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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第15話「月明かりと、美貌の少女」

 大男の身体が完全に俺の方へと向いた。


「……てめぇ、まさか終末郷出身の――しかも第6院にいたこのおれに、逆らおうってのか?」

「終末郷? 第6院? 知らねぇよ、そんなもん」

「ほー、そうかい。ま、その度胸は認めてやるさ。だが、どうすんだ? 今この場でてめぇの味方をしてくれるやつなんざいねぇぞ? 好き好んで第6院の人間とやり合うやつなんか、いるわけがねぇからな!」


 ……だから俺は知らないんだってば、その第6院とかいうの。

 何?

 不良が多くて有名な学校か何かなの?


「てめぇらもわかってんだろうな!? こっそり衛兵にチクったりでもしたら、後でどうなるかわかんねぇぜ!?」


 大男の脅し言葉に皆、暗い表情で俯いてしまう。

 と、そこで、


「あ、あのぅ、お客様……」


 弱々しい声が割り込んできた。


「あぁ?」

 

 見ると、この事態に恐る恐る口を挟んだのは、店の店主だった。


「そのですね、あの、大変申し上げづらいのですが、揉め事は……」

「あぁ!?」

「ひっ! い、いえ、店の中での揉め事はどうか、お許し願えないでしょうか……? 店が壊れてしまっては、その……」

「ああ、そういうことかよ」


 不快げだった大男の表情が、愉快なものへと変わる。


「ったく、仕方ねぇな。このガキに現実を教えてやるのは、店の外でにしてやるよ。だが――」


 大男が店主を睨み据える。


「ガキへの『教育』が終わったら、その後の支払いは全部ツケで頼むぜ? もちろん、無期限のな」

「えっ――」

「なんだ? 文句あんのか?」

「い、いえ! 滅相もございません! ツケでけっこうでございます!」

「がははははっ! 気前のいい店主でよかったぜ! んじゃ――外に場所を移そうか、クソガキ。」


 親指で外を示す大男。


「喧嘩を売ったのはてめぇの方だぜ? 今さら謝るだなんて、情けねぇことはしねぇよな?」

「……わかってる」


 俺はミアさんに手を差し出した。

 彼女はまだ恐怖に足が竦んでいるみたいだった。

 俺はミアさんの手を取る。

 冷たい。


「ミアさん」


 俺は小声でミアさんに話しかけた。

 ミアさんは何か言葉を紡ごうとして、失敗する。

 かまわず俺は続けた。


「店を出るちょっと手前くらいから、走って逃げましょう」


 ミアさんが俺の目を見る。

 そして、小さく頷いた。

 禁呪を使わないで済むなら、それに越したことはない。

 そもそも術式とかいう力がこの世界でどのような扱いのものなのか、それすらもわかっていないのだ。

 あの術式って、街中で無闇に使ってもいいものなんだろうか?

 …………。

 それ以前に、なんとなくではあるけれど、俺の『禁呪』とマキナさんが使おうとした『術式』という力は、何か根本を異にするものであるような気もする。

 俺は自分の手に視線を落とした。

 ……禁呪、か。

 最初に禁呪が発動した時、その場に居合わせた人たちの反応を思い出す。

 あるいは……あるいはどこかで俺は、自分が禁呪を使うのをミアさんが見たら――俺が使ったのだということを彼女が知ったら、彼女は自分のことを気味悪がるんじゃないか……そんな心配を、しているのかもしれない。

 もしかしたら彼女は俺のことを怖がるかもしれない。

 そう危惧させてしまうくらいには、あの禁呪は禍々しく、異質な何かを持っている。


「…………」


 でも――使う。

 いよいよとなったら俺は、迷わず禁呪を使う。

 自分のことは二の次でいい。

 ミアさんが無事に帰れることが、何より最優先だ。

 彼女に気味悪がられる云々なんて、所詮は自己保身にすぎない。

 ここは彼女が助かりさえすれば、それでいい。


「アニキ、こんなやつ一々相手にしなくてもいいんじゃないっすか? 時間が経つと衛兵が来るかもしれませんし……いくら第6院の名が効果的だとしても、あんまり騒ぎが大きくなると……」

「うるせぇよ、そしたら、とっとと女攫って逃げるまでだろうが。そんじょそこらの衛兵なんざ、怖くねぇよ」


 手下の危惧を、大男は一蹴した。


「それにな、おれはああいう勘違い野郎をボコボコにして無様に命乞いをさせんのが、すっげぇ好きなんだよ。知ってんだろ? ま、あの優男が危うくなりゃあ、亜人種のメスの方もちったぁ従順になるだろうしな」

「おお、さすがアニキ! そこまで考えてるんすね!」

「まぁな」


 聞こえてるっつーの。

 …………。

 違うか。

 わざと、聞こえるように言ってるのか。

 ……ま、逃げるけどね。

 では――


 俺はミアさんの手を取ったまま、一気に駆け出した。

 俺たちの方が先行していたから、ポジション的に大男たちが俺たちを阻むことはない。

 店から飛び出す。

 外はすっかり暗くなっていた。

 そのまま俺は左に曲がろうと――


「え? うわっ!」


 何かに躓き、転倒。


「きゃっ」


 後ろから、ミアさんが覆いかぶさるようにして倒れ込んできた。

 イタタ……。

 なんだ?

