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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
141/284

第110話「罪と伐」


 禁呪の鎖がノイズを拘束する。

 雑音の壁が消えていく。

 他方、空の明るさはまだ消えない。

 ノイズが聖素を練り込めなくなると雑音の壁の方は消えるようだが、もう一つの固有術式は、発動さえしてしまえば、ノイズの状態とは関係なく効果が持続するようだ。

 薬による発光現象はまだ消えず。

 聖素が使えない俺に作用したことから考えると、聖素に反応するタイプの薬ではなかったようだ。

 そのおかげで俺にも薬が作用した。

 これは幸運だった。

 けれどノイズはこれでもう聖素を練ることができない。

 術式も、詠唱呪文も、魔導具も使用できない。

 呼吸を整える。


「これで幕だ、ノイズ。死ぬにしても、おまえはもう、望んだ死を得られない」

「はぁ……ぐっ……クソ、がっ……が、ふっ!」


 拘束されたノイズが血を吐く。


「けど、もしまだ抵抗するのならいくらでも受けてやる。そして、すべて潰す」

「ちっ、さっぱり魔素が練り込めない。その第九禁呪、術式使いや詠唱呪文の使い手だけじゃなく、聖剣や魔剣、聖魔剣の使い手にとっても、天敵よね」


 二度目の舌打ちをするノイズ。


「ふふ……あぁ〜あ、ま、これはあたしの負け、か。完敗よ。最高に劇的なところはもう逃しちゃったし……これ以上は、蛇足的茶番になるからね。正直、やる気と一緒に存在理由も失ったって感じ……ほんとやってくれたわね、禁呪使い」


 ノイズ、三度目の舌打ち。


「あたしの人生ごと、奪っていきやがった」

「あんたは他人の人生を奪おうとしていたようなものだろ。実際、もうおまえに人生を奪われた人もいる。そのあんたが文句を言うのは、筋違いだ」

「正論ね。だけど、ヤなガキ」

「あんたに好かれなくても、問題ない」

「ふふ……あなたって『敵』に対してはけっこう口が悪いのよねぇ……けどま、この舞台の主役としては及第点ってところかしら? あたし的には、招かれざる主役だったわけだけど。で、乱入で主役に成り上がった禁呪使い様は、あたしの処分をどうなさるおつもり?」

「もう禁呪は解いても構わんぞ、サガラ」


 言って近づいてきたのは、ヒビガミだった。

 ヒビガミが俺の横に立つ。


「まずは、見事だったと言っておこう。ノイズが繰り出した攻撃に対する咄嗟の対応力、機転、気迫は、おれの心を躍らせるに足るものだった」

「……どうも」


 ヒビガミが『無殺』の柄底に掌を置きノイズを見下ろす。


「この女はもう負けを認めている。この女は、そういう面ではこれで潔い女だ。無様に足掻くこたぁねぇだろうさ。それでも何か妙な動きをしようとしたら――このおれが責任をもって、即時に命を絶とう。だから禁呪を解いても、問題はない」


