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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第18話「決意」

「あの、どうされましたか?」

「へ?」


 眼前に――美の女神が降臨!?


「うわぁ!」


 思わず俺は尻餅をついてしまう。

 だって気づいたら、真ん前にセシリー様のご尊顔があるんですもの!


 そりゃびっくりするよ!


 ていうか、マジに心臓が止まってでもいたのか、どうやら意識がトんでいたらしい。

 美しすぎる少女に見つめられたせいで昇天とか、そんな死因恥ずかしすぎる。


「ふふ、大丈夫ですか?」


 腰を屈め手を差し出してくるセシリーさん。

 さっきまでの凍りつくような空気は、すでに彼女からは消え失せていた。


「…………」


 俺は差しのべられた手を眺める。

 え?

 ていうか、触っていいの?

 お触りアリなの?

 …………。

 握る。

 俺は、握る。

 俺は、セシリーさんの手を、握る――!


「どど、ども……」


 決意とは裏腹なへなった声を出しながら、俺は女神さまの手を握った。

 きゅっ。


「――――」


 なんだ、これは。

 人間の手なのか。

 すべすべ。

 しっとり。

 きめ細か。

 その長い指を持つ白い手には、あらゆる要素が集約されていた。

 つーか、


 マジに、なんなんだこれは!?

 もし美女の手フェチなんざいようもんなら、即ターゲットじゃんか!


「うぉ」


 くいっ、とセシリーさんに引き寄せられ、俺は腰を浮かせ立ち上がる。

 と、セシリーさんが俺の手を取ったまま、ミアさんを見た。


「あなたも、大丈夫でしたか?」

「あ――」


 ぽわんとしていたミアさんが、はっとなる。


「た、助けていただき、本当にありがとうございました、セシリー様! な、なんとお礼を申したらよいか……!」


 深々と頭を下げるミアさん。

 セシリーさんは困ったように微笑んだ。


「礼など必要ありませんよ。わたしが勝手にしたことですし……それに――」


 意味深な笑みを俺へ向けるセシリーさん。


「彼は何か、切り札を持っているようにも見えました。ひょっとするとわたしがしたことは、余計なお世話だったのかもしれません」

「え?」


 ミアさんが目をぱちくりとさせる。

 と、


「あの、セシリーさん!?」


 セシリーさんが、まるで値踏みするように、俺の手を検めはじめた。

 うぉ。

 ぞくぞく、とする。

 何をしてるのかわからないけど、すごい快感が俺の中を駆け巡る。

 ぶっちゃけ、ずっとこうしていたい……。

 …………。

 一時間、五万までなら出す!

 おれの前の世界にある貯金、全財産だ!


「武器を手に戦う男性の手には見えませんが……」


 あ、そういうことですか。

 案外さっき手を差し伸べたのも、それを確かめるため……とか?

 …………。

 まあ、彼女の生の手に触れることができただけで幸せなんで、どうでもいいです!


「となるとあなたは……術式の使い手、でしょうか?」

「い、いえ、とんでもないです……! 俺、武器で戦うどころか、術式ってのすら知らない田舎者ですから……だからその、ほんと助かりました。あなたがいなかったら、どうなっていたことか」


 セシリーさんが、そっと手を解いた。


「ふふ、まあ……そういうことにしておきましょうか」

「え、えーっと……」

「セシリー様! 終わったのなら行きますよ!」


 馬車の傍からジークさんが呼びかけた。

 その隣にはジークさんを引きずっていった亜人種の少女が立っている……ヒルギスさんだっけか?


「はいはい」


 ガミガミと怒るジークさんに苦笑で応えるセシリーさん。


「では、わたしはこれで失礼します。ああ、一応あの悪漢たちのことは衛兵に伝えておきますよ。ただ、捕まえて罪に問えるかというと、いささか難しいかもしれませんが。それと――」


 セシリーさんが俺の肩に手を乗せた。


「あの大男と相対するあなたからは、自分を犠牲にしてでもお連れの少女を守ろうという気概が感じられました。とても立派なことです。そういう気持ちは、どうか大切になさってください」


