Ex15.「くんれんがっしゅく!(7)」【セシリー・アークライト】
湯浴みを終えたセシリーたちは部屋へ戻って来た。
ぽふっ。
セシリーはベッドに腰をおろした。
「ふぅ……さっぱりしましたね。さて、今日はもう休みましょうかね?」
クロヒコは部屋の長椅子に座り、ねぼけまなこで舟を漕いでいる。
火照りがまだおさまっていないようだ。
「さすがに一晩経てば薬の効果も切れると思いたいがな」
クロヒコの頭を撫でたキュリエが、まとめた髪を解き始める。
相変わらず惚れ惚れさせられる銀髪だ、とセシリーは思った。
もちろん彼女の魅力はその髪のみに非ず。
浴場では裸体を目にしたが、セシリーは自信を失いそうだった。
あのしなやかな裸体。
しかもキュリエ・ヴェルステインは、女としての魅力が凝縮された身体つきをしている。
一糸まとわぬ理想の身体を見せつけられ、改めて自分との差を思い知らされた気分だった。
「やっぱり自分にない要素だから、羨ましく感じるんですかねぇ……」
「ん? 何か言ったか?」
「自問自答しつつ、人間探求を少し」
「むむ? すまんが、私に何か尋ねられてもおそらく答えられんぞ? そういう小難しい話は、ロキアなんかは喜ぶんだろうが……私は、そんなに頭がよくないからな」
セシリーは苦笑する。
「自分で頭がよくないって言う人に、頭の悪い人はいませんよ」
「?」
しょんぼり顔で、セシリーはため息を吐く。
「すみません。なんかちょっぴり、自信をなくしちゃって」
「おまえは少し考えすぎなのかもしれんな。ヒビガミに負けた時も、自分を追い詰めすぎていたようだし」
「あはは……あの時は、ご心配おかけいたしました」
「かまわんさ。だが、おまえのその《考えすぎる》ところに、私やクロヒコが救われている部分もある。その点は、感謝しているよ」
「ふふ」
「な、なんだ? 突然、気味の悪い笑みを浮かべて」
「あなたも変わったなぁ、と」
「そうか? まあ、多少変わった面もあるかとは思うが……正直、自覚は薄い」
「ほほぅ? ですが――」
セシリーは腰を浮かし、ベッドに腰掛けているキュリエへ歩み寄った。
キュリエの身体をまさぐる。
「ひゃっ!? な、何をする、セシリー!?」
「こっち方面の魅力も、自覚が薄すぎる気がするんですがねぇ……?」
「ちょっ……や、やめっ――」
キュリエが、体勢を崩した。
「わっ!?」
もつれ合い、絨毯の上に二人で倒れ込んでしまう。
「う、うぅん……ん?」
「……、――っ?」
唇に、違和感があった。
目を開くと、驚きの色を帯びたキュリエの瞳が目と鼻の先にあった。
二人は、互いの唇を重ねていた。
「ぷはっ……す、すまんセシリーっ!」
「あ……いえ。ええっと、キュリエ?」
「む? この、感触は……?」
ぐにぐに。
「あんまり……んっ……胸を刺激されると……変な声が出そうに、なってしまうんですが?」
触り方が乱暴な感じだったせいか、はたまた、先ほどの浴場での火照りが残っているせいなのか、妙な快感が、胸を起点にセシリーの身体を駆け巡った。
「わわわわ! またもやすまん、セシリー!」
「あははは……まあ事故ですから」
キュリエは、自分の胸を揉まれるのにはさほど抵抗がない感じだったが、他の誰かの胸を触るのは悪い行為だと感じているようだ。
「それに、相手もキュリエですし。悪い気は、しませんよ?」
あの四凶災のような相手なら嫌悪感があるが、キュリエならばそういう感じはない。
その時、セシリーの中にイタズラ心が湧いた。
まず、好意を込めた照れた表情を作る。
手で胸を隠す動作をしながら、可憐さと弱々しさを同居させつつ、相手に恥じらいが伝わるように脚を重ねる。
