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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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19.「怒りの日」


 終末女帝の信奉者と言えば、ノイズ・ディースを殺しに来たあの七罪終牙が思い当たるが――


「来訪していた他国の王子や皇女が死んだら、ルノウスレッドにとっては大打撃ですよね……」

「ええ。最悪、一歩間違えたら戦争になりかねないわ」

「もしあの七罪終牙の仲間だとすると……復讐、でしょうか?」

「かもしれないわね。いえ、あるいは潰された面子の回復と見るべきかしら?」

「ですがもし殺害対象に選ぶなら、終末女帝の名を騙ったノイズでは? あの七罪終牙の言い方だと、ノイズが終末女帝を名乗ったのが問題だったみたいですし」


 これでは、とばっちりもいいところだ。

 マキナさんが、無理難題を突き付けられたみたいなため息をつく。


「彼らは《ルノウスレッドへ向かった七罪終牙が殺された》という事実だけを切り取って、罪はルノウスレッドにありと判断したらしいわ」

「……馬鹿な。どうかしてますよ。ノイズがした行為はともかく、あの場にいた人間は降りかかった火の粉を払っただけですよ?」


 そして火種であったノイズはもう死んでいるのだから、そこでこの話はおしまいなのではなかろうか?


「《あの場にいた人間にも罪を着せるべき》というのが、彼らにとっては筋の通った理屈みたい」


 そんな。

 まるで八つ当たりだ。

 しかも、七罪終牙の半分以上を殺したのはヒビガミである。


「向こうとしては、七罪終牙が壊滅した場所に責任を押しつけるのが最も楽だったんでしょうね。そして責任を取らせる人間は、居場所が把握しやすい名高い者……これなら、必死になって真実を調べ回る必要もないしね」


 どうかしてる。

 完全に、一方的な決めつけだ。

 マキナさんがお手上げのポーズをする。


「交渉で回避、というのはとりあえず無理そうね」

「ほぼ今後の襲撃は確定、ってことですか。しかし……いつ起こるかわからない襲撃に備えるのも、しんどいですね」


 襲撃するならば、やはり夜の客人の宿舎だろうか?

 あるいは、移動中?

 この王都には強力な聖樹騎士団がいる。

 となると最もありえそうなのは、王都から本国へ戻る道中だろうか――


「実は、襲撃日は判明しているの」

「え? 襲撃の日が、わかっているんですか?」

「この情報を私に伝えたのは、ロキアの部下なのよ」


 マキナさんが折り目のついた羊皮紙を取り出し、机の上に置いた。


「ロキアとしては、礼のつもりらしいわね。ノイズ捜索の件で、彼らの学園内での行動を私が黙認したでしょ? あれの礼のつもりだと部下伝いに言われたわ」


 学園内を歩いていたマキナさんが一人になった時、学園の制服を着たロキアの部下が接触してきたらしい。


「学園の制服を着ているだけで警戒心が薄れてしまうのも危険だなと感じたわ。私、相手からロキアの部下だと言われるまでまったく警戒していなかったのよ……学園の制服を着ているだけで、危険な相手でないと認識しちゃってるみたい。候補生に扮したロキアたちのノイズ捜索の件が過去にあったにも拘わらず、ね」


 学園長と言えど、一人一人の候補生の顔と名前を把握しているわけではない。

 となると、おのずと判断材料が制服を着ているかどうかになってしまうのだろう。

 両手に顎を置き、ため息をつくマキナさん。


「警備や、身分を確認する規則の強化がもっと必要なのかしら? あぁ、でもまた面倒な仕事が増える……ただでさえ、聖武祭で後回しにしている案件がいくつかあるのに……」


 コツッ、とマキナさんが机に額をつけた。


「辛い……」


 弱々しい声からは疲労が滲んでいる。

 だが、マキナさんはすぐに顔を起こした。


「未来を考えると辛いけど、弱音は後々……まず、今は襲撃者の件を話しておかないと」

「真偽の方はどうなんです?」

「まず、接触してきた男はロキアの部下で間違いないと思うわ。ノイズと戦った場に居合わせないと知らないような情報を、いくつか証拠として出してきたから」


 そういう周到さはあの男らしい。

 マキナさんが手をヒラヒラ揺らす。


「部下が伝えてきたロキアの言葉そのままを伝えると『この件はオレなりの礼節としてあんたに伝えた。信じるか信じないかは、任せるぜ』ですって」

「襲撃者の情報はどれくらいわかっているんですか?」

「《終ノ十示軍》――彼らは、終末女帝の信奉者たちによって構成される集団らしいわ。終末郷へ戻った後、ロキアが七罪終牙について調べてみたらしいの。そうしたら、終末郷の陰で蠢く少数精鋭の集団の存在があったんですって」

「今までロキアはその集団の存在を知らなかった?」

「《九殲終将》……だったかしら? 終末女帝直々の配下を名乗る九人組の存在は前々から知っていたけど、終ノ十示軍の存在は知らなかったみたい。いえ……今まで存在には気づいていたけど、九殲滅終将の有象無象の配下くらいにしか考えていなかったそうよ」


