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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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9.「難しい一撃」


「防、いだ……?」


 セシリーさんの声。

 ドリストス会長の右目が光った――瞬間、刀を振る。

 気づくと、会長は攻撃前の位置に戻っている。


「……っ」


 会長が左のわき腹を左肘でおさえている。

 動揺気味の判定員が会長に視線を送った。

 会長が一瞥を返す。

 判定員が、俺の側の手を挙げた。


「ゆ――有効打!」


 これで俺の側に有効打が、一つカウントされたわけか。

 どの部位にあてればいいのか、どのくらいの強さの攻撃が有効打になるのかが、俺にはわからなかった。

 あえてその部分を詳しく説明をしなかったのも、策略だったのかもしれない。

 そのため俺は、会長が俺から取った有効打の位置と強さをできる限り模倣した。

 会長が有効打を取った攻撃とほぼ同じ位置と威力なら判定員も有効だと判断せざるをえないだろう。

 そしてその目論見は、成功した。


「キュリエ……防ぎましたよ、クロヒコ!」


 セシリーさんの声。キュリエさんの反応は、少し遅れた。


「……私の見る限り、クロヒコは会長の初動を目で追っていなかった――いや、そもそもあいつは最初から、目で追おうとしていなかった」


 多分クーデルカ会長の《極空》状態なら、認識が戻ってからの対処が十分に間に合うのだろう。

 集中力が極限状態まで高まり相手の動きを先読みする《極空》。

 おそらく《極空》状態の人間には周囲の動きがスローモーションで見えている。

 だから認識が戻ってからの数瞬でも十分に対応できる。

 認識が戻ってから目で追うことも可能なのだろう。

 加え、長いライバル関係にあるクーデルカ会長ならドリストス会長の攻撃の傾向性や癖はある程度把握しているはず。

 クーデルカ会長は、ドリストス会長のいくつかある攻撃パターンの内のどれかに合わせていけばいい。


 だが、俺に《極空》はない。

 目で追えない。

 ドリストス会長の攻撃パターンも知らない。

 しかも、ドリストス会長は抜け目のない人だ。

 一度目と二度目の攻撃は、俺の死角である左側からの攻撃。

 だが、三度目はあえて右側に変更してきた。

 二回とも死角の左だったから次も左だろう。

 そう思わせるための、布石。

 さすがだ。

 戦いの駆け引きも、知っている人。


 ドリストス会長の右目が四度、光った。

 会長の姿が消える。


 ――目で追おうとするな。


「――――っ!」


 左のわき腹目がけて打ち込まれようとしていた攻撃を、俺の剣が、再び防ぐ。

 会長はすぐさま《ペェルカンタル》で、距離を――


 次の瞬間、俺は会長の《目の前》へ移動している。


 会長の口元に、動揺が垣間見えた。

 しかし狼狽まではいかない。

 自制心の強い人だと思った。

 この距離でなければ、彼女の動揺に気づいた者はいないだろう。

 会長の左のわき腹に、打撃を叩き込む。


「ぐ、ぅ……っ!」


 会長の動きが、止まる。


「わたくしの出現位置を……予測できている、とでも?」


 俺は一度距離を取った。

 くっ、と会長が歯噛みを口の隙間から覗かせる。


「判定員……今のは、有効打でしょう。サガラ……クロヒコ側の」


 先の攻防に意識を奪われて呆けていたらしい判定員が、我を取り戻した。

 慌てて俺の側の手を挙げる判定員。


「ゆ、有効打!」


 観客席がざわめき始める。


「信じられねぇ……クロヒコには消えてる会長が見えてるのか?」「今までクロヒコは本気を出してなかったってことか?」「会長の固有術式に慣れてきた、とか……?」「あれに慣れるとか、あるのかよ……?」「やっぱり聖樹騎士団じゃなくて本当にクロヒコが、四凶災を倒したのかも……」


 つくづく恐ろしい固有術式だ。

 効果が切れるまで、効果持続中に使用者が干渉したあらゆるものの認識までもが外されてしまうのだから。

 空気の流れや足音すらも認識できなくなってしまう。

 多分、気配そのものも消える。

 存在そのものが消失しているといっていい。

 ただ透明になるだけの能力なら、足音、地面の僅かな塵の動き、匂い、空気の流れを追えばいいだろう。

 だが《認識から外れる》というのが、こんなにも厄介だとは思わなかった。


 だから――目で追うのをやめ、すべてを感覚に委ねることにした。


 大事なのは、出現の瞬間。


 確かに《ペェルカンタル》発動中は空気の流れや匂いも消える。

 しかし裏を返せば――それらは出現時《急にそこに現れる》ということだ。

 つまり位置を教えてくれる。

 ただ空気の流れの方は少し読みづらい。

 そこで絞ったのが、嗅覚だった。

 先日――ややこっ恥ずかしいエピソードではあるが――ドリストス会長に抱き寄せられ、彼女の胸の谷間に顔を埋めたことがあった。


 あの時感じた独特の桃に似た匂い。


 あの匂いの出現点に、全感覚を集中させる。

 余分な感覚は極力除外。

 嗅覚一点のみに、知覚を特化。

 目で追おうとすると、余計な情報が多すぎる。

 この場合、観客席の声も雑音となり感覚が鈍る。

 さらに言えば、俺には片目ゆえの死角もある。

 だから――視覚および聴覚を一時的に捨て、すべてを、嗅覚に集中させた。

 これで位置情報が掴める。

 そして会長が攻撃をしてきた瞬間――あの匂いが出現した瞬間、その場所からの攻撃に全感覚を注ぎ、対応する。

《ペェルカンタル》で会長が距離を取った場合も、匂いの出現点まで一気に移動して距離を詰めればいい。

 俗に言う《気配》の察知は、俺にはまだ難しい。

 ヒビガミや四凶災、薬の効果で覚醒したあのノイズクラスの相手の殺気や気配なら、俺でもわかる。

 しかし今の俺では、強力な驚異的存在の気配でなければ気配を感じられない。


 俺は三撃目の攻撃に移る。

 だけど匂いなら――


「多分クロヒコは一つ、大きな勘違いをしている」


 呆れたようなキュリエさんの声。


「勘違い?」


 セシリーさんが質問する。


「見たところ、あいつは視覚に頼らず、気配や空気の流れなどの知覚に意識を集中させ、ドリストス会長の出現位置を見極めている。その目論見自体は、どうやら成功しているようだ」

