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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第113話「幕引きのあとに」


「今度こそようやく一息、かしらね?」


 教官たちに指示を終えたマキナさんが声をかけてきた。

 隣にはシャナさんもいる。


「あなたは、またもや大切な人を見事に救ってみせたわね。ふふ、もう見事としか言いようがないわ」

「さすがに、少し疲れましたけどね」


 苦笑する俺に優しく微笑みかけると、マキナさんは、どこか遠くに思いを馳せるような顔をした。


「でも、禁呪の呪文書を読み上げたことから始まって、聖遺跡の異変、巨人の出没、四凶災の襲来、ノイズ・ディースが用意した、因縁劇……結局、あなたはどれも乗り切ってみせたわね」

「学園長としては、自慢の生徒でしょ?」

「ふふ、そうね」


 シャナさんが、うむ、と首を縦に振る。


「あっぱれじゃったぞ、クロヒコ」

「シャナさんも災難と言えば、災難でしたよね」

「む? 四凶災だけに、か?」

「いや、別に上手いことを言おうとしたわけでは」


 腰に手を当てると、シャナさんが話題を切り替えた。


「その左目の義眼の件も、機会があったらな」


 ルーヴェルアルガンまで足を運べば義眼を用意してくれると、前にシャナさんがそう言っていた。


「ありがとうございます。機会があったら是非、お願いします」


 うむうむ、とツインテールを揺らしながらシャナさんが満足げに頷く。


「おぬしが望むなら、えっちもしてやるぞ」

「……シャナ」


 地の底から響くような、マキナさんのトーンの低い声。


「そ、そう怖い顔をするでない! おぬしからクロヒコを奪い取ろうというわけではないぞ!? ただ、そのぅ……もし禁呪使いの子種を宿したら生まれ来る子に何か影響が出るのか調べたいかなぁ、とな?」

「余計に駄目よ!」

「わ、ワシ自身が生むんじゃから問題あるまい!?」


 う、うーむ。

 シャナさんの場合、まず外見的に……その、子供を産む産まないの段階まで行ったら、なぜかアウトな気がする。

 そもそもシャナさんって、何歳くらいなんだろうか?

 マキナさん同様、年齢が推し量れない。


「よお、クロヒコ。ちょっといいか?」


 話しかけてきたのは仲間を引き連れたロキアだった。


「あんたにも改めて礼を言わないとな、ロキア。ノイズとの戦いでもキュリエさんを助けてくれて、ありがとう」

「何度も言うが、礼には及ばねぇって言ってんだろ? つまるところ、オレはそいつをテメェに言わせるために助けたわけだからよ」


 自然と、なんだか苦笑してしまう。


「なんかあんたって、そんなのばっかりだよな。もしかしてそれ、一種の照れ隠しだったりするのか?」

「クク、かもな? 覚えておくといい。隠すってのは大事なことだ。隠されているものには、いわゆる神秘性が宿る。大事なのは、常に想像の余地を残しとくってことなんだよ」

「ロキアの話はたまに難しくて、俺にはよくわからないよ」

「わからねぇのにわかったふりをするよりは、よっぽどマシな態度だ」

「ひねくれ者だよな、あんた」

「もちろんだ。ひねくれ者じゃなけりゃあ、終末郷じゃ生きていけねぇからな。さて――」


 ロキアが一度、周囲をぐるりと見渡した。


「そろそろオレは、ずらかるとするか」


 ロキアは今、仲間から受け取った上着を羽織っている。

 その上着のポケットから彼は黒と白の柄を取り出した。

 ノイズから取り戻した愛剣、ラーフェイスとファルヴェティ。


「こいつらをノイズから奪い返したらこの国にはもう用がねぇからな。ただ、サガラ・クロヒコ個人にはまだまだ興味があってな……そのうち暇になったら、ひょっこり会いに来るかもしれねぇ」