 おれの言葉を己が信じるならばの話だがな、とヒビガミは言い足した。


「……第九禁呪、閉界」


 禁呪を解く。

 拘束が解けたノイズは抵抗する気配を見せるでもなく、その場に膝をつくと、膝立ちみたいな体勢になった。

 脱力している感じだ。


「カカ、薬のことといい……よくもまあ、そうポンポンとおれの言葉を信じるものだ」

「さっき動けるようにしてもらった借りもあるし、なんというか……あんたは抜け道を使うみたいなことはするけど、基本、自分が吐いた言葉に対する責任は持つ男だろ」

「そいつはさすがにおれを買い被りすぎだぜ、サガラよ」

「あんただって俺を買い被りすぎてるだろ。だったら、お互いさまだ」


 ヒビガミに任せたのは、俺の薬の効果が切れつつあるのがわかったから、というのもあった。

 身体が少し、重くなってきている。

 大量に薬を飲んだノイズよりも効果が切れるのが早い、ということか。

 まだ、動けることには動けるが……。


 それにだ。

 第6院の出身者の処遇は、やはり同じ第6院の人間に任せるべきな気もした。


 キュリエさんを傷つけたノイズの心からの望みを打ち砕く。


 その目的は果たせた。

 …………。

 正直やりづらい相手ではあった。

 怒りに我を忘れた俺がノイズを殺す結末に至れば、ノイズの望みを叶えることになってしまう。

 だから、怒りに身を委ねすぎないようにする必要があった。

 思わずノイズを、殺してしまいかねなかったから。


「キュリエのやつも、気づいたか」


 見ると、キュリエさんが身体を起こしていた。

 頭を押さえて暫しぼやっとした後、彼女ははっとなって、自分の剣を探し始めた。

 しかし周囲の状況を目にし、動きを止める。

 近くにいたロキアがキュリエさんに言葉をかけた。

 どうやら状況を説明しているようだ。

 説明を終えたロキアが、近づいてくる。


「てぇわけで、こいつらは返してもらう」


 ラーフェイスとファルヴェティを拾うロキア。

 これで、彼の目的も果たされたことになるわけか。


「今回はいい働きをしたぜ、クロヒコ。オレぁ今、ノイズの舞台がぶっ潰されて最高の気分だ。ククク……今回に限っては相手が悪かったな、ノイズ」

「……ええ、最悪の相手」

「ノイズ」


 覚束ない足取りで近寄って来たのは、キュリエさん。


「キュリエ、さん」

「ロキアから……話は聞いた」


 前髪から覗く彼女の目元が優しげに緩んでいる。


「おまえには迷惑をかけてばかりだな、クロヒコ」

「そ、そんなことありません」


 改めて俺の姿を検めるキュリエさん。


「そしてまた、おまえに無理をさせてしまったな」

「何言ってんですか。キュリエさんのためなら、無理なんかいくらでも通してみせますって。大切な人たちの力になれることが、俺、何より嬉しいんですから」

「おまえのお人よしにはほとほと呆れるが……ありがとうな、クロヒコ」

「歯が浮くわ、ったく」


 割り込んできてそう悪態をついたのは、ノイズ。


「悪役をはってるこっちからすると、なんでもかんでも愛の力で乗り越えられちゃやってらんないのよねぇ……ま、あなたたちのは普通の関係よりも、けっこう歪んだ関係だけど」

「仮に歪んでいるとしても、おまえの歪み方には勝てんさ」


 キュリエさんがノイズを見下ろす。


「イイ男に会えたみたいでよかったわね。お似合いよ、あなたたち? あたしはその子が、気に入らないけど」

「ノイズ、おまえはなぜ――」

「ルーヴェルアルガンよ」

「何?」


「タソガレの居場所」


 タソガレ。

 キュリエさんが居場所を知りたがっていた、第6院を作った人物か。


「そうか……ルーヴェルアルガン、か」


 ノイズは、げほっ、と血を吐いて地面に手をつくと、やや遠巻きに状況を見ていたシャナさんで視線をとめた。


「戦獄塔で見つかった謎の棺。その中で眠っていた……『亜人王』」

「おぬし、な、なぜ、そのことを知っておる!?」

「その亜人王を眠りから解き放つ手伝いをした女……そして、ルーヴェルアルガンの新生神罰隊の兵士の『改良』の補佐をしていた女……彼女、名はなんと名乗っていたかしら?」

「な、なんじゃと? まさかラグナが……第6院を作った女と、同一人物だとでも言うのか?」

「ま、さすがにタソガレとは名乗らないか。彼女、まだあなたの元に留まってる? あの人、あれで気まぐれだから」

「い、今は一人で研究したいことがあるからと……アダマットの山地に、いるはずじゃが」

「ありゃ、移動してたか。ごめんなさいね、キュリエ? 少し情報が古かったみたい」

「……いや、十分だ」

「ねえ、キュリエ」

「なんだ?」

「あたしのことあまり怒ってないみたいに見えるんだけど……何? あなたって、それほどまでに善良の塊なの?」

「怒ってはいるさ。ただ、な……おまえに対しては、未だ不可解という感情の方が強いんだ。憎いというよりも、私には、おまえがわからない。だから、怖い」


 ノイズは身体に電流でも流れたような顔をすると、項垂れた。

 数拍し、彼女が口を開く。


「ふふ、怖い、か……怖い、ね。それってつまり、あたしこそが真のバケモノはだったってことかしら? 今、人生で最高に落ち込んだんだけど……憎まれるどころか、ただ、怖がられていただけだったって……あは……何、それ」


