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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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12.「ルノウスレッドの蛇」


 今回も長くなったため11話と12話に分割し、まとめて更新しています。前回10話の続きは一つ前の11.「彼女の決意」となります。



 その日の戦闘授業は、ソギュート団長が来てくれた。


 俺とキュリエさんは、五分の打ち合いを三本ずつ終え、休憩に入った。

 俺が汗を拭いていると、ソギュート団長が話しかけてきた。


「先日キールシーニャ家の娘と、模擬試合をしたと聞いた」

「……ソギュート団長の耳にも入っていましたか」

「二、三学年の中だと、ドリストス・キールシーニャ、クーデルカ・フェラリス、ベオザ・ファロンテッサの三名は、聖樹騎士団としても期待の逸材だからな。ついでにその三人のうち二人を破った男の話も、一緒に入ってきたが」


 ……クーデルカ会長との試合の件も、しっかり伝わっているようだ。


「しかし、そうか……あの《極空》と《ペェルカンタル》をもってしても、サガラ・クロヒコは破れなかったか」


 それは、最初から俺が勝つのがわかっていたみたいな口ぶりだった。

 ジークやヒルギスさんはあの固有術式の使い手を破ったのがすごいという言い方をしたが、この人の言いぶりは逆だ。


「ところで……ソギュート団長っ、キールシーニャ家とフェラリス家の関係について、詳しかったりしますか?」

「ん? まあ、それなりには詳しいつもりだ。これでも一応、五大公爵家の者だしな。何かおれに聞きたいことでもあるのか?」

「ドリストス会長が《蛇》と呼ばれることに過敏な印象があるんですが、その……何か理由があるんでしょうか?」


 少し気になっていた。

 丁寧に吸い取り布を畳みながら、ソギュート団長が答える。


「五大公爵家はそれぞれのし上がった役割が違う。だがその役割も過去の話だ。少なくともおれはそう思っている……今のは一応、前置きとして言っておく」

「わかりました」


 今の五大公爵家とは違う、ということをしっかり頭に入れる。

 そして、ソギュート団長は語り始めた。


「例えば……シグムソス家の者は戦において優れた指揮や統率を行う者が多かった。聖樹騎士団の歴史を紐解くと、副団長以上に名を連ねた者も多く輩出している」


 将軍の一族、みたいな感じだろうか?


「ルノウスフィア家は交渉事に強く、また、術式の才に恵まれた者が多かった。過去の宮廷魔術師は、その多くがルノウスフィア家の者だ。また王族に最も近い血を持つゆえに、聖王の内々の相談役を務めることも多かったと伝えられている。知恵が回る者が多かったため、昔は戦場へ軍師として出張ることも多かったようだ」


 マキナさんのお父さんも、宮廷魔術師だったっけ。


「トロイア家は、戦で功績を上げた武人を多く輩出した家だ。あの恵まれた体格が戦場で強みとなったのだろう」


 ヴァンシュトスさんやバシュカータは、体格に恵まれていた。

 昔事情聴取に来た時、馬からぶら下がっていた巨大な二本の剣を見て驚いたが、体格が優れたヴァンシュトスさんならあれを片手で扱えるわけだ。

 そうか。

 トロイア家は戦で名を上げた家か。

 では、肝心の残り二つは――


「フェラリス家は、商才に優れた者を多く輩出した家だな。まだ及び腰の者が多かった東国との交易を当時積極的に推し進めたのも、フェラリス家だったようだ」


 なるほど。

 だから、東国趣味が特に濃い一族なのかもしれない。


「フェラリス家は交易の際傭兵をあまり雇わず、一族の者自身が戦士として自ら積荷の護衛をしたとも聞く。言うなれば、戦える商人といったところか。また、フェラリス家は珍しい交易品を頻繁に聖王に献上していたと伝えられている……だから、ルノウスフィア家は例外としても、他の家と比べて聖王家の寵愛を受けやすかったとも聞く。そのおかげかどうかは知らんが、今でもフェラリス家の者は王族からの扱いがいいようだな」

