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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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3.「極空」


 修練場に到着。


 番号も新しい綺麗な修練場だった。

 俺が戦闘授業や放課後の訓練で使用している場所より広く、屋根もついている。


 俺とクーデルカ会長は訓練用の剣を選ぶと、修練場の中心で対峙した。

 二人とも選んだ武器は、訓練用の刀。

 この修練場の訓練用の武器は、普段俺が使っている修練場よりも種類が多い。

 特に刀は好んで使用する者がほとんどいないらしい。

 だから置いてある修練場でも本数が少ない。

 他の武器と違い鞘と一揃いとなっているのも、本数の少ない理由かもしれない。

 俺が日常的に使用している修練場に訓練用の刀はなかった。

 そのため訓練用の武器を使用する際はいつも、他の種類の剣を使用していた。

 けれど強敵との戦いで《魔喰らい》や《狂い桜》といった刀の使用が多かったせいか、刀の方が馴染む気もする。

 

 クーデルカ会長が半身になり、刀を構える。


「レイ、開始の合図をお願いできますか?」


 レイ先輩が承諾し、数歩下がる。

 俺は鞘から刀を抜き、鞘を地面に落とした。

 クーデルカ会長が一つ、深呼吸。


「では――」


 レイ先輩が開始の合図を口にした。


「始めっ!」


 開始の合図直後最初に動いたのは、クーデルカ会長。


 居合いに似た動作。

 鞘から、横薙ぎの一閃。

 縦にした刀身でその初撃を弾く。

 クーデルカ会長の戻りは早い。

 彼女は俊敏に身を引くと、隙のない体勢へ戻った。

 一呼吸から――再び彼女は、静かな気迫の伴う斬攻を仕掛けてきた。


 惚れ惚れするほどブレがない攻防一体の型。

 彼女の型の美しさと精度の高さは、セシリー・アークライトの型に近いだろうか。


 風を切る短い刀音が、三度。

 攻撃の度に着流しの袖が舞う。

 その艶やかな黒髪が清流のように空を往来している。

 絶妙に懐へ飛び込ませない足さばきは、華麗の一言。

 手首が着流し袖で隠れ気味なせいで、次の手も読みづらい。

 あの着流しの袖の長さを、初動を読ませぬ長所として活かしているのか。


 ザッ、とクーデルカ会長が足を止める。


「噂通りの強さですね、サガラ殿」


 短く呼吸を整えたクーデルカ会長が、右手で刀を上段に構えた。


「出し惜しみは、いたしません。気の抜ける相手でないのは重々承知です」


 左手で峰の部分に柔らかく手を添える、クーデルカ会長。

 彼女の集中力がさらに高まっていくのがわかった。

 纏う空気の質が、明らかに変化する。

 俺は下段に刀を構え、姿勢を落とす。


 今度は、俺の方から仕掛けた。

 クーデルカ会長は直前で体勢を変え、旋回と共に、横の円斬を放ってきた。

 上段に振った刀を、俺は素早く振り下ろす。

 クーデルカ会長が逆旋回。

 俺は咄嗟に剣を左右逆に持ち替え、防御。

 刀と刀がぶつかり合った後、一度、互いに距離を取る。

 俺は息を吐く。


 剣の速度。

 体重の乗せ方。

 攻撃後のリターン。


 これだけなら、キュリエさんにも匹敵するかもしれない。

 特に攻撃後のリターンに限れば、通常のキュリエさんより素早いか。

 クーデルカ会長は後ろへ刀を流した姿勢のまま、獲物を観察する猛禽類のような目で俺を捉えている。


 鋭く。


 しかし、静的に。


 ――出し惜しみは、いたしません。


 あの辺りから何かが、明らかに変わった。

 クーデルカ会長の動きが……そう、ワンテンポ早くなった印象だ。


「…………」


 空気が張りつめている。

 学園内で発生している音が次第に遠ざかっていく――そんな感覚。

 妙な喩えではあるが、目の前の人物が膨大なセンサーの塊みたいに思えた。


 そして俺が次の動作へ移ろうとした時、


 クーデルカ会長が先に動いた。


 否、ただ先に動いただけではない。

 俺の動作に合わせて、先に動いたのだ。

 俺にはそれがわかった。

 噛み合わせてきた。

 一寸の、狂いなく。

 俺の動作を潰すべくこれ以上ないという攻撃を、完璧に合わせてきた。

 こちらの次の動きが読まれている。

 完全に。

 無欠に。

 動こうとした俺の側からでもわかるほどの、先回り。

 相手の動作の意味が理解できるものならば、まず次の動作を躊躇する動きだ。

 読まれている。

 人はそう感じれば、普通、次の動作を躊躇せざるを得ない。


「そうか――」


 修練場へ向かう途中にしたレイ先輩との会話を、思い出す。


『クーデルカ会長には未来が読める?』

『そう。うちの会長には相手が次にどんな攻撃を仕掛けてくるかがわかるみたいなんだよね』

『それって動体視力が異常にいい、とかですか?』

『フェラリス一族の持つ固有術式――《極空》さ』

『《極空》?』

『元は別の名称があったって話だけどね。ヴォル……なんとかだったかな? いつからか東国文化を好むフェラリス家の人間が《極空》と、名称を改めたらしいね』

『《極空》って、どういう意味なんです?』

『東国の刀士が持つ概念の中に、限界まで神経を研ぎ澄ました状態――極限まで集中力を高めた状態に自分を持っていく《絶空》っていう概念があってね?』

『《絶空》?』

『うん。《絶空》の境地に至るには、独自の厳しい訓練とかが必要らしいんだ。東国の刀士でも、その領域に到達できる人はごくわずかなんだってさ』

『しかし……レイ先輩って、けっこう物知りですよね?』

『ふふふ、ボクは剣を振りまわしたり術式をぶっ放すよりは読書の方が好きだからね。これでもセシリーに劣らず勉強家なんだぜ? は、ともかくだ。その《絶空》の状態に至った者は、相手の初動から次の動きが手に取るようにわかる……そんな話が、古い東国の文献に残ってるのさ』

