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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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Ex19.「くんれんがっしゅく!(11)」


 浜辺から宿泊施設へ引き揚げると、早速、俺たちは湯場へ向かった。


 当然だが、今日は俺だけ一人男風呂だった。

 そして身体の汚れを落としてさっぱりすると、お次は夕食。

 昨日より人数の増えた食事は、増えた人数の分だけ楽しさも増した気がした。

 ゆったり夕食を終えると、後は各々自由時間となった。


 キュリエさんとセシリーさんは、これから訓練施設で稽古を行うという。

 アイラさんもやる気だったためつき合おうとしたのだが、今回、稽古相手はレイ先輩が申し出た。


「今夜は、ボクがアイラと訓練させてもらっていいかな? 実はボクも聖武祭へ向けて特訓したいところでさ。二学年部門で一番苦戦しそうな相手の剣の型が、アイラの型と近いんだよね。それにみんな訓練に来ちゃうと、学園長が手持無沙汰だろうしね。だからクロヒコは休憩がてら、学園長と少しのんびりしてきたらいいよ」


 遠回しに、マキナさんの相手をすべきだと促された。

 レイ先輩なりの気遣いなのだろう。

 言われてみれば、マキナさんを一人放っておくわけにはいかない。


 二人と別れた後、俺はマキナさんを捜した。

 レイ先輩によると、少し前に施設の外へ出て行く姿を見たとか。

 外へ出てみるが、施設の周りでは見つからなかった。

 レイ先輩調べだと、この施設に泊まる客人が夜に出歩く場所は大抵決まっているのだとか。


「ここにも見当たらないとなると、あとは……浜辺の方かな?」


 クリスタル灯の明かりの届かない夜の浜辺を目指して、俺は歩き出した。


 浜辺に到着。

 到着する頃には、もう闇に目が慣れていた。

 夜の浜辺は静かだったが人影は多い。

 柔らかな砂を踏みしめて歩きながら、マキナさんの姿を探す。


「ん?」


 誰かが、俺の背中をつついた。


「クロヒコ」

「ああ、マキナさん」


 両手を後ろにやって、マキナさんが悪戯っぽく微笑む。


「どうしたの? あなたも浜辺で、夜の散歩?」

「ええまあ、似たようなものです」

「ご一緒してもいいかしら?」

「もちろんです」


 というか、もちろんも何もあなたを探してたんですけどね。

 マキナさんが前を行き、俺は彼女の小さな背に続いた。


「ひと気は多いけど、静かね」

「……そうですね」


 今は暑期だが、今夜は穏やかな涼しい風が吹いている。

 潮風のにおい。


「なんとなく夜風を浴びたくなって出てきたんだけど、あれね、まいっちゃったわ」


 苦笑し、肩を竦めるマキナさん。


「まいった? 何にです?」


 くすっ、とマキナさんが笑う。


「この浜辺、恋人ばかりなのよ」


 さっきよりも周囲へ意識をやる。

 言われてみれば、手を繋いだり抱き合ったりしている男女が多い。

 甘い雰囲気がそこかしこに漂っているのに気づき、気恥ずかしさが込み上がってくる。

 歩く速度を落として隣に並んだマキナさんが、突然、俺の腕に組みついた。


「ま、マキナさん?」

「周りと同じなら、恥ずかしくないでしょ?」

「こ、恋人ってことですか……?」

「今だけよ、今だけ。私だって、さっきまで居心地悪かったんだから」


 退散しかけたところ、一人ぼっちで浮いている俺の姿を見つけたらしい。


「ね?」


 マキナさんがウインクする。


「いいでしょ?」

「わかりました……なら今だけ、偽りの恋人になりましょうか」


 マキナさんが、きゅっ、と組みつく腕に力を込めた。


「あら、今だけなの?」


 冗談っぽい口調。


「なら俺と、結婚でもしますか?」

「ふふ……結婚、ねぇ。このままだと貰い手もなさそうだし、そんな無責任なことを言ってると……本気にしちゃうわよ?」

「戯れはさておき、マキナさんなら相手なんてたくさんいるのでは?」


 一度腕を離してから、マキナさんが俺の手を取った。

 エスコートでもするみたいに彼女が歩き出す。


「先日、お父様から『おまえもそろそろ身を固めたらどうなんだ?』と言われたわ。くすっ……お父様ったら、やっぱり私が姉の仇を取りたがっていたと勘違いしていたのね」


 娘の願いが叶うまで結婚の話を持ち出すのは遠慮していた、って感じか。


「いつもの小言の調子じゃなかったから、そろそろ本腰を入れさせようって腹なのかもしれないわね」

「……マキナさん自身は、どうなんです?」

「まぁ、イイ人がいたら身を固めてもいいのかもだけど……」


 マキナさんが振り返って意味深な視線を送ってきた。

 それから彼女は、さっぱりした顔で息をついた。


「まだまだ学園長の仕事、忙しいからね……」


 マキナさんが星の瞬く澄んだ夜空を見上げる。


「私ね、四凶災の件が片づいたら気が抜けてしまうんじゃないかと危惧していたの。けれど、そんなことはなかった。むしろ四凶災という不安が取り除かれた今は、前より仕事に集中できている気もするの」