「その時は歓迎するよ」

「クク、それはありがてぇが、あいつの方はどうだろうな?」


 先ほどから、キュリエさんがロキアを睨み据え、目を光らせていた。


「四凶災とノイズとの戦いで私を助けてくれたことは、感謝している。しかし本音を言えば、私はクロヒコをあまりおまえに近づけさせたくない」

「とまあ、キュリエがこれだしよ。安易に王都へ足を踏み入れるのは、あまり気が進まねぇぜ。それに――」


 ロキアが王都の中心部の方角を見やる。


「王都にいりゃあ、あいつと鉢合う危険あるしな。さっきのノイズの映写術式に見覚えのある男がいると思ったら……そういやあいつ、聖樹騎士団の人間だったもんな」


 あいつというのは、何か因縁があるらしいディアレスさんのことだろうか。


「ったく、しかしあいつはどうしてああもこのオレに執着してやがんだろうな? 何が気に障ったのか、オレにゃあさっぱりだぜ」


 そう自問自答気味に言い、ロキアは首の骨を鳴らした。


「つーわけでいずれここにも聖樹騎士団が来るだろ。となると、あの男も来るかもしれねぇ。だからオレはひと足先に消えさせてもらうぜ。ああ、それと……学園長」

「私?」


 静観していたマキナさんの眉が上がる。


「何かしら?」

「オレたちの学内での行動を見逃してくれていたことについては、感謝するぜ。オレから見てあんたはかなり『できる側』の人間だ。合理的な判断力、柔軟さ、決断力……地位と権力としがらみがある中でそいつを維持できるのは、貴重なことだ。あれだな、多少種類は違うが、あんたはどちらかといえばオレ寄りの種類の人間だ。案外今のクロヒコも、あんたあってのものなのかもな」

「お褒めに与り光栄ね。ノイズを炙り出したあなたの策も、なかなかだったわ」

「結局、最終的にハマったのはクロヒコの考えた策だったがな。ま、今回の件での配慮は、借りとして覚えとくさ」

「あなたのキュリエを救った働きで、帳消しな気もするけれど……まあ、終末郷の三大組織の長に貸しを作っておくのも悪くないかもしれないわね」


 ロキアが、俺の方を向いた。


「クロヒコ」


 ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、ロキアは続けた。


「もしテメェが終末郷に来ることがあれば、歓迎するぜ。ああ、勘違いするなよ? 別に『愚者の王国』に入れってわけじゃねぇ。終末郷に来るなら、まずはオレを訪ねてこいってことだ。案内人と宿くらいは、提供してやる」

「わかったよ。その時は、よろしく」

「おい、ロキア――」

「キュリエさんもその時は、一緒に来てくれますよね?」

「む……ああ、もちろんだ。終末郷の地理ならば、私も多少は詳しいからな」


 ロキアに突っかかりかけたキュリエさんは、それで引きさがってくれた。


 こうして魔王率いる愚者たちは、ひと足先に舞台の跡からその姿を消した。


 ロキアたちを見送った後、俺は正面を向き、顔を上げた。


「で、あんたはどうするんだ――ヒビガミ?」


 ロキアたち入れ替わるようにして歩み寄って来たのは……ノイズの死体を何やらゴソゴソと漁っていた、ヒビガミだった。

 治癒術式を施しているセシリーさんが、不安げに唾を呑み込む。

 俺たちの前に立つ男のその背後には――リヴェルゲイトを手にした、キュリエさん。


「案ずるな、キュリエ。ここで仕掛ける気はねぇよ」


 身体に重みを覚えつつ、立ち上がる。


「……あんたにも世話になったな、ヒビガミ」


 ヒビガミは一蹴するように、鼻を鳴らした。


「買い被るなと言ったはずだぞ、サガラ。案外、もしノイズがあの薬を使い切っていなかったら、それを己に飲ませて、この場で仕合いを申し込んでたかもしれねぇぜ?」

「あんたなら、やるかもな」

「どころか、己が大事にしている連中をダシに使って、己を焚きつけたかもしれねぇ。何せ四凶災の最も『おいしい』相手を逃し、命を力に換えたノイズともやれず……あまつさえサガラには、あんな戦いを見せつけられちまった。しかも、あの七罪どもだ。あそこで半端に喰い散らかしちまったのが、仇となった」


 ヒビガミが昏く笑む。


「身体の火照りが、とんとおさまりやしねぇ」


 俺は左腕に力を込めた。


「つまり、今、ここであんたとやれと?」


 しかし、ヒビガミから戦意は微塵も放たれなかった。


「ふん、今の己の状態を見りゃあまともに戦えねぇことくらい一目でわかるさ。その状態で無理に戦わせても、仕方なかろう。ラーフェイスとファルヴェティが戻ったとはいえ、ロキアはひどく疲労していた。でなくとも、あいつがおれと戦う動機を上手く作れそうにもなかったしな。キュリエにしても、ノイズとの戦いで指を痛めていた。何より二人とも、四凶災との戦いでの消耗が激しすぎた」


 もしノイズのあの薬が残ってりゃあ少しは話も違ってきたのかもしれんがな、とヒビガミは言い添えた。

 セシリーさんが、俺を庇うような仕草をした。


「あなたがあの薬をクロヒコに飲ませようとしたら、おそらくわたしは全力でそれを阻止していました。あらゆる手を、講じて」


 嘲弄交じりにセシリーさんの言葉を受けるヒビガミ。


「気概は認めるがな、セシリー・アークライトよ……発言は、よく考えてした方がいい。おれは確かに己やキュリエに手は出さねぇと約束こそしたが、降りかかる火の粉を黙って被るほど、お優しくもねぇからな。そっちから仕掛けてくるなら、容赦はしねぇ。むしろ己やキュリエの方から仕掛けてきてくれるのなら、おれとしては望むところだ。その方が、サガラのおれへの敵意を――」