「キールシーニャ家は、どういう……?」


 ソギュート団長が暫し間を作った。


「《ペェルカンタル》は見たな?」

「はい」

「あの固有術式を、おまえはどう見た?」


 これはおそらく何か問いかけをされている。

 姿を認識できなくさせる術式……姿を、消す…………。

 あっ。

 もしかして、


「暗殺や情報収集、ですか?」

「そうだ。キールシーニャ家はあの固有術式を使って一気に五大公爵家の地位へ駆け上がった。主に王の重臣たちに頼まれ、国に仇名す者を人知れず暗殺したり、敵国に潜入し重要な情報を盗んだりといった任務を多くこなした。あの《ペェルカンタル》の能力は本来、そういった用途に向いている」


 ソギュート団長が目を細めると、顔に憂いを覗かせた。


「ただ……そういった仕事を行う者は、聖王や潔癖な考えを持つ重臣や貴族たちからあまり良い目を向けられなかった。ほとんどが裏の密命であるため、その功績が公になることもない。かつてのキールシーニャ家は、いわばこの国の影の部分でもあった」


 影の部分、か。


「キールシーニャ家は貴族の中でも恐れられ、王の重臣たちの中には、毒を持った狡猾な《蛇》と呼んでひどく忌避する者もいたと聞く……まあ、今ではその印象も変わり、キールシーニャ家の者が《蛇》と呼ばれていた過去自体を知る者も少ない。もし《蛇》という呼び名を知っていても、なぜそう呼ばれるようになったのかを知る者は……まあ、ガイデン・アークライトの世代までか。おれにしても、この話はガイデン殿から聞いた話だ」


 つまり《蛇》というのは、キールシーニャにとっては過去の汚名みたいなものか。


「のちのキールシーニャの一族は、家の印象を払しょくすることに腐心した。だが同時に、過去の影の部分を一筋縄ではいかぬ家として印象付けるべく使う場合もあったようだ。つまり、何かと表舞台では苦労を強いられた家なわけだな」


 そうか。


「そんなキールシーニャ家からすると、王への贈り物だけで現在まで続く寵愛を得たフェラリス家が気に喰わない……?」

「おそらくはな。キールシーニャ家からすれば、フェラリス家だけが、戦の功績以外でのずる賢い方法でのし上がったという印象なのだろう。一応フェラリス家の者も戦場には出ていたそうだが、ある時期からは、その寵愛ゆえに、聖王がフェラリスの軍を被害の及ばぬ後方にばかり置いていたという話もある」


 フェラリス家とキールシーニャ家は、主に戦場の活躍で名を上げた家ではないという点で、共通している。

 だからこそライバル意識に近い感情が出てくるのだろうか。

 しかし、これで両家の関係性が把握できた気がする。

 昨日のドリストス会長の様子と言葉の意味も。

 ただ、もう一つ気になることがある。

 それは、聖王の寵愛の話だ。


「聖王の寵愛というと、アークライト伯爵家なんかも思い当たりますけど……そのあたりは、キールシーニャ家としてはどうなんでしょうか? 実際実力相応の地位だとは思いますけど、形的には、公爵家を差し置いて剣術指南役の地位にいるわけですけど……」


 ふっ、とソギュート団長は口元に笑みを浮かべた。


「アークライト家がキールシーニャ家から悪く思われないのは、まさに、その王の剣術指南役ガイデン・アークライトの存在が大きいのだろうな」


 セシリーさんのお爺さんには一応会ったことがあるけど、会った時は気絶していた。

 過去の話をセシリーさんの口から聞いたことはない。


「ガイデン・アークライトはかつて聖樹騎士団に所属していた若き頃、《悪党》と呼ばれていた」

「《悪党》?」

「勝つためならば――国を守るためならば、手段は選ばず、卑怯な手でも使う男だった。頼まれてもいない汚れ仕事を、率先して自分からやったりもしていた。だから当時、周りから《悪党》と呼ばれ蔑まれていた。それでもガイデン・アークライトはこの国を守るために、自分のやり方を変えなかった。その生き様は、ルノウスレッドの暗部を担ってきたキールシーニャ家からすれば、共感を覚える部分だ」


 同じ汚れ仕事を率先して引き受けてきた男、ガイデン・アークライト。

 その《悪党》をキールシーニャの一族は好意的に思っている。

 だからドリストス会長も、セシリーさんには対抗心を燃やしていないわけか。


「《蛇》、ですか」


 会話に入ってきたのは、キュリエさんだった。


「どうかしたか?」

「いえ……私の古い知り合いにも昔、そう呼ばれていた者がいたもので」


 キュリエさんは、何かを噛み締めるような顔を一瞬したが、すぐ表情を戻した。


「今の話を聞く限り、キールシーニャ家は仕える王のために、あえて汚れ役を引き受けていた。扱いに差があるのを不満に思っても、そこには同情すべき点があるかと思います。少なくとも固有術式の力を使って、不当な扱いを受けているのを理由に王の暗殺を企てたりはしなかったのでしょう?」