 ノイズは心から意識消沈しているみたいだった。


「憎んですらもらえてなかったのね、あたし。とんだ勘違いだった、と」


 憎しみを向けられるよりも無関心の方が辛い、という考え方がある。

 けれど、理解できないから怖いと距離を置かれる方が、あるいは、憎しみや無関心よりも辛いのかもしれない。

 なんていうか、人ではない……それこそノイズは人ならざるバケモノみたいな、そんな扱いをされていたわけだ。

 残酷な言い方をしてしまうなら、キュリエ・ヴェルステインにとってノイズ・ディースは、人ですらなかった。

 もちろんキュリエさんに悪意はないのだろうけど――いや、むしろ悪意がないからこそ、残酷とも言えるのか。


「けれどそんな純粋さを持っていた子だったからこそ……あたしは、キュリエ・ヴェルステインに惚れたんでしょうね。壊すに値する、最高の芸術品だと……で、ええっと、ロキアの用事は済んだから、あとはヒビガミとの約束かしらね? 獄の話はもうしたし……じゃあ、あんたの相手になりそうな連中の話?」

「第一禁呪だ」

「ああ、そうだったわね。第一禁呪はね――」


 ノイズが地面を指差す。

 下?

 地面の、下……?

 まさか、


「ええ、そうよ……禁呪ちゃん。お察しの通り」


 ノイズが地面に血の塊を、ぺっ、と吐き捨てた。



「第一禁呪は聖遺跡の最下層に、眠っている」



 聖遺跡の最下層。

 そこに第一禁呪が、あるのか。


「カカカ……まさか、聖遺跡とは。さてどうしたものか? たとえ相手が帝国だろうが、そこに第一禁呪があるなら力づくでも奪いに行くが……残念ながら、おれは聖遺跡に『拒まれて』いる。おれ自身の力だけでは、今はどうにもできん」

「ま、これはあたしが自分で確認したわけじゃなくて、情報源はタソガレなんだけどね」

「あの女は嘘をつかん。嘘くさいほど、あの女は真実しか話さんからな」

「ご期待に添えなくて悪かったわね」

「構わんさ。己は、約束を違えたわけではない」

「あら、お優しい」

「ただし、強者の話までもこのおれの期待に添わんとなると……いささか、おれも己への評価を変えざるをえんが?」

「脅し?」

「馬鹿を言え。期待からくる激励さ」

「ふん、馬鹿にして」

「で?」

「まずは、ヴァラガ・ヲルムード」


 ヒビガミの表情が、停止した。

 見れば、キュリエさんとロキアの反応も緊迫したものになっている。


「『蛇』か」

「ええ。通称『敗けない男』ヴァラガ・ヲルムードの居場所が、掴めたの」


 彼らの話しぶりから、その人物が第6院の同郷者であることは伝わってくる。

 それにあの反応。

 ヴァラガ・ヲルムード。

 ただならぬ人物のようだ。


「ヴァラガは今、帝国にいる」

「帝国? この大陸にある分都市か?」

「ええ。ミドズベリアの分都市にいるわ」

「ふむ、以前呪文書を奪うために襲撃した際、やつとは出会わなかったが……」

「暴れてるのが『あんた』だと知ってのこのこ出てくる間抜けなんて、6院にはいないっての」

「……ふん、なるほど」

「なんでも、第二倉庫管理部の部長とかいう地味な感じの役職についてるみたいよ? ただ、帝国内だとなぜか不思議な権限と影響力を持ってるらしくてね? てか、名前も偽名じゃなくて、そのままヴァラガ・ヲルムードで通してるみたいだし……色々と、意味不明だわ」

「ヴァラガか……あいつもロキアと同じで、本気を出させることの難しい男だからな」

「ククク、オレはいつだって本気だが?」

「人を欺くことに関してはな」


 話に入ってきたロキアを軽くいなすヒビガミ。


「あ、そうそう、ラトスも一緒にいるみたい」

「『蛇』に『最弱』、か」

「よくわかんない組み合わせよね。よりにもよって帝国で、何やってんだか」

「で、情報がヴァラガだけとは言わんよな?」

「もっとあるわよ。ただしあんたと渡り合える人間かどうかの保証ないわよ? そもそもあんたの強さ自体、軽く人の域を超えている強さなんだから。タソガレですら、あんたの異様な戦闘能力の高さには舌を巻いていたんだから」

「それはそれで、孤独なものだがな」


 一度ヒビガミは俺へ視線を飛ばした後、カカッ、と短く笑った。


「しかしノイズよ? 中立の立場で観覧していた者から言わせてもらえば、己も相当よくやった方だと思うぜ? おれを交渉で封じ、弱っていたとはいえ、ロキア、キュリエ、そこにサガラまでを向こうに回し、よくもまあ、あそこまでやったもんだ。この面子を相手にここまでやり切ったのは、後にも先にも、己だけだろうぜ」

「ちっ……だから何様なのよ、あんたは……あたしはね、その常に上から目線が癇に障るっつってんの……ま、いいわ。さっさと済ませましょ」


 ノイズが垂れてきた鼻血を拭い、気怠そうに立ち上がる。

 その時だった。


 あれ?

