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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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23.「終ノ十示軍」


「……時間か」


 昨晩から今朝にかけ、俺は座ったまま《狂い桜》を抱え込んで自宅の壁に寄り掛っていた。

 終ノ十示軍が寝込みを襲う可能性を捨てきれなかったからだ。

 この姿勢のまま仮眠は取ったが、思考と動きはいつでも戦闘用に切り替えられるよう備えておいた。

 結局、家を出る時間まで襲撃はなかったが。


 取り越し苦労をしてしまったが、頭や身体に疲労は残っていない。

 今、俺の頭と身体を満たしてるものは――怒り。


 刀を手に、家を出る。

 家を出ると、少し先の柵に誰かが寄り掛かっているのに気づいた。


「あれ?」

「あ、クロヒコっ」


 アイラさんだった。

 たったったったったっ、と彼女が駆け寄ってくる。


「早起きですね、アイラさん。調子は……よさそうですね」


 この前と比べて、緊張感も抜けている印象だ。


「うん、ばっちりだよっ」


 満面の笑みと握りこぶしで、元気をアピールしてくるアイラさん。

 今日彼女の試合を見に行けなくなった旨は、昨日、女子宿舎を訪ねた際に話してあった。


「実は、ね? その……今日の話、昨日の夜にキュリエから聞いちゃったんだ。昨日、対戦表を見に行けなくなった理由も」


 昨日俺が訪ねた時点では、詳しく話さなかった。

 いけないことをしたみたいな上目遣いで、アイラさんが俺を見る。


「それから、あの……クロヒコが、襲撃者の目標になってるって話も」

「キュリエさんから?」


 どうやらマキナさん、俺がターゲットになっている件はキュリエさんにも明かしたようだ。


「あ、違うからね!? アタシが強引に渋ってたキュリエから無理に聞き出したの! ほら、昨日宿舎を訪ねてきた時のクロヒコの様子がおかしかったから……だから、キュリエは悪くないからね!?」


 キュリエさんを責める気は微塵もなかったのだが。

 それにあの人が話すと判断したなら、きっとそれは正しい判断だ。


「すみません、俺としても今日の件を別に隠すつもりはなかったんですけど……試合の前に、余計な心配をかけたくなくて」

「ううん、いいの。その気遣いは素直に嬉しいよ。ただ――」


 アイラさんが踵を返し、背を向けた。


「絶対、無事で帰ってきてね?」


 その声は、必死に不安を抑え込んでいるみたいに思えた。


「キュリエは、敵は力に相当な自信のある集団だろうって言ってた。迎え撃つ全員が無事というわけにもいかないだろう、とも……もしかしたら、あの四凶災より強いかもしれないんだよね?」