 潮風に流れる光沢放つ墨汁めいた髪をおさえ、彼女は海の水平線を眺めた。


「あの人も、喜んでくれているんじゃないかしら?」


 今の《あの人》とは――多分、お姉さんなのだろう。

 マキナさんの眉が八の字に変わる。


「ま、愚痴を垂れたくなるくらい面倒事が多いのは変わらないのだけれど」

「なら、今は仕事に集中するって感じですか?」

「そうねぇ……少なくとも今の一年生が卒業するくらいまでは、様子見かしらね」

「つまり、俺たちの学年が卒業するまで?」

「ええ」


 結婚、か。


「ただ……ルノウスフィア家の名と切り離されたマキナ・ルノウスフィアと結ばれたい相手なんてルノウスレッドにどれだけいるのかしらね?」

「マキナさんは、魅力的な女性だと思いますけど」

「ふふ、ありがと。でも貴族の殿方の大半は私みたいな発育不足の小娘よりも、ノイズ・ディースみたいなのが好みよ」

「た、喩えの対象が悪すぎません?」

「くすっ、そうかしら?」

「でも、俺だったら――」


 少しだけ汗ばんだマキナさんの手のひらの温もりを感じながら、俺は言った。


「ノイズより、絶対にマキナさんを選びますよ」

「……ぅ〜……」

「マキナさん?」

「あなたって、やっぱり天然よね」

「鈍感の次は、て、天然ですか……なら自画自賛しますけど、敵と戦う時はけっこう鋭く観察してるんですよ?」


 しているつもり、かつ、自称、ではあるが。


「ふふっ……ま、どっちでもいいわ。それに……そんなあなただから、私はあなたを選んだのだろうし」


 四凶災を消し去る相手として、俺は選ばれた。

 彼女からの信頼の言葉は素直に嬉しかった。


「マキナさんには、返しきれないほどの恩がありますから。あなたが異世界から来たっていう俺の話を信じてくれなかったら今頃、俺はどうなっていたか……俺、マキナさんと会えて本当によかったです」


