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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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10.「生徒会長」






 試合終了の合図の後、キュリエさんとセシリーさんから労いの言葉をかけてもらった俺は、付き添いとして来てもらった礼を返し、そのまま更衣室へ向かった。

 更衣室で着替えを終え、部屋を出ると、


「改めてお疲れさまでした、クロヒコ」


 待ってくれていたのはセシリーさんとキュリエさん、ジーク、ヒルギスさんだった。


「さすがだな、クロヒコ」

「ありがとう、ジーク」

「すごかった」

「ヒルギスさん……ありがとうございます」


 なんというか、


「ヒルギスさんに褒められるのは珍しいから、なんだか嬉しいな」

「わたしやキュリエに褒められるのは、それほど嬉しくないと?」


 ジト目のセシリーさんが眼前に出現。


「うわぁ!? ひ、人の心を勝手に読まないでくださいよ!」

「……いや、声に出てましたよ」

「え? ほんとですか?」

「クロヒコのわかりやすさもここに極まれりって感じですね……」

「も、もちろんセシリーさんに褒められるのも嬉しいですよ?」

「いいです、もうっ」


 またいつものようにそっぽを向かれてしまった。

 そっぽを向いたまま、ちらっ、とセシリーさんが片目で視線を送ってくる。


「だってクロヒコがわたしにすっごく優しくなるのは、二人きりの時だけですもんね?」

「ふぅん。そうなんだ……」


 今度はなぜかヒルギスさんの微妙な感じの視線が、俺に突き刺さる。

 ぐっ……出たぞ、セシリーさんのしてやったり顔。

 やはりこの人を侮ってはいけないな。


「まあまあ」


 すると、ジークが苦笑しながら割り入ってきた。

 さすがジーク。

 頼りになる。

 ジークなら、きっとここでナイスフォローをしてくれるに違いない!


「ほら、おれなんか褒めてほしい相手から褒めてもらえること自体、稀なわけだし……」

「……………」


 冷静に考えると実はなんのフォローにもなっていない台詞なのだが……下手なフォローよりも、この場の空気を変えるのには実に効果的な一言だった。

 ……例の心の距離が遠いという想い人のこと、だろうな。

 今のジークの一言でセシリーさんとヒルギスさんは何も言えなくなっていた。

 俺も、何も言えない。

 なんだかつまらないことではしゃいでしまってごめんな、ジーク……。


 そこで、おほんっ、とキュリエさんが空咳を一つ。


「結果として試合は、引き分けで終わったわけだが……」


 壁に背を預け腕組みをしていたキュリエさんが、見透かした視線を向けてきた。


「随分とお優しい決着のつけ方だったな、クロヒコ。まあ……お前らしいと言えば、お前らしいが」

「あはは……お見通しでしたか」


 キュリエさんが達観気味なため息をつく。


「当たり前だ。最後のアレ、明らかに狙っただろ?」


 最後のアレとは、俺とドリストス会長の剣が互いに弾き飛ばされて引き分けの決着となった流れのことだろう。

 少し苦い気分で俺は修練場の方角を見る。


「生徒会長は……俺の《敵》ではないみたいですから」

「どうだかな。今回のあの女の一連の行動は、結果次第ではお前にとって大きな不利益になったかもしれんぞ? といっても――」


 呆れた視線を俺に送ってくるキュリエさん。


「お前の場合、それを不利益とは感じないのかもしれんが」


 彼女が何を心配してくれているかはわかった。


「生徒会長に負けたとしても、俺は気にしなかったと思います……もし負けた後、周囲に俺のことで何を言われたとしても。心配してもらえるのは、嬉しいですけど」

「やれやれ、だな。このお人好しめ。ま、私としても、あの生徒会長とセシリーが聖武祭でぶつかる前に例の固有術式をこの目で見られたのは収穫だった。とはいえ、具体的な対策はまだ何も思いついていないがな……あの戦い方は、お前だからできる戦い方だし」

