20.「魔女への相談ごと」【マキナ・ルノウスフィア】
「ふむ……それはまた、物騒な話じゃのぅ」
クロヒコと別れたマキナは、シャナトリスが滞在している屋敷を訪れていた。
これから一度、聖樹騎士団の本部施設へ足を運んでから、ルノウスレッド城へ赴く予定となっている。
だがその前に、終ノ十示軍の件をシャナトリスに伝えることにした。
「終ノ十示軍、か」
襲撃の件を聞いたシャナトリスは、歯にものが挟まったみたいな顔をしていた。
「この件、あなたはどう思う?」
「ひと言で言えば、わからん。理解に苦しむ部分が多すぎる」
腰掛けの上であぐらをかき、腕を組むシャナトリス。
あの短い丈のスカートでなんてはしたないのだろう、とマキナは内心思うも、口には出さない。
そこから妙な方向へ話を舵取りされる危険があるからだ。
二つに結った髪の先を指でくるくる巻き取りとりながら、シャナトリスが言う。
「殺害対象が無差別ならともかく、殺害対象を絞っているのにもかかわらず正面から堂々と襲撃というのはなぁ……ワシには罠とか思えんわい」
まっとうな意見だ。
「もちろんそのロキアの言うように《だからこそ意味がある》のかもしれんがな。いずれにせよ、並みの感覚では理解できん話じゃ」
「普通の感覚なら、やっぱりそうなるわよね。けれど――」
「そうじゃ。もし相手の力が四凶災級となれば、話は別じゃ」
「つまり……聖樹騎士団や禁呪使いと真正面からぶつかっても、勝算ありと考えている場合ね」
「うむ。さらに言えば、その情報を持ってきたロキアという男の目的がもし終ノ十示軍の戦力を削ぐことにあるのなら、ロキアはこちら側の戦力を少なめに伝えている可能性がある」
「仮にローズ・クレイウォルやヴァラガ・ヲルムードの情報をロキアが掴んでいたとしても、それを終ノ十示軍側に意図的に伝えていない可能性があるわけ、か」
どうもロキアという男は信用に足るのか測りかねる。
味方なのか、敵なのか。
真なのか、偽なのか。
あるいはそのどちらでもあり、逆にどちらでもないのかもしれない。
「ま、ワシらの方はそう心配せんでもよいぞ。ギアス王子には、ローズやワシがついておるからの。もし敵が四凶災級だとすれば、ローズの力試しにはうってつけじゃしな」
「とはいっても、招待国であるルノウスレッドがあなたたちに護衛をつけないわけにはいかないわ」
「ほっほっ、じゃろうな。おぬしも気苦労が絶えんのぅ」
ずっ、とシャナトリスが茶を啜る。
クリクリした右目が、一気に見開く。
「――ぁ、ぁひゅっ!? ふぃ、ふひぃっ! はひぃ〜……! ローズの淹れたこの茶、熱すぎるわーいっ!」
まだ手をつけていなかったが、改めて見るとものすごい湯気が立っていた。
取っ手まで熱の伝わらない作りの陶器だったので、手で持っただけでは気づかなかったようだ。
涙目になったシャナトリスが、ふひょぃー、ふひょぃー、と茶に息をふきかける。
それから、ちゅびびっ、と改めて小さく茶をすすってから、シャナトリスは言った。
「と……ともかくじゃ、移動中の襲撃や観客に紛れての暗殺には十分注意すべきじゃな」
「ええ、そうね」
やはり正面突破の件は、まず罠だと考えて動くべきだろう。
ロキアが伝えてきた情報も、終ノ十示軍側がこちらを混乱させるためにあえて漏らした情報とも考えられる。
マキナは時計で時間を確認してから、尋ねた。
「ところで、シャナ」
「ん?」
「話は変わるのだけれど、あの帝国の……ヴァラガ・ヲルムードという男を、どう思う?」
「確かあの男は、第6院の出身者じゃったか?」
「あら、あなたも気づいていたのね?」
「気づいたのはあの大聖場で別れた後だったがな。どこかで聞いた名じゃと思ったが、そういえばあのヒビガミだったかノイズだったかが、あの戦いの時に名を出しておったの」
ノイズとの戦いの時、シャナトリスもその場に居合わせていた。
「ふーむ……あの男は、ワシにはよくわからんな。聞けば、ミドズベリアの分都市の……倉庫管理部、じゃったか? 名称からして要職とは思えん。だが皇女が連れて歩くくらいだし、第6院出身者なら、まずただの凡人でないのは確実じゃな」
ヴァラガの顔や話し方を思い出しながら、マキナは言った。
「私は、普通の人間に見えたわ」
「ふひひ、顔は女ウケしそうじゃがの?」
「少なくとも、私の趣味ではないけれどね……何、あなたはああいう顔が好みなの?」
「ん〜? そうじゃな……ワシの好みはのぅ? あれよりもう少し若めで、黒髪で、眼帯をつけている男あたりがいいのぅ」
「…………」
クロヒコじゃないの。
「というか、話の腰を折らないで」
「マキナのノリの悪さに、ワシの心が折れそうじゃわい……」