「ああ」

「なら、むしろ《蛇》の名を恥じる必要はないと私は思いますがね。綺麗事だけでは済まないことなどこの世にはいくらでもある。安定を求めるなら、その汚れ役は誰かがいつかやらねばならぬことです」

「そうだな。おれも、騎士団の汚れ役を任せ切ってしまっているやつがいるしな……これでも、感謝はしているつもりなんだが。どうもあいつが相手だと、いつもの調子で感謝の言葉が出なくてな……」


 ソギュート団長が、ぽりぽりと頭をかく。


 ……綺麗事だけでは済まない、か。





 休憩の後、俺たちは再び訓練を行った。

 そして、その日の戦闘授業が終わった。


「ふぅ……」


 やっぱりソギュート団長との訓練は一味もふた味も違うな……あ、そうだ。


「あの、ソギュート団長」


 俺は、聖武祭に出場するある生徒に稽古をつけてほしいと頼まれた件をソギュート団長に話してみた。

 何か、助言が欲しかった。

 一つ唸ってから、ソギュート団長が口を開く。


「おれは、受けるべきだと思うがな」

「自分が誰かにものを教えられるのか、俺、自信がなくて……ソギュート団長やキュリエさんは教えるのがすごく上手ですよね? 何か、コツとかってありますか?」

「そうだな……まず、相手の力量を測る。そして、相手の力量の少し上くらいの水準を軸に訓練相手を務める……これだけでも効果は出るはずだ」

「私もクロヒコと剣を交える時は、そうしていた」

「だから少しずつ、しっかり強くなっていく感じがあるんですね……」

「重要な点は相手の強みを引き出してやることだ。例えばサガラ・クロヒコは素早い反射や戦闘中の読みが特に優れている。その素質を活かすには、初動の少ない攻撃、癖のある攻撃方法が効果的だ」

「な、なるほど」


 思い返せば、ソギュート団長はそういう攻撃が多かった。


「それにだ。人に何かを教えると、時に自分も鍛えられる。今まで感性でやっていたものが、理論で理解できるようになったりもする。だから教えている側も、相手から何か教えられることはないかと常に思考することが大事だな。存外、思わぬところから閃きが生まれるかもしれない」


 うーむ。

 さすがは聖樹騎士団の団長《黒の聖樹士》こと、ソギュート・シグムソスである。

 俺は父親や兄からこういう風に助言を受けたことはないけど、もし父親や年の離れた兄から助言をもらえるとしたら、こんな感じなのかもしれない。

 そう考えると、父親や兄弟と仲の良い人が羨ましいと感じる。


「ありがとうございました、ソギュート団長」





 放課後、俺はアイラさんと修練場にいた。

 今、互いに訓練用の剣を構えている。

 まずはアイラさんの力量を見る。

 それからしばらくは、ソギュート団長に教わった方法を試してみよう。


「じゃあ、始めましょうか」

「は、はい!」

「最初はアイラさんの方から、軽く打ってきてください」

「わかった…………いきます!」


 アイラさんが剣を振る。

 俺は、その剣を受けとめる。

 修練場にひときわ高く、刃と刃のぶつかり合う剣音がいたく。


 クーデルカ・フェラリス。

 ドリストス・キールシーニャ。

 セシリー・アークライト。


 様々な想いを胸に秘めたこの強敵たちがぶつかり合うであろう、聖武祭――無学年級。


 どんな結果になるのかは多分、まだ誰にも予想できない。


 だけど、俺たちは勝ちにいく。


 その強敵たちにアイラさんが勝てるよう、俺は全力を尽くす。



 こうして――聖武祭へ向けた俺とアイラさんの訓練の日々が、始まった。







 次回更新からは訓練合宿(+休息)に行くクロヒコたちの番外編の更新を開始いたします。時系列的には構成上一応本筋と地続きになっていますので「アイラの訓練開始→強化合宿」の流れと考えていただければと。

 ……まあ、いわゆる水着回というやつですが……内容的には、やや特殊かもしれません。その点はご容赦くださいませ。

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