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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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4.「彼女のたくらみ」


 クーデルカ会長はレイ先輩以外のギャラリーを呼んでいなかった。

 そして彼女は剣を合わせている間、本気で勝つつもりだった。

 この修練場に足を踏み入れる人数を制限したことから、禁呪使いに勝利する自分の姿を他の人間に誇示する意図もなかったとわかる。

 純粋に四凶災を倒したという相手に、挑戦してみたかったのか。


「私は《極空》の使用を好みます」


 クーデルカ会長が肩に垂れた髪を払った。


「《極空》を使っている間は周囲の音が消えるのですよ。そんな空が白む直前の早朝のような静寂が、私は好きなのです」


 いわゆる、風流を好む感性の持ち主なのだろうか。


「《極空》って、固有術式なんですよね?」


 ええ、と頷くクーデルカ会長。

 一つ疑問があった。


「俺の知っている固有術式は、術式の刻まれている場所が聖素に反応して光る印象があったんですが、クーデルカ会長の《極空》は発光的な変化を感知できませんでした。あえて見破られぬよう、発光を隠しているのですか?」

「それはですね」


 クーデルカ会長が、スカートの臀部に手をあてた。


「?」

「腰骨の下あたりに、ありまして」

「あ」

 

 なる、ほど。

 お尻のあたりにある、と。

 装い上、着流しの裾でスカートが隠れている時も多いから、その――


「つまり、三重の布で覆われてるみたいなもんだからね!」


 レイ先輩が、適度にデリカシーのない発言をした。


「そうなのです」


 クーデルカ会長は、うん、と優雅に頷く。


「見たいと申されるのでしたら、お見せしますが?」


 着流しの裾を掴んで左右にどけると、クーデルカ会長がなんと、その下のスカートの裾を持ち上げようとした。


「サガラ殿は研究熱心なのですね。勝った相手からも学ぼうとするその姿勢、尊敬いたします」

「ちょっと! 何をするつもりですか、クーデルカ会長!?」


 クーデルカ会長が怪訝そうに眉根を寄せる。


「何か?」

「《何か?》じゃないですよ! 大丈夫です! 見せなくていいです! ちょっ――レイ先輩、会長さんっていっつもこんな感じなんですか!?」

「度合いはともかく、好意を持った相手には極端に警戒心が薄くなるんだよね」


 なんですか、それ。

 気を許していると言えば、聞こえはいいけど。


「気に入られたってことで、いいんじゃない?」


 言ってくれるなぁ、まったく。


「会長!」


 クーデルカ会長が錯誤的露出を思いとどまってくれた直後、数人の生徒が修練場に駆け込んできた。


「皆さん。なぜここに?」


 どうやら彼らは風紀会のメンバーのようだ。

 ……踏み込んでくるタイミングがタイミングだったら、俺の処遇はどうなっていたのだろうか。


「どうして俺たちに禁呪使いとやること、話してくれなかったんですか!?」

「レイだけずるいぜ」

「クーデルカ・フェラリス対サガラ・クロヒコ……見たかったなぁ!」

「けっこういい勝負になったんですか、会長?」

「なったに決まってるでしょ! なんたって、会長には無敵の《極空》があるのよ!」

「で、どうだったんです!?」


 風紀会メンバーが、クーデルカ会長を注視。

 無邪気な羨望の眼差し。

 悪意など微塵もない、畏敬の念。


「聞いてください、皆さん。《無敗》の称号は――」

「勝ちか負けかを判断するのも、難しい話ですけどね」


 そう割り込んだ俺に、視線が集まる。


「武器は模擬試合のものでしたし、俺は禁呪を使用しませんでした。だから、互いに自分の真の力を出し切ったとも言えないでしょう。そんな勝負で勝ちだ負けだと言っても、仕方のない話に思えます。聖遺跡攻略の階層や、例の聖武祭での試合ならともかく」