「それは一応私も気づきましたけど……勘違いって、どういう意味ですか?」

「いくら視覚以外の感覚に身を委ねようと――それこそ例の未来視の固有術式でもない限り、普通はあの距離、あの速度からの攻撃にあんな速度で反応できないんだよ。つまりあれは……あいつが今までの戦いで培ってきた反射速度があって、初めて成立する戦い方なんだ」


 …………。

 なんてことだ。

 聴覚を遮断しているつもりでも、キュリエさんとセシリーさんの声だけは拾ってしまう。

 いや、でも二人の声が耳に届くともっと頑張ろうと気合いが入るから、むしろ能力は向上する……?


 ……それはともかく、キュリエさんの今の分析は当たっているのかもしれない。

 あたりどころが悪ければ一撃一撃が致命傷となっただろうあのベシュガム・アングレンの攻撃を、紙一重で躱したり防いだりした経験からすると――対処に使える時間が限りなく短くとも、ドリストス会長の攻撃速度くらいなら、どうにか反応が間に合う。

 もちろん匂いである程度位置が掴めることが前提ではあるが。


「この試合形式だと、私でも……半分賭けで的を絞って防ぐのが、精一杯かもしれん」

「きゅ、キュリエでも勝てないんですか?」

「この試合形式ならな。だが見たところあの固有術式は持続時間が短い。ならばひたすら距離を取り、術式魔装を使った遠距離からの攻撃で攻め続ける。要は、接近しなければいいわけだ。例えばクロヒコが禁呪を使えるなら、第五禁呪の翼で空を飛びながら、第九禁呪を連発するとかな。それにあの固有術式は、不意打ちの能力としては圧倒的だが、逆に、術式や弓を使った遠距離からの不意打ちには弱いだろう。となるとまあ、範囲術式にも弱いかもしれん。他にも、対策の取りようはあるはずだ。何より――」


 会長の呼吸が、荒くなってきた。


 俺の三撃目をなんとか躱した後、ひたすら防戦に徹することにしたらしい会長は、何度か防御のために固有術式を使った。

 固有術式の弱点の一つ。

 それは、消耗の激しさ。

 いくら訓練しているとはいえ乱発の負荷は大きい。

 事実、会長も動きが鈍ってきている。

 先ほどから判定員が懐中時計を何度も見ている。

 つまり、試合終了時間が迫っているわけだ。

 ……固有術式を使うのはもう厳しいだろう。

 俺は、感覚を戻していく。


「なんか会長、追い詰められてねぇか?」


 観客の一人が言った。他の観客が続く。


「あんな反則みたいな固有術式があっても、勝てねぇのかよ」「クロヒコは禁呪なしでやってるのにな」「この前密かにクロヒコと模擬試合をやったクーデルカ会長は、引き分けだったって聞いたぜ?」「じゃあここで生徒会長が負けたら実質的には風紀会長の勝ち?」「やっぱクーデルカ会長だな。《最強》よりも《無敗》が強いってことだよ」「これは聖武祭を待つまでもないかもなぁ」「まあさ、生徒会長っていつもちょっと偉そうだし、ここで敗北するのもいい機会なんじゃない?」「負けたらちょっと、イイ気味かも」


 不安げな面持ちの生徒会の一人が、観客席を睨み付けた。

 喋っていた観客の一部が口を閉じ、黙り込む。


「……クーデルカは、引き、分け……」


 一度俯いた後、会長は顔を上げ、剣を構え直す。


 顔つきで、勝負を決めに来たのがわかる。

 互いに有効打は二回ずつ。

 時間的に残りの一打を取った者が勝ち、か。

 どうだろう。

 あと一発……《ペェルカンタル》を使った攻撃に、賭けてくるか。


 会長の右目が、光った。


 ――固有術式。


 一部感覚を遮断。

 嗅覚に、集中。


 一秒半後――

 ――出現が速い――

 ――匂いの出現点――

 ――位置を、把握。


 俺もこの一撃に、すべての力を注ぐ。

 とても難しい、一撃だけど。


「――――」


 一際甲高い音が、修練場に響いた。

 数秒後、床に落ちた二本の剣が、落ちた衝撃で再びの鉄鳴を上げた。


「二人の剣が……弾け飛んだ?」


 観客の声。


「……ふぅ」


 一つ、息を吐く。


「あ――」


 そう声を漏らしたのは、判定員。


「しゅ……終了! 試合、終了! は、判定……判定は――」


 落ちている二本の剣と会長にせわしなく視線を送る判定員。

 会長は呆然自失といった様子だ。

 視線で判定員へ指示を送る気配はない。

 弱り切った顔の判定員は、やけっぱちになったような顔で手を挙げると、試合の判定を口にした。


「ひ、引き分け……っ! この試合は……ひ、引き分けです!」


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