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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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Ex11.「くんれんがっしゅく!(3)」


 今回イオワ行きに使うアークライト家の馬車は、普段使っている馬車とは違う。

 この馬車は遠出用のもので、いくつかの部位に術式機を使用しているという。

 術式機の効果によって馬の負担が少なくなったり、荷物が多くとも速度が出しやすくなったりするのだとか。

 馬車に組み込むタイプの術式機は大変希少なものなので、貴族の中でも保有している家は少ないようだ。

 また、普通だと遠出の際は傭兵を雇うらしいのだが、セシリーさんとバントンさんが話し合った結果、


「あの四凶災を倒した人間が二人も乗っている馬車に、護衛の傭兵は……いりませんよね」

「この馬車を襲おうとする者がいるとすれば、逆に襲う方の側が不憫に思えます」


 となったため、護衛の傭兵は雇われなかった。

 今の俺なら並みの野盗の気配くらいなら察知できるはずだから、バントンさんが危険に晒される前に行動できると思う。


「それでは、出発いたします」


 バントンさんの声がして、馬車が動き出す。

 車内は荷物を置く場所と座る場所に別れているため中は広々としている。

 この広さが可能なのも術式機の恩恵が大きい。

 乗る予定だったアイラさんとレイ先輩が来られなかったので、スペース的に一人が横になるくらいはできそうだ。

 できそう、なのだが――


「片側に三人並んで座る必要、あるんでしょうか……?」


 右隣にキュリエさん。

 左隣にセシリーさん。

 俺は二人に挟まれる形で座っていた。


「私は対面でもかまわんがな」


 キュリエさんが腰を浮かしかける。


「あら? じゃあキュリエだけ仲間外れですねー?」


 きゅっ、とセシリーさんが俺の腕に組みついてくる。

 向かいの席へ移動しようとするキュリエさんに、露骨に見せつけるような調子。


「フン」


 キュリエさんが浮かしかけた腰を沈め、座り直す。


「まあ、移動する理由もないか」

「キュリエは素直じゃないですねぇ〜」

「あの、セシリーさん」

「はい?」

「ちょっとくっつきすぎでは?」


 そう前のめりに身体を寄せられると、その……。

 たくらみ顔で微笑するセシリーさん。


「でも、本音は嬉しい?」

「う、嬉しいですから、離れてくださいっ」

「どう嬉しいんですか? んー? 是非、聞きたいですねぇ?」

「え? それは、だ、だから……」

「おまえのそういう反応も、セシリーを調子に乗せる要因だと思うぞ」


 冷静な分析を飛ばしたキュリエさんが、やれやれと首を振る。


「あのヒビガミや四凶災と正面からぶつかりあえるやつが、セシリー・アークライト相手では未だにこれだからな。世の中わからんもんだ」


 なぜか肩を落とすセシリーさん。


「実を言いますと、わたしもこういう行動が望む結果に結びついているのか微妙にわからん感じでして……はぁ……」


 キュリエさんが荷物置き場へ視線をやる。


「わからんと言えば……あの《水遊着》という代物も、心底わけがわからんのだが」


 すいゆうぎ?

 感じ的に、こっちの世界で言う水着にあたるものだろうか?

 反論封じのオーラを纏ったセシリーさんが、にっこり微笑む。


「わからなくとも、イオワでは絶対着てもらいますからね?」


 途端、キュリエさんが弱腰になる。


「なあ、ほ、本当に着ないと駄目か? そうだ、今回は特別に……ど、ドレスなら着てやるぞ……?」

「イオワの浜辺でドレスって……それだと余計目立ちますよ?」

「では、目立たないドレスをだな……」

「無茶言わないでください。駄目ですよ、キュリエ。せっかく用意したんですから、絶対に着てもらいます。それに、キュリエの水遊着はお母様が選んだものですから、間違いないはずです」

