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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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Ex3.「壊神の旅(3)」【ヒビガミ】


 剥き出しの地面を踏みしめ、駆ける。

 道とも呼べぬ悪路だが、ヒビガミの行動を阻むことはできない。

 どころか、彼にとっては自然の方が《読み》やすく御しやすい。

 自然の流れには夾雑物がないからだ。


 ――さて。


 近い。

 連なる木々の向こうに賊の姿を確認。

 その賊の背後には、武器を携えた男たちが多数。

 ヒビガミは一足に飛んだ。

 何かが降って来たと気づく間もなく、列の先頭を歩いていた男が身体を頭上から縦に割られる。


「な、なんだてめぇは!?」


 統率は取れている方か。

 先ほどの兄弟が従えていた子分たちよりも練度は高い。

 野盗たちが一斉にヒビガミを取り囲む。

 着地によって曲がっていた膝をのばし、ゆらり、とヒビガミは立ち上がった。


「帝国兵三〇〇たぁいかねぇが……せいぜい、このおれを湧き立たせてほしいもんだ――頼むぜ、賊ども?」


「こ、殺せぇ!」


 動揺交じりの号令が飛んだと、ほぼ同時。

 ヒビガミを取り囲んでいた野盗の喉元が、切り裂かれる。

 上空から見れば、血の輪と映るか。

 一方血輪を描いた本人は、すでに円の中心から姿を消失している。


「ぎゃぁぁああああっ!」


 各所で次々上がる絶叫。

 切り伏せられた野盗はこれで二十人ほど。

 ヒビガミは目を閉じた。


「どうしたんだこいつ? 突然、目を閉じたぞ?」


 自然の中にある不純物。

 それは、人間である。

 ヒビガミには野盗の位置が手に取るようにわかる。目に映る視界に頼るよりも、自然の中に発生している不自然を感じた方が、手っ取り早い。

 駿足の影が木々の間を縫い、駆けた。

 影が通り過ぎた後には、血と死体の列。


「あ、あれはあやかしのたぐいなのか? それとも、まさか――」

「――――ぬるい」

「え?」


 声を発すると同時、また一人、野盗が額を割られる。


 八十二人。


 剣を逆手に持ち替えつつ、切りつけてきた野盗を返す刃で斬り殺す。

 全体の半分が切られたのを察知し、逃げ惑う者も出始めた。

 剣を逆手から持ち替えながら、飛ぶ。


 絶え間なく――斬る。


「…………」


 血の雨を降らすヒビガミの中には、小さな苛立ちが募り始めていた。


「足りんな」


 ――やはり、性分か。


「己らでは、まるで足りん」


 殺した数が一一三を数えた、その刹那だった。

 身体に駆け巡る、鋭い感覚。

 乱戦のせいで正確な位置までとはいかないが、格の違う相手の存在が、ヒビガミの感覚を強く打った。


 ――この、気配は……?


