第117話「穢れし獣と禁呪使い」
「禁獣は、禁呪を使用した者へ転移すル」
禁呪王は語った。
禁呪使いの中に棲みつく獣は、禁呪を宿したばかりの頃こそまだ小さい。
しかし禁呪を使う度、意識に巣食う禁獣は大きさを増す。
大きくなればなるほど宿主の抵抗は困難となっていく。
禁呪を多く宿せば宿すほど、禁獣は力を得て、宿主を蝕む速度は上がっていく。
禁獣は人から人へと移る。
つまり他の誰かが禁呪を使えば使うほど、禁獣を宿す他の誰かの意識の中にいる禁獣は力を失っていく。
そして現在最も巨大な禁獣を宿している者は、
「お察しの通リ、我ダ」
禁呪王。
かつて聖神と軍神の仲違いを止めた時、彼はすでに禁獣に深く蝕まれていた。
だが、彼自身の意志力は遥かに強固であった。
禁呪の獣に対抗しうるほどの意志力。
その強靭な意志力を以って彼は耐え続けたが、しかし、ほどなくして限界は見えてきた。
聖神ルノウスレッドと軍神ルーヴェルアルガンは互いの神力と知恵を結集し、彼に特製の聖呪符を施した。
この呪符の効力により獣は一時的に抑え込まれたが、獣自体を取り払うには至らなかった。
獣の侵蝕は止まらない。
けれど愛した者を穢れた獣などに奪われるわけにはいかない。
姉妹神は諦めなかった。
侵蝕の進行を抑えるべく、聖神と軍神が思考の果てに考え出したのは、禁呪王を人と神の狭間へと連れてゆくことであった。
半神である彼が最も強く己を保つことができるのは人の世界ではなく、神の世界でもなく、人と神の狭間の世界だと考えたのである。
狭間の世界の名は――地の獄界。
人の世界の、地の底。
神の世界の、地の底。
その二つが交わる場所に地の獄界は存在した。
「てことは、ここが……」
赤と黒の世界を見渡す。
「そうダ。この場所こソ、地の獄界」
肉体と精神体の狭間の世界。
「貴様は精神体としてここいるガ、我の肉体はここにあル」
禁呪王は話を続けた。
地の獄界を選んだのには他にも理由があった。
禁獣自体が元々神の側の存在であったため可能な限り神の世界から遠ざけた方がよいのではないか、という意図もあった。
といって人の世界にまで行ってしまえば今度は自分たち――聖神と軍神の神としての力が弱まってしまい、いざという時に本来の力が発揮できない。
妥協点としての、地の獄界でもあった。
実際のところこの地の獄界行きは、ほとんど祈りにも似た賭けであった。
しかし姉妹神はその賭けに勝利する。
明らかに禁呪王の獣への抵抗力が増したのだ。
とはいえこれは、いわば病魔の進行を限りなく鈍足としたにすぎない。
根本の解決ではない。
当然、獣自体を禁呪王から取り去る必要がある。
取り去り切れずとも、限りなく獣の力を弱めねばならない。
そこで姉妹が目をつけたのが、禁呪王の生まれた高真ノ国の『禁字族』と呼ばれる、不思議な言語を操る少数神族であった。
姉妹神は獣の特性を知っていた。
知恵の泉窟に棲む賢神ミーミラが、禁呪と禁獣との関係に関する知識を僅かながら知っていたのである。
その話を姉妹は聞いていたのだ。
禁呪王には何も伝えず姉妹は高真ノ国へ赴いた。
禁字族に禁呪王の持ち物であった禁呪の呪文書を読ませ、禁呪の宿主――
禁呪使いとした。
禁獣は人から人へと移る。
つまり他の誰かが禁呪を使えば使うほど、
禁獣を宿す他の誰かの意識の中にいる禁獣は力を失っていく。
姉妹は策を巡らし、禁字族に禁呪を使用させる環境を作り出した。
けれど禁字族は、あえなく果てた。
しかも彼らは最高でも禁呪を二つまでしか宿せなかった。
禁呪の負荷に耐え切れず、やがて彼らは死んでしまった。
また禁呪王の使ってきた回数に比べ、禁字族の禁呪の使用回数はあまりに少なかった。
獣の『本体』は、未だ禁呪王から動かず。
僅かにその大きさを奪えただけであった。
目論見は外れた。
そしてこれにより禁呪王が特別な存在であったことが判明した。
獣に対抗できる力を異様なほどに備えていたのは、彼だけだったのだ。
聖神は禁字族を犠牲にした罪の意識に苛まれ、苦悩する。
元より聖神はこの方法に反対だったのだ。
一方の軍神は、僅かとはいえ禁呪王の負担を減せるからと――禁字族を、使い果たした。
軍神はすでに狂ってしまっていたのかもしれない。