「あはは……しかし改めてあの固有術式を目にすると、ドリストス・キールシーニャは高い壁ですねぇ……」


 セシリーさんが眉尻を下げる。


「だからこれから対策を考えるんだろ。というわけで私たちはこれから稽古をするが、クロヒコは……今日は疲れもあるだろうから、休んだ方がいいか」


 ふふっ、と俺の腕を指でなぞるセシリーさん。


「今度はわたしが、クロヒコを驚かせる番ですね?」

「楽しみにしていますよ、セシリーさん」


 そうして、キュリエさんとセシリーさんは女子更衣室の方へ消えて行った。

 ジークとヒルギスさんは家の用事があるとのことで、このまま帰るという。

 二人は、家の用事を後回しにして応援に来てくれたようだ。

 それを聞いた後は少し、勝てて良かったと思えた。





 俺はみんなと別れた後、いつも使っている修練場を目指していた。

 キュリエさんは休んだ方がいいと言っていたが、今日からは、より俺も訓練に身を入れるつもりだった。

 ソギュート団長から教えてもらった《双龍》という技を、練習してみたい。

 さっきの試合の疲労は問題ない。

 それに、先ほどの試合にしても俺自身の成長のためにしたことだ。

 強くならなくてはならない。

 あの男に、勝つために――


「ん?」


 誰かに名前を呼ばれた。

 振り向くと、


「ドリストス会長?」


 そこに立っていたのは、着替えを終えた、制服姿のドリストス会長だった。


「先ほどの試合……最後のは、わざとですわね?」


 さすがに見抜かれていたようだ。

 ここは……ごまかしても仕方ないか。


「はい」

「なぜ貴方は、勝てた試合を捨てたのですか?」

「ドリストス会長が悪い人ではないと思ったからです」


 会長が口元を歪める。


「理由になっていませんわ。それに今までのことを振り返れば、わたくしが善人でないことくらいわかるでしょう?」

「もっと言えば、会長が《敵》ではなかったからです」


 この人には敵意がなかった。

 俺をダシに使ったのは事実だろう。

 だけど、ドリストス会長は俺を陥れたいわけではなかった。

 では、彼女の目的は何か?


 勝ちたい。


 ただそれだけ。

 そして勝ちたいと願うその相手はおそらく、


「クーデルカ・フェラリスに勝ちたい……ですよね、ドリストス会長?」


 会長は黙り込み、面を伏せる。しばらくして、


「そう、ですわ…………ええ、認めましょう」

「それと……ドリストス会長って、生徒会長としての面目を保つためなら手段を選ばないって考えの人、じゃないですか?」

「……当然ですわ。キールシーニャ家の次期当主として、わたくしは常に《最強》でなくてはならない」

「で……いつも比べられる、年の近い同じ五大公爵家の娘であるクーデルカ・フェラリスの存在にぼんやりした不安を覚えていた、とか?」


 同列として語られるベオザさんに対抗心がないのは――彼自身に大きな出世欲がないのもあるかもしれないが――多分、彼の家が五大公爵家ではないからだろう。

 他の五大公爵家だとシグムソス家、ルノウスフィア家の最も近い世代は年が離れている(マキナさんの年齢の件はとりあえず置いておくとして)。

 トロイア公爵家のヴァンシュトスさんにしてもやはり年が離れている。そのヴァンシュトスさんの弟で年も近かったバシュカータは、ただの的外れな謎総合力プッシュマンだったから、ドリストス会長からすると論外だったのだろう。

 となると唯一のライバルは、おのずと決まってくる。


 一つ年下の、クーデルカ・フェラリス。


 多分ドリストス会長は、学園で自分が生徒たちから持たれている印象を知っている。

 だから余計に、悔しいのかもしれない。


 さっき戦ってわかったが、ドリストス会長は決して地位に甘んじている人ではない。

 あの《ペェルカンタル》にしても、持続時間を考慮した上で、攻撃へ移るベストな距離やタイミングを自分なりに見つけ出したのだろう。

 その固有術式を連続で使用できる身体も、努力して作り上げたはずだ。


 ドリストス会長の顔に、陰が差した。


「結局、キールシーニャの一族の者は《蛇》ではなくてはならない……狡猾な蛇で、なくてはならない。権謀を巡らす、策士ではなくてはならない……それが《蛇》として成り上がった一族の、宿命……昔から、王族からも庶民からも高潔な印象ばかり持たれてきたフェラリス家とは、違うのです……」


 名のある貴族の家に生まれた者としての、宿命。

 アークライト家とホルン家の一件などで、それを知った。

 名のある家の者には、たとえ若くとも、大きな重圧がのしかかっている。

 俺では想像もつかないほどの重圧が、見えないところで彼らを押し潰そうとしている。


「わたくしは昔から、クーデルカが嫌いでしたわ。一つ下のクーデルカはいつも涼しい顔をして、わたくしが一年前に出した記録を塗り替えていく……いつも称賛は、クーデルカにばかり集まる……わたしは良い結果を出せばずるをしているはずだと言われ、一方のクーデルカは称賛を浴び、好意を持たれる……わたくしの周りに集まってくる者は、キールシーニャの名を利用したい者たちばかり……だけどクーデルカには、クーデルカ自身を好く者たちが集まってくる……」


 目元が緩み、会長が陰のある微笑を浮かべる。


「わたくしとクーデルカは、何が違うのかしら? 所詮、生まれ持った宿命には勝てないのかしら? フフフ……きっと一生わかりませんわ、わたくしには」


 対抗心。

 家名の重圧。


 そのどちらとも、ずっとドリストス会長は向き合ってきたのだろう。

 ……そういえば俺の近くにも、似たような悩みを抱えていた人がいたっけ。

 彼女が当時俺に抱いていた感情に近いものを、この人はクーデルカ・フェラリスに抱いているのかもしれない。

 しかしここで《みんな悩みの一つくらい抱えてるんだよ》と返すのも、何か違う気がする。


「その、糸目」

「……はい?」

「それ、明らかに《作って》ますよね……?」

「は?」


 あれ?

