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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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Ex8.「壊神の旅(8)」【ヒビガミ】


 ヒビガミは、ヒヤマたちと道場にいた。


 他にも道場には、ヒビガミとの戦いで命を拾った無幻越刀流の者の一部が顔を並べている。


 ヒヤマとの戦いを終えたヒビガミは、まだ助かる見込みのある者の手当てを行った。

 滅多に戦った相手の手当てなどしないのだが、今回の相手に限っては特別である。

 これはヒビガミなりの敬意を示した行動でもあった。


 道場にいるのは、ヒヤマ、キド、ナガレ。

 ここに来られず寝ているものは、カキザキと、センナミ。

 助からなかった者は、アマノ、ヒョウゴ、キリヤ、ミドウ。

 八刀絵巻はちょうど半分に減ったことになる。


 しかしやはり彼らは仲間の死を悼みはするが、ヒビガミへの悪感情は持っていない。

 これが剣に生きる者の常なのだと、そう理解しているのだろう。


「ヒビガミ殿が薬師の知識もお持ちだったとは、驚きですな」

「使ったのは、己らの薬庫から貰ったものだがな」


 この薬学知識も使う機会は滅多にないが、たまには役に立つものである。


「ヒビガミ殿」


 ヒヤマが言った。


「いくつかご自分で使ってみせたことから、あなたは門弟たちの技をすべて目にしたのでしょう。ですが……本当は私の《双龍》も含めて、技を撃たせぬ前に潰すなりできたのではないですか?」

「……ふん、気づいたか。さすがは無幻越刀流の師範、といったところだな」


 ヒヤマの言うように、実は八刀絵巻の放った技はやろうと思えば潰すことができた。


「確かに、先んじて潰すことはできた……が、おれは魅せられちまったのさ。研鑽の果てに完成された、無幻越刀流の技にな」


 驕りと言えば、驕り。

 慢心と言えば、慢心。


 けれど、驕り慢心しても目にする価値のあった技であったと、ヒビガミは思っている。


「ただし己の《双龍》だけは、絡繰りを解しても、あの域にはまず辿り着けまい。おそらく己は、その技を完全とするために長い年月を費やした。正直言って、己の《双龍》には惚れ惚れしたぜ」

「では傷を許してしまったのも、私の《双龍》に見蕩れてしまったせいかもしれませんな」


 冗談めかして、ヒヤマが言う。


 ヒビガミは今回仕掛けた勝負があくまで《剣技》での勝負であったため、本来の力の何割かが削がれていた点は否めない。

 これも言ってしまえば驕りであり、慢心なのであろうが、それでも《剣技》での勝負を仕掛けたくなってしまった。

 それほどの輝きが彼らには備わっていた。


「それでも我々に完勝してしまうのだから、ヒビガミ殿は恐ろしい人ですなぁ……まさか、ヒヤマさんが負ける日が来るとは」

「はは……私もまだまだ修行不足、ということですかな」


 馬鹿を言え、とヒビガミは内心思った。

 ヒヤマで修行不足だなどと言われたら、世の戦士のほとんどは修行不足以前の問題ということになってしまう。

 ちなみにずっとキドの隣にはナガレが座っているのだが、顎の骨が砕けている彼は、今は言葉を発することができない。


「道中、刃蝉流の《天刃の子ら》の話を聞いた」


 ヒビガミはそう切り出した。


「その連中は己と戦った後でも、戦うに値する連中か?」


 ヒヤマに尋ねると、彼は複雑そうな笑みを浮かべた。


「《天刃の子ら》ですか……どうでしょう。中にはうちのカキザキやナガレの手前までなら伸びそうな者もいましたが――」

「え!?」


 素っ頓狂な声を上げたのはキド。

 大きな声を出して傷が痛んだのか「いたたた……」と苦悶の表情。


「ヒヤマさん、まさかあの天刃たちと――」

「ええ、戦ったことがあります」

「聞いてませんよ!? な、ナガレは知っておったか?」


 ナガレが緩々と首を横に振る。


「新国主様から我らを討伐せよとの命が出る少し前に、非公式の場で」

「な、なぜ隠しておったんです!?」

「あなたたちがいらぬ嫉妬をすると思いまして」

「そりゃあしますよ! ぐっ……き、傷が……で、結果は?」

「全勝しました」

「なんてこったい……って、あれ? でもそれなら、なんでのちに《天刃の子ら》が劇芝居で悪役の無幻越刀流を演じて、それが人気の火付けになったんだ……? だって、無幻越刀流は完敗した相手なわけでしょう?」


