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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第116話「すべてを明かすモノ」


 シャナトリス・トゥーエルフがルノウスレッドを去った。


 不思議な人だったと思う。

 事態が事態だからと第三禁呪の呪文書をほとんど無条件で渡してくれた。

 四凶災との戦いでは、躊躇うことなく負荷の大きな固有術式で援護をしてくれた。

 禁呪使いである俺を調べたいと強く望むわりには、俺自身の意思を十分すぎるほど尊重してくれた。

 脅迫や無理強いもしなかった(寝ている間に黙って体液を採取しようとした件は、ともかくとして……)。


 シャナトリス・トゥーエルフは『ルーヴェルアルガンの魔女』と呼ばれている。

 そう聞いていた。

 非情で狡猾な人物である覚悟もしていた。

 ところがいざ会ってみれば、茶目っ気もある良い人だったわけで。


 別れ際にその疑問を遠回しにぶつけてみると、シャナさんは肩を竦めた。


「自分にとって益のある人間に好印象を持ってもらおうとするのは当然のことじゃ。一方、ルーヴェルアルガンでワシを嫌っておる者なんてごまんといるし、ワシだって冷たく対応する相手はいる。印象も評判も人によって千差万別に変わるものじゃよ。大事なのは自分を客観的に見る能力じゃな。案外、おぬしに最も必要な能力かもしれんぞ?」


 ええっと……セシリーさんの言っていた自己評価が低い、みたいな?


「わかりました。心に留めておきます」


 その日、俺はルノウスフィア家の馬車で北門へ向かった。

 馬車の中には、俺、マキナさん、シャナさんの三人が乗っていた。

 北門までシャナさんの見送りに行きたいと俺から願い出た。


 北門に到着。

 門の外にシャナさんがルーヴェルアルガンから乗って来たという馬車が停まっていた。


「おぬしがルーヴェルアルガンを訪ねて来るのを楽しみにしておるぞ、クロヒコ」

「もしルーヴェルアルガンを訪ねる際には、よろしくお願いします」


 彼女にはキュリエさんの探し人の件で、またお世話になるかもしれないしな。


「それじゃあお元気で、シャナさん」

「うむ、おぬしも息災でな」


 マキナさんと言葉を交わし、シャナさんは馬車に乗り込んだ。


 こうして、シャナトリス・トゥーエルフを乗せた馬車は王都を発ったのだった。


          *


 数日が経った。


 王都は、四凶災襲来以前の姿を取り戻しつつあった。

 聖樹騎士団の方も、団員が十分な睡眠をとれるほどには落ち着いたようだ。

 ようやくと言えば、四凶災との戦いで命を落とした聖樹士たちを弔う式が執り行われる日取りが決まったと聞いた。

 学園の授業再開も迫っている。


 俺の生活にこれといった動きはなく。

 昨日も修練場を借り、キュリエさんから稽古をつけてもらっていた。

 閉鎖されているといっても学園の施設自体は申請さえすれば利用可能。


 キュリエさんとの剣の訓練はとても実りあるものとなっている。

 剣技で彼女に追いつくのは、当分先の話になりそうだ。

 彼女から学ぶことはまだまだ多い。

 それを嬉しく思う。


 セシリーさんも稽古に交って日々研鑽を積んでいるが、最近彼女は剣以外の方面にも力を入れ始めたようだ。

 リーザさんから薬の配合を学ぶという。

 ただ、文武両道を百と百の力でこなしているせいかこの頃寝不足気味と聞いている。

 なので先日、適度に休んで欲しいと釘を刺しておいた。

 体調管理も訓練の一貫だぞ、とキュリエさんも言っていたしな。


 自己管理の点まで抜かりなく行き届いているといえば、アイラさんである。

 彼女は訓練の方法だけでなく、食事やスケジュールまでをも管理しながら日々の鍛練に勤しむようになった。

 訓練の内容についてアドバイスを求められたキュリエさんが先日「アイラのやつ、化けるかもしれんぞ」と評していた。

 キュリエさんによれば、アイラさんに優れた戦闘の素質が備わっているのは、あの模擬試合の時点ですでにわかっていたのだとか。 


 訓練を終えて帰宅すると、大体、ミアさんが家で帰りを待ってくれている。

 家事全般は今も彼女の世話になりっぱなし。

 といって、家事くらい自分でやりますからと申し出てみると、見ているこっちが悲しくなってくるほどにミアさんが悲しそうにするので、やれる時は俺も一緒に家事をする、という方式を今は妥協案として取り入れている。


