 固有術式は詠唱呪文と違って、基本として術式名を唱える必要がない。

 だが《ミストルティン》は、術式名を口にすることが攻撃の合図となっていた。


 突撃していく、光の巨剣。


「ふはは! 遅ぇ遅ぇ遅ぇ! 魔剣の盾で防ぐまでもねぇぞおらぁ!」


 ギルドーガが余裕の笑みで、射線上から外れようと――


「な、に……?」


 余裕が一瞬、ギルドーガの顔から剥がれる。


「なん、だ……? 身体が……重、い……っ?」


 鈍重な動きで、ギルドーガが視線を滑らせる。

 視線の先には、マキナ・ルノウスフィアの放った光の剣。


「ぐっ……! だめだ! よけ、られねぇ……っ!」


 だが、顔に焦りが走りつつも、ギルドーガは勝利への確信を絶やしてはいない。

 彼の前には、自慢の赤き盾が何重にも展開されていた。

 魔剣の産み出した剣鳥を物ともしない、強固なる魔素の盾。


 ――ピ、キッ――


「がっ……!? ん、だとぉ……!?」


 赤の盾を、一筋の罅が走り抜けた。

 そして、


 ――パリィンッ!――


 硝子杯が割れたような音を始めとして、次々と、赤き盾が光の剣によって破壊されていく。

 ギルドーガは慌てて次々と前方に赤の盾を生み出すが、無慈悲なまでに、ことごとく破壊されていく。


「なん、だ……なんなんだ、この威力はっ!? あ、ありえねぇ……っ! こ、こんな大質量の……攻撃、術式などぉぉおおおおおおおおっ――――――――っ!」


 ギルドーガと光の剣が衝突。


 断末魔の叫びを残しながら葬られたのは、終ノ八葬刃の側であった。


 光迸る巨剣は、ギルドーガと、彼の持っていた魔剣を消し炭へと変えた。


 否――迸る光を纏いし剣が通った後には、もはや、塵すら残っていない。


「や、った……っ」


 そのマキナのひと言でリリも団員たちも我に返る。


「は――――はぁぁぁ〜〜……っ!」


 一気に力が抜けていくように、突き出していた腕を下げるマキナ。

 胸に手をあて、彼女は深呼吸を一つ。

 次に、彼女の小さな口から安堵の息が吐き出された。


「はぁぁ……もぅ、何よぉっ……ちゃんと、捉えた後に相手の動きは拘束できるし、固有術式を名乗るだけの威力も、やっぱりあるんじゃないのよ……はぁ……よかったぁぁ……っ!」


 額の汗を袖で拭うマキナ。

 団員たちに指示を飛ばしてから、リリは声をかけた。


「さすがでした、マキナ殿。やはり《ミストルティン》……凄まじい固有術式ですね」

「けれど敵を確実に捉えられたのは、あなたたちが注意を引きつけてくれたおかげよ」

「ですが、一つ疑問があります」

「ん?」

「あのような強力な固有術式を持ちながら、マキナ殿はなぜあんなにも不安そうな様子だったのですか?」


 今思えば、敵の強さよりも、自分の実力への不安が大きかったような印象があったかもしれない。


「全然ね、効かなかったのよ」

「はい?」

「拘束能力が発動してないんじゃないかと疑うほどさっぱり動きが鈍らないわ、盾どころか生身の状態で防いで消滅させてくるわ……挙句、自分から真っ直ぐ《ミストルティン》に向かって突進してくるわ――」


 はぁぁああああ〜っ、と、弛緩していくような息を再びたっぷり吐き出すマキナ。

 そして苦い過去でも思い返したみたいに、げっそりと肩を落とした。


「そんな相手と戦った経験があったせいでね……ちょっと、自信がなくなってたのよ」


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