 こうして、セシリーさんたちは去って行った。


 夢の一時が去った後のような、そんな気分になる。

 ああ、しかしあのような超がつくほどの美少女に手を触ってもらった上、肩に手まで置いてもらえるとは……。

 この身体の残る感触……大事にしよう……。

 …………。

 おそらく俺は今、人生で最高に気持ち悪くなっている。


          *


 セシリーさんたちの乗った馬車が見えなくなった後、俺とミアさんは酒場の中へ戻った。

 何かに気づいたミアさんが、店内に戻りたいと言ったのだ。

 そういえば料理の支払いがまだだったなと思ったのだが、ミアさんが気がかりだったのは、どうやら大男を止めるために割って入ったおじさんのことだったらしい。

 おじさんは店内でひとり、うなだれていた。

 何度も感謝と労りの言葉を述べるミアさんに、おじさんは、


「はは……けど、力もないのに出しゃばって、結果、とても情けないところを見せてしまったなぁ」


 などと、照れくさそうに言った。

 が、ミアさんは、


「そんなことありません! あなたはとても勇気ある方ですし、わたくしは、心より感謝しております! あの、よければこれを――」


 と言って、マキナさんから渡されたのとは違う――多分ミアさん自身のものだろう――お金の入った袋を懐から取り出し、渡そうとした。

 でも、おじさんは、


「そんなものはいらないよ」


 と断った。


「ですが……」

「あんた、亜人種だろ?」

「……はい」

「ならお礼の代わりに、一ついいかな?」

「は、はい……」

「あんたがどれくらい王都に住んでいるのかはわからないけど、王都に住むすべての人間が、あの男のような偏見を亜人種に対して持ってるわけじゃないんだ。それを、あんたにわかってほしい。確かに偏見を持ってる人間も多いけど、亜人種と仲良くやろうって連中も、この王都にはたくさんいるんだよ」


 おじさんの言葉に感激したらしく、ミアさんは涙ぐんで「はいっ、はいっ」と何度も頷いていた。

 いい話だなぁ……ぐずっ。

 おじさんもいい人だし……。

 俺、ちょっともらい泣きしちゃったよ。


 さらに酒場の店主が食事の代金はいらないと言ってくれた。

 あの大男が痛い目にあったのを見てスカッとしたのが、その理由らしい。


 それ以外は、あの一幕を目にした客たちによるセシリー・アークライト様礼賛祭りだった。

 ま、あの人だったら、どんな美辞麗句を並べても、並べすぎってことはないだろう。

 さすがの俺も、認めざるをえない。

 ……俺が認めても、なんの効力もないだろうけど。

 ていうか何様だ、俺は。


          *


 俺とミアさんは学園へ続く坂を二人、並んで歩いていた。


 酒場を出たからここまでは、大変でしたねー、そうですねー、もうまっくらですねー、ですねー、セシリーさんすごいですねー、ですよねー、とか、当たり障りのないことを話して来た。