 確証のない時は気休めを言わない。

 そういうところは、あの人らしい。


「こういう時に力になれないのが、やっぱり悔しいよ」


 かすれ声で言うアイラさんの肩は、少し震えていた。


「だけど……今の自分の力は、アタシがよく知ってる。だからこそ今は、自分の目の前のことをしっかりやる」


 アイラさんが拳に力を込める。


「絶対にアタシ、第三戦に行くから。クロヒコに見てもらうために、今日は、必ず勝つから。だから――」


 ごくっ、と唾を呑みこんでから、アイラさんが言った。


「クロヒコも絶対、勝って戻ってきて」


 声が震えるのを、彼女は堪えていた。


「どれだけ成長したかを――アタシ、第三戦でクロヒコに見てもらいたいから」


 この日のために彼女は積み重ね、気の持ち方も強く鍛えてきた。

 だけど今、それが、本来なかったはずの不安要素で揺さぶられている。


「……約束します。俺も必ず、勝ってきます。そして、生きて戻ってきます」


 突き出した拳に、こつっ、とアイラさんも拳をぶつけてくれた。


「第三戦――必ず、見に行きますから」

「……うん」


 互いの拳が、離れる。


「じゃあ……またね、クロヒコっ!」


 今度は振り向かず、アイラさんはそのまま走り去った。

 アイラさんの走り去る背を見つめながら、俺の中の怒りは、先ほどとはその質を変えていた。

 赤く燃え盛っていた炎が、青く静かに燃える炎へと、変化していく感覚。


「…………」


 終ノ、十示軍。





 キュリエさんと合流後、俺は、迎えにきた馬車に乗って聖樹騎士団の本部へ向かった。


「お疲れさま、クロヒコ」


 マキナさんはすでに本部に到着していた。

 聞けば今朝方、正式に終ノ十示軍から聖樹騎士団本部へ襲撃予告があったらしい。

 わざわざ上質な羊皮紙に宣言文を記し、姿も見せずに本部へ叩きつけてきたのだとか。

 内容は、ロキアの部下づてに伝えられた情報とほぼ同じものだった。

 むしろ、最近のこちらの動きは把握済みで、すでに襲撃の情報が漏れているのは承知しているといった感じの文面だった。


「これ、正々堂々とも受け取れるのかしらね? やっぱり、私には理解できないわ」

「国家間の戦争、のつもりなんですかね?」


 形式ばった宣戦布告。

 彼らにとって今回の《儀式》は、弔い合戦にも近い感覚なのか。


 その後、ソギュート団長から指示を受け、俺とキュリエさん、騎士団員は各警護班に分かれた。

 俺の担当は、ギアス王子一行。

 ギアス王子一行の警護班は、すぐに王子らの滞在している屋敷へと赴いた。





 団員が屋敷の呼び鈴を鳴らすと、中から準備を終えたギアス王子、シャナさん、ローズさんが姿を現した。

 他にもルーヴェルアルガンの同行人がいるはずだが、今日の聖武祭は同行人数を絞ったようだ。

 漆黒の鎧に身を包んだローズさんが姿を現すと、警護する側の団員たちが気圧された様子で唾を飲んだ。

 団員の一人が、今日の動きについてギアス王子に説明を始める。


 俺は、懐中時計を確認した。

 もう観客の入場も終わり、今は第二戦の開会式が始まっている頃か……。


「本日はよろしくお願いいたしますっ。いやぁ、うん、心強いですねっ。あの禁呪使いが、大聖場まで護衛についてくれるなんてっ。うーん、役得だなぁ」


 不安など微塵も感じていない様子の王子に続き、重量感たっぷりにローズさんが客車へ足を踏み入れる。

 客車から差し出された漆黒の手甲に小さな手を引かれながら、よっこらせぃっ、とシャナさんが客車に乗り込む。

 ドアを閉める前、シャナさんが俺たちに声をかけてきた。


「おぬしたちがついていれば安心じゃな。まあワシらにはローズもおるし、あまり気負わんでもよいぞ? 特にクロヒコ、今日は特に心穏やかではないようじゃな?」

「……すみません。俺、この聖武祭はなんとしても無事に終わって欲しいんです。だから――」

「よい、謝るな。ぶつける相手さえ間違えねば、怒りは力になる。じゃから、キュリエもそう心配せんでよいぞ?」


 話を振られたキュリエさんが、顔を上げる。


「あ、いや……私はそういう面でクロヒコの心配はしていない。クロヒコが怒る時は、大切に想う誰かを守る時だからな……心配しているのは、今日の敵の方だ。何か、妙な胸騒ぎがしてな……だから、クロヒコ――」