「あらあら、何事かと思いましたら――こんな素敵な剣士様が、いらしたのですかぁ。うふふ、見たところ……とぉっても素晴らしい腕を、お持ちのようですねぇ?」


 愛らしい、と一般的には表現すべき女なのだろう。

 羽毛のごとき金髪。緑の瞳。肌は白く、身体の線は細い。

 一見、この血の惨劇と呼ばれかねない場に似つかわしくない印象。

 年端にしても、もし未だ齢二十に達せずと言われても、信じるであろう。

 そのドレスにも似た純白の装いが、より一層の場違い感を与えていた。

 しかし見る者が見れば、彼女が戦闘用の身体をしているのはわかる。

 優れた魔素の器官を持つ者は、長きに渡って若さを保ち、かつ身体の筋肉なども密度が高まるため、過酷な鍛錬を経ても細身が保たれる――という話を、聞いたことがある。


「己が《血狂いアンナ》か?」

「あぁらぁ? アンナのこと、ご存じでしたの?」

「…………」

「ふふ……いかがしましたぁ? 駄目ですよぉ〜? もしここでアンナの名前に畏怖を覚えてあなたの部下にしてくださいとお願いされてもぉ……アンナ、困ってしまいますぅ。だってあなたみたいな人はぁ……拷問で、泣かせたいんですものぉ〜。アンナぁ、自信たぁっぷりだったりぃ、慈愛に満ちた相手を拷問するのぉ、だぁ〜いすき! 痛みで人格が少しずつ下劣に堕ちて行く様を観察するのが、だぁ〜い好き! あぁ、夫婦とか親子とか恋人同士とか親友同士だったら、もぉっと最高! お互いの信頼や愛を拷問で引き裂く遊びが、アンナ、だぁい好き! ねぇ、あなたはお一人でここへ来たの? だぁぃじな旅のお仲間は、いないのかしらぁ?」

「…………」

「い〜い、あんたたち? 手を出しちゃ駄目よぉ? アンナぁ、こいつ気に入っちゃったぁ。だってこんなにたくさんアンナの部下を殺しちゃうほど、強いのよ? 引きずりおろしたぁ〜い! まずぅ、ここで戦いながら戦闘不能までを一旦楽しんで……その後はぁ、生かさず殺さずのぉ――楽しい拷問生活を、始めましょぉ!」

「…………」

「うふふ、見なさいよあれ。アンナが《血狂いアンナ》だと知って、言葉も出ないって感じ。い〜い? アンナってば、壊れているの――狂って、いるの。アンナはもう、正常ではないの」


 ――強い。


「……一体、どういうことだ?」

「はぁ? だからぁ、アンナは狂っているって言ってんでしょぉ? ていうかぁ、ちゃんと会話に参加し――」


 ベギィッ!


「五月蠅いぞ、女」


 瞬速で距離を詰めたヒビガミがアンナの向こう脛を蹴り、骨を割った。


「耳障りだ」

「ぎ、ぎぃやぁぁ!」


 アンナが向こう脛をおさえ、痛みを訴える。


「痛い、痛ぁいぃぃいいいい! あ……あんたたち! 殺せ! この男を、殺せぇ!」


 一陣の風が、通り抜けた。

 この場にいたアンナの十数人の部下たちは数俊で息絶え、ばたばたと倒れ伏す。


「嘘……な、何……? なんなの、こいつ……?」

「おれの方こそ己はなんだと問いたい気分なのだがな、血狂いよ?」

「は、はぁぁ!?」

「ありえん。己程度の者の情報をあのノイズがこのおれに実力者の情報として渡すとは、考えられん」

「何を……言ってやがる! 死ね!」


 アンナが術式を発動させようとしたが、ヒビガミは術式を描く間も与えずアンナの指を蹴り上げ、砕いた。


「ぎゃぁっ!」


 ヒビガミは新雪のようなアンナの白い腕を、乱暴に掴む。


「ところで己は今、自分が狂っているみたいなことを言っていたが……本当に狂ってしまっている者とは、己が壊れていると気づいていないからこそ、狂っていると評されるものだ。自分から狂っていると誇示するような輩は、似非もいいところだな。カカ……真に狂気を孕む者は存外、平凡で人畜無害と映る顔をしているもんだぜ? そう……そんな一見すると平凡そうな男が、いざ蓋を開けてみれば、かの伝説に聞く禁呪使いだったりもする」

「ぐぅ……っ! くそっ! なんて馬鹿力……っ! い、痛いぃ……」

「己もけっこうな伸び代の持ち主だったようだが……野盗なんぞに身を堕した時点で、結末は決まっていたのかもしれんな」

「お、おまえにアンナの何がわかるっていうのよ!? アンナは今の生活が気に入っているわ! 権力という不細工な枷を外して自分の力を心ゆくまで振るい、欲しいものを思うままに手に入れる! クヒッ! 野盗をやっていれば、雑魚傭兵しか雇えない人の良さだけが取り柄の商人やら、勤勉と善良しか能のない貧乏くさい村の連中やら、趣味と生活を満たしてくれる間抜けな家畜には事欠かないからねぇ! お、おまえだってそうやって生きればきっと楽よ!? だから遅くない! あんた、傭兵なんてやめてアンナたちの仲間になりなさいな? 所詮傭兵なんて、雇われの消耗品よ! 枷のついた生活なんて、空気の薄い山の中でずっと生活させられてるようなものだわ!」