「心配しなくてもいいさ、ヒビガミ」


 ヒビガミが何を言いたいのかは、理解できた。


「あんたはつまり、自分が敵なんだってことを改めて俺に強く印象づけたいんだろ?」

「カカカ……つくづく察しのいい男だ。その通りだ。つまり、ロキアとは真逆ってわけだな。おれは己に『敵』と認識してもらわねば、困るのさ。少し協力的だったくらいで仲良しごっこの一味にされちゃあ、かなわねぇ」

「その点は安心しろ。あんたを倒さないとキュリエさんやセシリーさんの命に危険が及ぶんだ。だから――」


 ヒビガミを睨みつける。


「あんたは必ず、俺が倒す」


 俺の宣言と正視を受けたヒビガミが、くぐもった低い笑いを漏らす。


「もう一度『敵』として、己にそれを確認しておきたかった。だが、その様子なら……あえて小芝居を打つ必要もなさそうか。カカ、伝わってくるぜ――心地よい、殺意が」


 嬉しそうに笑み、俺の横を通り過ぎるヒビガミ。


「火照りの方は、どうにか我慢しよう。そうだな……ノイズから得た情報にあった隠れ強者どもとやりゃあ、いくらかは鎮まるだろうさ。それと、禁呪の呪文書の方も引き続き収集を試みるつもりだ。ただ残念ながら、第一禁呪だけはおれじゃあ無理そうだがな」


 数歩前へ進んだヒビガミの足音が、止まる。


「己は、おれの期待以上の速度で成長している」


 最後に、背中越しに彼はこう言い残した。


「今後のさらなる己の成長を期待しているぞ、サガラ・クロヒコ」


 …………。

 足音と共に、ヒビガミの気配が遠ざかって行くのがわかった。

 誰もヒビガミの歩みを止める者はいない。

 彼の強さは、ここにいる誰もが直接的、間接的に知っている。

 ヒビガミは一応、この王都においては追われる身でもある。


 しかし今この場で彼の前に立ちはだかれる者など、いようはずもなかった。


          *


 ロキアが去り、そして、ヒビガミも舞台から姿を消した。


 ヒビガミの姿が見えなくなると、俺は一つ息をつき、右手で左腕に触れた。


 第五禁呪はノイズの多段変奏術式の防御程度と、短い加速移動くらいにしか使用しなかったため、解除してもさほど負荷はかからなかった。

 だから第五禁呪は治癒術式を施される前に解いていた。

 そして予想通り、それだけでは気を失うほどの負荷はかからなかった。

 しかし第八禁呪はノイズとの戦闘で何度もその力を行使した。

 四凶災戦後のフィードバックから考えればその負荷は、推して知るべしだ。

 ゆえに、ロキアやヒビガミがいた時点では解除できなかった。

 あの二人は、まだ完全に気を許せるような相手ではない。


 だけど二人が去った今、ようやく第八禁呪を解くことができる。


 キュリエさんとセシリーさん、マキナさんには、これから第八禁呪を解くこと、もしかすると意識を失ってしまうかもしれないことを、伝えた。

 死ぬことも……まあ、ないだろう。

 少なくとも、ベシュガムとマッソと連戦した時よりは負荷も少ないはずだ。


 薬の効果の方も、切れつつあるようだ。

 身体の自由が利かなくなってくるにつれ、頭に走る痛みの強さと回数は減少し、鼻から垂れる血の量も減っていった。


 見上げれば、時刻にそぐわぬ空の明るさも失われつつある。

 ノイズの固有術式の効果も切れつつあるらしい。

 俺は左腕をおさえながら、言った。


「それじゃあ俺、意識を失うかもしれませんけど……その時はすみません、後のこと、よろしくお願いします」


 いずれにせよ、薬の効果が切れてしまえば、おそらく俺の身体は動かなくなる。

 なので、仮に禁呪の解除で意識を失わずとも、どの道みんなに手間をかけてしまうことに変わりはないのだが。


「大丈夫よ、クロヒコ。あなたはもう何も気にせず、あとは私たちに任せなさい」


「今はゆっくり休んでくださいね、クロヒコ」


「……お疲れさま、クロヒコ」


 みんなが各々、気遣った言葉をかけてくれた。


「…………」


 この言葉を聞けただけで、必死に頑張った価値があったと思える。

 マキナさん、セシリーさん、キュリエさんに視線を飛ばす。

 一つ頷くと、彼女たちも、和らいだ表情で頷いてくれた。


 それじゃあ……禁呪を、解こう。



「第八禁呪、閉界」



 第八禁呪を解いた直後、激しい負荷が、俺の全身を襲った。



 俺の意識は、そこで途切れた。




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