 キュリエさんの顔が引き締まる。


「一応、気をつけてな」


 こくっ、と俺は頷いた。


 連なった二台の馬車が、乗馬した騎士団員と共に大聖場を目指し動き出す。

 俺は、自ら申し出て、第五禁呪を使い空から周囲をカバーすることにした。

 脱いだ上着はシャナさんに預け、第五禁呪を発動。

 二枚の巨大な羽が、俺の背中と地面から生えてくる。


 感動した顔のギアス王子たちを残し、すぐさま空へ飛び上がって周囲を確認。

 空からの方が視野も広く、遠くの動きも見渡せる。

 だが、狙いは他にもあった。


 今この近くで身を潜めているであろう終ノ十示軍に、俺の姿をあえて捉えさせる。


 敵の意識を、俺へ集中させかった。

 この姿を見せ、まず、禁呪使いの存在が事実なのだと知らしめる。

 ついでに空を飛べるこの能力を警戒してくれれば御の字だ。

 相手は禁呪使いの力を警戒し、俺のいる場所へ多くの戦力を割く――これが、俺の狙いだった。


 もし、空を飛んでいる時に矢や術式で攻撃でもしてくれれば、攻撃が行われた方角からある程度の位置が割り出せる。

 そうなれば、大聖場到着前に数を減らせるかもしれない。


 しかし――大聖場に辿り着くまで結局、襲撃は起こらなかった。


 他の警護班も襲撃は受けなかったようだ。


「襲撃自体が中止になった……は、ないですよね」


 キュリエさんが、歓声の漏れる大聖場を見上げる。


「だとすれば、今日の聖武祭は安泰なんだがな……」

「では、残りの警護役はこのまま大聖場の中へっ!」


 マキナさんが、きびきびと指示を飛ばしている。

 外の警護班のまとめ役は、マキナさんが引き受けたらしい。

 俺たちが到着する前に、ユグド王子を含む聖王一行、ヘル皇女一行はすでに会場入りしたようだ。

 ソギュート団長やディアレスさんも、すでに大聖場の中に入っている。


「各門の割り当ては出発前に説明した通りです。敵の戦力は、現時点では未知数。各班とも、十分気をつけてください」


 北門は、リリさんを中心とした防衛班。

 東門は、ノードさんを中心とした防衛班。

 南門は、キュリエさんを中心とした防衛班。

 そして――最も大きな正面の西門は、俺の防衛班が担当となった。


 聖樹騎士団のトップスリーが各門の防衛に回れないのは痛手だが、移動中の襲撃がなかっただけでも、ここは幸運だったと考えるべきか。


「それじゃあ、キュリエさん」

「ああ。あいつらの聖武祭を、私たちで守るぞ」

「はい」

「ああ、それと……セシリーから伝言なんだが」

「セシリーさんから?」

「『わたしが優勝したら、クロヒコには一日アークライト家の屋敷に泊まってもらいます』だとさ」

「はは……セシリーさん、今日もいつも通りみたいで安心しました」

「あと『だから今回の件、必ず無事に終わらせてください』と」

「……やっぱり、生き残るのは必須条件ですね」


 身を案じてくれる人がいるというのは、本当に嬉しいものだ。


「俺も気をつけます。キュリエさんも、どうか無事で」

「フン、心配には及ばんさ。四凶災やヒビガミ以上の脅威がこの大陸にいるとも思えんしな。私にしても最近の戦いを経て、以前より強くなっている」


 その後、他の班は各持ち場へ向かった。

 そして、俺は十二人の騎士団の聖樹士たちと西門に残った。


「…………」


 ――来るなら、来い。


 他の班が去り、二十分ほどが経過した頃だった。


 五人の人影が、こちらへ歩いてくるのが見えた。


 団員が剣の柄に手をかける。


「あれが、終ノ十示軍か? 予告通り、本当に正面から……」


 団員の声はすぐれない。

 実力が一定以上あるからこそ、わかってしまうのだ。


 あの五人が、只者ではないことを。


 五人とも全員、奇抜なまだら模様の服を着ていた。

 紫と黒を基調とした服。

 ただし、色の統一感はあるが、制服のようにその装いは統一されていない。

 五人は横一列になって、堂々とした足取りでこちらへ歩いてくる。

 右端の紫髪の男は、肩に剣を構えた状態だった。

 他四名は、剣を腰に差している。


 五人が立ち止まる。


 中心の白髪の眼帯をした男が一歩、前へ出た。


「おまえが、禁呪使いだな?」


 眼帯の男が、するりと腰の剣を抜き放つ。


「最初に言っておくが、我々はおまえを侮ってはいない。禁呪の存在も、先ほどおまえが空を飛んでいるのを見て信じざるをえなくなった。四凶災を倒したのも、まあ……事実なのだろうな」


 ぐるり、と準備運動でもするみたいに眼帯の男が首を回す。


「ふん……やはり二人ずつにせず、俺も含めた五人をここへ投入して正解だったらしい」


 ……ここは、狙い通りだ。


「襲撃をかける前に、ずっと何やら嫌な予感がしていたが……俺の勘も、たまにはあたるようだ」


 鋭く凶悪な眼光が、俺を静かに射貫く。


「我々は終ノ十示軍――《終ノ八葬刃》」


「――第八禁呪、解放」


「今日、ここでおまえを葬らせてもらう――禁呪使い」


 右手で《狂い桜》を、抜刀。


「――第八禁呪……第二界、解放」


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