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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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28.「北門防衛戦(前)」【リリ・シグムソス】


 北門を守るリリ・シグムソスの前に現れたのは、個性的な色合いの装束を身にまとった長髪の大男だった。


「予告通り、来ましたか。総員、配置についてください」


 魔剣を鞘から抜き放つ。


「術式で攻撃後、相手の動きを見てから動きます。いいですね?」


 敵が現れた際の指示は事前に出してある。

 こちらの準備は万全。

 けれど、とリリの中の感覚が告げていた。


 ――強い。


 汗が温かさを失っていくのがわかる。

 今ほど兄がここにいてくれたらと思ったことはなかった。


「ほぉー? ずいぶんとイイ女が、いるじゃあねぇの」


 長髪の男が無精ヒゲを撫でると、にやけ顔でリリを見つめた。


「あとは……どうやっても料理できねぇ雑魚の集まりだな……ん? ああ……一応、他にも女がいんのか……ふーん……そこの美人のねーちゃんと比べると、若干落ちるが……ま、添え物としちゃあ上等だな。しっかし――」


 男の顔には嘲弄。


「こんなカスみてぇな連中を生贄にして、我らが女帝は喜ぶのかねぇ?」


 巨大な鞘から豪快に大剣を抜く、長髪の男。

 腰を落とし、男は構えた。


「おれは終ノ八葬刃が一人、盾刃のギルドーガだ。そこの女、あんたも名乗りな? 礼儀だろ?」


 魔剣に聖素を注入しながら、リリは応じる。


「私は聖樹八剣が一人、リリ・シグムソス。残念ですが……ここを通すわけには、いきません」

「シグムソス? はて、どこかで聞いた名だが……まあ、いいか。おらぁ今のところ、あんたにしか興味がねぇからよぉ?」


 ねばっこいギルドーガの視線が、リリの胸から下半身を、舐めるようになぞった。


「生贄としちゃあ弱ぇから……おれが、喰ってやるよ」

「……ゲスめ」


 ギルドーガは軽蔑する性質の男だった。

 団員の一人が憤慨する。


「なんだ、あの男は……! 許さん! みんな、リリ殿は絶対に俺たちが守るぞ!」

「応!」


 気勢を上げる団員たち。


「皆さん……品のない相手ではありますが、放たれる空気だけでも、あの男が強敵なのはわかります」


 年長の団員が頷く。


「この人数相手に、あの落ち着きよう……相手も、実力には相当な自信があるようですな」


 リリはこの先を、口には出さなかった。

 相手をリリが《強敵》と判断した場合、どう動くかは決まっている。


 互いを補助し合いながら、連係攻撃で相手の体力を削り取る。

 危険を冒さず、まず防御に力を割く。

 まだ相手の底は見えていない。

 捨て身の突撃を試みるには、まだ不確定要素が多すぎる。


 ギルドーガが「来いよ?」と手の動きで挑発した。

 リリは、攻撃術式《炎斧》を放つ。

 ギルドーガの大剣から、光が迸った。


「むぅん!」


 豪快な掛け声と共に、透明度のある深紅の防御術式がギルドーガの前に出現。

 しかも、三つ。

 リリの攻撃術式は、防御術式の一つすら破壊できずに散った。


「その程度の術式じゃあ、この魔剣の術式盾は破壊できねぇぜ?」

「いくぞ」


 ――ザッ――


 団員たちが動き出すと共に、彼らの靴底が砂に擦れた。

 先ほど《炎斧》は最初から決めてあった攻撃開始の合図。

 団員たちと共に、剣を構えながらリリもギルドーガへ直進。


 ――ガキィィンッ!――


 団員の一人が、施晶剣で敵と刃を交える。

 次の瞬間、その団員が前蹴りで吹き飛ばされた。

 この前蹴りでギルドーガに隙ができる。

 射線上に他の団員はいない。

 リリはすぐさま剣を振り、魔剣の能力を発動。


 光を放つ魔剣から、鳥の形をした聖素の塊がギルドーガへ向かって飛び立った。

 この魔剣は先日、旅の商人から騎士団が購入したものだった。


 敵の術式盾が発動。

 だが聖素の鳥は衝突せず、敵の眼前で停止。

 そこから分裂し、今度は三羽の剣鳥がギルドーガに襲いかかる。


「なっ!?」


 声を上げたのは――リリ。


 三枚の術式盾が、十の術式盾に分裂した。


 術式盾がギルドーガの身体を覆う。

 聖素の剣鳥は術式盾に衝突し、霧散。


「怯むな! リリ殿のおかげで、今、相手は防御で手一杯だ! あの盾の隙間を狙って、突きを繰り出せ!」