後に聖神は禁呪王にそう語った。
狂神。
愛する者への狂信によって狂神となった女神。
軍神は禁呪王の世話を聖神に任せると、今度は人の世界へ手を広げた。
だがすぐに問題が発生する。
誰も禁呪の文字を、読めなかったのだ。
しかも、禁呪王や禁字族の使う『禁呪言語』とも呼ぶべき言語は、どうやっても聖神と軍神が『覚える』ことができない。
呪い。
言語そのものを呪いと感じてしまうほど、その禁呪を発動させる言語は多くの者たちの理解を拒んだ。
賢神ミーミラですら、禁呪言語には白旗を上げた。
それ以外にも問題はあった。
それは適性者の存在である。
姉妹は神々の遺産的叡智と神の能力を存分に駆使して禁呪王の『色』を研究、分析した。
長い長い時をかけた。
かけざるを、得なかった。
次の宿主は禁呪言語を扱える者であり、かつ、この『色』を持つ者ではなくてはならない。
禁呪の呪文書の数にもまだ余裕があるとはいえ限りがある。
ことは慎重に運ばねばならない。
そして気の遠くなるほどの長きに渡る研究の末、姉妹はついに見出す。
この『色』に最も近い色を持つ者こそ『禁呪使いの適性者』であるに、違いないと。
「その適性者が俺、だった……?」
「判明したのは『適性者がいる』という『状態』だけだっタ。その適性者が神の世界にいるのカ、人の世界にいるのかはわからなかっタ。ゆえにその『色』を持つ者ヲ、どのような存在かもわからぬまマ、召喚してみるしかなかったらしイ」
なんかどこかには適性者がいるっぽいからとりあえず召喚してみよう、みたいなノリに近かったわけか。
つまり異世界――地球をピンポイントで見つけた、というわけではなかったようだ。
「けど、俺が前にいた世界の文化にけっこう詳しいみたいだったけど……」
「あれらハ、全て貴様の意識に入り込んだ時に貴様自身から得た知識ダ。こっちに来る前ニ、相当に色んな知識を詰め込んできたようじゃないカ」
…………。
ネットと読書から得たばかりで、いわゆる『輝かしい豊かな実体験』ってやつは、ほとんどなかったけど。
「しかシ、まさか適性者がこっちとはまるで異なった世界ノ……しかモ、人間だとは思わなかっタ」
ここまでの話を聞いて俺にも話が見えてきた。
要するに、
「けど、これでわかった。つまり聖神さんと軍神さんは俺に禁呪をたくさん使わせることで禁獣をあんたから俺へ移し、禁獣に蝕まれ続けているあんたを救おうとしていたってわけか」
「そういうことダ。召喚の儀が何度もできれば召喚の影響で一部が『繋がった』貴様の世界から禁呪言語を使える人間を溢れるほど召喚する……そんな手もできなくはなかったんだがナ。そんな生贄を大量に揃えるみたいなやり方ハ、まア、ルノウが反対しただろうガ」
そうか。
日本語で書かれてるなら少なくとも一億人以上の人間が読めるわけだしな。
無制限に召喚できるなら適性者でなくとも、数で勝負って方法がとれたわけだ。
しかし召喚の儀とやらはそう何度も使える代物ではないらしい。
さらに聞いたところだと、呼び出す方法は存在するが送り返す方法は存在しないという。
「異世界からの召喚であいつらは今、神力の多くを失ってしまっタ。力が戻るまでに、まだまだ時間がかかル」
ならば二人としては、なんとしても俺に禁呪を使わせ続けなければならない。
「でも、さ」
思い切って、聞いてみる。
「今あんたは第九禁呪で禁獣を縛りつけている。あの四凶災と戦った後に見た暗闇の中でも禁獣を鎖で縛りつけていた。おかげで禁獣は禁呪を長期に使用して疲れ果てていた俺の意識へ移ってくることができなかった……俺には、そう解釈できたんだけど」
つまり禁呪王は、俺を救ってくれたわけだ。
彼らは俺に禁呪を使わせ、禁獣を禁呪王から俺へ転移させたい。
しかし禁呪王の行動はむしろそれを阻む行為。
それにだ。
今の禁呪王の話や、前ここで会った時の会話を思い出してみれば、どうも俺の召喚は、聖神と軍神のみの判断で行われた節がある。
自責の念でも感じているのか、禁呪王は、自分も一味であるみたいな話ぶりをするけれど……。
「あいつらの気持ちヲ、無下にもできなくてナ」
あいつら。
聖神と、軍神か。
「だが貴様を見ていたラ……やはりこいつは駄目だト、思っちまっタ。いヤ、思わされちまっタ」