 気づいて……ない?


「会長は、目と肩に力が入りすぎてるのかもしれませんよ? 印象って、けっこう大事ですからね。俺、すっごく優しいのにツンケンした印象のせいで周囲から冷たそうだと誤解されやすい人と、逆に優しくて誰からも好かれているのに実は周囲から求められている優しさを演じていたって人を知ってます。けど二人とも学園内だと、やっぱり普段の感じで印象が固まってる感じなんですよね」

「…………」

「だからドリストス会長も目と肩の力を、少し抜いた方がいいんじゃないですか? ほら、今みたいな感じで――」


 っていうかこの人、目つきが変わると――妙に可愛いぞ!?


「? どういたしましたの?」

「目元が変わると無茶苦茶可愛くなりますよとか……ここで正直に、直球で伝えてもいいものだろうか?」

「え?」

「…………」


 また、口に出てた……。


「と、とにかく! 似たような悩みを抱えていた人を知っているので、ええっと、だから……会長はもう少し体面とか気にしなくてもいいんじゃないかなー、とか、思ったわけです。それに……もし本音の愚痴とかあるなら、俺で良ければ時間を見つけて聞きますよ? あ、もちろん口外はしませんので……って、これじゃあさっきの悩みの根本的な解決にはなりませんけど……」

「……クス」


 あ、笑った?

 しかも普段と違う、柔らかい笑み。


「色々とずれていますわね、貴方って」


 ……よし。

 流れ的に定番の《変な人》が飛び出すかと思ったが、良かった。

 変な人認定だけは、回避されたらしい。


「……最後に一つ、これだけは聞かせてもらってもよろしいかしら? この疑問にだけは、どうしても答えをいただきたいので」


 狐のような鋭い糸目から、狸みたいな愛嬌のある目つきになったドリストス会長は姿勢を正し、質問した。


「なぜ貴方は、試合で勝ちを捨てたのですか?」


 悪い人じゃないと思ったからでは、答えにならなかったか。

 あそこでドリストス会長の負けを望んでいた一部の観客の言い方が気に入らなかったというのもあった。

 だけど、ここでそれをあえて言って善人ぶることもあるまい。

 俺は微笑する。


「簡単ですよ。以前やった俺とクーデルカ会長の試合が引き分けだったと言ったでしょう? そしてドリストス会長は、俺がクーデルカ会長と試合をしたことに対し、自分とも戦わないと不公平だと言いました」


 意外とドリストス会長は、試合に持ち込むだけでも良かったのかもしれない。

 クーデルカ・フェラリスと同じくサガラ・クロヒコと試合をした、という事実さえ残れば。

 もちろん勝ちにきたことから、引き分けより上の結果でクーデルカ・フェラリスの上をいきたいとは望んだのだろうけど。

 だけど――最低限の条件は、サガラ・クロヒコとの試合に持ち込むことだった。

 持ち込めなかった時点で、ドリストス・キールシーニャは自分の《負け》だと思ったのかもしれない。


「だから――」


 俺は背を向け、修練場へと歩を進めた。


「ドリストス会長とも引き分けで終わらせるのが、公平だと思ったんです」


 あえて振り返らず、俺はその場を去った。





 修練場に辿り着いた俺は早速、ソギュート団長に聞いた要領で《双龍》の型を練習していた。

 だがしばらくして……ついに、面映ゆさに耐えきれなくなった。

 その場に屈みこみ、両手で顔を覆い隠す。


「なんで俺は、さっきあんな偉そうなことをドリストス会長に言ってしまったんだ……今になって、なんか恥ずかしくなってきた……」


 善人ぶった理由にしないための発言だったが、思い返すと、なぜ俺は偉そうな知った風な台詞を残し、颯爽と立ち去ったのだろうか……。

 俺だって大した人間じゃないのに……恥ずかしい……。

 いや、聖武祭前に二人の会長の決着が変な形でつくのもどうかなと思ったっていうのも、多少はあったけど……。


「あの、クロヒコ?」

「まさか――」


 ドリストス会長?


「あれ?」


 振り向くと、


「アイラさん?」


 俺に声をかけたのはアイラさんだった。


「どうしたんです?」


 アイラさんは左右の指先をツンツン突き合わせながら、何か言い出しづらそうな顔をしている。


「俺に何か?」

「う、うん……あのね?」


 暫しアイラさんは逡巡していたが、ついに決意が固まったようだ。


「実はアタシ……今度の聖武祭、無学年級に出ることにしたの」

「アイラさんが、無学年級に?」

「うん。それで、なんだけどさ……」


 ちらっ、とアイラさんが俺を上目遣いに見る。


「?」


 アイラさんはきゅっと目を瞑ると、意を決した調子で言った。


「聖武祭までアタシに、稽古をつけてくれないかな!?」


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