 ふむ。


「その終ノ十示軍にとって、終末女帝は神様に等しいんでしょうか?」

「ええ。だからこそ、終末女帝の名を騙ったノイズを殺害すべく七罪終牙が動いたのだろうし」


 ここで俺は一つ引っかかりを覚える。

 終末女帝は実在しない神に等しい存在。


「終末女帝の外見って、知られたりしてるんですか?」

「どうかしら……少なくとも、私は知らないわ。過去の文献にも、外見の描写は一行たりともないから。ただ、女帝というからには女性なんでしょうけど……」

「……架空の人物、なんですよね?」

「みたいね」

「でも……ノイズが終末女帝を名乗って終末郷に行った時、そこの住人は信じた……つまり、彼らは架空の人物だと思っていないってことですか?」


 いきなり神様だと思っていた人物が目の前に現れて、そんなすぐに信じるものだろうか?

 今の疑問を口にすると、マキナさんが答えをくれた。


「私が知る限りの話だけど――終末女帝は《帰還する》と言われているの」

「帰還?」

「終末女帝はかつて終末郷の我城に確かに存在した。だがある日、彼女は終末郷を出て行った。出立の日、彼女は配下に『必ず帰還する。その時を待て』と言い残したと伝えられているわ」

「それって、有名な話なんですか?」

「これは、終末郷の外の国にまで広がっている神話伝承だからね。だから、終末女帝の現実の存在を担保する話ではないわ」

「だけど終末郷の信奉者たちはその伝承を信じ、今か今かと帰還を待ちわびている……」

「ええ、そう理解していいと思う」


 その伝承があるからこそ、つい信じてしまったのだろうか。

 マキナさんが思案げに手を顎へやった。


「今、思ったんだけど……終末郷の住人の多くは意外と、絶対的な存在による終末郷の統括を望んでいるのかもしれないわね。むしろ、終末女帝の帰還を彼らは一つの出発点と考えているのかも……」


 変化を望んでいる、ということなのか。


「住人たちが、今の終末郷の状況に対して不満を持っている?」

「思い返すと、活発な動きがあったのはこないだのセイラム砦の襲撃くらいで、最近、終末郷の動きはおとなしい。今の終末郷はある意味、落ち着いているのかも」

「噂に聞く三大組織は、仲違いとかはないんでしょうか?」

「それなんだけど、実際に仲違いしているのは《愚者の王国》以外の二つらしいのよね。ロキアからすると、勝手に《三大組織》にされていい迷惑なんですって」


 マキナさん、接触してきたロキアの部下から色々聞き出したようだ。

 タダでは帰さないあたりがマキナ・ルノウスフィアである。

 とはいえ、あのロキアのことだ。

 出してもいい情報と隠しておく情報の選別くらいは、事前にやっているだろうが。


「三大組織と九殲終将とやらの関係はどうなんですかね?」

「九殲終将は、三大組織の存在はある程度見過ごしているみたい。おそらく《愚者の王国》以外の二つが定期的に彼らへ貢ぎ物をしているおかげ、とロキアの部下は言っていたけど」

「ロキアがあえて今回の情報を伝えたのは、終ノ十示軍の戦力を削ってもらおうという意図があるのかもしれませんね」


 こちらが迎え撃つ姿勢で臨めば、終ノ十示軍とて無傷では終わるまい。

 もちろん、相手の力量はまだ未知数だが……。


「あの男なら考えそうな話ね」

「だけどロキアの場合、過去の礼のつもりってのも嘘じゃないんだと思います」

「下手に嘘を重ねるよりは真実を二枚差し出す方がいい、か」

「あの……そもそもですよ? ロキアはあの七罪終牙が壊滅した場にいたわけだから、もしマキナさんに恩を感じているなら、ノイズやヒビガミにだけ矛先が向くように動いてくれてもいいわけですよ」


 あの頭の回る《魔王》なら、それも可能だったはずだ。


「実はね、私も彼の部下に似たようなことを言ったの。ロキアはその質問を予測していたみたいね。彼の答えは、


『恣意的な真実しか耳に入らねぇから、連中は狂信者なんだよ。連中にとっちゃ都合の悪ぃ真実なんざどうだっていい。自分たちの信奉者ぶりを存分に示せる状況をいかに作り上げるか――連中の頭にゃあ、それしかねぇ。連中にとっちゃ信奉度を示し続けることが、やつらの神を帰還させるための手続きであり、過程なわけだ。いわばルノウスレッドは、七罪終牙の件をダシに生贄として選ばれたんだよ』