禁呪王の声は優しげだった。
俺を獣の生贄にしようと画策する者の響きには、聞こえない。
「あの女たチ……キュリエ・ヴェルステインとセシリー・アークライトの存在モ、よくなかっタ」
「キュリエさんたちが?」
「キュリエ・ヴェルステインはルーヴェニ、セシリー・アークライトはルノウニ……貴様をいつも不器用に気遣うところなんかモ、本当ニ、似ていやがル……貴様らの姿ガ、ルーヴェとルノウと我との関係ニ、重なっちまったのサ」
懐かしそうに禁呪王は言う。
「なんの悩みもなく幸せだっタ、あの頃にナ」
遠い過去に存在した幸せを噛み締めるような、そんな声だった。
「けど、あんたはどうなる?」
「ン?」
「このままだと禁獣はあんたの中に留まり続けるんだろ?」
「だナ」
「いいのか、それで……?」
「いいんだヨ。少なくとモ、貴様ではやめダ。そうだナ、あいつらの力が戻ったら次の適性者を探すサ。我も後数百年は自分を保てそうだしナ」
「いや、でも……」
「禁獣は我が抑えておいてやル。貴様が死んじまうまではナ。だから貴様は何も気にせず禁呪を使うといイ。それが我にできル、この世界へ貴様を連れてきたことへの精一杯の償いダ」
「だ、だけどあんたはその間第九禁呪を使い続けることになる。つまり獣の侵蝕が早まるってことだろ? そんなのって……」
「まあナ。それでモ……五百年はもつだろウ。あいつらが異世界から次の適性者を召喚する力が戻るまで大体、百五十年くらいカ。マ、なんとかなるだロ」
「…………」
「悪かったナ。つまらんことニ、巻き込んでしまっテ。他に何か我が償えることがあれば協力したいところだガ……残念ながらあの獣を抑えるのデ、我は手一杯ダ。すまン」
俺は面を伏せる。
「謝らないでくれ……これは結果論でしかないけど、俺はこの世界に呼ばれて良かったと思ってるんだ。何かのために頑張る楽しみを覚えた。命を賭けてもいいと思えるほど、大切な人ができた。この世界に来たおかげで、自分が少しだけ変われたような、そんな気がするんだ」
何に対しても心が動かなくなっていた。
無感動になっていた。
死んでいた。
初めて相対した時に禁呪王が見せた冷たい石――イシ。
多分あれが俺の死んでいた心なのだろう。
あれを取り除いてくれたのは、禁呪王だという。
そんな俺はこの世界に来た直後、何もかもを新鮮に感じていた。
あるいはキュリエさんに初めて出会った時に感じた『あの気持ち』も、禁呪王が取り去ってくれたイシによって得られた『感動』だったのかもしれない。
だけど……それがきっかけになって彼女と出会えた。
あの時溢れ出た気持ちは結局、本物になった。
意図はどうあれ、聖神と軍神がこの世界に呼んでくれなければ『彼女たち』には出会えなかったのだ。
「禁呪王……聖神さん、軍神さん」
だから、
「ありがとうと、言わせてもらうよ」
禁呪王が忍び笑いを漏らす。
「くくク、女神様どもが呆気にとられてるゼ、相楽黒彦ヨ? とんと呆れた男ダ。もっと喚キ、罵倒シ、勝手に召喚された理不尽を嘆キ……普通ハ、そうなるだロ? それがよりにもよっテ、出てきたのが感謝の言葉とハ……なるほド、確かにノイズ・ディースとやらハ、正鵠を得ていたのかもしれン」
俺はきょろきょろと辺りを見る。
「ところで、その聖神さんと軍神さんって、姿を現したりは……?」
「基本、神の声は人には聞こえんシ、姿も見えン。神から人の姿は見えるシ、声も聞こえるのだガ」
「禁呪王は……ああ、半神だからか」
「その通リ。まア、精神体として一時的に触れ合ったりする場合もあるシ、絶対に見えず聞こえずではないのだガ……ア? ハッ、そうかイ」
「? どうしたんだ?」
「あいつらガ、自分たちが謝ってると貴様に伝えてくれとサ」
「あはは、なんの問題もないですよ」
「だとヨ。しかシ……鈍感がどうこうってレベルじゃねぇナ、この男ハ」
ため息をつく。
セシリーさんが時々、俺が鈍いって言うんだよなぁ……。
なるべく、アンテナは張ってるつもりなんだけど。
「やっぱ鈍いのかなぁ、俺って……」
「鋭けりゃあ『こと』に至るのハ早くなるがナ」
「こと? ことに至るって、何が――」
ザクッ。
「ぐあァ!」
棺に飛来した黒い槍が突き刺さった。
え?