 しかし、坂も終わりに近づいてきたところで不意に、


「あの……助けてくださってありがとうございました、クロヒコ様」


 とミアさんが言った。


「へ?」


 等間隔に並ぶクリスタル灯(という名称らしい)の淡い光に照らされたミアさんの頬は、よく見ると微かに上気していた。


「助けたって……俺、何もできなかったですけど……」

「そんなことありません。クロヒコ様は、ずっとわたくしの身の安全を考えて行動してくださっていました」

「いやぁ、でも、結果的にはセシリーさんが解決してくれたわけですし、何もしてないのと一緒ですよ」


 もっと早く決断してれば違ったんだろうけど。

 そこは反省点だ。

 俺の決断が遅れたせいで、ああいう流れになってしまった。

 次に何かあったら、俺は迷わない。


「……わたし、嬉しかったんです」

「え?」

「クロヒコ様、あの悪い人が亜人種のことをひどく言った時、怒ってくださったじゃないですか?」

「ああ……あれはその、ついカッとなってしまって」

「それが、とっても嬉しかったんです」

「でも、助けようとしてくれたおじさんなんかもいたわけだし……その……亜人種の人たちって、そんなに偏見を持たれてるって風には見えないんですけど」


 ミアさんが寂しそうに笑う。


「あの酒場で、注文を取りに来た女性がいましたよね?」

「えーっと、はい、いましたね」


 俺はその時の情景を思い出す。

 …………。

 あ。

 そういえばあの給仕さん――


 まったくミアさんの方を、見ようとしなかった。


 ミアさんが注文を口にしてる時ですら、一度だけ、ちらりと冷淡に見ただけだった。

 給仕さんはずっと『俺の方』を見て、ニコニコしていた。

 あの時は大男たちの一団が気になっていたから、そこまで気が回らなかったけど……。

 でも確かに、あの態度は。

 そう。

 まるで、ミアさんがその場に存在しないかのような、そんな感じで――。


「なるほど……」

「はい……亜人種に偏見を持っている方は、このルノウスレッドにもやはりおります……先ほどの男性は、あのように言ってくださいましたが……」


 街道や服屋、屋台なんかでもチラチラと視線を感じてはいたが、それはミアさんのメイド服や、彼女のかわいさが原因なのだと思っていた……あと、胸とか。

 けど、違ったのか?


「ミアさん、こんなにかわいいのに」

「え?」


 あ。

 つい口から出てしまった。

 いや、しかしここは、


「そう! かわいいんですよ、ミアさんは!」


 俺はごまかさず、押し通すことにした。


「え……えぇ!? わたくしが、か、かわいいですか!?」

「耳も尻尾も、むしろチャーミングですよ!」

「そ、そんな……! も、もったいないお言葉で……あぅ……亜人種の特徴的な耳と尻尾は、むしろ気味悪がられることの方が多くてですね……ですから、あの……」


 顔を真っ赤にしたまま俯いてしまうミアさん。

 それから蚊の鳴くような声で、


「あ、ありがとう、ございます……」


 と呟いた。

 …………。

 うーん、かわいいなぁ。

 はぁ。

 前の世界の女の子も、みんなこんな風だったらなぁ……。

 あ、そもそも前の世界じゃ、女の子と関わる機会なんかほとんどなかったっけ……。


「…………」


 しかしどうだ。

 こっちの世界に来てからの、この俺の社交性は。

 やっぱ若返りの力なのか?


 ……ま、しがらみがなくなったってのもでかいんだろうな。

 あるいは俺、異世界に来たことで、過去の失敗をリセットしたつもりになってるのかもしれない。

 この世界じゃ、前の世界での俺を知ってるやつなんていないし。


「…………」


 うん。

 いいじゃんか、リセット。

 いや、むしろリセットすべきだ。

 ここはもう前の世界とは違う世界なんだ。

 前の世界の俺をリセットして新たな人生をはじめることに、なんの問題がある?

 よし。

 決めた。

 はい、今決めました。

 やりたいこと、決めました。


 ――成り上がる。


 成り上がり。

 それは男の夢。

 ロマン。


 だが、前の世界は、俺にとって灰色の世界だった。

 だから、成り上がりたいと思うことすらなかった。

 こんな灰色の世界で成り上がって、なんになる?

 ワクワクしなかった。

 ドキドキしなかった。

 ただ、ぼんやりと生きていた。

 いつも気持ちを昂ぶらせてくれるのは『ここではないどこか』を描いた作品たちだった。


 しかしこの世界に来てからというもの、俺の感情は爆発しっぱなしだった。


 ワクワクして、ドキドキしていた。

 だから、この世界でなら、きっと――。


 やる。


 俺は、やる。


 ここで――この世界で、俺は成り上がってやる!


 やってやる……やってやるぞ!


「クロヒコ様……わたくしにできることでしたら、なんでもおっしゃってくださいね……わたくし、クロヒコ様のためでしたら――」

「ミアさん、俺、やります!」

「え?」


 がっ、と俺はミアさんの両肩を掴んだ。


「決めたんです、やるって!」

「さ、されるのでございますか?」

「はい、やります!」

「……今夜でございますか」

「何言ってんですか、今からですよ!」

「い、今から――」

「やるんです! ここで!」


 ここで……この世界で!


「こ、ここで……」

「はい!」


 ミアさんが唾をのみ込み、辺りを見渡す。


「ひ、人影はないようですが……」

「もう他人の目なんて気にしない……極力!」

「そ、そうでございますか……わ、わかりました……」


 え?

 み、ミアさん?


「な、なんでいきなり服を脱ごうとしてるんですか!?」

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