 今となっては、禁呪王が無理をしてどうにかした可能性も考えられる。

 どうあれ俺は禁呪使いになっていたのかもしれない。

 だけど――マキナさんと出会えたから、今のこの生活がある。


「だから……そーゆうところが、鈍感だって言われるのよ」

「え?」

「ふふ……ほんと、仕方のない人ね」


 マキナさんが手を離し、俺の正面に立った。


「だけど――」


 彼女の背後には、海。

 月明かりが、海面と彼女の背を照らす。


「わたしも、あなたに出会えてよかった。心から、そう思います」


 自然と、頭に感想が湧き出てきた。

 さっきは自分は貴族の男たちの好みのタイプでないと、言っていたけど――


 この笑顔を見せられたらきっと、どんな男だって惹かれてしまうと思う。





 宿泊施設へ戻った俺は、マキナさんと別れて自分の部屋を目指した。

 戻る途中、マキナさんと今後のことについて話した――主に、ヒビガミとの決着を見据えた今後のことを。

 戦闘能力を底上げする訓練も大事だが、やはり他の禁呪を集めるのが必要となる。

 二人とも、同じ見解だった。

 あの男――ヒビガミはまだ、底を見せていない。

 四凶災の中では序列が最下位だったとはいえ、あの四凶災をまるで寄せつけず勝利したとジークから聞いた。

 ノイズ戦後には七罪終牙を瞬殺した。

 俺の見立てでは、七罪終牙は決して見かけ倒しではなかった。

 だけど――


 ヒビガミや第6院の人間たちが、圧倒的すぎた。


 第6院の強さの頂点に立つと言われる最強の男。

 その最強の男を倒さなければ俺の大切な人たちが危機にさらされる。

 負けるわけには、いかない。

 廊下の角を曲がる。

 負けるわけにいかないと言えば、聖武祭もだ。

 俺は出場しないが、アイラさんを決勝まで送り出す役目がある。

 …………。

 アイラさんは本当に優しい人だ。

 温かい心の持ち主は、等しく幸せになるべきだ。

 自分が冷酷になってでも、俺は温かい心を持った大切な人たちの幸せを守りたいと思う。

 そしてできるなら、その望みも叶えてあげたい。


 ガチャッ。


 だから――


「…………」


 だか、ら……


「あっ――」



 ドアを開けると、着替え中のアイラさんがいた。



 アイラさんは俺の方を見たまま、一時停止したみたいに固まっている。

 八割くらい下着姿と呼べる状態。

 アイラさんの身体が、ピクッと動いた。

 ……しまった。

 考え事をしていたせいで、注意が疎かになっていた……。


「す、すみません……っ!」


 瞬時に、ドアを閉める。

 アイラさんが何か言いかけていた気がするが、もうハイスピードクローズするしか頭になかった。

 息を深く吐き出す。


「もう、稽古から戻ってたのか……まいった……いきなり、やらかしてしまった……」


 女子と一夜を同じ部屋で過ごすのだからより紳士的にならねばと意識していたのに、しょっぱなから覗き魔確定とは。

 どうしよう。

 今から部屋に戻るのは気まずすぎる。

 仕方ない。

 施設内の長椅子あたりで一夜を過ごすか……。

 カチャッ。

 ドアが開いた。


「クロヒコ?」

「あ、アイラさん……」


 恥じらいのためか彼女の頬は上気していたが、拒否感はなかった。

 今は、寝間着姿になっている。


「あはは、訓練の方はそこそこ早く切り上げてさ? で、レイに学園長を探しに行ったって聞いてたから、戻って来るのはもう少し後かなと思ってて」

「すみません、いるかどうかの確認もせず……その、着替えている最中に」


 考え事をしていたとはいえ、どうして俺は確認しなかったんだろうか。

 …………。

 駄目だ、認めよう。

 俺は、鈍い――鈍感なんだ。


「あははっ、いいっていって! 鍵をかけておかなかったアタシも悪いんだしっ」

「ですが……」


 アイラさんが視線を逸らす。


「それに……クロヒコだったら、見られても嫌じゃないよ?」

「え?」

「ほらっ、入ろっ!?」


 腕を掴まれて部屋へ引きずり込まれる。


「わっ! わわっ!?」


 急に引きずり込まれたせいでバランスを崩し、アイラさんの身体に、そのまま抱き着く形になってしまう。


「わっ、く、クロヒコ――」


 ふにゅ。


「か、重ね重ね――すみませんっ!」


 慌てて離れ、謝罪する。

 …………。

 寝間着が薄い生地だっただけに、感触が生々しかった。


「もぅ……ふふ……しょうがないなぁ、アタシのお師匠様は……」


 困惑気味だったが、寛大な心で許してもらえた。


「で、でも……平手打ちの一発や二発は、覚悟しています」

「あはは、クロヒコは真摯で真面目だよねっ。けど、そんなクロヒコがアタシは好きだよ?」

「は、はぁ……」

「あ、そうだ。じゃあ謝ってもらう代わりに、一つ頼みごとしていいかな?」

「な、なんなりと! 死ねと言われれば、妥協して半死くらいなら――」

「大げさすぎるし、何より変に具体性があってなんか怖いよ!? そもそもアタシ、そんなお願い絶対しないよ!?」


 珍しく、アイラさんがツッコミをみせた。


「え? あ……じょ、冗談ですよ! えっと、せいぜい指の一、にほ――」

「え?」

「――とかでもなく、最高でも……ええっと、土下座くらいですかね?」

「あはは、だよね?」


 ばふっ、とアイラさんは万歳しながらベッドに寝そべる。


「もぅ、クロヒコってばたまに冗談が冗談に聞こえないんだよね! ちょっと、びっくりしちゃった」


 まんざら、冗談でもなかったのだが。


「それで、頼みごととは?」

「あ、うん。明日の朝、稽古につき合ってくれないかな?」

「え? そんなことでいいんですか?」

「駄目かな?」

「も、もちろんいいですよっ」

「ふふ、ありがとっ」


 熱心だなぁ……。

 天井を眺めながら、アイラさんが火照った熱を逃がすみたいな吐息を漏らした。


「ふぅ……やっぱりクロヒコといると退屈しないっていうか、新鮮だな。変な言い方なんだけど、クロヒコってアタシの知ってる世界の人じゃないみたい。東国の人とも、なんか違うっていうか」

「…………」


 鋭い。


「だからかな? クロヒコと一緒にいるとアタシ、たくさん新鮮な経験ができてる気がする」

「俺もアイラさんと一緒にいるのは楽しいですよ」

「そ、そう? けどアタシって野暮ったいから、キュリエやセシリーみたいに華やかでもないし、二人の会長みたいに威厳もないし、レイみたいにお喋りも得意じゃないし、学園長みたいに気品に満ちてるわけでもないし……」


 …………。

 気品に、満ちている?