「じゃあ皿洗い、やりますか」

「あ、大丈夫でございますよ? クロヒコ様はどうか、ごゆっくりなさっていてください。本日も訓練でお疲れなのでしょう?」

「疲れてなんかいません。それに、俺が手伝いたいんです。はい、じゃあ食器は俺が拭きますから」

「あの――」

「ミアさんその皿洗い終わった皿、こっちにください」

「えぅ……か、かしこまりました。では、これを……お願いいたします」


 最初は断られるのだが、ちょっと強引に押し切ればミアさんはなし崩しに了承してくれる。

 そしていざ二人で家事を始めてしまえば、それはそれでミアさんは嬉しそうにしてくれるのだ。


 だからしばらくは、この方式でよさそうだ。


          *


 ある日の放課後。

 俺は学園長室を訪ねた。


「王都の外に、出てみたい?」


 ペンの動きを止め、マキナさんが顔を上げた。

 最近は休みを取れるようになってきたからか、マキナさんの顔色も健康的な色へ戻ってきている。


「ええ。特に、何か用事があるってわけじゃないんですけど」


 この前シャナさんを見送った時に思ったのだ。

 この世界に来てからというもの、そういえば王都の外に一度も出たことがないんだな、と。

 外に出てみたい理由を言葉にするとしたら……なんとなく、だろうか。

 そのことを素直に話した。


「言われてみれば、あなたって一度も王都の外へ出たことがなかったのね」

「で、外に出るのに何か手続きが必要なのかな、と」

「それで私のところへ来たわけね?」

「こういう時に相談すべき相手って、やっぱりまずマキナさんが思い浮かんでしまうので……忙しい身だから悪いかな、とは思ったんですけど……」


 ふーん、と何やら得意げな顔になるマキナさん。


「ええ、いいわ。その件は学園近くにある西門の者へ話を通しておきましょう。外に出たい日は、決まっているの?」

「明日、ですかね? 今日はもう暗くなりそうですし、雨も降ってますから」

「わかったわ。話は、私から通しておきます」

「毎度ながら、助かります」

「危険性は……ま、例のあのヒビガミでも襲ってこない限り大丈夫でしょ」


 俺は苦笑で応えた。


「ですね」


          *


 翌日は、昨日の雨雲が嘘のような晴天だった。


 朝食を終えてミアさんと家を出る。

 ミアさんと別れた後、西門へ。

 西門は、俺がこの世界へ飛ばされた時に倒れていた場所のその先にあった。

 キュリエさんと初めて出会ったのもこの辺りだ。


 しばらく歩くと西門が見えてきた。

 話はちゃんと通っていた。

 話しかけるまでもなく、眼帯を見た瞬間、向こうから気づいてくれた。

 門番の人は、すぐに通してくれた。


 門を潜る。

 どこまでも続く空と雲。

 舗装された道が、いくつもの緩いカーブを描きながら続いている。

 このままずっと西に行けばシグムソス公爵領。

 その間に村や町が点在しているという

 遠くには森が見える。


 急ぐことなく、ゆったりと道を歩く。

 ほとんど散歩だ。

 時たま吹きつける緩い風に、青々とした草木の匂いがのっていた。

 右手に青々とした草原が広がっていた。

 草原は一度、王都を囲む堅牢な壁で途切れている。

 続いてゆくその壁沿いに辿っていけば、北門に辿り着くのだろう。


 さらに歩いて、門番の人たちが見えなくなるくらいの場所まで来た。

 舗装された道を外れる。

 風にそよぐ草を踏みしめながら歩く。

 適当な場所で、仰向けに寝転んだ。

 風の音。

 風に撫でられた草がそよそよと揺れている。


「空だけ見たら、前の世界と変わらないのにな」


 起き上がって、その場に座り込む。

 前髪を弄る。


「髪、伸びてきたな」


 その時、



 視界が一変した。



 空が禍々しい赤に染まる。

 硬く冷たい漆黒の大地が一面を征服する。