 ヒビガミには《天刃の子ら》の考えがわかる気がした。


 彼らは純粋に、憧れたのだ。


 無幻越刀流のヒヤマと刃を交え、敗北し、その剣に魅せられた。

 そして劇芝居では《憧れの人》を演じるわけだから、力も入ろうと言うもの。

 だから観客も、その悪役に魅力を感じた。

 そんなところだろう、とヒビガミは推測した。


「となると、己以上の剣の使い手は東国では期待できんか。まあこんな里に隠れ住んでりゃあ情報も大分閉ざされてるだろうが、噂程度でもいい、腕に覚えのある者の話を知らねぇか?」


 キドが、ヒヤマを見た。

 ヒヤマは俯き気味に難しい顔をしていたが、うん、と一つ頷いた。


「セツナ、という娘がおりました」

「セツナ?」

「はい。ガムール族の少女なのですが……この大陸に渡ったばかりの頃、身寄りがなく彷徨っていたところを我々が見つけまして」

「ふむ」

「聞けば、小間使いとして置いてもらっていた屋敷から追い出されたとのことでした。毛の色が普通と違うとかで、同じ屋敷で働いていた年上の亜人族たちからも随分いじめられていたとか」


 ヒヤマが過去を懐かしむ顔をする。


「あまりにひどい話なので、このまま放っておくのもかわいそうかと思い、我々の旅に同行させたのですが……まあ、危険な旅でもありましたから、身の安全は保障できないと断りはしましたがね。けれど彼女は、我々についてくると」


 セツナは道中、率先してヒヤマたちの身の回りの世話をしていたという。

 キドが一度、話を引き取る。


「我々は亜人族なんてものはこの大陸に渡ってくるまで見たこともありませんでしたから、まあ、毛色が違うかどうかなんてわかりゃしません。なんでも白い毛の色は、ガムール族の中では不吉の色とされているらしいのです。ですが我々東国の刀にしか目がない人間からすれば、どうでもいい話でして」

 

 語り手がヒヤマに戻される。


「とまあそういうわけで、追手を振り払いつつ、最後に私たちはこの里へ辿り着くわけです。そしてある日、セツナが剣を習いたいと言い出しました」


 ヒビガミは話の先を読んだ。


「なるほど。その娘に、天の才が宿っていたわけか」

「はは、おわかりになりましたか。ええ、そういうことでございます」

「で、その娘は今どこにいる?」

「ここにはおりません」

「先ほどの物言いから、それは感じていたが。今はどこに?」

「里を出て、西へ向かいました」

「西、か」

「あれは、恐ろしい才能を持った少女でした。ですが、優しすぎた。セツナは稽古には熱心でしたが、決して真剣での試合をしたがらなかった。殺傷能力のない、竹刀や木刀を用いた稽古しかしませんでした」

「大方……命の恩人とは本気で戦えない、といったあたりか」

「ご明察。そうなのです。セツナは、私たち無幻越刀流の者とは戦わない……いえ、戦えませんでした。時折、近くの山に山菜や木の枝を採りに行く道中で、つまらん腕自慢から喧嘩を売られた時だけ、セツナは刀を抜きました」

「あれは、この世の者の剣とは思えませんでしたなぁ……恐ろしいが、美しくもあった。あれこそ、天才というんでしょうねぇ」


 キドがつけ加えた。


「めきめきと強くなっていったセツナは、いつも心の中で相手を欲していました。彼女は剣の道に進むことで、その心も強くなった。ですが……その優しさだけは、変わらなかった」