 今の発言に疑念を覚えたのは、俺の頭の中の大半を占めているのがグチグチ愚痴を垂れ流すマキナさんと、たまに乙女ちっくになるマキナさんだからか。

 ま、まあ上品な部分もあるけど……。

 は、ともかく――


「アイラさんには、アイラさんのいいところがあるんですよ。それに……俺はアイラさんだったから、稽古相手の役を引き受けたんです」

「……クロヒコ」

「今回の訓練合宿、いい息抜きになりました?」

「うん。喩えるなら、風通りが悪かったところの風通りがよくなったって感じかな?」

「よかったです」

「ねぇ……クロヒコは……クロヒコは、もし……アタシが……」

「……アイラさん?」

「……すぅ……すぅ……」


 疲れが睡眠を誘ったのだろう。

 アイラさんは、静かな寝息を立てていた。

 そっと、薄手の毛布をかけてあげる。

 お腹が出ていたので、肌に触れないよう服を直す。

 足音に気をつけながら、クリスタル灯の光を一番弱くする。


 そういえば、彼女は何を言おうとしたのだろうか?

 でも、今は眠らせてあげよう。

 俺は目覚まし機能のついた置き時計をセットし、小声で言った。


「おやすみなさい、アイラさん」





 翌朝、予定通り俺はアイラさんと朝稽古をした。

 疲れは残っていないようだった。

 仕上がりも上々。

 二人で稽古を始める前とは、別人めいてきた。

 ちなみに、眠りに落ちる直前に出かけていた言葉の件は覚えていないらしかった。


 朝稽古後は、出立用に着替えを終えたみんなと食堂で朝食をとった。

 キュリエさんとセシリーさん、マキナさんの三人は起きてから朝の湯浴みに行ってきたらしい。

 賑やかで楽しい食事だったが、やっぱり今日も周囲の目を集めていた。

 あれはうるさかったというより、セシリーさんたちの華やかさの持つ引力みたいなものなのだろう。

 どこにあっても、宝石は輝いてしまうのだ。


 食事を終えた俺たちは支度を整え、玄関先に集合した。


「ん〜っ! ミアのおかげで、久しぶりに羽を伸ばせたわ」


 晴れやかな顔でマキナさんが腕を伸ばす。


「王都に戻ったら、ミアには改めて礼を言わないといけないわね」


 マキナさんにもこの旅行を満喫してもらえてよかった。


「今回は誘ってくれてありがとう、クロヒコ」

「あ、いえ」


 混じり気のない笑顔をされると、普通に照れてしまう。

 身内じみたやり取りが多いせいか意識が薄れがちだけど、彼女も相当な美少女なのだ。

 とびきりの笑顔で微笑みかけられると、やはりどきっとさせられる。

 もしあれで凹凸激しいスタイル抜群の身体つきをしていたら、社交界では物凄い競争率だったんだろうと思う。

 まあ、俺は今のマキナさんでも十分だと思うのだが……。





 マキナさん、アイラさん、レイ先輩は、来る時に乗ってきた馬車で俺たちより先にイオワ養地を発った。

 そして少ししてから、バントンさんがやってきた。


 しばらくすると馬車の用意ができて、俺たちは荷物を運び込み始める。


「ではバントン、これもお願いします」


 セシリーさんが荷物をバントンさんに渡す。


「はい、お嬢様。それで……いかがでしたか? 今回は、よい旅になりましたか?」

「ええ、とてもよい旅になりましたよ。ふふっ……やっぱり一緒に旅をする相手で、内容はすっかり変わるものですね。少なくともアークライト一族で来ても、こうはなりませんから」