な、なんだ?
「チッ、ルーヴェのやつガ、純情な人間につまらんことを教えるナ、だト」
は、ハードな神たちの戯れ……。
あ、そういえば、
「その槍って第九禁呪の槍に似てるけど……軍神さんも、使えるのか?」
「第九禁呪ハ、我が創った禁呪でナ。ルーヴェの槍ハ、第二界のレプリカみたいなものダ。正確にハ、禁呪ではなイ」
「ふーん…………え?」
今、なんて言った?
第九禁呪が、禁呪王が創った禁呪……?
「えぇぇええええっ!?」
「獣と近づきすぎたゆえの副産物、ってところカ……本来、禁呪ってのは八つしかなかったんだがナ。我が一つ使い勝手のいいのをあつらえたのサ。禁獣モ、緊縛できるしナ」
軽い。
禁呪。
禁じられし呪文が、こんなに軽くていいのか。
前にここへ来た時も目にしていたが、禁呪王の棺の周囲に転がっている黒い盾や鎧、城も、彼の生成の産物……レプリカみたいなものだという。
「ちなみに、第九禁呪だけ他の禁呪と比べて負荷がないのは?」
「第九に限って負荷がないのハ、我が貴様の意識に一部を棲まわせているかラ、というのもあル」
「だ、第二界が最初から使えるのは?」
「攻撃の手段は必要だろウ? まあ使えるのは『この先』……つまり、第十禁呪がないからだろウ。ちなみに第八のあの腕ハ、我も使ったことがなイ。あれハ、第九が生まれて自然発生した禁呪のようダ」
そうだったのか。
「だから禁呪の中じャ、第九だけが特異な禁呪なのサ。元を辿れば禁呪とハ、禁獣――八本足の獣から生み出されたという聖なる呪文が元となっていル……らしイ」
聖なる呪文……。
「禁獣が穢れたことデ、その聖呪も穢れてしまったのだとサ」
「穢れ?」
「原因や理由は不明なのだガ、この世界には穢れて変わり果ててしまったものが多く存在するといウ。悪いものになると本来の名まで穢れを浴びテ、名すら変わってしまったものもあるとカ……元は獄神オディソグゼアの駆る最強最速の愛馬であったと言われる禁獣ズァーリヴィネルモ、穢れに染まる前はまた別の名を持っていたのだろうウ」
「それは神族たち以外の何かが原因……なのか?」
「神族や人族、神々の因子を持つ亜人族の他にも何か別の存在がいるのかもしれン。それとモ、ただの災害にも似た現象だったのカ……」
「神様も、何もかもを見通せるってわけじゃないんだな」
「かつての獄神オディソグゼアの相談役であったとされるあの賢神ですラ、知らぬことがあるからナ。神は全知全能ではなイ。加護を与えたリ、ある程度の干渉はできるがナ。どころカ、失敗もすル。相楽黒彦を飛ばす場所に誤差が生じテ、予定してなかったルノウスレッドに飛ばしてしまったりとかナ」
ん?
