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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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25.「こちら側と、あちら側」


「ほざけ!」


 三人同時に終ノ八葬刃が攻撃を開始。

 俺は、殺した敵の剣を投擲した。


 ――ギィンッ!――


 ラギリーが飛来した剣を刃で弾く。


 なるほど。

 あの攻撃に、あの反応速度で対処できる実力か。

 今の行動だけでも、力量はかなり掴めた。


 三人は俺の《射線》を警戒している。


 つまり、第三禁呪。


 第三禁呪の利点はここにもあった。

 初見の相手は、第三禁呪を放てる回数が少ないのを知らない。

 そのため、敵は第三禁呪の警戒にも意識を割かねばならない。

 さらに、彼らは血を吸って様子の変わった《狂い桜》の方も警戒している。


 第三禁呪。

 《狂い桜》。


 戦いが進むにつれ、この二つの印象が強くなっただろう。

 ゆえに――


 ――ゴッ!――


 戦いの序盤に使った凶撃への警戒心は、薄れていた。


 ――ゴチャッ!――


「ぬっ!? ぐっ……!?」


 ロビスの左腕に、凶撃がヒット。


 肉が潰れ、骨に罅が入る乾破音。

 ただし、さすがは終末郷の刺客だ。

 あれほどの気を吐くだけはある。

 咄嗟の防御が、間に合っていた。


 腕一本を盾として犠牲にし、相手は残った右手の剣による攻撃を選んだ。

 回避不能とみるやいなや、瞬時に、己の腕を犠牲にする覚悟と判断。

 戦闘の勘も鋭い。

 ロビスの腕に攻撃が直撃したと同時――


 残りの二人が、左右に分かれた。


 三方向からの同時攻撃。

 対する俺の腕は二本。

 第三禁呪を使わない限り、攻撃の手段は左腕と刀のみ。

 第九禁呪は、第三禁呪を警戒する敵が視界からすぐ消えるため、ロックオンが難しく使用できない。


 ――やって、みるか。


 異形の腕で、左から迫るラギリーに裏拳を放つ。

 第五禁呪の翼の力で、身体のバランスと速度を補助。

 右腕に、一気に力を込める。

 そして前方と、右の敵に――


「くっ!? なんだ!? この、軌道――っ!」



 ――――《双龍》――――



 不完全ながらも、咆哮勇ましく。


 二匹の龍が、終なる刃へと喰らいかかった。





「――っ……はぁっ……はぁっ……!」


 ――ポタッ、ポタッ――


 血の雫が地面へ落ち、染みを作る。

 息を荒く吐きながら、俺は、赤く染まった光景を眺めていた。

 身体に走るいくつかの裂傷から、痛みを訴える信号が送られている。

 でも、微弱な信号だ。


 俺の周囲に落ちている肉の塊は、その信号をもう発していない。

 かつて《敵》であったそれらは、今や、ただの血と肉と骨でしかなかった。


 鳥が上空を旋回している。

 死臭を嗅ぎつけたのだろうか。


 浮いてきた汗が、血と交じる。

 今日もそれなりに暑い日だった。

 陽光は穏やかに地面を焼いていた。

 時折大音声と化す大聖場の歓声が、ひどく遠いものに感じられた。


 こちら側と、あちら側。


 分断されているのだ。

 そうぼんやり思った。


 ――大丈夫。


 それでいい。

 分断されていていい。

 こちら側とあちら側は、別でいい。


「…………」


 《終ノ八葬刃》だったモノたちを眺める。


 驚異的な連係攻撃だった。

 連係というただ一点のみについて言えば、今まで出会ってきた中でまず間違いなく最強の相手だったと言っていい。

 最初に二人減らしたのは大正解だった。

 五人全員が揃っていたとすれば、もっと苦戦していたに違いない。

 いや……もし、ここにいた者以外の終ノ八葬刃全員が揃っていたとすれば……。

 七罪終牙にしても、未知の相手の力量を甘く見た慢心と、ヒビガミの怒りに触れて速攻で数を失うミスさえなければ、もっと苦しい戦いになっていたのかもしれない(まああの場の話に関しては、こちら側の面子が強力すぎた感はあるが)。


