Ex17.「くんれんがっしゅく!(9)」
二日目組の到着後、ぐずついていた天気は一転して快晴へ向かった。
降り注ぐ太陽の光が湿った砂浜をジリジリと乾かしていく。
浜辺に出てくる人の数も増え始めた。
まだ女子組は誰も姿を見せていない。
準備に時間がかかっているのだろうか。
抱えてきたござに似た敷き布をバッと広げる。
砂が付着しない、水を弾く素材でできているのだとか。
「この術式機を使った箱もクーラーボックスと変わらないんだよな」
マキナさんが持ってきてくれた冷や箱。
定期的に聖素を送りこめば中のものを冷やしてくれるのだから、下手をすればクーラーボックスより優秀かもしれない。
とはいえ公爵家クラスでなければ入手できない貴重かつ高価な代物らしいが。
「クロヒコ〜、お待たせ〜!」
お、アイラさんだ。
「もうちょっとしたらレイも来るよ! あれ? キュリエたちはまだ?」
「そ、そうみたいですね」
アイラさんは深い赤の水遊着――いわゆるビキニ姿だった。
髪はショートツインテール。
健康的な印象の人だけど、水遊着姿はその健康さがより際立っている。
「あはは! もしかして照れてる?」
「そうかもしれません……」
「でも、シーラス浴場で同じくらい肌は見せてるよ?」
「んー……水遊着姿には、また違った魅力がありますね」
「ふふっ、アタシのこの姿を見て照れてるとか言われると、嬉しくなっちゃうじゃないかい! くのくの〜!」
くいくい〜と肘でわき腹を押される。
ここまで近づかれると、位置的にちょうど胸の谷間を見下ろすアングルに……。
「た、体調の方はもういいんですよね?」
「うん! この通り、ばっちりだよ!」
飛んだり跳ねたりして復調ぶりをアピールするアイラさん。
「よかった。俺の稽古が厳しすぎたら遠慮なく言ってくださいよ?」
アイラさんが苦笑。
「ううん、アタシが個人訓練をやりすぎたのが原因だからクロヒコは悪くないよ。身体を休めるのも大事だって忠告してくれたのに、それを守らなかったアタシが悪いんだから」
「何事も無茶は禁物ってことですね」
「うん! つまり……無茶してばっかりのクロヒコを手本にしたら駄目だってことだねっ?」
「はい、その通りです」
自然、二人で笑い合う。
アイラさんと会話していると気分が明るくなる。
元気を分けてもらっている感じだ。
「うーん……その調子だと、ボクの到着は遅かった方がよかったかな?」
「あ、レイ先輩」
「遠くから見ると恋人同士みたいだったよ? お熱いねぇ」
レイ先輩は――なかなか大胆なビキニだった。
アイラさんより布面積が心もとない。
「いやぁ、ほら、ボクは露出度で存在感を出さないと見劣りしすぎるからさ!」
「そんなことはないと思いますけど」
「あはは、クロヒコならそう言ってくれるだろうと予想はしてたけど! 仕方ないなぁ! じゃあ、おねえさんがおっぱいを触らせてあげよう」
「なんでそうなるんですか……」
「じゃあ、おねえさんの方から押し当てていこう」
ふにふに。
「なんでそうなるんですか!」
「あ、アタシも押し当てた方がいいのかな?」
アイラさんが恥ずかしそうにモジモジしていた。
「そうだね、クロヒコならきっと喜ぶと思うよ?」
アイラさんが俺に近寄ろうとする。
俺は、セシリーさんから学んだ威圧スマイルを行使した。
「……レイ先輩?」
「うぉっ!? わわ、わかってるよ! 軽い冗談じゃないか! もう、クロヒコは冗談が通じないんだから!」
まったく……アイラさんが俺以上に冗談が通じないのを一番よく知ってるのは、レイ先輩だろうに。
「だ、か、らぁぁああああ〜っ!」
おや?
この声は……セシリーさん?