「そこが余計に不安なんだが」

「ルノウスレッドだけでなく、帝国やルーヴェルアルガンでも普通に着られているのだから、大丈夫ですって」

「だが……あ、あれじゃあ内胸当てとか下着と変わらないじゃないか。発祥は帝国だと聞いたが、て、帝国の連中は下着を他人に晒して平気なのか?」

「ですから、水遊着は下着とは別なんです」

「別? 何が別なんだ? 布面積もまったく変わらんじゃないか」

「水遊着は水を弾く独自の素材が使われています。いいですか? 水を吸って重くならないんですよ?」

「ははは、そうか。なんだ、なら私は水を吸った衣服でも十分泳げるから着なくても何も問題ないな。ああ、セシリーは存分に着たらいい。文句は言わんぞ」

「駄目です。あなたも着るのです」

「なんでだよ!」


 キュリエさんのペースが、見事に乱されている……。


「なんでもです。そもそも、そんな恵まれたカラダをしているキュリエには着る義務があると思います。いや、わりと本気で」

「意味がわからん……何もわからん」

「もぉ! 行き着く先はクロヒコのためでしょ? クロヒコだって、必ず喜んでくれますよ。それこそ、わたしだって……クロヒコに喜んでもらえると思ったから、その……」


 ちらっ、とセシリーさんが横目で一瞥してきた。


「か、可愛らしいのを、頑張って選んだんですから……」


 渋い顔をしてキュリエさんが唸る。


「うぅむ……では聞くが、クロヒコは女の下着姿は好きか?」

「その質問、どう答えても不正解な気がするんですが」

「ほらみろセシリー。どうあっても不正解らしいぞ?」

「いえ、わたしは大正解だと確信しています。それにクロヒコはけっこう言葉と本心が食い違っていますし」


 ……ひどい。


「違うな。二対一だから、間違っているのはセシリーの方だ。下着もどきの敗北だ」

「あの、キュリエさん? なんか、俺の回答を都合良く解釈してませ――」

「もぉ!」


 セシリーさんが痺れを切らした。


「わかりました。そこまで言うなら、着なくていいです」


 キュリエさんが胸を撫で下ろす。


「わかってくれたか、セシリー。すまんな、こればかりは――」

「もしキュリエが着用を拒否するなら、わたしがイオワの浜辺で裸になりますからっ」

「……は?」


 俺も今のは「……は?」だった。


「な、何? まるで言っている意味が、わからんのだが……?」

「だって《下着もどき》は、不要なのでしょ?」

「いや、だからってそれはおかしいだろ。な、なんでおまえが裸に――」

「それでわたしに妙な噂が立ったら、キュリエのせいですから」


 拗ねた子どもみたいに、ぷくぅぅ、と頬を膨らませるセシリーさん。

 なんだか前の世界で目にした、ちっこいフグが膨らんでる画像を思い出した。

 ……しかし、自分を人質にするとはさすがである。

 まさに、セシリー・アークライトの本質が垣間見えた瞬間であった。


「そ、そんな……卑怯だぞ、セシリーっ」

「ふふ……ここで真面目に悩んでくれるのが、キュリエの優しいところですよね」

「……なんだ、冗談か。なら、水遊着の方も冗談みたいだから、私が着る必要性はなさそうだな。よかったよかった」

「あ、そっちはしっかり着てもらいますので」

「……ぐっ」

「はは……まあ二人とも、とりあえず一旦水遊着の件は置いておくとして……ええっと、そうだ! 二人とも、稽古の疲れとか残ってません? 体調の方は万全ですか? せっかくの水遊着も、疲れが残っていては活かせませんからね」


 やや落ち着きを取り戻したキュリエさんが、聞き返してきた。


「私は問題ないが……そう言うおまえは、大丈夫なのか? アイラほどではないにせよ、試験期間前も相当訓練に熱中していたようだが……」

「はい、ばっちりです。実はぐっすり眠れる薬を以前シャナさんから貰ったんですが……昨日の夜はその薬を飲んだおかげで、ほら、この通り! 元気いっぱいです!」


 もしプラシーボ効果だったとしても、その効果は抜群だった。

 人間にとって最も大事なのは、やはり睡眠だと思う。


「実際、このところ少し疲れ気味だったのもあって――、……」

「クロヒコ……? おい、どうした?」

「…………」

「なんだ? クロヒコの身体が、光って……」

「…………、――――」


 あ、れ?

 なん、だ?

 頭の中がなんか、ぼやっと……視界が、白く……。

 ん?

 キュリエさんと、セシリーさんが……俺に、呼びかけている?

 あぁ……でもなんだか、すごく懐かしいような、心地良いような……。

 何も、考えなくていい……

 ただ、本能のままに――

 俺、は――





 ぱちっ。

 サガラ・クロヒコは、目を開いた。

 目の前に二つの色の髪が見えた。

 どこか頭の遠くからイメージが浮かんでくる。


 金と銀。

 レモンと、スプーン。

 お空の色と、ぶどうの色。

 ほどほどに大きな山と、おっきな山。


 二人はクロヒコを上から覗き込み、口をぱくぱくさせていた。

 戸惑っているようだ。


 クロヒコはふと声を上げたくなった。

 何も気にすることもなく、誰に気兼ねすることもなく、クロヒコは、思うまま声を上げた。


「あぁーいっ! あうあうー、あうあうあーっ! だーっ!」


 とってもキラキラしている、二人の誰か。

 ぱっちり開いた目。

 ぽっかり開いた口。

 キラキラした感じに似合わない二人のその仕草がなんだか愉快で、ウキウキした気分になってくる。

 クロヒコは、思いっきり手を叩いた。


「きゃいーっ! あうーっ! きゃっ、きゃっ!」


 とても柔らかな両手は、乾いた音を打ち鳴らすことなく、くにっ、くにっ、と何度も接触を繰り返すだけ……。


「あぅ? あうぅっ……あーっ、あぅあぅ……だぅー、ぅー」


 何か口に含んでしゃぶりたくなったので、クロヒコは自分の右手の親指を咥えた。


「ちゅぱちゅぱ、ちゅぷちゅぷ……うー…」


 親指をしゃぶっていたら、不思議と、身体の内に安堵感が広がっていく。


 ごちゃごちゃしていた複雑な迷路のようなものが取っ払われて、突然、真っ白な広い空間に身を置いたような感覚。

 しかも、フワフワした羽毛に包まれているような気分だ。


 なんとなくクロヒコは、こう感じた。


 ここちいい、と。


 青ざめたレモンの方が口を開き、わなわなと震える声で言った。



「く……クロヒコが……赤ん坊になって、しまいました…………」



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