24.「凶なるモノ」
肩に長剣を担いだ男が、にぃ、と笑む。
「気が早いな、禁呪使い。なかなか愉快な腕だ。その魔物じみた腕で四凶災を倒したのか?」
無言で俺は戦闘体勢へ入る。
背後の団員が剣を抜き、号令をかけた。
「よ、よしっ! 俺たちもサガラ殿に、続――なっ!?」
駆け出そうとした背後の団員たちを、俺は手で制した。
「サガラ、殿?」
「すみません。生意気な物言いと思われるかもしれませんが……あなたたちでは、彼らには勝てません」
「なっ!?」
「ここは、その……俺に任せてくれませんか? お願いします」
彼ら以上に、俺は理解していた。
終ノ八葬刃は強者の側の者たちだ。
個々の詳細な戦闘能力はまだなんとも言えないが、あれは、幾多の戦いを潜り抜けてきた戦士のもつニオイ。
「俺、聖樹騎士団の人たちが好きなんです」
「え?」
「だからできるなら、死んでほしくないんです」
国を守るため剣を取る騎士に対して、失礼な言い方だったかもしれない。
だけど――この人たちが死ぬのは、嫌だった。
恩義のあるソギュート団長が好きだと言っていた人たちが意味もなく死ぬのは、見たくない。
「くっ……わかりました。あの四凶災を倒したサガラ殿が言うのであれば、そうなのでしょう」
「ただ、敵の侵入を防ぐために一応門の出入り口だけは皆さんが固めてください。頼めますか?」
「あ、ああっ! よしみんな、おれたちは出入り口を固めるぞ!」
団員の人たちが後方へ下がる。
「ふっ……ふははははははははっ!」
終ノ八葬刃の左端の男が、哄笑。
「七罪や四凶災を倒した男だというから、どんな冷酷で無慈悲な男かと思っていたが……仲間の身を思いやる、なんとも甘い男ではないか」
「何が、可笑しい」
刀の柄を握り込み、構える。
「仲間を思いやるのなんて、当然のことだろう」
「くくっ、かもしれんな。だが……気づいているか、禁呪使い? 戦闘は、もう始まっている。そして我々は今、おまえの生贄としての質を測っている……」
剣を担いだ右端の男が、トントン、と靴の先で地面をつついた。
「つーか、よ――」
瞬間、右端の男の姿が隊列から消えた。
背後に、刺すような剣気。
「隙だらけなんだよ、禁呪使い」
「わざと隙を作ったんだよ、終ノ八葬刃」
「な、にっ?」
接近した敵の斬撃を潜り抜け、刀をひと振り。
敵が、攻撃をかわす。
離れた場所にいる終ノ八葬刃の一人が、ハッとして叫んだ。
「いかん! よけろ、リシュバーン!」
敵が、攻撃をかわした先――
――ゴチャッ!――
――肉が潰れ、顔面の骨が、陥没する感触――
俺は、力を込めた左腕の一撃を、敵に撃ち込んだ。
悲鳴を上げる間もなく、俺の一撃を喰らった敵は、そのまま絶命した。
――ドサッ――
ほぼ顔の体を喪失した敵が、肉のカタマリとなって地面に転がる。
――ズンッ――
俺は、足もとの死体に《狂い桜》の刃を突き刺した。
狙いはこれだった。
わざと大きな隙を作り、血気が盛んそうな右端の男を誘い出す。
そしておびき出した敵を無力化し、《狂い桜》にその血を吸わせる。
これは、相手の隙を発見できる実力者だからこそ通用する手でもあった。
ここまでは、狙い通り。
「さあ……存分に力を吸って、狂い咲け」
桜色の刃が喜びながら、ドクッドクッ、と淡く発光を始める。
四人に減った敵の一人が、ふん、と鼻を鳴らした。
「なるほど……どうやら、禁呪使いの名に恥じぬ力量はあるらしい。しかし、気になるな……リシュバーンを一撃で絶命せしめたあの攻撃……《なんだった》のだ?」
先ほどの一撃は、あのベシュガム・アングレンの攻撃を再現したものだ。
ベシュガムとの戦いで俺は、あの男の力を禁獣の力で大量に《喰った》。
喰い切れず、吐くほど喰った。
それを消化して生まれたものが、今の一撃。
全体重の九割以上がのった拳。
そこに、速度がのる。
禁呪の左腕が打ち合って負けたのも、今となっては仕方ないと思えるほどの凶攻撃。
独特の身体の捻り、
関節の多段連動、
完全なバランスを生み出す踏み込み、
特殊な重心移動、
他、様々な条件が揃った状態で繰り出される凶災の一撃。
あえて名づけるならば《凶撃》と呼ぶべきか。
あれを意識せず自然と繰り出せていたとすれば、やはり、ベシュガムは《異状者》で間違いない。
「――第五禁呪、解放」
俺の背に、黒い翼が生える。
背後の地面にも、巨大な翼が出現。
「一つだけ、最初に言っておく」
リシュバーンという男の持っていた剣を左腕で拾い、俺は、終ノ八葬刃に突きつけた。
「おまえたちの他の仲間を今からこの国から引き揚げさせて、攻撃の意志、及び武器を捨てて投降するなら……この場において、命だけは助けてやる」
敵の目が、怒りで血走った。
が、口元にはまだ余裕の笑みがある。
「今のは脅しのつもりか? ふん……我々も、舐められたものだな」
「舐めちゃいない。あんたたちが強いのはわかる。だからこそ……手加減は、できない。ここで引かずに戦うというのなら――俺はあんたたちを、殺すしかなくなる」
リシュバーンという男を基準とするなら、終ノ八葬刃は、マッソ・アングレンのやや下くらいの力量はある。
四凶災に挑もうとしていたのも、頷けなくはない実力だ。