最後に――ここの施設担当者にしたのと同じ、上目遣い。
「キュリエって女の子も……対象、なんですか?」
するとキュリエは目をぐるぐる回し、混乱し始めた。
「い、いやいやっ! 私には、ど、同性を愛する感覚はなくて――あれっ? でもセシリーは、クロヒコを――あ、あれっ!? 何がなんだかわかんなくなってきたぞ……っ!? わ、私にもクロヒコが……あれ? じゃあ……私が、クロヒコなのか……?」
最後のひと言は、セシリーにも何を言っているのか理解不能だった。
「…………」
あるいはキュリエも、浴場での火照りが残っているのだろうか。
しかし今の姿を見ていると、あのノイズ・ディースと鬼気迫る戦いを繰り広げた人物と同一人物なのだとは、到底思えない。
苦笑いしながら、セシリーは立ち上がった。
「あははは、ごめんなさい。悪ふざけが過ぎましたね。とりあえず、今日はもう寝ましょうか?」
「あっ――」
こほんっ、とキュリエが冷静さを取り戻す。
「そ、そうだな……まったく、おまえにも困ったものだ。ところで――」
キュリエの視線が、眠そうに目元を擦っているクロヒコへ。
「クロヒコは、どうする? この部屋に、ベッドは二つしかないが……」
「じゃあ、本人に聞いてみますかね?」
セシリーとキュリエは互いのベッドに座り、尋ねた。
「クロヒコは、どっちと寝たい?」
「ん……ええっと……」
クロヒコが立ち上がり、トコトコ歩いてくる。
「今日は……セシリーおねえちゃんと、寝たい、な」
「クロヒコ!」
目を輝かせたセシリーは、感動のあまり、両手を絡みあわせた。
クロヒコが、申し訳なさげにキュリエを見た。
「ごめんなさい……キュリエ、おねえちゃん」
「そんな顔をするな。私は気にしてはいないぞ? なんせ、相手はあのセシリー・アークライトだからな。仕方あるまい」
フン、とキュリエが微笑する。
「さて、では私はもう寝るぞ? また明日な、二人とも……おやすみ」
「うん、おやすみ」
キュリエが、頭まで掛け布を被った。
それっきり、キュリエは静かになった。
セシリーはクリスタル灯の光量を弱めた。
薄暗い部屋を照らす明かりが、橙色の淡い光だけになる。
セシリーは掛け布に入り、自分の隣に空間を作った。
クロヒコに優しく呼びかける。
「ほら、おいで?」
「う、うん……」
クロヒコがモジモジしている。
「ふふ、どうかしました?」
「さっきの……お風呂みたいなこと、しない?」
思わず、緩んだ苦笑が浮かぶ。
「大丈夫、しませんからっ。あれは、ごめんなさいしますから……ね?」
「……ぅん」
這い入ってきたクロヒコのために、予備の枕を置いてやる。
「じゃあ、これがクロヒコの枕ですよ?」
「うん……ありがとう、セシリーおねえちゃん。その……」
「ん? どうしました?」
「――き」
「はい?」
クロヒコがきゅっと目をつむり、小さな声で言った。
「セシリーおねえちゃん……す、好き……」
「…………」
これから就寝しようというのに、思いっきり、抱きしめたくなってしまった。
だが、セシリーは堪えた。
この勢いは、まずい。
相当に、まずい。
ここは、我慢。
我慢だ。
本能と自制心の狭間で戦うセシリーに、えへへ、とクロヒコが照れくさそうに笑いかけた。
「おやすみなさい……セシリー、おねえちゃん……」
すぅ、とクロヒコが目を閉じる。
疲れていたのか、すぐに寝息を立て始めた。
寝顔を目にしていたら、次第にセシリーも落ち着いてきた。
クロヒコの頬を、ふにゅ、と指先でつつく。
「ふふ……おやすみなさい、クロヒコ」
ほわぁぁ、と欠伸を漏らす。
「さぁて……わたしも、寝ますか」
クリスタル灯を完全に消し、セシリーは眠りについた。