 俺は顔を上げた。

 俺たちを見下ろす人影。

 目を凝らす。

 こいつは――大男の手下の一人?

 後ろを振り向く。

 反対側の道にも人影が一人。

 ……しまった。

 手下の数は三人。

 いつのまにか二人、店の外に出ていたのか。

 くそ、なんで気づかなかったんだ……!


「残念だったな、ガキ」


 俺に足をかけた手下が、小馬鹿にした顔で言う。


「だ、大丈夫ですか、クロヒコさま!?」


 身体を起こしたミアさんが、俺の身体に手をかける。


「大丈夫です……ただ――」


 俺は後ろを振り向いた。

 手下を引きつれ、大男が悠々と店から出てくる。


「情けねぇ……マジに情けねぇなぁ、クソガキ。あ?」

「…………」


 さて。

 仕方ない。

 やるか。


「ミアさん」


 俺は立ち上がりながら言った。


「逃げられそうなタイミングがあったら、一人で安全なところまで逃げてください」

「え? クロヒコ……様?」

「ここは、俺がなんとかしますんで」

「なんとかしますって、そんな……」

「忘れました? 俺、山奥で育った超野生児なんですよ?」

「え?」

「しかも聖樹士にスカウトされて学園に入学したんです。ということはですよ? 俺、すっごく強いわけです」

「クロヒコ、様……」

「けど、これから起こることは、ちょっと刺激が強いかもしれません。なんていうか、あんまり女の子が見るようなものじゃないかなー、とか、思うわけでして――」

「なぁにをごちゃごちゃ言ってんだ、クソガキ! さっさと来いや!」


 大男に遮られる。

 ちぇ。

 けっこう、かっこいいこと言ってる最中だったのにな。


「アニキぃ! こいつ、アニキに勝てるつもりでいるらしいですよ!?」


 近くで俺たちの会話を聞いていた手下が、声を上げた。


「おぉ! そいつは威勢がいいじゃねぇか! いいぜ! その自信、へし折ってやるからよ! さっさときやがれ!」


 その時、


 大男の方に向かって駆け出したのは――ミアさんだった。


 ……え?


「ミア……さん?」


 なんで――


 大男の前まで行くと、ミアさんが土下座をした。


「どうか――お許しください! わたくしでしたら、なんでもいたします! ですから、どうかあの人だけは見逃していただけないでしょうか!? この通りでございます!」

「ほ〜?」


 一瞬だけ意外そうな顔をした大男だったが、すぐにその表情は満足げな笑みへと変わり、自分の顎をぬるりと撫でた。


「まあそこまで言うんなら、考えてやらんでもねぇが……いやぁな? おれたちだって、できれば暴力なんて振るいたくねぇのよ? ただ、あんまりにもあのガキが礼儀ってもんを知らなかったからよ。ついおれも、オトナとして教育してやらねばならん、と思ったわけだ」


 俺を囃し立てるような笑いが手下たちから漏れる。


「…………」


 俺のミスだ。

 さっきの俺の言葉……。

 あれをミアさんは、俺が強がりで言っていると思ったんだろう。

 彼女は優しい。

 だから逆に、自分が犠牲になって俺を救おうとした。

 くそ。

 俺が、迷ってたから……!


「…………」


 でも、もういい。

 大騒ぎになろうが、マキナさんにしかられようが、ミアさんに気味悪がられようが――もう、どうでもいい。

 もうここまでだ。

 無駄な前置きも何もなし。

 ――今度こそ、やる。


 大男を、ターゲッティング。

 いくぞ。

 禁呪――


「そこまでです」


 俺が、禁呪を詠唱しようとした――その時だった。

 胸の中がくすぐられるような、そんな凛とした声が、夜の闇を震わせた。


「…………」


 ――またかよ。


 正直、そう思った。

 いや、もう誰が割って入ろうが関係ない。

 俺は禁呪を使う。

 そう決意していた。

 だが、


 その声を耳にした瞬間――禁呪詠唱のために開かれた俺の口は、出るべきだった言葉を消失し、そのまま、停止してしまった。


 端的に言えば、聞き惚れてしまった。

 それは、惹かれざるをえない音色。

 理性を上回るほどの誘引力。

 生まれてはじめて耳にする、極限まで澄んだ声。

 多分、俺だけじゃない。

 大男も、手下たちも、店から心配そうに事態の成り行きを見守っていた客たちも、一様に、その風鈴の音のような涼やかな声に魅了され……そして一瞬、時を止められてしまった。

 上半身を起こしたミアさんも、言葉を発さぬまま、声のした方へと顔を向けている。


 見ると、大男の背後に馬車の姿があった。


 こつん――と、地面に降り立った靴が、小気味よい音を立てた。

 そして、開かれた馬車のドアから、細身の人影が、姿を現す。


 その時――冴え冴えとした月の光が、まるでその人物のためだけに降り注ぐかのように、馬車から降りた人影を照らし出した。


「――――」


 その場にいた誰もが、息を呑んだのがわかった。


 ――美しい。


 おそらく誰もが、月明かりに照らされた少女を目にして、そう思った。

 ただ一言。

 それだけで、十分。


 突如として月光が照らす舞台へと現れたその見目麗しい少女に、誰もが状況を忘れ、暫しの間、完全に目と心を奪われていた。

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