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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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18.「第一戦を終えて」


「やあ、二人とも」


 試合を終えて修練場から俺たちに声をかけてきたのは、レイ先輩だった。


「レイ!」


 アイラさんが嬉しそうに駆け寄って行く。


「レイの試合はもう終わったの?」

「うん、どうにか突破したよ」

「さすがレイだねっ。おめでと!」

「ありがとう。見る限りそっちも勝ったみたいだね。小聖位の高い相手だったからちょっと心配したけど、杞憂だったかな?」


 アイラさんが両手の指先をツンツンし、小声で言った。


「く、クロヒコのおかげだよ……」


 によによしながらレイ先輩が俺に視線を送る。


「キミのおかげだってさ? 頼りにされてるねぇ?」

「ふ、二人の勝利ですっ」

「へへー? 共同作業だねー? むふふ……これなら、夫婦になってもばっちりだ?」

「も、もーレイったら……飛躍しすぎ!」


 いやーんと照れるアイラさんが、ばちぃんっ、とレイ先輩の背中を力強く叩いた。


「ごふっ!」


 力加減を間違ったのか、レイ先輩に思わぬダメージが入っていた。 


「と、とにかくアイラさんの初戦は素晴らしかったです。レイ先輩の情報も役に立ちました。ありがとうございます」

「けほっ、けほっ……ん……まあ、情報を活かしたのはキミだからね。得たものを活かせなくちゃ、情報だけあったって無意味だぜ?」

「あはは、レイってなかなか謙虚だよね?」

「そうさ! ボクはルノウスレッドで最も謙虚な女だからね! 任せてよ!」

「…………」


 国一の謙虚さを誇るなら、まずはミアさんを越えてほしい気もするが。


「ですがまだ気は抜けません。今日はまだ二試合残ってるわけですし」


 俺のひと言でアイラさんが表情を引き締め、握り拳を作る。


「そうだね、次も頑張らないとっ」





 ところがいざ蓋を開けてみれば、第二、三試合もアイラさんは十分な余力を残して勝利した。

 特に第三試合は初戦のガンスより一つ小聖位の高い相手だったが、アイラさんは術式をフェイントに使いつつ絶妙な攻勢を仕掛け、危なげなく勝利した。


「や、クロヒコ。お待たせっ」


 第三試合を終えた制服姿のアイラさんが、待ち合わせ場所の食堂にやって来た。


「今日はお疲れさまでした、アイラさん」


 労いの言葉をかけ、俺は両手に持っていた杯のうち一つを差し出す。


「はいこれ、第二戦進出のお祝いです」


 中身はいつものトノア水。


「ありがと! せっかくだし、遠慮なく受け取っておくねっ」


 こういうところで遠慮しなくなってきたのも、稽古の時間を重ねて互いの距離が縮まってきたからだろうか。

 二人で席に着く。

 聖武祭前の訓練後も、よくこうして二人でトノア水を飲んでいた。

 こんなひと時も聖武祭と共に終わると思うと、少し寂しい気もする。


「三試合目の相手はガンスより小聖位が上でしたけど、気負いなくやれたみたいですね」


 頭を掻きながらアイラさんが苦笑する。


「ほらアタシ、キュリエと四凶災が戦ってる光景を見てたからさ? あの四凶災に比べたらって思うと、気負いが和らぐんだよね」


 彼女は四凶災の戦う姿を目撃している。

 その場に居合わせたのは不運だったと言える。

 だが、怪我の功名というか、彼女の中で戦いの質の基準が大きく変わったのだ。


「最初の目標として頭の中にあるのがね? あの戦いに混ざって、キュリエの力になれる強さなんだよね……」


 自らが遭遇した壮絶な戦いを思い越すみたいな遠い目をしながら、アイラさんが言った。

 彼女が目指しているのは、四凶災級の敵と戦う際にサポート役を務められる強さ。

 杯を卓に置き、アイラさんが決意を口にする。


「今すぐには無理だけど――いつかアタシも、あの領域に辿り着きたいの」

「その第一歩として、まずはこの聖武祭に全力で臨みましょう。上へ行けば行くほど、得られる糧も多いはずです」

「目標は高く――でも目の前のことを一つ一つ、だね?」


 それは聖武祭へ向けての稽古中、自戒も込めてたまに俺が口にしていた言葉だった。


「はい、その通りです。第二戦もしっかり、勝ちにいきましょう」

「うんっ」


 俺たちは杯を戻し、食堂を出た。





 日が沈む頃には、第一戦の結果が出揃っていた。


 一年生部門ではジークベルト・ギルエスととヒルギス・エメラルダが周囲との圧倒的な力の差を見せつけ、勝ち上がった。

 二人の実力なら無学年級でも通用しそうだが、二人で話し合った結果、セシリーさんとぶつかるのを避ける方針にしたのだとか。

 もし二人がこのまま決勝まで進めば、ジークとヒルギスさんが決勝でぶつかる。

 ジークなどは、想い人が観戦に来るとかで張り切っているらしい。

 一年生にも評判の高い実力者が何人かいるらしく、ヒルギスさん曰く「まだまだ、気は抜けない」とのことだった。


 二学年部門では、レイ先輩が第二戦へと駒を進めた。

 あの人、普段はユルユルな印象だけど……剣技も術式も、何気にレベルが高いんだよな……。


 二人の会長不在の三学年部門では、やはりベオザ・ファロンテッサがずば抜けた力を見せつけた。

 大会用の腕輪で術式の威力が軽減されているこの聖武祭でさえ他を寄せつけぬ戦闘力を示すのだから、彼の実力は相当なものだ。

