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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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27.「東門防衛戦」【ノード・ホルン】


 東門を守るノード・ホルンを中心とした防衛班と終ノ八葬刃の戦いは、すでに始まっていた。


「くっ……! 距離を取って戦え! 間合いをはかりながら戦わないと、まともに攻撃をくらうぞ!」


 団員たち数人と敵を取り囲みながら、ノードは、攻勢へ出る次の機を窺っていた。


『終ノ十示軍……終ノ八葬刃が一人、ファビシ』


 紫と白を基調としたまだら模様の服。

 その奇抜な色合いの服を着た男は姿を見せるなり、そう告げた。

 敵が名乗りを上げた直後、ノードたちは一斉に攻撃を開始。

 相手は終末郷の住人。

 交渉が通じる相手ではない。

 ノードは即座に、そう判断した。

 少なくとも、自分より格下の相手の言葉を受け入れるとは思えない。


 そう。

 ノードは、すぐに相手が一対一で勝てる相手ではないと悟ったのだった。


「気をつけろ! あの武器をまともに喰らったら、身体を真っ二つにされかねねぇぞ!」


 ファビシの武器は、巨大な斧。


 ――ブンッ――


 全長が使用者の身長ほどもある大斧。

 重さを感じさせぬ速度でファビシがその大斧を振ると、風が巻き起こった。

 聖剣でも魔剣でもないが、十分、脅威と呼ぶに値する危険度。


「ノード殿! 自分がやつの注意を引きます!」


 団員の一人――ロッゾが目配せしてきた。

 今ここにいる中では、防御とその持続性に定評のある団員。

 自分が防御に徹しているうちに隙を見つけて、攻撃を仕掛けろということらしい。


「わかった!」


 嵐のごとく暴れ回る大斧。


「…………」


 ファビシは、無口な男のようだった。

 最初に名乗って以降、ひと言も口を利いていない。


 凹凸の激しい形状をした盾を前へ突き出しながら、ロッゾが前進。

 相手の武器の形状によっては、盾のあの凹凸部分で武器を引っかけることができる。

 上手くやれば、あの斧を引っけて絡め取り、動きを止められるかもしれない。


 ――ガキンッ――


 やった。


 ロッゾの盾の凹凸が、ファビシの斧を、引っかけた。


「う、ぉぉおおおおっ!」


 ロッゾが斧を引っ張る。

 彼は、力自慢でもあった。


 ――グイッ――


 ファビシの身体が僅かに、ロッゾの方へ引っ張られる。


 隙が、出来た。


「今だ!」

 