『なるほど、その《絶空》にあやかって《極空》と名づけたと』

『フェラリス家としては《絶空を極め、超えた空》という意味で《極空》と名付けたみたいだけどね』

『シーラス浴場といい、フェラリス家の東国文化への傾倒はなかなかのものがありますね……でも今の話、俺に教えて良かったんですか?』

『いや、ていうか会長自身から話しておいてほしいって頼まれてたんだよ』

『会長自身から?』

『自分が禁呪のことを知ってるのにクロヒコが自分のこの力を知らないのは、不公平だからって』

『ま、真面目な人ですね』

『いやぁ、しかし今までつい伝えるのを忘れててね? ボクとしては直前に伝えられて良かった良かったっ!』

『レイ先輩……』


 なるほど。


「――あれが、《極空》」


 未来視――先読みだけではない。

 反応速度、精度……他にも多くの能力が、底上げされているらしい。

 五感――どころか、六感すら含む感覚全体が強化されているようだ。


 一撃目を素早くキャンセルし、俺は二撃目を繰り出す。

 クーデルカ会長は余裕で反応し、見事に噛み合わせてくる。

 やはり攻撃の来る場所も軌跡もあらかじめ読んでいる。

 さらに驚嘆すべきは、その対応力。

 もし先読みができることをあらかじめ想定した上で攻撃パターンを直前で変えても、その変更後の攻撃にも一片の好きなく対応してくる。

 俺の攻撃が、クーデルカ会長に迫る。


「――――っ」


 三撃目、四撃目と、俺の攻撃はすべて読まれていた。

 読み違えなどない。

 五撃目も、読まれている。


「なる……ほど――さすがです、ね」


 頬に汗を伝わせながらそう言ったのは、


 クーデルカ会長。


 六撃目、七撃目。

 俺は攻撃の手を休めない。

 さらに速度を高めていく。

 クーデルカ会長が俺の攻撃を受け流し、反撃。

 襲いかかる刃を、瞬時に弾き飛ばす。


 もっと、速く――


 クーデルカ会長が刀を引き戻す。

 その引き戻しかけた刀を再度、弾き返す。


「くっ――」


 防御の隙を与えない。


 ――もっと、速く。


 そうだ。

 攻撃が読まれて、いるのなら。


「この、速度っ――」



 読まれても問題のないレベルにまで自分の攻撃を、引き上げるしかない。



「待って、ください……っ」


 俺は、攻撃の手を止めた。

 クーデルカ会長は汗を顔中に滲ませ、荒い呼吸を繰り返している。

 呼吸を整え、彼女が言った。


「ここまでに……しましょう」


 終わり、か。

 クーデルカ会長が胸に手を当てて、深呼吸。


「ふぅ……攻撃が読めていても対処できない速度と、攻撃力……なるほど、これでは《極空》による先読みも、意味を成しませんね」


 相手の攻撃が読めれば確かに戦闘では有利になる。

 それでも防げなければ意味がない。

 そして《極空》にはもう一つ、弱点がある。

 この人自身も、おそらくは気づいているだろうが……。


「決して禁呪だけの方ではないと聞いてはおりましたが、聞きしに勝る強さでした。良い経験をさせてもらいました。感謝いたします」

「俺も良い経験になりましたよ。特に《極空》とはこれほどのものなのかと……自分の攻撃がほぼ違わぬ予測をされているというのは、正直やりづらいものですね……」

「お褒め頂き、光栄です」

「こっちこそ、クーデルカ会長と剣を交えられて光栄でした。ありがとうございます」

「……いえ」


 クーデルカ会長が刀を拭き、鞘に納める。


「ところで……禁呪の方も一応警戒はしていたのですが、お使いにはなりませんでしたね?」

「その……実は俺、今は禁呪の力に頼らない部分の強さを磨いておきたくて。だから今日は極力禁呪を使わず、剣だけでやろうと考えていたんです」


 刀を鞘に納めながら、俺はそう答えた。


「ならば術式の使用自体、最初から禁止にしておくべきでしたね。そのあたりの配慮が足らず申し訳ありませんでした。あまつさえ、私は《極空》を使用してしまいましたし」

「いえ、そんな……俺の方こそ、なんだか自分の都合込みで戦いに臨んでしまった感じで……すみません」


 クーデルカ会長が目を細め、白い頬の汗を袖で拭った。


「レイの話していた通り……サガラ殿は少し、不思議な殿方のようですね」

「そ、そうですか?」

「模擬戦とはいえ、クーデルカ・フェラリスに勝ったのです。もう少し勝ち誇ってもよさそうなものですよ? 例えば私の知る多くの者は、遠回しに己の自尊心を満たすための言葉を引き出そうとするものですが」