 バントンさんが苦笑いする。


「ほっほっほっ……ひょっとして二年前の、バディアス様、ソシエ様、ディアレス様、ガイデン様とご一緒した例の遊興……あれを今も引きずっておいでで?」


 セシリーさんの顔から感情が消失。


「あれは……あれですね……ひどい旅でしたね……はは……」


 何があったんだろう……。

 いや、まあ想像がつく気もする。


 お父さんは面識がないけど、母親のソシエさんは妙な路線で娘に過干渉だし、兄であるディアレスさんは、ソギュート団長への接し方を見る限り喰わせ者っぽい。

 そして祖父のガイデンさんは、目に入れても痛くないほどセシリーさんを溺愛している。

 しかもガイデンさん、普段はディアレスさんとの噛みあわせが悪いのだとか。

 その中で、お父さんはすごく頑固で厳格な人だと聞くし……。

 少なくとも、和気藹々とした旅は想像できない。


「遊興目的の遠出の旅など、私は初めてだったからな」


 キュリエさんが荷物を客車に運び入れながら言った。


「こういう遠出も、シーラス浴場とはまた違った風情があっていいな。また今度、同じ面子で来たいものだ」

「……ですね」


 できるなら来年も、そのまた次の年も。

 あの男を倒し、毎年来られたら最高だ。


 俺たちが馬車に乗り込むと、いよいよ馬車はイオワ養地を離れた。





「もうイオワも見えなくなりましたね。少し、名残惜しい気もします」


 セシリーさんが、客車の窓に寄り掛かりながら言った。


「また来年も来たいですね」

「そういえばあなたには聞いていませんでしたが、クロヒコも今回の旅は楽しめましたか?」

「初日の記憶が半分しかないのはアレですけど……でも、楽しかったです。来てよかったですよ、本当に」


 便宜を図ってくれたドリストス会長にも、改めて戻ったらお礼を言わないとな。

 によ〜、とセシリーさんの口が綻ぶ。


「ですが……今回の旅でも結局、あなたは鈍感なままでしたねー?」

「ええ――俺は、鈍感です」

「んもぅ、だからあなたは、そういうところが――えっ!?」


 こくこく頷いていたセシリーさんが、がばっと反応。


 ごつっ!


「ぁ――ったぁっ!」


 馬車の揺れと勢いで、セシリーさんが頭を窓にぶつけた。


「だ、大丈夫かセシリー……?」

「〜〜〜〜っ!」


 セシリーさんが涙目になり、頭を抱え込む。


「セシリーさん? だ、大丈夫ですか?」

「ぇえ……だい、じょぶ、です……うぅ……でも、コブになりそう……」


 駆け寄ったキュリエさんが、状態を確認する。

 とりあえず、大事はなさそうだけど……。

 それにしても、である。


「…………」


 昨夜のアイラさんとの一件で、俺は認めざるを得なくなった。

 俺は決意を固め、切り出す。


「俺、やっぱり鈍いみたいなんで……これからは、積極的にお願いできたら嬉しいです」

「へ?」


 考え事とかをしてると、俺は察知能力が鈍くなるみたいだ。

 油断すると、思考の渦にのまれがちになってしまう性格らしい。

 だから、できるだけ気をつけはするけど……俺が鈍くなっている時は、セシリーさんたちが積極的に俺を我に返してくれるとありがたい。


「当然、俺も気をつけはしますけど……鈍ってると感じた時は、お願いします」

「な、なかなか……大胆な宣言、ですね……」

「実は……昨夜、さすがに俺も認めざるを得ない出来事がありまして」


 キュリエさんとセシリーさんが顔を見合わせ、再び、俺の方へきょとんとした顔を向ける。


「昨夜の出来事って……アイラと一緒の部屋で、ってことですか?」

「ええ、そうです」

「な、何があったか……聞かせてもらっても?」


 察知能力が鈍っていたせいで着替えを覗いてしまったなんて恥ずかしくて言えるわけがない。


「……い、言えません」

「なっ――く、クロヒコっ!?」

「わっ!? いきなりどうしたんですか、セシリーさん!?」

「詳しく」

「は?」

「昨夜の件、詳しく話してもらいます。最後の最後で、爆裂術式級を持ってきましたね?」

「えぇ!?」

「おまえ、まさか……?」

「キュリエさんまで、そんな冷めた目で……!?」


 二人がほぼ同時に、詰め寄ってきた。


「クロヒコっ!?」


 結局その誤解が解けたのは、俺が初日に記憶を失ったあたりの場所まで来た頃だった。





 今回の旅の最後に、わかったこと。




 女の子の想像力って、すごいなと思いました。





 長かったイオワ養地編、おつき合いくださりありがとうございました。

 イオワ養地編、楽しんでいただけましたでしょうか?

 とりあえず「Ex」はあと短めのが一つの予定です(この長さの「Ex」は「えくすとらっ!」ではもう予定していません)。


 次話からは、本筋に戻ります。


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