 なん、だ?

 何、か――


「さっさと残りの連中の情報を吐いて、いい加減、どんな方法でもいいから適当にあたしを、処刑――」


 ズバンッ! と。


「……あ、ら?」


 目を丸くするノイズ。

 何が起こったのか、まだ理解に及んでいない表情だ。

 彼女の右胸の脇から、血のついた刃が突き出ていた。

 ノイズの右肩から真下にかけ、割り裂かれた傷。

 ブシュゥッ、と、ノイズの肩から血しぶきが飛び散った。



「『終末女帝』の名を騙った女とは、貴様だな?」



 深紅の魔物めいた仮面をした、赤黒い装束を纏う細身の男。


「終末女帝を愚弄する行為は、許されぬ。ゆえに、罪」


 男は、不吉な空気を纏っている。


「へぇ? けっこう粒ぞろいって感じじゃん?」


 四凶災が始末された舞台の上。

 紅き刃の槍を抱えた白髪の男が、四凶災の死体を舞台の下に蹴り落とした。

 べちゃっ、と雨で濡れた地面に四凶災の死体が落ちる。


 六人――いや、ノイズを切った男を含めて七人か。


「我らは『七罪終牙』」


 七罪終牙。


「私たちは、終末女帝に仕える、忠実なる、戦士」


 顔面に刺青を彫り込んだ二刀の男。

 両目を黒い包帯で縛っている。


「……こいつら、どこから?」


 周囲に注意を払いながら、キュリエさんがリヴェルゲイトを構える。


 ……禁呪詠唱を、準備。


「こいつらの気配……気づいたか、キュリエ?」


 ロキアがラーフェイスとファルヴェティを緩く構えながら、聞いた。


「いや……ノイズの話に集中していたのもあるが、直前まで気づかなかった」

「当然ぞ」


 ドレッドヘアーの浅黒い肌の男が口を開いた。

 身の丈ほどもあるランスを軽々と、余裕たっぷりに構えている。

 その横に立つ、髑髏の装飾が施された禍々しい巨弓を担いだ黒髪のショートカットの女が、妖しく微笑んだ。


「あたしたち七罪は、終末女帝に仕えし最殺最強の暗殺精鋭集団……気配を消すことにかけて右に出る者はいない。まあそこの片目の子は、あんたたちよりちょっと早く察知したみたいだけど」