 団員たちが敵へ一背に剣先を向ける。

 にぃぃ、とギルドーガが笑う。


「手品は、もう終めぇか?」


 ――ヒュッ――


 ギルドーガの姿が、消失。


 団員たちの視線の先から消え、少し距離のあったリリの眼前に、歯並びの悪い笑みが出現。


「へへ……近くで見ると、もっといいじゃねぇの?」

「くっ!」


 リリは身を引き、ギルドーガが繰り出してきた大剣の柄での突きを、すんでのところで回避。

 あともう少し反応が遅れていたら、まともに喰らっていただろう。

 そして――柄ではなく、刃を向けられていたら……。


「……ほぉ? 今のをよけたか。なぁんだ……思ってたより、やるじゃあねぇの……へへ……《リリ殿》?」

「き……貴様ぁ! リリ殿に近づくな!」


 ギルドーガの背後から団員たちが斬りかかる。


「っるせぇなぁ! うぜーんだよぉ、カスどもがぁぁああああ!」


 ――ブォンッ――

 ――ザシュッ!――


「ユリス!」


 思わず、リリは叫んだ。


「ぁ…ぅ…? ぐ……ぐはっ……!」


 斬りかかった中の先頭にいた女団員の腹が、大剣の刃で斬り裂かれた。


「うぉぉ、やっちまった……先頭が女だと気づいて、どうにか引っ込めようとしたが……腹の前の方、持っていっちまったか……へへ、悪ぃ悪ぃ」


 リリの判断は瞬時に行われた。


「ここは私が食い止めます! 他の者はユリスを退避させて、そのまま防御陣形を! ロバートとジニスタは、彼女に治癒術式を施してください!」


 決死の覚悟で、リリはギルドーガへ斬りかかる。


『たまにおまえは、自然と相手を誘導する戦い方をするようだな。そこを磨けば、大きな武器になるだろう』


 兄の言葉を思い出す。

 狙いは――大振り。

 リリは、捨て身の特攻と錯覚させる一撃を放った。

 ギルドーガが術式盾を展開し――細かく分裂させ、盾で大剣を覆った。


 誘導は、狙い通り。

 敵の大剣は狙いを外し空を切った。

 リリはすかさずギルドーガに一太刀浴びせようと――


「――がふっ!?」


 ギルドーガの棍棒のごとき大剣が、リリを身体ごと吹き飛ばした。

 予想よりも早く、二撃目がきた。

 空振りの後、ギルドーガは遠心力そのままに、身体を捩じってリリの前身に一撃を喰らわせたのだ。

 その二撃目は、大振りの隙をついたリリの攻撃よりも速かった。


「ふぅ……棍棒状にしてなかったら、真っ二つにしちまってたとこだったぜぇ。なぁんか攻撃を誘導された気もしたが……ま、いっか」


 リリは宙に放り出され、そのまま地面に落下。

 地に打たれた身体に、衝撃。


「リリ殿!」


 団員たちの切迫した声。

 四つん這いになり、リリは身体を起こそうとする。


「ぐっ……げふっ!」


 内臓への衝撃が大きかったせいか。

 逆流感を覚え、リリは口から吐血した。


「ぐふっ……はぁ……はぁ……っ!」

「……んー……ま、見た目の形は綺麗なままだから……血を拭けば、イケんだろ」


 ぺろりっ、と舌なめずりをするギルドーガ。


「今度は、逃がさねぇからなぁ――――ん?」


 ギルドーガが何かに気をとられた。


「あぁ? 観客の連れが迷子にでもなって、ここへ来ちまったのか? ちっ……一応は女みてぇだが……おれぁな、ガキには興味ねーんだよ。とっとと去れや。こっからは、オトナの時間だからよ?」


 苦しみに耐えながら、リリはギルドーガの視線を追う。


「あ、あなたは――」


 ――ぴくっ、ぴくっ――


 その人物のこめかみが、小刻みに震えていた。


「ガキとは、なかなか言ってくれるわね……っ」


 人形趣味を彷彿とさせるドレス。

 美しい黒い髪と、白肌に映える赤の瞳。

 そして、かつて聖樹騎士団において最強と呼ばれた聖樹士の妹。


「マキナ、殿」


 見上げるリリに、髪をかき上げ、マキナ・ルノウスフィアは言い放った。


「お役に立てるかどうかはわからないけど、加勢するわ」





 お読みくださりありがとうございます。

 次話「北門防衛戦(後)」は9/17(土)23:50~23:59頃の投稿予定です。


 また本日(9/16)より『ソード・オブ・ベルゼビュート』という現代ファンタジーの連載を始めました。初期状態から主人公が最強の一角として登場するバトル色の強い物語です。趣味色の強い話ではありますが、もしお暇がありましたらこちらもチラッと読んでやってみてくださいませ。


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