 無闇にクーデルカ会長の周囲からの評価を下げる必要もあるまい。


「あえて言うなら、引き分けってあたりが落としどころでしょうか。ただ、模擬とは言えクーデルカ会長と試合ができたのは良い経験になりました」


 実際《極空》をこの身をもって体験できたのは、良い経験になった。


「それにクーデルカ会長は、強かったです」

「ボクも高い力量を持つ者同士の戦いを見られて、いい勉強になったよ」


 俺の意図を察知してくれたのかレイ先輩が言い添える。

 風紀会のメンバーが顔を見合わせる。


「そっか、なんかいい勝負になったみたいだな」

「さすがうちの会長だ。聖武祭でも、きっとあの生徒会長に勝つさ」

「そうね、うちの会長は《無敗》だものね」


 クーデルカ会長が俺に模擬試合で負けたとしても、案外、風紀会の人は気にしないのかもしれない。

 けれど、もし負けたという話があの生徒会長の耳に入ったら、クーデルカ会長が面倒な絡まれ方をするかもしれない。

 好意を寄せてくれる人に悪影響がでそうなことは、なるべくしたくない。


「じゃあ、俺はこれで」


 俺は踵を返し、修練場を出た。


「サガラ殿」


 修練場を出て廊下を歩いていると、後ろからクーデルカ会長が走って来た。


「会長、どうしたんです?」


 ふぅ、とクーデルカ会長が胸に手を当て、息を整える。


「妙な気を遣わせてしまい、すみませんでした」

「いやぁ、あの尊敬の眼差しが並ぶ光景を見ると……会長の負けを知らせるのはいかがなものかな、と」

「ですが私が負けたのは事実です。いえ、しかし……彼らの期待に応え続けねばと思う自分がいるのも、事実でして」


 己を戒めるように、口元をきつく引き結ぶクーデルカ会長。


「負けた時に彼らを失望させまいと、模擬試合は極秘裏に行う予定だったのですが……元を辿れば、あなたとの戦いを望んだ私が浅はかでした」


 やっぱり、真面目な人だ。


「ひょっとすると、会長は人が良すぎるのかもしれませんね。俺は会長みたいな人、好きですけど」


俺はそう言うと、回れ右をして会長に背を向けて歩き出し――


「ん?」


 引力。

 振り向くと、クーデルカ会長がどう表情を作ったら良いかを迷っているような顔で、俺の制服の裾を掴んでいた。


「あの、サガラ殿」

「はい?」

「あ、お引き止めしてしまい、すみません」


 ぺこり。


「は、はぁ」

「ええっと……うん、なんでしたっけ?」

「いえ、俺に聞かれてもわかりません。呼び止めたのは、会長ですし」

「そうですよね……あれ?」


 おぉ、と会長が突然目を見開く。

 思い出したようだ。


「今度、今日の模擬試合のお礼と言ってはなんですが、サガラ殿にお茶をご馳走させてください。ええっと、東国産の茶は懐かしさもあろうかと思いますので」


 律儀な人だ。

 クーデルカ会長が迷いを眉間の皺に表した後で、言った。


「お礼を引き合いに出して、茶の席に誘う口実を作りました」

「いや……今のは、あえて言わなくとも良いことだったのでは?」

「そうでしたか?」

「……そうだと思います」

「して、答えの方は?」


 俺は苦笑した。


「ええ、ではご厚意に甘えて、今度ご馳走になりますよ」

「そうですか。慣れぬことで、やや混乱がありましたが――」


 会長は人さし指を薄い唇に添え、ふむむ、と小さく唸った。


「私も捨てたものではない、というやつなのでしょうか?」


 この不思議な質問飛ばしは、なんなんだろう……?


「少なくとも、捨てられることはないと思いますが」


 俺も自分で何を言っているのか良く分からなくなってきた。


「そうですか。では……今日はこれで、失礼いたします。どうか今日の疲労を残さず、早く休まれますよう……」


 ぺこっ、とお辞儀をし、会長は廊下の向こうへ消えて行った。


「…………」


 あ、会長が躓きそうになった……。

 うーん。

 さっきの試合で、どこか怪我でもしたのかな?


「いやいや! ご苦労さまだったね、クロヒコ!」

「……まさか見てたんですか、レイ先輩」


 クーデルカ会長が去った方とは違う方向の廊下の角から、によによ顔のレイ先輩が出てきた。

 こういう時に限り、彼女の気配の消し方は固有術式レベルに達している気がするのだが……。


「ひひひ、一部始終をちょっとね?」


 ウインクをし、指で《ちょびっと》を表現するレイ先輩。


「で、どのあたりから見てたんですか?」

「クロヒコが会長に呼び止められて『会長、どうしたんです?』って聞いたところからかな?」


 …………。


「がっつり最初からじゃないですか!」

「それよりクロヒコ、うちの会長もあれで頑張ったんだから、変な人だとか思わないでやってよね? 普段はあんなトンチンカンな人じゃないんだよ? あれはおそらく珍しい感情を覚えていたから、混乱していたんだ」

「混乱? まあ、言動は少し混乱してた感じがありますけど……」

「うちの会長はあの表情の変化のなさや常に落ち着いた物言いのせいで、すっごく心情が推し量りづらいからねぇ」


 まあ、確かに心情を読み取りづらい人ではある。


「うちの会長って実はさ、男にまったく免疫ないんだよ」

「はい?」


 急になんの話だ?

 