 連係の脅威。


 聖遺跡攻略が基本として班で行われるのは候補生同士での連係が取れるからだ。

 巧みな連係は、互いの力を何倍にも高める。

 ぞっとする。

 もし四凶災があの時四人で固まって行動していたとしたら、俺たちはさらなる苦戦を強いられていたはずだ。

 だとしても、やはり俺は諦めなかっただろうとも思う。

 仮に四凶災が四人揃っていたとしても、守るべき人たちのためにすべてを賭す覚悟に、変わりはなかったと思う。

 あの時点の俺にとっては、怖気づくのが一番の悪手だった。


 それにしても……実戦で初の《双龍》を使用したが、まだまだ完成度は低いと感じる。

 ただし一動作相当で二撃が必要とされたあの状況で、疑似的とはいえ、手数を増やせたのは《双龍》あってのこと。

 それでも、もう少し相手の力量が高かったら《双龍》の使用はなかっただろう。

 しかも、俺のまだ不完全な《双龍》では迎撃が精一杯だった。

 とはいえ、実戦で使用できたという事実は今後を考えても大いに活きるはずだ。


「クロヒコ殿……大丈夫、ですか?」


 戦闘の幕が下り切ったと見てか、団員の一人が声をかけてきた。


「ええ、大丈夫です。この血のほとんどは、俺の血ではありませんし」


 血塗れの俺の姿を凄惨と感じたのか、団員が唾をのんだ。

 殺意に満ちた意識の刃を、鞘に納める。


「助かりました」

「え?」

「団員の皆さんが出入り口を固めてくれていたおかげで、安心して戦えました。ありがとうございます」


 これは事実だった。

 誰一人おらずがら空きなのと、誰かが出入り口を固めていてくれているのでは、戦っている時の意識の配分が大分変わってくる。

 そう考えると、場の配置という意味でも連係は大事だと思った。


 傷一つない左腕をおさえる。


 禁呪は一度すべて解除した。

 フィードバックは問題ない程度。

 うん。

 まだ、戦える。


 すっかりおとなしくなった妖刀を、俺は鞘に納めた。


「あの……あったらでいいのですが、何か血を拭うものをいただけるとありがたいのですが……あったり、しますか?」

「え? あ……ええ! おい、吸い取り布を何枚か持ってこい!」


 声をかけられ、団員が停めてあった荷馬車へと走る。


「それと、その……聖樹士としてはあなた方の方が先輩なのですから、敬語じゃなくて大丈夫ですよ?」


 そう苦笑して言った俺に、しかし、団員は拒否の意思を示した。


「いえ、あなたの為した功績は敬意に値します。年や任期は関係ありません。私は……あなたを尊敬します。だから敬語も、不自然ではありません」

「え? あの……えっと……こ、光栄です……」


 照れくさくなって、声が小さくなってしまった。

 そして、この人たちが無事でよかったと思った。


「それにしても、さすがはクロヒコ殿ですな」


 団員が終ノ八葬刃の死体を見る。


「格が違いすぎて、私たちでは到底戦いにならなかったでしょう……剣を取る聖樹士として、口惜しくはありますが」

「俺も余裕をもってやれる相手ではありませんでした。だからこそ、今は……他の防衛班が、気になります」


 このレベルの敵となると、他の防衛班が対処し切れるかが心配だ。

 しかも、今回の襲撃者はロキアの情報にあった九殲終将とやらではなかった。

 今回、九殲終将は直接出向かなかったのだろうか?

 それとも――他の門に向かったのか?

 もし九殲終将が終ノ八葬刃以上の力を持つとすれば、これはまずい。

 ただ、九殲終将が終ノ十示軍の中核を担っているのなら、直接出向く確率は低いとも考えられるが……。

 楽観視は、できない。


「それに――」


 なぜだろう。

 少し前から胸騒ぎが、おさまらない。

 なぜか、あの人の顔が浮かぶ。


 ――何か、妙な胸騒ぎがしてな……。


 しかも防衛班の中では一番、心配の必要がないはずの人なのに。


 ――フン、心配には及ばんさ。



 なぜか今、キュリエさんの身が気になって仕方ない。


「クロヒコ殿? どうされました?」


 ぞくり。


 ――この、感覚――


 背筋に、氷を突っ込まれたような感覚。

 なん、だ?

 南門の、方角……?

 南門に、何か――


「おーい、クロヒコー!」

「シャナさん?」


 出入り口の団員たちをすり抜け、手を振りながら駆けてきたのはシャナさんだった。


「どうしたんです?」

「うむ、ワシも何か力になれんかと――って、なんじゃこれは!?」

「あ……これが、例の終ノ十示軍です。どうにか、勝てました」

「むぅぅ、到着が遅かったようじゃな。もう少し早く来ておれば、おぬしの援護が出来たのじゃが」

「気持ちだけで嬉しいですよ」

「うぅむ……しかし、終末郷の刺客たちを一人で撃破とはやりおるのぅ。さすがはクロヒコじゃ」


 あ、そうだ。


「あの、シャナさん」

「ん? 何じゃ?」

「ここはもう大丈夫だとは思うんですが……一応、俺の代わりに騎士団の人たちとこの西門を守ってくれませんか?」

「それはかまわぬが、おぬしはどうするのじゃ?」

「南門の様子が気になるんです」

「南門? 確か、南門を守っておるのはキュリエじゃったな? ふむ……ある意味、最も安心して任せられる門な気がするがのぅ。とはいえ、北門にはマキナが応援に入るようじゃし、東門にはローズをやった。じゃから、どの門も戦力不足はそれなりに解消されておるはずじゃ。じゃから、おぬしが自由に動いても問題あるまい」

「マキナさんとローズさんが?」

「キュリエのところへは、帝国のヴァラガ・ヲルムードが向かったようじゃな。で、余ったワシがここへ来たわけじゃ」


 そうか……ヴァラガ・ヲルムードが。


「ともあれ、おぬしがキュリエのもとへ行きたいなら協力するわい。その代わり、今度ワシにおぬしが一人でするところを見学させてほしいのじゃ」

「? 何を言っているんですか?」

「安心せい。目的は、あくまで子種の採取じゃから」

「…………」

「ほっほっほっ、本気じゃ」

「そこは冗談だと言うべきでは!?」

「なんじゃ? ワシに手伝ってほしいのかの? こういう風に?」

「…………」


 手の動き……。


「ノーコメントで」


 ……まったく、この人は。

 場の空気を和ませるのが上手い。

 だが、すぐにシャナさんは冗談モードから切り替わった。

 そして、俺の臀部を叩いた。


「ほれ、じゃからここはワシに任せてゆくがよいっ。張りすぎていた気も、今ので少しは和らいだじゃろうし」

「ありがとうございます、シャナさん」


 第五禁呪を、再展開。


 俺は空へ飛びあがると、南門を目指した。


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