「あのぅ……」

「はい?」

「ええっと、俺の自尊心が満たされたところで……何か俺に、いいことがあるんでしょうか?」


 クーデルカ会長が、きょとんとなった。


「いえ、その……サガラ殿の言っていることの意味が、私にはよく……」

「俺の自尊心が満たされても、俺にはなんの得もありませんし……むしろ勝負に勝ったら、場合によっては相手の自信を失わせないように配慮しつつ、相手のやる気をより引き出させる方がいいのでは……?」

「……それが理想的と言えば、理想的なのでしょうが。しかし……」

「…………」

「…………」

「おかしいです、サガラ殿は」

「俺、おかしいですか……?」

「はい、常識的に考えて」


 がっくりと、肩を落とす。

 おかしい、か……。

 俺、クーデルカ会長に常識のないやつだと思われてるのかな……?

 その時、


「あ」


 思わずといった様子で声を出したのは、レイ先輩だった。

 傷心の俺は、つと顔を上げる。


「レイ先輩……どうかしました?」

「いや、珍しいものを見たと思ってね。へぇ……まさかうちの会長がねぇ……」

「?」

「ところで、サガラ殿」


 真剣味を帯びた様子で、クーデルカ会長が言った。


「サガラ殿の目から見て、私はどの程度に映りましたか?」

「それは……戦闘の強さという意味でですか?」

「はい」


 うーむ。

 下手に気遣いが過ぎるのも、嫌みっぽくなってしまうか。

 彼女の表情を見て、そう思わされてしまった。

 だからここは正直に言うべきだろう。


「強い人だとは、思いました」

「……そうですか」

「ですが――」


 そう。

 俺はもう、戦ってしまっている。

 彼らと。


「ヒビガミや四凶災……あの怪物たちと比べると、やはり何かが決定的に違うような気がしました」

「決定的に違う何か……それは一体?」

「抽象的で申し訳ないんですが、喩えるなら……ニオイ、ですかね?」

「ニオイ……」

「彼らには、独特のニオイがあるんです。これはキュリエさ――キュリエ・ヴェルステインも、同じです」


 ロキアやノイズにも、そのニオイがあった。

 ただ、自分にそのニオイがあるのかはわからないが――


「むぐっ……!?」


 瞬間、


 目の前が、真っ暗になった。


 な、なんだ……?

 頭の両脇に、柔らかさと適度な弾力性の調和した何かの感触が感じられる。

 これは……抱きとめられている、のか?

 え?


「そのニオイ、私からは感じられませんか?」


 完全な、不意打ちだった。


「……か、感じられませんっ」

「そうですか」


 拘束から解放される。

 頭がくらくらする状態で確認するが、クーデルカ会長はけろりとしていた。

 照れるとかいった反応もない。

 凛々しい表情のままだ。

 ある種のはしたない真似をしたという自覚は……なさそうである。

 そして、こういう状況でニヤニヤしているのは……例によって例のごとく、レイ先輩。

 口の動きだけで「相変わらず、役得だねぇ」と言ったのがわかった。

 心臓に負荷をかける行為に、役得もクソもないと思うんですが……。

 さらにレイ先輩がまた口の動きだけで「うちの会長、けっこうあるでしょ?」と聞いてきた。

 ……どう反応しろと。


「おほん」


 俺は照れを隠し、一つ咳払い。


「すみません、俺の喩えが悪かったです。ニオイというのは……その、体臭ではなくその人の纏う空気というか、雰囲気みたいなもののことでして……」

「そうでしたか……理解が足りず、汗臭い私のにおいをサガラ殿に嗅がせてしまい申し訳ありませんでした」


 ……不快なにおいでなかったのは、確かだけど。


「私はどうも昔から、勘の悪い性格でして。お許しください」

「い、いえ……」

「ともかく、サガラ殿が私より数段上の実力者であることがわかりました……ドリスの見立ても間違っていなかった、というわけですね。何より私も自分の今の正確な実力を知れた気がして、嬉しいかぎりです。しかし……元より不本意な称号ではありましたが、これで――」


 クーデルカ会長の表情が少し、和らいだようにも見えた。


「《無敗》の称号も、返上ですね」


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