「そこで里を離れ、強き者を探すための旅に出た……か」

「はい」


 確かに無幻越刀流にはいささかそぐわぬ性格の持ち主のようだ。

 おそらくは仲間の死も、他の門弟のようには受け止められなかったのだろう。


「だが、剣の才は天なるものが備わっていた」

「そうです。セツナは、天才でした。ヒビガミ殿は我々との戦いで無幻越刀流の技を再現しましたが、セツナもまた当時、八刀絵巻の技のうち四つを使えました」

「といっても、やはり《双龍》は再現できませんでしたがね」


 言い添えたのは、キド。


「ですがそのセツナには、彼女だけが使える特殊な技があります。名は《禁説・朧月夜》。名付け親は私ですが……あれはしかし《技》と呼んで、いいものかどうか……」


 その様子から、セツナという少女の使う技が並々ならぬものであることが伝わってきた。


「西となると、帝国……でなければ《あそこ》だな」


 終末郷。


「そうだな……次は、西へ足を運んでみるとするか」


 どのみち、西へは赴く予定だった。

 ノイズの情報の件もあるし、禁呪の呪文書の件もある。


「もしヒビガミ殿が旅の中で、セツナに出会うことがあれば――」

「わかっている。殺すな、というのだろう?」

「いえ……果し合いの中で死ぬのは仕方ありません。あの子もあれで無幻越刀流の者です。果し合いであれば、相手の死も自分の死も、受け入れます」

「では、おれに何を頼みたい?」

「手加減せず、戦ってやってください」


 にぃ、とヒビガミは笑む。


「わかった。それに値する相手なら、手加減抜きでやってやるさ」


 そうだった。

 この連中は、こういう性質の者たちだった。


「それと、ヒビガミ殿」

「ん?」

「せっかくです。何か刀をお持ちになりませんか?」

「何?」

「その《無殺》の他にもう一本くらい、何か刀があってもよいでしょう」

「ふむ」


 ヒヤマは一時的に別の家屋に移動していた他の門弟を呼びつけ、刀を何本か持ってこさせた。

 道場の床に、刀が並ぶ。


「私の《晴龍》、他は、八刀絵巻のものです」

「キドの刀もあるが」

「いえいえ、ヒビガミ殿に使っていただいた方が刀も喜ぶでしょう」


 キドは本心のようだった。


「その感覚は、おれにもよくわからんな」


 ――いや、サガラに《魔喰らい》をくれやったおれの言う台詞ではないのかもしれんが。


 八刀絵巻の刀は、


 厄刀《落涙残香》。

 厄刀《色情自殺》。

 厄刀《国崩し》。

 凶刀《生首夜泣き》。

 凶刀《血まみれ連夜》

 罰刀《首折れ地蔵》。

 罰刀《耳喰い産婆》。

 罰刀《巫女差し違い》。


 どれもいわくつきだが、切れ味は保証された刀だという。


「己らは、妖刀を持たぬようだが」

「《幻無く、その向こう側へと越えていく》……これが、無幻越刀流です。ですから我々は妖刀と妖術――この大陸で術式と呼ばれているものは、使いません」

「なるほど」

「おや、そういえば……我々は妖刀を使いませんが、確か蔵の方に、前の国主から譲り受けた……」


 再び門弟を呼び寄せ、ヒヤマが刀を一本持ってこさせた。


「これは我々に最初の密命を与えた国主から、報酬の一つとして与えられた刀です。確か名を《無銘髑髏》。名もわからぬ鬼の髑髏を砕いた粉を混ぜて作られた妖刀、だとか」


 ヒビガミは《無銘髑髏》を、抜いてみた。


 黒紫色の刃。

 妖気がある。

 あの《魔喰らい》のように、鳴きたがっている。


「ふ……では、これを」

「ふむ。惹かれるものが、あったようですな」

「御せるかどうか未知数の妖刀が、好みでな」




 翌朝。


 ヒヤマとキド、ナガレが里の入り口まで見送りに来てくれた。


「では達者で、ヒビガミ殿」

「己らもな」


 キドが尋ねる。


「そういえば、道の方は大丈夫ですか?」 

「あぁ、大丈夫だ。覚えている」


 ヒヤマが、苦笑する。


「しかし、困りましたな」

「ん?」

「もう無益な人殺しとは距離を置き、このまま静かに技を鍛えながら死ぬものと覚悟しておりましたが……ヒビガミ殿とやったおかげで、また腕試しの旅がしたくなってきました」

「ではヒヤマさん、傷が癒えたらどうです?」

「そうですね……考えてみましょう」


 ヒビガミと戦った影響で、彼らの中に再び戦の火が灯ったらしい。


「もし、実力者と果し合いをしたいのなら……南のルノウスレッドを訪ねてみるといい」

「ルノウスレッド?」

「ああ。そこに《黒の聖樹士》と呼ばれるソギュート・シグムソスという男がいる。他にも、キュリエ・ヴェルステインという女剣士……そして、サガラ・クロヒコという禁呪使いがいる」

「禁呪、ですか」

「特にサガラ・クロヒコとは一度、戦ってみてほしいものだ。己と戦えば、確実にあの男は一つ上へ進むことができる」

「わかりました。もしルノウスレッドに行ってお会いすることがあれば、訪ねてみましょう」


 こうして、ヒビガミは無幻越刀流の隠れ里を離れた。


 良い死合いができた。

 それに――


「道を究めた者と出会えば出会うほど……つくづく、己の伸び代が異常だってことを思い知らされるぜ」


 山道を一人歩きながら、青空に浮かぶ厚い雲を眺めた。



「サガラ・クロヒコよ」



 この先も、壊神の旅は続く――







 これでヒビガミの外伝は終わりとなります。

 好き勝手に書き散らしてそこそこ長くなってしまった「壊神の旅」におつき合いいただき、本当にありがとうございました。

 年明けの次回更新からは、本筋のクロヒコたちの物語に戻ります。



 しかし、もう今年も終わりなんですね……。

 今年は書籍も四巻まで刊行でき、五巻の方も来年一月に出せることになりました。これも応援してくださっている皆さまのおかげでございます。

 少しずつではありますがWeb版「えくすとらっ!」も更新していきますので、今後とも「聖樹の国の禁呪使い」をお読みいただけたなら幸いでございます。


 それでは、よいお年を!



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