シャナトリスが、ちゅぞぞぞぞぞっ、と茶をしょんぼりすする。
「ヒビガミやロキアやノイズは、最初の印象から凄味や異常性が滲み出ていたわ。だけどあの男は、一見すると普通なだけに……不気味だわ」
「ローズと互角に力比べができる時点で、普通ではないがの」
「力もそうだけれど、その、人間性がね……何か、得体の知れない感じがして」
何も感じられないのが、逆に不気味に感じるのだ。
「同郷者だったキュリエには、人物像なりを聞いてみたのか?」
「ええ。キュリエも、得体の知れない人物という印象程度みたい」
「あの娘は第6院出身者だというのが信じられんくらい《まとも》じゃからな。ゆえに、根の深い狂気は頭で理解することができんのかもしれん……いや、それが普通の感覚なのじゃがな」
だからこそ、キュリエはノイズに対し《怖い》としか感じ取れなかったのだろうか。
「別の第6院出身者に聞けたらいいのだけれど、ヒビガミは居場所がわからないし、終末郷にいるロキアはこちらから連絡がとれないし、ノイズは死んでしまったし――」
そこで、マキナは気づいた。
「そういえば、あなたの国にいるっていう第6院を作った人物……あの後、会ったりはしたの?」
「ラグナ――いや、本当の名はタソガレじゃったか。まだ会えておらん」
「まさか、姿を消していたとか?」
シャナトリスが顎に手をやる。
「それがのぅ……わからんのじゃ」
「ええっと、どういう意味?」
「何度かやつの家に足を運んでみたんじゃが、ことごとく留守じゃった。しかし、家の中は朽ちておらんかった。生活感が残っているのじゃ。しかし、一日待っていても姿は現さんかった」
いかんせん住んでいる場所が山奥なため、そう何度も往復できないそうだ。
複雑そうに眉をひそめるシャナトリス。
「うぅむ……じゃが定期的に足を運んでいる部下は、ちゃんとタソガレに会っておるのよなぁ。世間話程度の伝言も何度か貰っておる。いや……実は、王都のワシの研究室にも何回か顔を出して手土産を置いていったらしくてな?」
「なら、姿をくらましたわけではないのね?」
「うむ。なのに、あの四凶災の件を終えてルーヴェルアルガンに戻ってから、なぜかワシは一度もタソガレに会えておらんのじゃ」
「王都の研究室へ顔を出した時、部下に引き止めたりはさせていないの?」
「引きとめても、気づいたら煙のようにいつの間にか消えているらしいのじゃ」
「……術式か何かの力かしら?」
「それも、わからん」
シャナトリスが小首を傾げる。
「というか皆、どうして自分がタソガレが部屋から出て行くのを見逃したのかも、よくわかっておらんらしくてな……」
マキナは眉根の皺を深くした。
「ちょっと、言っている意味がわからないわ。どういうこと?」
「さあの」
シャナトリスがお手上げの動作をする。
「挙句、よくわからないが会話の流れで自然と部屋からの退出を認めていた、などと説明する始末じゃ。門番も『確かに目撃しました。ですが、その……なぜか、自分は見ているだけでした』と答えておった」
「不気味と言えば、不気味ね」
消息不明ならば、話は早い気もする。
何か不都合があって、姿を消した。
これは理解はしやすい。
だがタソガレは、確かに《いる》のである。
存在しているのに、存在していない。
なのに、特定の人物だけが出会えない。
不気味で、不思議な話だ。
「んー……ま、あの女なら何をやってもおかしくはない気もするがの。さすがはあの第6院の創設者、といったところかのぅ」
「となると、タソガレという人物から情報を引き出すのも難しそうね……」
「しかしおぬしも何かと心配性じゃな。おぬしには、四凶災や第6院出身者を打ち破ったクロヒコがいるではないか」
「それは……そうだけど……」
「一応ヴァラガという男にはワシも注意しておく。終ノ十示軍とやらにもな。というかじゃぞ? それこそ、帝国の皇女はそのヴァラガが傍にいるわけだから安全なのではないか?」
「そう、ね……そう考えるべきなのかも」
終ノ十示軍。
ヴァラガ・ヲルムード。
どちらも《普通の感覚》では、理解できない存在なのかもしれない。
彼らを理解するために必要なのは――やはり、狂気だろうか。
狂気を持つ者だけが、他者の狂気を真に理解できる。
――まあ……今は、私にできることをするしかないわね。
そう想いを新たにしながらマキナは陶器の取っ手を掴み、茶を――
「あっひゅっ!?」
マキナは慌てて口元を手でおさえた。
舌がヒリヒリする。
目尻に、じわぁ、と涙が滲んできた。
「ぅ、うぅ……」
……ものすごく熱かったのを、忘れていた。
更新が間に合いそうだったら、明日か明後日に次話を更新いたします。