「俺は意図的に聖ルノウスレッド学園の近くへ飛ばされたわけじゃないのか?」
「本当はナ、ルーヴェルアルガンの戦獄塔の中へ呼び出される予定だったんだゼ? 召喚予定だった部屋にはかつて我がばら撒いた第九禁呪の呪文書の一つがあっタ。本来の筋立てでは最初に貴様がそれを読ミ、覚エ、神罰隊に保護されるはずだっタ。今、あそこは戦力になる人間を求めてるからナ。細かいことは抜きにしテ、特例やら何やらを駆使して駒として使ったはずダ」
予想外の場所へ俺が飛ばされたことで、軍神さんは慌てたという。
「ところが相楽黒彦は偶然にもハプニングによっテ――しかモ、驚くべきことに第九禁呪を覚えやがっタ。あれにハ、我らも言葉が出なかったゼ」
召喚で力を使い果たしてしまった姉妹神は干渉もできず、ただ適性者を見守るしかなかった。
結果、相楽黒彦は目論み通り禁呪を使用する流れへと巻き込まれていった。
姉妹神はそこで安堵したらしい。
もっとも、適性者に禁呪王が感情移入することまではまるで予想していなかったという。
「その先はことごとく貴様は予想を裏切り続けタ。人間とはきっかけ一つでここまで変貌するものかト、脱帽したゼ」
ちなみに若返ったのは禁呪王の善意によるものだったとのこと。
死んでいた心を甦らせたり若返らせたりを実行したのは、禁呪王にそう頼まれた聖神さんだったらしい。
軍神さんに許可をもらい、残った力を使って干渉を行った。
その力を使った後で俺がルーヴェルアルガンではなくルノウスレッドに飛ばされたので、女神様たちは慌てふためいたという。
「…………」
しかし、ルノウスレッドへ飛ばされたのはイレギュラーな事態だったのか。
予定通りルーヴェルアルガンへ飛ばされていたら、また別の異世界生活もあったのかな……。
今はルノウスレッドに飛ばされて良かったと思えるけど、どんな風になっていたのかは少し気になる。
となると、シャナさんとも違う出会い方をしていたのかな?
「あの、聞いても?」
「ン?」
「前に聖遺跡で地鳴りがあって……その時、俺は異種のひしめく妙な部屋に落とされた。あれは……軍神さんや聖神さんの干渉だったのか?」
「違ウ。さっきも言ったガ、今のあいつらに人の世に干渉する力は残っていなイ」
「だけど聖樹の下に広がる聖遺跡は、聖神ルノウスレッドと関係しているんだろ?」
「いや、それも違ウ。そもそも――」
禁呪王は言った。
「聖遺跡どころか聖樹モ、聖神ルノウスレッドとはまるで無関係のものなのダ」
「……え?」
これには驚いた。
なぜならルノウスレッドの人々は、聖樹と聖神を深く関連付けて信仰しているようだったからだ。
「あれを『聖遺跡』と呼んでいるのハ、あくまで人間たちだからナ。例えバ、あの白い魔物たちはルノウの加護によって『弱体化』させられた魔物なのダ」
「……そう、だったのか」
つまり『異種』と呼ばれていた魔物の方こそが本来の姿だった、というわけか。
ちなみに姉妹神は現在力の大半を失っているものの、過去に施した加護の力はまだ残っているらしい。
「ん? だったら、異種の数が急に増えたっていう聖遺跡の異変って――」
「貴様の召喚によっテ、ルノウの加護の力が弱まったからサ」
なんてことだ。
「それでも加護はまだまだ有効なはずだゼ。そもそもルノウの加護がなけれバ、あの遺跡の魔物は階段を平然と上がってきているシ、地上に出て溶解することもなイ。あの溶解はルノウが魔物たちに施した『呪い』なんだヨ」
「けど俺の召喚のせいで、異種が……」
「おいおイ、別に貴様が責任を感じる必要はないだロ。それにルノウが加護を与えてきたのハ、ルノウスレッドの人間の信仰に対する善意みたいなものダ。ゆえニ、義務じゃあなイ。もし責められるとしてモ、責めの対象として行き着くべきハ、我々ダ」
釈然としないものも残るが、この話はこれで終わり――禁呪王の放つ空気が、そう告げていた。
「…………」
それにしても聖遺跡も聖樹も、聖神ルノウスレッドと無関係だっとは。
「なら聖樹って、一体……?」
「おそらく我々が存在するずっと昔かラ、あったものなのだろウ」
聖樹のことをミアさんが最初に説明してくれた時は、この世界の起源とも言われている、と話していたけど……。
「あれがどういうものなのかハ、我々にもわからんのダ」