「ほら、キュ〜リ〜エっ! 出てきなさぁぁああああい!」
見れば、物陰から何かを引っ張り出そうと踏ん張っているセシリーさんがいた。
「なんて力だ! なんでこの力をヒビガミと戦った時に出さなかったんだ!」
草むらの向こう側から、キュリエさんの声。
「話を逸らさないでください! も〜、一体何が嫌なんです!?」
「も、もうこの王都に用はない!」
「ここ、イオワ養地ですから!」
「だ、誰か助けてくれーっ!」
ふぐぐぐ、とまるで大根でも引っこ抜こうとしているみたいにセシリーさんが踏ん張っている。
「というか――なに、シーラス浴場の時と、同じ流れを、やってるん、ですかっ!?」
ちなみにセシリーさんの水遊着は、ベースがワンピースの白い水遊着だった。
ちりばめられたフリルが可憐で、腰回りがスカートみたいになっている。
何気に胸元の刺繍のクオリティが凄かった。
胸元もけっこう強調されている。
目で見てもわかる肌の滑らかさとミルクめいた驚きの白さは、今日も絶好調。
ほっそりとしてはいるが適度に肉付きもよい肢体。
やはり非の打ちどころがない。
いつもは後ろで一つに結っている金髪を、今日はほどいている。
艶やかな金髪が陽光に照らされ、それこそ宝石がごとく輝いていた。
が、表情は輝いていなかった。
「どうしてあなたはいっつもこうなんですか!?」
「どうしておまえはいっつもこうなんだ!?」
「ほら、観念して出てきなさい!」
「嫌だ! い、イオワ養地編はもうおしまいだっ! 今回のはきっとノイズみたいな三流劇作家が書いた、糞脚本なんだーっ!」
「何わけわかんないこと言ってるんですか! いい加減出てこないと本当に怒りますよ!? ていうかこの流れ、また私が微妙な感じになる流れじゃないですか! せっかく可愛い水遊着姿で、涼しげに登場したかったのに〜!」
こ、今回もキュリエさんが土壇場で人前へ出るのを嫌がっているのか。
そして懸念通りセシリーさんは登場が微妙な具合になってしまい、見事プラマイゼロ感を漂わせていた。
「はっ! そうだ! リヴェルゲイトを持ってきて、術式魔装を展開すればいいんじゃないか!? するとこの水遊着も隠れる! なぜ私は今までそれに気づかなかったんだ! 天才だ!」
「はいはい、天才ですねー……ねー……ほんと、天才……えぇ、天才ですね……ふふ……天才すぎますねー……ねー……?」
「うっ」
「あら、どうしました? リヴェルゲイトを取りに戻るのでしょ?」
「お、おまえがたまに発揮するその異様な威圧感は一体なんなんだ……?」
「はぁ……あのですね、別に裸になれって言ってるわけじゃないんですから」
「だがこんなの、下着同然――」
「ぐだぐだ、言わないっ」
どげしっ。
「わっ……わわっ!?」
転びそうになりながら、髪を後ろで一つにまとめたキュリエさんが飛び出してきた。
「あ」
ひと言で言うと、キュリエさんの水遊着は黒ビキニだった。
出るところは出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。
そんな完璧に近いプロポーションを持つ人なので、今の姿だとその抜群さが際立つ。
金色の刺繍が施してあった。
セシリーさんと同じくフリルもあしらってある。
デザインのせいか、言われてみれば水着より下着に近い気もする。
……いや、紛れもなく水遊着ではあるのだろうけど。
「み、見るな! 見ては駄目だ!」
胸と股間を手で隠すキュリエさん。
しかしその隠し方だと、ここからだと逆に裸っぽく見えてしまってまずい気もするんですが……。
「これは違うんだ、クロヒコ!」
……何が違うんだろうか。
「に、似合ってますよ?」
「そういう問題ではない!」
「上着、持ってきましょうか?」
「…………」
「そんなに嫌なら、無理して着る必要はないと思いますし」
「……おまえは、私がこういう格好をすると嬉しいのか?」
「嬉しいというか、可愛いなとは思いますけど……」
「……そうか」
ふぅ、と息を吐き、キュリエさんが身体を隠すのをやめる。
「ま、まあ毎日着るわけでもないしな。それにいざこうして浜辺に来てみれば、皆同じような格好をしているし。すまない……少し、過剰反応してしまったようだ」
「慣れてないと恥ずかしいものかもしれませんね」
「ふぅ、さすがはクロヒコですね」
セシリーさんが苦笑しながら近づいてきた。
「セシリーさんの水遊着もいい感じですね」
「ん? どんな感じにいいんでしょうか?」
「そりゃもう、見事にあざとい感じが――」
「おい」
「――しつつも、清純っぽい感じが」
「…………」
「…………」
「わかってやってるでしょ?」
「はい」
「とりゃ」
「いて」
ぴしっ、と定番のデコピンをされた。
「もう、最近のクロヒコには可愛げがありませんよ!?」
怒っているような言葉が飛び出したけど、嬉しそうでもあった。
「あなたたち、ほんと仲がいいわよね」
おや?
