22.「絶対に」【アイラ・ホルン】
「やぁ、アイラ」
第二戦を明日に控えた日、アイラの部屋にレイが訪ねてきた。
部屋の戸を閉めながら、レイが言う。
「明日、いよいよ第二戦だね」
「……うん」
「おや、どうしたんだい? いつもの元気がないじゃないか」
「え? そ、そうかな?」
「そういえばさ、第二戦の対戦表を見に行った時にクロヒコの姿がなかったけど」
「あ、うん……クロヒコは、急な用事ができたんだって。学園長の侍女の人が来て、クロヒコの伝言を私に」
「ふーん、そっか。何事だろうね? あ、用事と言えばさ、少し前に騎士団の団員っぽい人が来て、キュリエと一緒に馬車でここを出て行くのを見たけど……もしかしたら、同じ用事かもね」
レイが、寝台の縁に座るアイラの隣に腰をおろす。
「どーしたのさ、アイラっ?」
戯れっぽく腰に手を回してくるレイ。
それに対し、アイラは苦笑で応えた。
「あはは……恥ずかしながらアタシ、なんか緊張しちゃってるみたいでさ」
「第一戦と比べると、ちょいと弱気に見えるね」
「第一戦の時は、クロヒコが試合を見ててくれたから……試合前と試合後も、一緒にいてくれた。今日の対戦表を見に行くのも、一緒に見に行くことになってたんだ」
レイはアイラの言葉をじっと待っている。
「多分、アタシ一人だったら第一戦で負けてたと思うんだ。特訓もあるけど……気持ちの部分が、やっぱり大きいかな。今日、対戦表を見に行った時……すごく心細くなっちゃってね? 周りがみんな自分より強そうに見えて、怖くなってきて……クロヒコが近くにいてくれた試合の時は、そんなでもなかったのに」
もちろん、四凶災と比べたら怖くなどない。
でもあれは、あの時とは違う種類の感覚。
生命への脅威ではない。
あれは――心細さ。
自分が場違いなところにいるみたいな、そんな感覚だ。
「そっかぁ……一人で行ってたのか。てっきりクロヒコとイチャつきながら見に行くと思ってたから、誰もアイラと見に行くつもりはなかっただろうからねぇ〜」
「い、イチャつきながら!?」
ひゃぁぁ〜、と火照った頬を両手で包み込むアイラ。
「でも、そういう状態だったならボクが一緒に行けばよかったなぁ……」
「けどさ――」
アイラは自分の膝に視線を落とした。
「その時、クロヒコに頼ってばっかりじゃだめだなとも思ったの。確かに緊張はするけど……だけど、気持ちで負けちゃだめなんだよね。気持ちで負けたら、勝てるものも勝てなくなる」
くすっ、とレイが微笑む。
「心配は……いらないみたいだね」
レイが、ぺしっ、とアイラの肩を叩く。
「強くなったよ、アイラはっ」
「……昔のアタシは、諦めるのに慣れた子だった。いつも心のどこかで、妥協できる引き際を探してた」
巨人討伐作戦の時も、バシュカータと揉めたせいで組む予定だった攻略班の仲間が去り、もう自分がバシュカータたちに謝って終わりにしようと思っていた。
だけどその話を伝えた時、彼は、なんともなさそうに言ったのだ。
――あのぅ……その、何か問題あるんでしょうか?
そして結局、巨人討伐作戦は実行されたのだが、その後、作戦は予想外の展開へ突入した。
手練れ揃いだったバシュカータ班をまるで寄せつけず半壊させた、低階層に似つかわしくない巨人が現れたのだ。
だけど彼は、そんな未知の敵が立ちはだかっても迷わず立ち向かった。
そうだ。
現れた時点で誰もが絶望に包まれていたあの四凶災にだって、彼は立ち向かった。
初めて出会った頃の彼は、優しそうではあったけど、今と比べたら別人みたいだった。
彼は、物凄い速度で変化――強くなっていった。
「昔のアタシは、いつも逃げ方を探してた。だけど今のアタシは、いつも――」
そんな彼の姿を見て、自分も、変わろうと思えた。
「妥協しなくていい理由を、探してる」
レイが、はぁぁ〜、と感慨深そうな息を吐いた。
「ほんっと、強くなったなぁ〜。長く一緒にいるから、込み上げてくるものがあるねぇ」
「も、もちろんレイにも感謝してるよ? 思い返せば、レイのおかげで助けられたことがたくさんあるし」
ぷにゅ。
レイが、指でアイラの頬を押した。
「じゃあさぁ、アイラは……クロヒコとボク、どっちが好き?」
「……え? えぇ!? そんなの、え、選べないよっ……」
「やれやれ、素直にクロヒコを選ばないあたりがアイラだよねぇ……」
「も、もぅ……レイったら…」
「さぁて! アイラの心配はなさそうだし、ボクも明日に備えて早めに休むとしますかねぃ!」
レイが立ち上がり、戸の前へ歩いていく。
「あ……あのさ、レイ」
アイラは、レイを呼びとめた。
「ん? 何?」
「もしも、の話だよ? アタシ、もし、この聖武祭で優勝したら――」
そこで思い直し、アイラは首を振った。
「ううん、ごめん……なんでもない」
「……そっか」
問い詰めて欲しくない空気が伝わったのだろう。
何を言おうとしたのかそれ以上尋ねることなく、レイは部屋から出て行った。
ぽふっ、とアイラは薄手の毛布の上に寝転がる。
天井をじっと見つめる。
「この聖武祭で優勝したら、アタシ、きっと自信がつくと思う……今以上の、勇気が出せると思う。そしたらアタシ、勇気を出して――」
その先の言葉は口から出ることなく、頭の中にとどまった。
それからしばらくして、アイラは天井に拳を向けた。
「勝つんだ、絶対に」
次話は8/27(土)0:00頃の更新予定です。