キュリエさんはともかく、この力量の持ち主がリリさんやノードさんのいる門へ向かっているとすれば、彼らが無事で済むとは思えない。
リリさんにも、ノードさんにも、俺は死んでほしくない。
だから――ここで引いてくれるなら、それはそれでいい。
この前、キュリエさんが話していた。
激しい怒りの中に冷静さの居場所を作っている状態こそ、力を最大限に発揮できる状態だと。
かつて彼女が戦った四凶災は、冷静さを失ったせいで早々に勝機を手放してしまったという。
本当は今すぐにでも目の前の敵を八つ裂きにしたい。
だけど……試しに交渉くらいは、してもいい。
リリさんやノードさんが無事に済むなら、確率は圧倒的に低くとも、その方がいい。
ここで敵が引けば、聖武祭も無事に続けられる。
四人の中では最も発言権の強そうな男が、鞘から剣を抜いた。
白髪の眼帯男だ。
あれは、聖剣か。
「おまえは馬鹿なのか、禁呪使い?」
予期していた、回答。
眼帯男が、ギリリッ、と怒りに燃えて歯噛みする。
「ここで、この終ノ八葬刃があっさり引くなどと……貴様、本気で思っているのかぁぁぁぁああああっ!?」
眼帯男が刃を光らせながらぐるりと回し、構える。
男が眼帯を外す。
眼帯を取った方の瞳が、紅く発光していた。
術式眼、か。
そして、つまり、
「その身の程知らずな、我々と終末女帝への侮辱――」
聖武祭の、
邪魔を、
やめる気は、
ないと、
いう、
ことか。
「貴様の死をもって、償わせてやろう」
黙れ。
「――第三禁呪、解放」
落雷めいた、耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。
次の瞬間、先ほど激昂した敵の顔面を、第三禁呪の光線が貫通。
「い、った、い……な……に、が……?」
術式眼の力を発揮することなく、術式眼の男は倒れ、命を落とした。
交渉は、決裂。
だったら、
おまえたちは、
ここで、
殺す。
――残り、三つ――
「なんだ、今の攻撃は……? 他の禁呪はともかく……あの、馬鹿げた威力はなんだ?」
「よぅ、ロビス。どうもおれたちは、あの禁呪使いを見くびっていたのかもしれねぇな。わかるだろ? あの禁呪使い……さっきまでとは威圧感が、段違いだ」
「あの姿……まるで、神話に登場する邪悪の化身だな」
第三禁呪。
この禁呪は不意打ちに向いている。
しかも、今は以前と違い距離と威力を調整できる。
その証明として、今回は敵の後方の建物まで届かないように距離を調整できた。
威力などの調整がきくのに気づくきっかけとなったのは、ベシュガム戦の時。
あの時――ベシュガムの体内で第三禁呪を連続使用した時、右目から光線は出ていなかった。
どうやら俺はあの時、無意識のうちに抉り取った左目の方へ右目の分のエネルギーも注いでいたらしいのだ。
つまり……第三禁呪は、使用者による調整がきく禁呪。
回数は限られているが、上手く使えば今まで以上に強力な武器となる。
「なあ、ロビス」
「なんだ、ラギリー?」
「おれたちはよ……同じ終ノ八葬刃でありながら、そんなに仲がよくはなかった。思い返せば、連係もきっちりハマったことがねぇ。だが、今日は――今日だけは、三人での連係が必要だ」
五人から三人まで人数を減らせたのは幸運だった。
一人で多数を相手にするのは、相手の連係能力次第ではかなり不利となる。
あの四凶災も、本来は四人の連係によって最大能力を発揮する怪物たちだったと聞く。
個々の力は四凶災に劣るとしても、連係がハマれば、それを上回る力を発揮する者たちがいるかもしれない。
だから、可能な限り不意打ちで数を減らしておきたかった。
ただ、一つくらいは隠し玉を持っておきたい。
今回はそれが、第九禁呪だった。
「ふっ……おまえが人にものを頼むなど、明日は嵐かもしれんな」
「るっせぇよ。あの禁呪使いは、なんつーか……とても《マズいモノ》な気がする。三人の力を合わせねぇと、あれは勝てねぇ」
「ふっ、同感だ」
「ちっ……終ノ八葬刃として一緒にやってきて、今、初めておまえがイイやつに見えたぜ」
「意見が合ったのも、今日が初めてかもしれんな」
「こんな日にってのが、皮肉だよねぇ」
終ノ八葬刃の三人が一斉に剣を構える。
「我らが終末女帝のために、必ず目的を果たして帰るぞ」
「わかっている」
「……死ぬんじゃねーぞ、ロビス」
「貴様もな、ラギリー」
激励するように、ラギリーがもう一人の仲間の肩を叩く。
「今日だけはしっかり頼むぜ、エルシュタット」
「その言葉――」
「ん?」
「そっくりそのまま、君に返すよ」
ラギリーが目を丸くする。
そして、笑った。
「ははっ! 言うじゃねぇか! よし――」
三人が、戦闘態勢に入る。
「いくぜ、おまえら」
――ズシュッ――
「…………」
血をたっぷりと吸った妖刀を、俺は、肉塊から引き抜いた。
残った終ノ八葬刃がダラダラと会話してくれていたおかげで、妖刀の切れ味は、これで相当なものとなったはずだ。
仲間への思いやりを、俺は嘲笑したりしない。
両手に長剣と刀を手にし首を傾けると、コキッ、と首が鳴った。
「さて……」
これが自分の声かと疑うほどの冷え切った声で、俺は、言った。
「お別れの挨拶は済んだか?」