 ヒビガミは含んだ笑いを零す。


「阿呆め」

「な、なんですってぇ?」

「己の着ているその服は、己の手製か?」

「は?」

「己が日々口にしているものは、自ら畑を耕し、家畜を育てて得たものか?」

「あはは、ば、馬っ鹿じゃないの!? そんなの全部、奪えばいいのよ! で、暇になったら、軟弱な農民やら負け犬傭兵どもを攫って、拷問して遊ぶ! そもそもなんでアンナが、手芸や畑仕事みてぇなクソつまらん仕事を――」


 ミキッ、とヒビガミはアンナの足の甲を踏み潰した。


「ぎゃあぁぁああああっ!」

「ふん……おれみてぇな流浪者や、己らのような盗賊は、今ほど己が言った《クソつまらん仕事》とやらを日々勤勉にこなしている連中と比べりゃあ、クズに等しい存在よ」

「な、何ぃ?」

「おれたちは、己が言う《人の良さだけが取り柄の商人》やら《勤勉と善良しか能のない貧乏くさい村の連中》に《生かされてる》に過ぎん。真面目に汗を流して交易をしたり畑を耕す連中の方が、よっぽど上等な生き物だ。もちろん力を振りかざすのは、当人の自由だが――」


 カカッ、とヒビガミは嗤う。


「自分の《立ち位置》だけは、きちんと頭に入れとかねぇとな」

「う――うるさぁい! 黙りなさい黙りなさい黙りなさぁい! あの軍神王すらも恐れたこの《血狂いアンナ》に、せ、説教のつもりぃ!?」

「説教に聞こえたなら、謝るがな」

「絶対おまえは、今までで最も残酷な方法で殺してやる! 殺してやるぅ!」

「カカ……そのありきたりな嗜虐趣味も、程度が低いと言わざるをえんか」

「あぁぁああああ!? アンナの高尚な精神性を馬鹿にするのは、許さない……! ていうか……くぅっ、放せぇ! 放せ!」

「己はどこぞの《無形遊戯》が何段も劣化した程度の存在に過ぎんな。すべてにおいて、劣っている。存外かの軍神王が己の役職を解いたのも――その底の浅さを、看破されたゆえではないか?」

「し、知るかぁボケぇ! ろ、ローガン兄弟が来たら、おまえなんて終わり――ぐ、ぐがぁぁああああ!?」


 今度は、腕の骨を砕いた。

 口数がやたら多いのは、ローガン兄弟が来るまでの時間稼ぎのつもりなのだろう。

 といってもその待望のローガン兄弟は、すでに動かぬ死体となっているのだが。


「痛い! 痛い痛い! し、死ね! この、下種野郎!」


 骨を砕いた腕に、さらなる打撃を加える。


「ぎ……ぎぃゃぁぁああああ! 痛い痛い痛い! もう、無理です! 許して! い、痛い……痛い痛い!」

「カカ……もう無理、だと?」


 ヒビガミがアンナの喉元を掴む。


「今まで散々、似たような行為を多くの者してきただろうに。まさか他人にするのは良くて、自分がされるのは嫌だとでも? 馬鹿な。それではまるで筋が通らん。それに、許せというのもずれた命乞いだ。思い出してみろ? 己はそう言って命乞いをしてきた者の懇願をこれまで、どれほど聞き入れてきた?」

「う、ぐぅ……ぅ、うえぇぇ……ぐ、ぐぞっだれ……ち、地の獄に、お、おじろぉ……」


 ヒビガミは皮肉を込めて笑む。


「案ずるな、どの道おれはろくな死に方をせん。当然、その魂の行く先もろくな場所じゃねぇだろう。それもまあ――」


 容赦なく喉の骨を首ごと圧砕し、ヒビガミはとどめをさした。


「引き取り手が、あればの話だがな」






 次話(Ex4)は明日(12/7)の20:00頃更新予定です。

 

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