 ――ザクッ――


「がふっ!? な……に……? 馬鹿、なっ……」


 ロッゾの身体を槍が貫いていた。

 どこに隠し持っていたのか。

 否、もう片方の腕に《仕込まれていた》のだ。


「仕込み槍、だとぉ……っ!? ちっ……クソがぁ!」


 決死の覚悟でノードは前へ出た。

 背後の団員を一瞥。

 今の自分は、おそらく物凄い形相になっているだろうと思った。


 ――ロッゾを、救え。


 ファビシが槍をロッゾから引き抜いた。

 大斧がノードを襲う。

 ノードは、聖剣で大斧を受け止めた。

 角度を使い、相手の威力を逃がそうと試みる。


 ――ギリッ……ギャリィィィィィイイイイッ!――


 斧と剣の刃が激しく互いを削り合い、大音と、火花を散らす。


「ぐっ……!」


 肩に、違和感と熱。

 威力を逃がしきれなかった分の斧の攻撃が、ノードの肩の肉を抉った。


 飛びすさりながらノードは視線を一瞬だけ敵から外す。

 仕込み槍で貫かれたロッゾは、仲間に抱えられて離脱している。

 救出は成功。

 ノードは、このまま間合いを取ることを選択。


 ――ブォンッ!――


「――――ッ!」


 殺意の乗った斧の刃が、鼻先すれすれを通り抜けていった。

 もう少し飛びのくが遅れていたら、頭部が横に真っ二つになっていたかもしれない。


「はぁっ、はぁっ……!」


 傷らしい傷をまだこちらは敵に与えられていない。

 しかも、敵は無傷どころか息一つ乱していない。


「弱い」


 ファビシが、口を開いた。


「弱すぎる。相手に、ならない」


 無感動な調子だが、その響きには興ざめの色が交っている。


「ここは、そろそろ……皆殺しで、終えるか」


 これが、格の違いなのか。


 ノードはなぜか、リリが心配になった。

 自分の身も危険なはずなのだが、なぜか、ふとリリの身を案じてしまった。

 四凶災をも下した禁呪使いやキュリエ・ヴェルステインなら、勝機はあるかもしれない。

 だが、この格の敵は――


 脳裏に聖樹騎士団の団員たちの顔が浮かび、流れてゆく。


 ソギュート団長に匹敵する力量がなければ、勝てないのではないか。


 この場の戦いを放棄するわけにはいかない。

 任務はまっとうしなくてはならない。

 しかし、この場における現戦力で勝てる方法がさっぱり思い浮かばない。

 全員で決死の突撃をかけたとしても、勝てる相手ではない。

 それが、わかってしまった時点で――


「あ、あなたは……」


 後方にいた団員が、困惑した声を出した。

 背後を振り向く。



 漆黒の鎧が、立っていた。



「ローズ……クレイ、ウォル……?」 


 ルーヴェルアルガンの《鎧戦鬼》。


 ローズは、ギアス王子の傍についていたはずだが……。


 自然と道を譲る団員たちの間を通り抜け、無言のまま、ローズはファビシへ向かって直進。

 歩を進めるたび、地面が軋んでいるかのような錯覚があった。

 それほどの、重量感。

 マキナ・ルノウスフィアから《鎧戦鬼》は無口な人物だとすでに聞いていた。

 だから《鎧戦鬼》のこの沈黙はそう奇妙なことではない。

 そういう性格なのだろう。


「加勢してくれる、ってのか……?」


 質問とも独り言とも取れるノードの言葉に対し、やはりというか、ローズは反応を示さなかった。

 けれど漆黒の鎧からは、ファビシへの戦意が立ちのぼっていた。


「噂に名高いあの《鎧戦鬼》のお出ましとは……我らが女帝への献上物としては、十分」


 靴底で、砂が擦れる音。

 すり足で移動しながら、ファビシは間合いをはかっている。


「その鎧――このクリスタル含有率の高い《破斬大斧》で切り裂けるか……試して、みるか」


 鎧とは、完全な防御装備ではない。

 鎧で身を包んでいようとも、どうしても可動の問題で関節部等が露わになってしまう。

 相手が打撃武器でないのはまだ幸運だと言えるであろうが、あの力量の相手となると、関節部の隙間を狙って来るのは確実。

 仕込み槍で目から脳を一気に射抜かれる可能性もある。


「ローズ殿、あの者の左腕には仕込み槍があります……気をつけてください。それと敵は、まるで重さがないかのようにあの巨大な斧を操ります」


 ノードが今まさに伝えようとしたことを団員の一人がローズに言った。

 その言葉にローズは反応を返さなかった。

 けれどノードには、ローズが僅かながら頷いたようにも見えた。


 黒き鎧とファビシの距離が、縮まっていく。


 まだローズは腰の剣――聖魔剣テイルフィンガーを抜いていない。


 援護は考えなかった。

 この格の戦いに自分たち程度の力量の者がまじってできることなど、たかが知れている。

 どころか、下手を打てばローズの足を引っ張りかねない。


 両者の距離が、さらに狭まっていく。

 そして――


 鎧の鬼が、

 破斬大斧の、

 間合いに、

 入った。


「自慢の聖魔剣を抜け、《鎧戦鬼》」


 促すファビシに、しかしローズは無反応。


「その一見すると分厚い鎧に……よほど自信がある、か」


 ファビジが鼻白んだ唸りを発した。


「ならば――」


 ――ゴゥッ――


 大斧が、唸った。

 あの間合い。

 届く。

 黒の鎧を、刈り取れる距離。


 ――キュィィィィ――


 斧が動く直前、奇妙な音がした。


 刹那、黒の鎧が超速の影と化す。


 ――ヒュッ――


 直後に、雷鳴のごとき破砕音。


 続き、地に亀裂が走る音。

 石片が、宙に舞った。


 心音が速度を増していくのがわかった。

 ノードの口から思わず、言葉が漏れる。


「なん、だ……今、のは……?」


 ファビシの頭部を中心に、周囲の地面が陥没していた。

 白目を剥き意識を喪失したファビシの頭をローズの黒い手甲が、鷲掴みにしている。


 何が起きたのか、見えなかった。

 しかし予測はできた。

 おそらくは、だが。

 凄まじい速度で突進したローズは、ファビシの斧より早く相手の懐に飛び込んだ。

 そして一瞬でファビシの頭部を掴み、そのまま地面に叩きつけたのだろう。


 ――あの巨大な鎧で、なんて速度だ……。


 ローズ・クレイウォルは、ファビシ以上に格が違った。

 桁外れと言っていい。


「あれが……ルーヴェルアルガンの《鎧戦鬼》……」


 場に居合わせた団員全員が、言葉を失っていた。


「あ……ぐ……ぉ……」


 まだファビシには息があった。

 弱々しく震える手が、取り落とした己の武器を探していた。

 その頭上を、影が覆う。

 彼が眼球だけで上を見やると、そこには、黒の鎧の靴底。


 ファビシの目から、生への意志が消えた。

 彼の手が武器の探索をやめる。


 そして――


 重々しい足甲に包まれた足が、死刑を執行する鉄槌のごとく、無慈悲に振り下ろされた。



 ――――ゴチャッ――――







 次話は明日9/16(金)の20:00頃に更新予定です。

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