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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第19話「終末郷と第6院」

「……なるほど、そんなことがあったわけね」


 椅子をギシギシと軋ませながら、マキナさんが眉根を寄せた。


 ここは学園長室。

 俺とミアさんは、お偉いさんデスクの前に並んで立っていた。

 ちなみに、約束の時間には遅刻した(とはいえ、実は意外とそこまでオーバーしてはいなかったのだが)。

 目の前では、マキナさんが難しい顔をしている。


 …………。

 ところで。

 門の前でミアさんが服を脱ぎはじめた一件については、どうなったのかというと――


 突然ミアさんが服を脱ぎはじめ大混乱した俺は、


「あのぅ、こういったことをするのは初めてですので……あぅ……や、優しくしてくださると、ミアは嬉しゅうございます……で、では……」


 という彼女の一言と恥じらうその表情で、ようやく事態を把握した。


 ……もしあのまま俺が黙っていれば、オイシイ思いができたのかもしれないけど。

 脱DTのチャンスだったのかもしれないけど!

 

 …………。

 一瞬、葛藤はした。

 男の子だもの。

 が、俺の中のかわいらしいプラトニックな部分が、それを許さなかった。

 だってさ。

 初めてはもっとこう、雰囲気ってもんを大事にしたいじゃん……?


 ああ……こんなんだからいい年してまだ童貞なんだろうな、俺……(今は十代だが)。

 しかも前の世界の過去をリセットするって決めたばかりなのに、まさかこんなことで……。

 ……いや、いいんだ!

 俺は、紳士だから!

 紳士ですから!

 エッチなゲームの主人公みたいに軽いノリで『じゃ、やろうか?』みたいにゃいかんとですよ!


 それに、やっぱ女の子に勘違いで初めてなんかさせちゃ駄目だよ!

 かわいそうだよ!

 ヘタレかもしんないけど、やっぱりこういうのはお互いをよく知ってからすべきだよ!


 ってなわけで、俺は目の前の据え膳を食わず、どうにかミアさんの誤解を解くことに成功。

 こうして、どうにかことなき(?)をえたのだった。


 ちなみに自分の勘違いに気づいた後のミアさんの口からは、俺への謝罪と自分への戒めの言葉がひっきりなしに飛び出し続けた。

 でも「ああもうわたくしのバカバカバカバカバカバカバカぁ!」と泣きそうになりながら自分の頭をポカポカするミアさんは、なかなかにかわいらしかった。


 そんなわけで現在、俺の隣に立っているミアさんは耳をへなりと下げ、すっかり意気消沈していた。

 街で巻き込まれたことよりも、多分、さっきのことにショックを受けてるんだろうなぁ……。


「私のミスといえば私のミスね……私とミアの二人で街に行くことが多かったから、いつもと同じ感覚でいたわ。まあ、結果的には無事でなにより。セシリー嬢にも後で礼を言っておくわ。ミア」

「は、はいっ」

「今日は疲れたでしょうし、あなたはもう下がっていいわ」

「は、はい……」


 頭を下げつつ、ミアさんがちらっと俺を見る。

 ふーっ、とマキナさんが息をつく。


「クロヒコには明日からの学園生活のことについて少し話があるから、まだ残ってもらいます」

「し、失礼いたします!」


 そしてミアさんは、部屋から出て行った。

 ドアが閉まると、マキナさんが言った。


「なかなか大変だったみたいね……けれどまあ、禁呪を使わなかったことは、褒めてあげるわ」


 …………。


「セシリーさんが来なかったら、使ってましたけどね」

「…………」

「学園長」

「……何かしら?」

「使うべきだと思ったら俺……迷わず禁呪、使いますから」


 マキナさんが息を落とした。


「……そのへんの判断は、あなたに任せるわ」

「え?」


 使用は原則として不可、極力口外しないこと、とか言ってなかったけか?


「最初は秘匿すべきだと思っていたのだけれど……今回の街の一件で、少し考えが変わったわ」

「どういうことです?」

「あなたは禁呪以外に今、何かあった際に自分の身を守る術を持たない」

「……まあ、そうですね」

「それでもし禁呪使い本人が死んでしまったら、元も子もないもの」

「じゃあ……隠さなくていいんですか?」

「ただ、無闇に使用することは控えてもらえるとありがたいわね。あと、できれば『禁呪』という言葉は極力避けてちょうだい。珍しい呪文、くらいに留めておくこと。呪文と術式の違いは、学園で誰かが教えてくれるでしょう」

「は、はい」

「それでも私としては、使わないでいてくれるに越したことはないけれどね。欲を言えば、学園生活の中で武器の扱いなり、呪文なり術式なりを習得して、禁呪に頼らなくても荒事に対処できるようになってもらいたい、といったところかしら」

「が、がんばります……」


 でもこれで、気持ち的には禁呪を使いやすくなった。


「で、明日からのことだけど」

「はい」

「あなたは『獅子組』というクラスに入ることになったわ」

「ふむ」

「教室のドアには獅子の紋章が描いてあるから、すぐにわかるでしょう。場所は、学園本棟の二階」

「本棟の二階ですね。覚えておきます」

「明日は軽い自己紹介をさせられると思うけど……ま、適当にやってちょうだい。あなたなら、きっとできるわ」


 で、でたーっ!