 女が俺へ視線を投げる。

 蛇のような長髪をした高身長の男が一歩、前に出た。

 彼は金色の装飾が施された漆黒の棍棒の底で、カッ、と舞台の床を突いた。


「なぁ、ギズーリ……どう思う? さっきの会話から推測するにおそらくこいつら、あの第6院だぜ?」


 ギズーリと呼ばれた白髪の男が嬉しそうに双眸を細める。


「ああ、強ぇよ。特に、あの髪の長い髭面の男。ただモンじゃねぇ。こいつは久々に、滾ってきた」

「君が七罪以外の者に対し『強い』と評するのは珍しいな。あの男の相手は君でも無理かね、ギズーリ?」


 苦笑するギズーリ。


「おいおい、オイラは確かに『強ぇ』とは言ったさ……言いは、したがよ……『このオイラより強ぇ』とは、一言も言ってねぇぜ?」


 ギズーリは笑いながらヒビガミを見下ろし、


「なぁ?」


 と凶悪、不遜、不敵に、嗤いかけた。


「ギズーリは暗殺より戦闘そのものの方が得意だからね。おれの目から見るとだな……あの髭面の男ならばきっと、君といい勝負をするだろう」

「んまぁ、おめーらが余計な邪魔をしなければの話だけどな?」

「クヒ……クヒヘ……じ、じ、じぃ信とぁぁっぷりでぇねぇが、ぎ、ぎずぎず、ギズぅーリぃぃ……ぎぎぎ、ズゥーリ、りり、りりり、りぃぃいいいい……っ!」


 顔のひしゃげた太った小男が淡く紅い光を放つ大斧を掲げる。

 それから小男は、ぶぶぶぶぶぶぅっぶっぶぅぅっ、と汚らしく唾液を周囲にまき散らした。


「オイラは――」


 ギズーリが槍を構える。


「『傲槍』のギズーリ。よろしくな」


 他の者も続く。


「『怠双』のレズメ」

「『憤貫』のブーアギータ」

「『憂弓』のルル」

「『強棒』のマギルビアス」

「『色斧』のロロトノカーン」


「そして我は『暴剣』の、グルーザイア」


 最後に、紅き仮面の男が名乗った。


「しかし、さすがはかの有名な第6院……気配を消しているというのに、なかなか隙らしい隙を突くことができなくてな。特に、そこの男」


 仮面の男がヒビガミを見やる。


「ギズーリらの見立ての通り確かに貴様は、他の者とは――」




「興を削ぐこと甚だしいぞ、塵、芥ども」




 ヒビガミが消えた。

 そして、いつの間にか舞台に躍り出ていたヒビガミは、ギズーリの喉を鷲掴みにしている。


「……あ?」


 一拍遅れ、ギズーリは状況を把握したらしい。

 彼が目を丸くする。


「なっ……がっ? お、おまえ――」


 ごきり、と。


 潰した。

 ヒビガミがギズーリの首を、骨ごと握り潰した。

 ギズーリは驚愕の表情をはりつけたまま脱力し、頽れる。


「ふむ? ギズーリを、反撃すらさせずに倒す、か。これはこれで、面白い相手」


 仲間の死にまるで戸惑った様子のない二刀の男が、姿勢を沈ませ、剣を構えた。

 ヒビガミは白髪の男の持っていた槍を手にすると、振り返りざま、それを瞬時に投擲。

 槍の紅い刃が、二刀の男の額を串刺しにする。


「馬鹿、なっ……まるで、見えなかった……だと?」


 動きを止めることなく、失命した二刀の男へと突進するヒビガミ。

 ヒビガミは男が取り落した二本の剣のうち一本を流れるように拾い、ひゅっ、と、振り向く動作とほぼ同時に投げた。

 凄まじい速度で振り投げられた剣の刃が、巨弓に光を集めていた女の心臓を貫いた。


「ぁっ、ぐ、ぅ――!?」


 弓を構えていた女が、どさり、と倒れる。


「な、なん、だぁ……っ!?」


 漆黒の棍棒を手にする男。

 ようやく認識が状況に追いついてきたらしい。

 理解、したらしい。

 ヒビガミの強さが自分たちの読みを、遥かに上回っていたことを。


「なんだ、なんなんだ……なんなんだよ、おまえはぁぁああああっ!? 七罪終牙だぞ? 終末郷の、七罪――」

「おれが『何か』、だと? おれは――」


 ヒビガミは無言のままひと足で、棍棒の男の前に踏み込んだ。


「ただの孤独な、最強よ」


 重く鋭い突きを繰り出す、棍棒の男。

 ヒビガミはその棍棒をあっさり掴み、ベキッ、とへし折った。


「何ぃぃいいいい!? このおれの『黒金牙』をへし折った、だとぉ……っ!?」

「なるほど、気配を隠すことに関しては確かに優れた能力を持っていると認めざるをえんだろう。特にノイズを斬った男……他の者の気配を隠れ蓑にし、己の気配を察知されにくくしていたようだな。キュリエらと同じく、おれも直前まで己の気配は察知できなかった」


 二刀の男から奪った剣の刃が鮮やかな軌跡を描き、棍棒の男の喉元を切り裂く。


「だが、七罪終牙とやら……いざこうして戦ってみれば、この程度の実力とはな。七人で気配を隠しながら放つ初手以外は、すべてが、期待以下……それでよくもまあ、あのような口を叩けたものだ。大仰に罪の名乗りをあげても――所詮は、木っ端か」


 ヒビガミは絶命した棍棒の男の死体をぶっきらぼうに蹴り飛ばすと、残った七罪終牙に、言い放った。



「ままごとさながらにつまらん罪の数を並べるくらいならば、せめて、己の命の残り時間でも数えておくがいいっ! この愚かな、身の程知らずどもがっ!」



 まるで恫喝でも、するみたいに。



「その程度の力量で入れる横槍こそ、大罪と知れ」



 出血の影響だろうか。

 ノイズが、汗だくになっていた。


「やっぱりあんたが、いると……どんな劇も『話』にならなく、なる……けた違いの、力で……劇の流れすらも簡単に、破壊、してしまう」


 背後の『暴剣』に血で濡れた唇を微笑の形にしたノイズが、語りかける。


「今回ばかりは、居合わせた相手が悪かったわね」


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