「マキナさん」
いつの間にか、水遊着姿のマキナさんが立っていた。
「水遊着なんて久しぶりだわ。特注で新調したのだけど……どうかしら?」
ゴスロリっぽさをベースにした、ワンピース型の水遊着。
子供っぽくならないよう苦慮したのだろうな、という印象だ。
「あれですね――」
語彙力のなさを実感しつつ、俺は言った。
「今日は《似合ってますよ》の大安売りですね」
とりあえず、これで全員集まった。
皆、準備運動を始める。
このあたりはどこの世界も同じらしい。
レイ先輩はのんびりしたいらしく、準備運動をさっさと済ませると、施設側から借りた展開式の長椅子を広げ始めた。
立て日よけ――いわゆるビーチパラソルも借りてきたようだ。
しかし、ビーチパラソルがあるのに、雨用の傘が普及していないのは少し不思議である。
「あ、キュリエ、そっちの立て日よけを広げて設置してくれるかな?」
「うむ」
レイ先輩から、棒状に閉じてある立て日よけを渡されるキュリエさん。
「…………」
ふと、キュリエさんが立て日よけを槍みたいに構えた。
視線の先には、背を向けて浜辺を眺めているセシリーさん。
なんだ?
「黒金牙っ」
ぷにゅっ!
「ひゃぁぁっ!? な、何をするんですかキュリエ!?」
なんとキュリエさんが、立て日よけの先でセシリーさんのお尻の肉を突いた。
「いつ何時でも奇襲があることを忘れるな……そう教えたはずだ」
「……キュリエ、完っ全に遊んでますね?」
今の《黒金牙》って、七罪終牙の一人が使ってたヒビガミにへし折られた棒状の武器の名前か……。
「そっちがその気なら――喰らいなさい、ミストルティン! えいっ、えいっ!」
セシリーさんが砂をキュリエさんの顔にぶっかけた。
「おぶっ!? けほっ、こほっ……ぺっ、ぺっ! 砂をかけるなんてひどいぞ、セシリー!」
「私の固有術式、そんな扱いなの!?」
マキナさんがショックを受けていた。
キュリエさんが、バッ、と立て日よけを広げる。
立て日よけを前に突き出すと、全身を隠した。
「ペェルカンタルっ」
今度はドリストス会長の固有術式だった。
いや、確かに姿は隠れてますけど……。
「ならこっちは――第九禁呪、ですっ!」
がしっ、とセシリーさんが回り込んでキュリエさんの身体に抱き着く。
「うわっ!? どこを触ってる!?」
「ふふふ……捕まえましたよ、キュリエ〜?」
「…………」
子供みたいなやり取りだけど、この浜辺の雰囲気のおかげか、キュリエさんが楽しむ気になってくれているのは嬉しかった。
今のキュリエさんにはこうして楽しめる環境もあるし、気を許し合える友人もいる。
ああいう無邪気な姿こそが、あるいは本当のキュリエ・ヴェルステインの姿なのかもしれない。
「え? 誰も、日焼け止めの薬を塗ってきていない……?」
さあいざ海へ繰り出そうという時、誰も日焼け止めを塗っていないことが判明した。
どこぞの茎から抽出した薄く白みのある液体を身体に塗ると、日焼けを抑える効果があるらしい。
「さてはて、誰も塗ってこなかったのはなぜかなぁ〜?」
レイ先輩が意味深な視線で俺を一瞥。
「え? いや、俺は日焼けくらいしてもいいですし……」
「貴族は気にするのかもしれんが、私も気にせんからな」
キュリエさんが続く。
レイ先輩は苦笑し、わざとらしく肌を撫でる。
「でも、あのヒリヒリした感覚は辛いからねぇ。塗った方がいいと思うけどなぁ〜? 明日の朝するであろう早朝訓練にも影響があるんじゃない? 訓練に参加しない学園長も、湯浴みの時とか辛いと思うよ?」
レイ先輩……何か企んでるな。
「というわけで、二人一組になって塗り合おうか! 薬はボクが用意したからさ!」
二人一組……二人一組!?
「お、俺は自分で塗りますから!」
「じゃあ早速決めようか! いち、に――」
「え?」
「ほら、クロヒコも!」
「は、はいっ」
強引な流れで異世界版じゃんけん(グーチョキパーではないがほぼ同じ)が始まろうとしていた。
というか、一部の人たちの目つきがマジだった……。
そうして、薬を塗り合うペアが決定した。
イオワ養地編はあと2回ほどで終わる予定です。