 学園長のめんどくさがり癖!

 最後の『あなたなら、きっとできるわ』の感情の篭ってない感、すげーっ!


「……何かしら?」

「いえ、なんでもございません! 学園長は、いつでも最高でございます!」

「…………」

「さ、続きを、学園長」

「……細かなことはほっぽっておくとしても、あなたの『設定』だけは、忘れてないでちょうだい。学園の関係者には一応、アレで話を通してあるから」

「ド田舎の野生児という設定ですか?」

「そうよ。だからこの世界に関する基礎知識がほとんどありません、というわけ。そうね、聖樹士が他国の人間をスカウトするというのも希少なケースだから、多少は注目されると思うわ」


 その注目のされ方、なんかいやだ……。

 ほとんど見世物状態じゃん。


「も、もうちっとどうにかならなかったんでしょうか……」

「私の考えた設定はパーフェクトよ。どこにも穴がないわ」

「…………」

「パーフェクト」

「……ですよねー」


 曇りがねぇ。

 自分自身を、まったく疑ってねぇ。

 はぁ。

 超ド田舎からやって来た、天然野生児かぁ……。

 よし。

 この際だ。

 なり切ってみるか……超天然野生児!


「うほっ、うほっ!」

「……何をしているのかしら?」


 何って……超天然野生児に決まってるじゃないですか!


「うほっ、うほっ! うっほうほっ!」

「…………」

「うほほっ、うほほっ、うっほっほっ!」

「…………」

「うほーっ」

「……馬鹿にしているの?」

「うほっ……」


 こうして俺の一世一代の名演技は、あっさりと終わりを迎えた。


「ところでマキナさん、一つお聞きしたいことがあるのですが」

「何かしら?」


 そういや、これ聞いとかないと。

 今日街で起きたことを説明している時、あえて話の中から外しておいた、あのことを。

 どうしても――聞いておきたい。


「学園長」

「ええ」


 しかしこうして改めて見ると、マキナさんって本当にかわいらしいというか、なんというか――


「今日の下着、何色ですか?」

「は?」

「……あ」


 し、しまったぁぁああああ!

 何言ってんだ、俺!?

 こ、これじゃあ……紛うことなきHENTAIじゃねぇか!

 言い逃れできねぇぞ、これは!

 ていうか、紳士は!?

 俺の心の中の紳士は、一体どこへ行ってしまったの!?

 まさかクリケットの大会にでも出場してて、今は不在なの!?


 う、うわぁ!

 学園長がすげぇ怖い顔になってる!

 美少女にこんな顔させたら、罪に問われても反論できない!

 確かにどうしても聞いておきたいことではあるが、これじゃなかった!

 俺の本能が、選択肢を間違えさせた!


「申し訳ございません! 陳謝いたします! こ、これはつまりですね、私の中の紳士が仕事をサボってですね――」

「…………」

「いや、だから違うんです! というか、チンシャと言いましても、その、決してチン射ではなくてですね――だぁぁああ! だから何を言ってんだよ、俺はぁぁああああああああ!」


 混乱しすぎだろ、俺!

 しっかりしろ!


「…………」


 こ、怖い!

 学園長が、本気で怖い!


「……あれ? 学園長、なんで舌なんか出して……あ、そうか術式か! って、術式ぃ!? 待った! ストップ! じょ、冗談、冗談ですってばーっ! 俺が聞きたいのは『終末郷』と『第6院』についてですーっ! ひぃー、お許しをーっ! ……って、あれ?」


 マキナさんがそっと口を閉じ、何やら深刻な表情になる。

 彼女の深く紅い瞳が、じっと俺を見据えた。


「あなた……一体、どこでその名前を?」

「えっ、や、その……酒場で絡んできた大男ってのが、そこの出身だからおれさまはヤベェんだぞ、みたいなことを言ってまして……なんか周りの人間も、それですげぇビビっちゃって……だから、なんなのかなーって」


 黙り込むマキナさん。

 暫しの沈黙の後、マキナさんが口を開いた。


「別に隠すようなことでもないし、あなたも知っておくべきかもしれないわね。終末郷というのは――」


 そして学園長は、説明をはじめた。


 『終末郷』と『第6院』について。

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2020/05/18 01:18 退会済み
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