「ボクってさ、これは放っておくとまずそうだぞって女の子を見つけると、なぁんか余計なお世話を焼きたくなっちゃうんだよね。アイラとか、うちの会長とか」

「まあ、アイラさんなんかはわかるような気もしますけど……」


 アイラさんは少し純真すぎるところがある。

 あの人の善さは確かに、放っておいたら悪いやつに利用されそうだ。


「前々から、男にお近づきさせて慣れさせたいとは思ってたんだよね」


 わざとらしいレイ先輩の流し目が、俺を捉える。


「そこであのセシリー・アークライトやキュリエ・ヴェルステインをも心変わりさせた男に、目をつけたってわけさ」

「別に、俺じゃなくとも適任くらいいるのでは……?」

「あはは、だってクロヒコって稀代の女ったらしじゃないか! だから会長も自然な流れでたらしこんでくれるかなぁ~、ってね?」

「ひどい!」


 うーむ。

 しかし、である。


「レイ先輩、ひょっとして――」

「おや、まさか気づかれたかな?」

「会長が俺に会いたがってるってシーラス浴場の時に言ってましたけど……実際の発案者は、レイ先輩だったのでは?」

「あ、バレた?」


 レイ先輩が両手を猫のように丸め、可愛らしく笑った。

 実に、わざとらしく。


「その通りにゃ! お願いにゃ! 許してにゃん?」

「……我、禁呪ヲ発ス――」

「き、禁呪使いが激怒したにゃ!」


 ったく、この人は。


「けど、あの奥手を絵に描いたような会長に、あわよくば会長を我が物にしてしまおうと考える輩をぶつけるわけにもいかないでしょ? 貴族同士だと、それはそれで場合によっては面倒な話になるし。その点クロヒコは貴族じゃないし、何より、変な気は絶対に起こさないだろうからさ」


 うんうん、と一人満足そうに頷くレイ先輩。


「我ながら、完璧すぎる人選だよね」

「また体よく使ってくれましたね、レイ先輩」

「じゃあお礼にボクのおっぱい、五十回揉んでいいよ?」

「あなたはもう少し会長みたいな慎みを持ってください!」

「ほらね? 目の前に幸運な色情事が転がり込んできてもクロヒコなら手を出さないだろ? だから安心して、会長のオトコになってもらおうと思ったわけさ」

「表現を少し考えてから発言してください。ていうかあえて誤解を招く表現を選んでるでしょ」


 人選が完璧だとか自負する人間が、言葉のチョイスだけ間違えるわけがない。


「まあ、さ」


 表情を戻したレイ先輩が、クーデルカ会長の消えて行った廊下を眺める。


「あのドリストス・キールシーニャと聖武祭でやる前に、この学園で実質上最強のクロヒコと戦わせてあげられたらいいなとも、思ってたんだよね」

「…………」


 なんやかんやでまともな意図もあるから、これはこれで困ってしまう。

 この人はたまに無茶苦茶だけど、嫌いになれない。

 どれも誰かを思いやってしているから、だろうか。


「やっぱり聖武祭は、生徒会長と風紀会長が決勝であたりますかね?」

「前も言ったけど、ベオザ・ファロンテッサが無学年級から降りたからねぇ。もう無学年級の決勝の組み合わせは、ほぼ決まったようなもんだと思うよ」

「レイ先輩は二年生部門でしたよね?」

「うん」

「そこまで小聖位にはこだわらないみたいなこと言ってましたけど……頑張ってくださいね」

「あははは、禁呪使い殿から応援されたら、これは少しは頑張らないといけないかな? とにもかくにも――」


 とんっ、とレイ先輩が俺の肩を叩いた。


「今日のことは感謝してるよ。ありがとね、クロヒコ!」





「へぇ、クーデルカ会長と模擬試合を……」


 クーデルカ会長とやった翌日の昼休み、俺はセシリーさんと二人、例の秘密の枯井戸で昼食をとっていた。

 キュリエさんは今日、なんと風熱のため宿舎で休んでいる。

 同じ宿舎のアイラさんが朝少し様子を見に行ったところ、


「多分、学園長からもらった」


 と話していたという。

 そういえば今朝ミアさんが、


「あ、長引いていたマキナ様の風熱なのですが、先日無事完治いたしました」


 と言っていた。

 数日前、何かの用事のついでにキュリエさんがマキナさんに仕事関係の届け物をしたと話していたけど、その時にもらったのだろうか。


「結果は、どうだったんです? あ、これ食べます? はい、あ〜ん」

「じ、自分で食べれますから」


 差し出されたサンドパンを照れ隠しに素早く強奪し、一口で食べる。


「むぐむぐ、ごく……ええっと、良い試合でしたよ」

「んー、あえて勝敗を口にしないのは何か事情ありですね?」

「さすが、鋭い」

「大方、勝ったクロヒコがクーデルカ会長の評判を気にして適当にぼかした、ってところでしょう?」

「鋭すぎる……」

「まあ、クロヒコのことですから」


 うららかな陽光のような笑みを隣で浮かべるセシリーさんは、やっぱり美しさの化身みたいな少女だった。

 隣に座っていても、現実の存在に思えない。

 というかこのところ、以前にも増して日に日に美人度が進化していってる気すらするぞ……。


「ところで、クロヒコ」


 人さし指を立てたセシリーさんが、気合の入った顔でずいっと近寄って来た。


「ここで、初宣言です」

「な、なんでしょう?」

「やっぱり、出ることにしました」

「出る? 何にですか?」

「さあ、当ててみましょうか」

「は、花嫁修業……とか?」

「ふふっ」


 肩を縮め、にっこり笑うセシリーさん。


「良妻になる努力は、日頃からしております」

「では、何に出るんですか?」

「も〜、クロヒコってば、こういうところまで鈍感になったんですか? いけませんねぇ」


 やれやれ、と肩を竦めた後、セシリーさんが姿勢を正した。

 そして、


「今度の聖武祭――わたし、無学年級に出ることにしました」


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