 正面に聳え立つは黒き城。


 この風景を俺は知っている。


「――久しぶり」


 視線の先。

 佇立する黒棺。

 穴から覗く紅い瞳。


「よウ、英雄」


 禁呪王。


「ここに来たのは二回目だけど……他にもどこかで、あんたに会ったような気がするんだ。とても暗い、闇の中で」

「会っていル。夢ではなイ」

「呪符みたいなものを、身体中に巻きつけていた」

「防護ダ」

「防護?」

「『禁獣』に喰われないためのナ」

「禁獣……それって――」

「貴様が『獣』と呼ぶモノダ」


 禁呪を使用すると這い寄ってくる感覚――『獣』。


「あの暗闇の中で、黒い鎖に拘束されていたのは……」

「禁呪の獣――禁獣『ズァーリヴィネル』」

「ズァーリ、ヴィネル」

「ノイズ・ディースとの戦イ……貴様の呼びかけに禁獣は応えなかっただろウ?」


 身体が動かなかった時、俺は『獣』――禁獣を呼び込もうとしていた。

 しかし、気配すら感じなかった。


「貴様は四凶災との戦いで禁呪を長期に使用しすぎタ。加えて疲労困憊で意識を保てずにいタ。禁獣はここぞとばかりに貴様を取り込もうとしタ。そこで我が貴様の意識の中に入り込ミ、禁獣を第九禁呪で縛り上げ拘束しタ……いヤ、今もあの禁獣に第九禁呪は施したままなのだがナ」

「待ってくれ。あんたは以前、ここは精神世界……もしくは夢の中みたいな場所だと言っていた。ここは、あの暗闇の中とは違う場所なのか?」

「ここは狭間の世界……神と人が唯一出会える場、とでも言うべきカ。まア、今の貴様は我に引きずり出された精神体なのだガ」

「つまり今の俺は幽体離脱してるみたいなもの、なのか?」

「貴様の世界のその表現で間違ってはいなイ」


 霊魂だけがここに呼び寄せられた、みたいな感じか。


「半分が神である我ハ、人であリ、神でもあル。つまり特別な存在なのダ。半々であるゆえニ、ここで生き長らえていル」


 半神。


「まア、そいつは後ダ。まずは要件を話そウ。我が貴様をここへ呼んだ目的……それハ、貴様がこの世界へ飛ばされた理由を明かすためダ」


 数秒、理解が及ばなかった。


「なんだって?」


 俺がこの世界へ飛ばされた理由、だって?


「禁獣と我の関係についても話そウ」

「どうして、急に」

「四凶災やノイズ・ディースとの貴様の戦いぶりを見テ、我が話すべきと判断しタ。言い換えれバ、完全に貴様の側につくということダ。まア……いうなれバ、我なりのけじめでもあル。そう時間は取らせン。つき合ってくれるナ?」

「けど前みたいに、邪魔が入るんじゃないのか?」


 以前禁呪王が多くを語ろうとした際、不意に飛来した槍が棺を貫き、最後には、巨大な拳が棺を叩き潰した。

 例の禁止事項とやらに引っかかったらまた邪魔が入るのではないか。


「それについてハ、もう心配無用」

「そうなのか?」

「あいつらは黙らせタ」

「黙らせた?」

「聖神ルノウスレッドと軍神ルーヴェルアルガンハ、我が強引ニ、黙らせタ」


 へ?


「せっ――聖神ルノウスレッドと、軍神ルーヴェルアルガン!?」


 どちらもミドズベリアで国名になっているほどの神名。

 禁呪王の神話にも登場していた女神たち。

 …………。

 なんか、すっごく変な感じだ。

 普段からその二つの名は国名として、何度も耳にしていただけに。


「我も卑怯者ダ。貴様の側についてやるなどと言いながラ、我と禁獣の関係すら教えぬまマ、ほとんど傍観者に徹していたのだからナ。だがもういイ……我ハ、覚悟を決めタ」


 一度、棺の中の赤い目が閉じた。

 唾を呑み込む。


「話そウ。ルノウとルーヴェがこの世界に貴様を呼び寄せタ、その理由ヲ。そして――」


 赤い目が、開かれる。


「禁呪王と禁呪の獣ノ、呪われた関係ヲ」




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