 だそうよ」


 呆れのため息をつき、マキナさんが首を振る。


「それはまた、厄介な連中ですね……」

「ちなみにロキアの終ノ十示軍評は『筋の通った理屈が通らねぇ邪悪って意味じゃあ、クロヒコと同じだな』ですって」

「な、なぜ同じ穴のムジナ扱い……?」


 ……うむ、やはりロキアを信用してはいけないな。

 そこで、マキナさんの表情に影が差す。


「どうしました?」

「それで、ね……ここからが、言いづらい話なのだけれど――」


 やや逡巡してから、マキナさんは言った。


「今回の殺害対象の中には、あなた――つまり、サガラ・クロヒコも含まれているらしいの」

「俺が?」

「どうも向こうは、七罪終牙を殺したのが禁呪使いだと決めつけているみたいなのよ。ルノウスレッドで名高い聖樹の国の禁呪使いを生贄に、と考えているんでしょう。名高い相手であればあるほど、生贄として優れていると考えるみたいだから。言い忘れていたけど、殺害対象には聖王の名もあるみたい」


 聖王も、か。

 とりあえず有名ならターゲットにしておく、という感じだ。


「名高い相手がご所望なら、生きている四凶災にでも戦いを挑めばよかった気がしますが……」

「これはロキアの情報だけど、終ノ十示軍は、近々四凶災殺害を決行するつもりだったみたい。だけど、生贄として考えていた四凶災は殺されてしまった」


 なるほど。

 終ノ十示軍からすれば、俺に生贄を横取りされた形になるわけか。


「その代替物として聖王や各国の要人、聖樹の国の禁呪使い――俺を生贄に据えたってわけですか」


 なんともまあ、いい迷惑である。

 真実を調べもせず、都合のいい決めつけで俺をターゲットにするとは。


「しかも暗殺ではなく――正面から、堂々と蹴散らすつもりみたいよ」


 ひと気の少ない時間帯や、襲撃しやすそうな移動中を狙うわけではないのか……?


「……馬鹿な。なんの意味があるんです、それ?」

「ロキアの読みだと、


『連中は独自の形式を重んじるらしい。七罪終牙があんな劇場的な登場をしたのも、連中が形式を重んじるためだったわけだ。だから今回の正面切っての襲撃も、やつらにとっては《儀式》なんだろうぜ。おそらくは《最も困難な状況で宣言を達成する》からこそ、連中にとっては価値がある。意図としては大方、正面から圧倒的な力でねじ伏せられる絶望を相手に与える、ってとこか。逆に言やぁ、それだけ連中は力に自信があるってことだ』


 だそうよ」


 ……うーむ、それにしても。


「ロキアの言葉を口にする時、いちいち顔と声をそれっぽく似せようとしなくてもいいと思いますけど……」

「え?」


 なんだか可愛いから、今まで黙っていたが。


「い、いいでしょ!? こ、この方が伝わりやすいと思ったのよっ!」


 顔を真っ赤にして、ぷいっ、と腕組みしたマキナさんが身体ごとそっぽを向く。

 そして正面に直って、えへんっ、と切り換えの咳払いを一つ。


「さて――襲撃の日なのだけれど、あまり猶予がないのよね……」

「どういうことです?」

「情報通りなら、襲撃は明日なのよ」

「明日……明日、ですか?」


 あれ?

 明日は――


「そう。彼らは、聖武祭の行われる大聖場に襲撃をかけてくると見込まれているわ」

「聖武祭中の、大聖場に……」

「この後、即急に聖樹騎士団と対策を練る予定なのだけれど、できればあなたにも――」

「明日……聖武祭に、襲撃を……」

「ええ。ロキアの見立てでは、彼らは、あえて大多数の観客の前で要人を真正面から殺すことに意義を見い出すはずだと――クロヒコ?」


 ふと、第二戦を楽しみにしていたアイラさんの顔が浮かんだ。

 自分が生贄の対象だと聞かされた時は、動揺など何もなかった。

 そうなのか、くらいの感想だった。


 だけど今――こんなにも俺は、動揺している。


 聖武祭のために、アイラさんは必死に稽古を重ねてきた。

 アイラさんだけじゃない。

 ジークも、ヒルギスさんも。

 きっとレイ先輩やベオザさんも、クーデルカ会長も、ドリストス会長も。

 そして、セシリーさんも。

 皆、聖武祭のために努力を積み重ねてきたはずだ。

 その大会が、ゴミみたいな連中のゴミみたいな考えで、壊されるかもしれない。

 そう考えたら、感情が急速に切り替わっていくのがわかった。


 ――許せない。


 今回の襲撃の件、俺はシャナさんの護衛を申し出るつもりだった。

 客人の中だと、彼女の安全だけは守りたい。

 また俺を襲撃してくるなら、いつでも受けて立つつもりだった。

 そう考えていた。

 だけど――気が、変わった。


「わかりました。その対策を練る場に、俺も出ます。それを頼みかけたんですよね?」

「え? ええ、そうよ……助かるわ、クロヒコ。じゃあ、えっと……お願いするわね」


 マキナさんは対策会議の出席者の調整を行うべく、一旦俺と別れた。

 学園長室の前でマキナさんと別れた俺は、一人廊下を歩き出す。


 終ノ十示軍。


 ヴァラガの言っていた害虫という言葉が、なぜか頭に浮かんだ。

 そうだ。


 ――害虫は、駆除しなければならない。


 聖武祭を蝕みにきた《敵》は、一人、残らず――



 消し、潰す。



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