 小聖位トップの座は伊達ではない。


 そして、注目の無学年級。

 二人の会長は前評判通り、第一戦全試合を勝利で終えた。

 どちらも固有術式は不使用だった。

 使う必要がなかった、と言う方が正しいか。

 クーデルカ会長に至っては自分の小聖位三位に迫る相手と第二試合であたったが、試合自体は一分ほどで決着したと聞いた。

 ドリストス会長の方は、第三試合の相手が最初の有効打を受けた時点で降参したとか。

 試合内容も評価点に加味されるのを考えると、普通は降参の選択はない。

 だが相手は、降参したくなるほどの埋めがたい力の差を感じたのだろう。

 ちなみに、そういう意味ではアイラさんの第一試合も珍しい決着だったと言える(俺の推察だと、あれは相手に未来を託したくなったからこその降参だったのだろう)。


 前評判通りと言えば、セシリー・アークライトもである。

 第三試合はアイラさんの試合がすべて終わった後だったから、俺も観戦に行った。

 まず驚いたのは、観客の数。

 アイラさんの試合は第三試合までこれといった大きな変動はなかったが、セシリーさんの第三試合は五十人を超えていた。

 大聖場と比べて格段に狭い修練場に、あれだけの人数。

 普通ならメンタルに影響が出てもおかしくないが、周囲からの視線を一身に浴びても、セシリーさんは平然としていた。

 普段から視線を集めるのに慣れているだけはある。

 逆に相手は修練場の熱気と空気に呑まれており、見ていて気の毒なほどだった。

 結局、試合は一分を刻まず終了。

 判定員の有効打判定から十数秒で、次の有効打が決まる試合。


 試合終了後、観客席の熱気はより高まっていた。

 このセシリー・アークライトが勝ち上がったとしたら、どこかで必ず二人の会長のどちらかとあたる。


 学園最強と呼ばれる生徒会長。

 学園無敗と呼ばれる風紀会長。


 天才と名高い美貌の双剣士は、怪物じみた固有術式を持つあの会長たちとどう戦うのか。


 誰もが期待に胸を膨らませているのがわかった。

 試合後、観客がこんな会話をしているのを耳にした。


「今挙げた三人のうち、まず二人がどこかであたるだろ?」

「だな」

「で、決勝戦でも、三人のうちの二人の試合になるわけだ。」

「無学年級は、二度美味しいな」

「まあベオザ・ファロンテッサが学年別にいるせいで、見どころはその二試合だけってのが微妙に残念だけどな」


 こんな会話を聞かされてしまっては、アイラさんには是非とも勝ってほしい。

 とにもかくにも、まずは明後日の第二戦。

 そして第二戦を突破すれば、準決勝と決勝が行われる第三戦へと駒を進められる。


 今は、明日の午後に貼り出される対戦表が待ち遠しい。





 第一戦の翌日は、休息日となっている。

 アイラさんも今日は調整レベルの朝の訓練以外、身体を休めるのに集中してもらう。

 今日はじっくり休んで、第二戦に備えてほしい。

 第二戦では、第一戦をくぐり抜けてきた実力者たちとあたる。

 訓練で小聖位以上の実力をつけてきた者だっているかもしれない。


 さて――今日の午前、俺はマキナさんに呼ばれて学園長室に来ていた。


「あなたが稽古相手を務めていたアイラは、明日の第二戦に進んだみたいね」


 最初に出た話題は、第一戦の話しだった。


「小聖位だけで見れば格上を破った形になるわけだけど……あの子って、そんなに強かったかしら? それとも今回の結果は、あなたの特訓のおかげ?」

「元々伸び代はあったんです。それに入学した頃から、獅子組では実力者扱いでしたし」

「セシリーとキュリエの陰に隠れていた、という感じかしら?」

「かもしれません。意外と人って、一番上しか目に入らなかったりしますし」


 過去の巨人討伐作戦の時もキュリエさんやセシリーさんばかりが話題にのぼっていたらしく、攻略班の班長を務めていたアイラさんの印象は皆無に近かったようだ。


「私はアークライト家と因縁のあるホルン家の娘だからけっこう注目されるのかと思っていたのだけれど、かつてのディアレス・アークライトとノード・ホルンの聖遺跡攻略対決で両家の因縁は一定の決着をみたから、周囲の興味も薄れていたのかもね」


 なるほど。

 家の因縁対決は、兄の世代でもう決着がついた感じになっていたわけか。


「だけど、アイラにはそっちの方がいいのかもしれないわ。ホルン家を持ち出されることなく、のびのびと戦えるでしょうし。まあ――」


 笑みを浮かべながら、マキナさんがパチッとウインクした。


「噂の禁呪使いがアイラ・ホルンの稽古役を務めていたのが事前に知れ渡っていたなら、また注目度も違ったのかもしれないけれどね?」

「人が滅多に来ない奥まった場所にある古い修練場で特訓していたのが、功を奏しましたかね」

「の、ようね」

「で、俺を今日ここへ呼んだのは聖武祭の話をするためですか?」


 マキナさんは雑談や愚痴を零しにくる時、大抵は俺の家へ来る。

 逆に学園長室へ呼び出される時は何か大事な用件の場合が多い。

 俺の読みは当たったらしく、マキナさんの顔色に変化があった。


「さすがね」


 いつになく、粛然とした雰囲気。


「実は、伝えておかねばならない話があるの。その話というのは――」


 厳粛な面持ちのマキナさんの口から聞かされたのは、意外な方面からの話だった。


「他国の客人の命を、終末女帝の信奉者たちが狙っている?」



次話は8/17(水)20:00頃更新予定です。

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